クラスメイト
__警視庁、桜田門。
「何だこりゃ」
「行方不明者のリストです」
「正確なのか」
「現在までに寄せられた情報の内、信ぴょう性のあるものだけをピックアップしました。火災発生の48時間前まで遡り、消防が到着してから本日の0900時までに桜西周辺で捜索願いの出た者のリストです。何せ死体がないものでその辺はアバウトなんですが」
「裏は取ったのかと聞いてる」
「はい。イタズラの類いは捜査官がしらみ潰しに当たって除外しました」
「全部で219名か」
「プラス2名です。鵜飼園夫と西園寺正義。鵜飼は例の白バイ警官、西園寺は当日消火活動に当たった消防士です」
「行方不明なのか」
「はい」
「揉み消してしまえ。威信に関わる。白バイの件は特にマズい。遺体がなければ丁度良い」
国家公安委員会委員長、内閣国務長官は事務次官にきっぱり命じた。
「はい。それと」
「まだ何かあるのか」
「事件とは無関係だと思われるのですが」
事務次官は言いにくそうに切り出した。
「何が関係あって、何が無関係なのか今回に限っては誰にもわからんだろう。気になる事でもあるのか」
望月千夏の調書を担当官は手渡した。
「誰だこれは」
「言ってみれば唯一の生存者です。しかも火災発生の直前、カラオケ店を退出しています」
「そいつは重要参考人じゃないか。取り調べたのか」
「それが自宅に帰ってすぐ原因不明の昏睡状態に陥り目下入院中です。未だ意識が戻っていません。救急隊員の報告によれば、同居人が心肺蘇生術を施していなければ生命は無かったろうという事です」
「原因がわからんのか」
「はい」
「同居人とは」
「夫です。フィットネスクラブのインストラクターをしています」
「調べたのか」
「任意で。埃一つ出ませんでした。ごく普通の男です」
「ふむ。怪しいな。その女の入院先に警官は配置してあるんだろうな」
「勿論、24時間体制で。夫の方も監視を付けてあります」
「そうか。その女の意識が回復したら教えろ。それにしたって…」
「何でしょう」
「こんなの発表出来るか」
内閣国務長官はリストを片手でパンと弾いた。
「は?」
「は?じゃない。おかしいだろこれは。合理的な説明がつかない」
「と言いますと」
「カラオケ屋の客は良いとして、何だこれは。店に突っ込んだらしき人物の名前をよく見ろ!全員名前に【園】って字が付いてるじゃないか」
担当官は目を丸くした。
「あ、本当だ。偶然じゃないでしょうか」
「今気が付いたのか。あのなお前、役所仕事も好い加減にしろよ。二回までは良い。三回続いたら偶然とは言えないだろう。ナントカ園、園ナントカ、園夫までいる。桜西という所は【園】が付く親戚縁者の集まりなのか」
「不思議ですか」
「お前、不思議ではないのか。普通じゃないぞ。頭大丈夫か。皆んな捜索願いが出てる事に間違いはないのか」
「間違いありません」
「参ったな」
「何がですか」
「有り得ないだろう。こんなの公表できん。悪い冗談だと思われるぞ。都市がパニックになる」
「そうですか」
「そうだよ。【園】パニックだ」
「何ですかそれ」
「都市伝説とかオカルトの類いだ。いや、もういいや。どっか行けお前。こっちまで変になってくる」
担当官は敬礼をしてドアに向かった。
「そうだ。さっきのナントカ千夏」
「望月千夏ですか」
「結婚してるんだろう。旧姓は何というか調べておけ」
「調べました」
「おお、でかした!その女の旧姓は何だ」
「美園です。美園千夏」
事務次官はニコニコしながら答えた。
……鼻の奥でツンとなる。
何処か郷愁に似た感傷が優子の五感を震わせた。
とうとう花粉症になっちゃったかな。
数学の授業を抜け出し、駅に向かって駆け出したとき優子は大好きな人の事を想っていた。
大人びてちょっぴりクソ真面目で、だのに無邪気な笑顔が誰よりも輝いてる奴。
優子はクラスメイトの翔太に首ったけだった。
電車を乗り継ぎ見知らぬ町に降り立った。
そうしなければならない理由があったのだ。
けれどそれが何なのかよくわからなかった。
何故だか急に奇跡を信じてみたい気持ちになった…
ただそれだけだった。
その日。
謎だらけの事件から50日目にどうやらその奇跡が起こった。
その前日、燃え尽きた建物の前には献花に訪れた人々の慈しみと同情が溢れ、希望を失くさないでという意味のファイト・ソングの合唱が一日中鳴り響いていた。
何もかもが原因不明のまま、生存者は唯の一人も確認出来ず、捜索は縮小されながらも未だ継続中だった。
早朝、愛犬と散歩途中だったその老人は大地が揺れるのを感じて慌てて妻にケータイで電話をした。
「おい、地震だぞ。大丈夫か」
「あら、あなた。こっちは揺れてなんかないわよ。あなたこそ大丈夫?立ち眩みじゃないの?だからもう朝の散歩はよしなさいって」
「何を言うか。人をボケ老人みたいに言う…な…」
「あなた、あなた!どうしたの!?」
立ち入り禁止の黄色いテープが強風に煽られ、引きちぎれた。
あっちも、こっちも。
違法駐車したテレビ局の車のクラクションが次々にけたたましく鳴り響いた。
テレビクルー達がマイクを持って飛び出し、カメラを構えた。
大したネタもなく、日がな一日焼け跡周辺を交代で張り番していたクルー達は突然の異変に慌てふためいた。
何処をどう写して良いものか判らぬ者が大半を占めた。
空を撮り、地面を撮り、大破した正面玄関を無造作に撮った。
誰かが叫んだ。
「揺れてるぞ!!」
「地震だ!」
「あの時と同じだ!」




