憎悪のドラゴン
「お姉ちゃん、強いね!」
ショータ、否、優太は言った。
優子はそれを無視した。
けれどイメージはずっと繋がりっぱなしだ。
真っ暗闇の桜西ニュータウン。その一画だけが煌々と輝いている。
そこだけが地獄のナイターの真っ盛りだった。
らうどねすの屋上は稲妻が轟き、ドーム状に蒼白い高圧電流がスパークしていた。
取り囲んだ鉄塔から飛び移ってきた無数の亡者が優子との間合いをジリジリと詰めて来ていた。
優太は激怒していた。静かに笑いながらも心の中は憎しみで溢れ返っていた。
しばらくは暴力をふるうのは止めようかとも思った。けれど此の世をかき乱すのが面白くてやめられない。
想像力を膨らませ、ありとあらゆる遊びを考えたのだ。海沿いのドライブ、ガソリンや花火を盗む事、白バイとの追いかけっこ。でっかいカブトムシを飛ばして。
最後は楽しい火遊び。翔太ともっと遊ぶんだ。悲しい事は何もかも忘れて。
人々は青ざめ、逃げ惑い、泣き狂いそして火の中で蒸発してゆく。ジュジュ…って。
遊園地のジェットコースターよりずっとワクワクする。
働き盛りの男達はそれぞれちっぽけな夢を描いていた。どれも絵に描いた様な夢のような日々だ。
可愛い絵本、庭でするバーベキュー、お爺ちゃんが買ってくれる筈だったステキな滑り台…。
その油臭い、脂っこい手で我が子を抱き、妻に優しい微笑みを投げかけて。
優太にもそんな幸せが約束されていたのに、何処でどう間違ってしまったのか。
トラックに跳ね飛ばされた時、何度も呼んだママの事。パパの事。
痛くて怖くて、ものすごくイヤだった。
モノスゴク。
僕ガ失ッタモノヲカエセ…
最初のタンクローリー車が正面玄関に突っ込んだ後も立て続けにコンボイが激突し爆発した。振動はらうどねす全体を揺るがし、先ず一階、それから二階三階の窓ガラスという窓ガラスを内側から破裂する様に吹き飛ばした。蝙蝠の何匹かが逃げ遅れて空中で焼け果てた。
開口部から悪魔の業火が舌なめずりする様に夜気を焦がしていた。
らうどねす全体が、まさに火を噴く憎悪のドラゴンだった。
タイミングを図る様に建物の外周を旋回していたトラック達が一台また一台と爆燃する炎の中へ飛び込んでゆく。殺虫灯に群がる羽虫の様に。
天窓の上空、裸で浮遊する少年に向かって優子は叫んだ。
ややもするとヒステテリックにがなり立てる爆発音にかき消されてしまう、その声。
「翔太君。聞いて」
いかにも楽しげにクルクルと回転していた少年がピタリと制止して優子を見た。
優太と翔太。
生みの親、育ての親の違いこそあれ二人の親は同じだ。波長が合ったとしてもおかしくはない。
元々優太も翔太も人並み外れて強いチカラを持っていたのだ。
その二人の死後、隙間を漂う波長が互いに呼び寄せ合ったのか。
あてもなく彷徨っていた二つの魂が出会い、共感し合って途方も無い計画を立てた。
翔太は実の親、育ての親との確執を清算して園子とやり直す為に。優太はその恐ろしいほどの哀しみと無邪気さを解放させる為に。
時間と空間を捻じ曲げて暴れ始めた無節操な魂が二つ。
切ない復讐。
共にやれきれない復讐心で固く結び付いたチカラ。
「翔太君、その子は、優太君はまだ子どもなのよ。ほんの幼稚園児なんだから。どうしてそんな子の好きにさせておくの。あなたが、あなたの方が大人なんだから、しっかりしなきゃ駄目よ」
優子は一台の車が高らかにホーンを鳴らすのを聞いた。
見た事もない今までで一番巨大なセミトレーラートラックが、闘牛場の猛り狂う雄牛さながらに正面玄関を目指した。常軌を逸した雄叫びを上げながら。
トラックは液化石油ガスの詰まったタンクを背負っていた。
それに続いて四尺玉を積んだ花火師のトラックと中国製花火を満載したコンテナを積んだトレーラー軍が猛火の中へ殺到した。




