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翔太/Fantastic Edition  作者: 抹茶あいす
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月光に舞うカブトムシ

年上の妻と3人の子ども達。

15t積大型タンクセミトレーラーを運転する園山慶次の夢は一戸建ての家を購入し、家族水入らずでBBQをする事だった。

「まだまだ働かないと!」気合いが入るのも当然だった。


慶次は妻と子どもらに自宅の庭でバーベキューの肉を焼いてやっている場面を夢想して、一人悦に入っていた。

「パパまだ?」

「お腹減ったあ」

「よしよし待っていろ、もう少しで焼ける」

「ねえ、その辺良いんじゃない?」

「まだ半ナマだよ。お腹壊すぞ。良いのか」

慶次はフォークに突き刺した血もしたたる赤肉を持ち上げた。

「ヤダァ」

「私もイヤー」

「じゃあ、しっかり焼かないと」

「真っ黒になっちゃう」

「私、炭は嫌よ」

「任しておけ。丁度良い感じに焼いてやるからな。わはは!」


網の上で分厚いステーキ肉から煙が立ち上る。

肉汁の旨そうな匂いが今にも漂ってくる様だった。

旨そうな肉の焼ける匂いだ。


慶次はゴクリと生唾を呑んでググッとアクセルを踏み込んだ。

スピードメーターの数字がグングン跳ね上がっていった。

通り過ぎる信号はみんな消えていた。

理由はわからないがこの方がスイスイ流れて良い。いつもこんな風だと良いのにと慶次は思った。

信号なんてない方が良いのだ…

信号なんて。



信号の手前、巨大なコンボイ軍団にいち早く気づいた運の良いドライバーは交差点に進入する前に急ブレーキを踏んで命拾いした。

目と鼻の先を時速120キロで疾走するトラック集団が横切ってゆく。

男の背中に冷汗が伝った。

冷汗で済めばまだよかった。中にはシートに座ったまま失禁してしまう者もいた。


衝突を免れなかった者達は、交差点の真ん中で次々に真横からコンボイに突っ込まれ、ビー玉の様に吹き飛ばされ、原型を留めぬほど大破するか、ブレーキすら間に合わず大型トラックの側面に体当たりして、クルクル回りながら道路の外に弾き出された。


凄まじい破壊力と恐怖のピンボール。

その狭間を鵜飼はゲラゲラ笑いながらすり抜けて行った。



元ヤンキーでディスコ好きの宮園剛は虫と警官が大嫌いだった。

今夜もディスコミュージックをBGMにタンクローリー車を走らせている。これが今日最後のルートだ。

ん、待てよ。そうだっけかな。最近物忘れが酷くなった。

例えば長男の結婚相手の名前とか…。山田、山口、あれ、山内だっけ…


来月結婚する長男と今度一緒に飲む約束をしていた。できちゃった婚。まあ良いさ。そういうのが今の流行りなんだろう。

それより楽しみは生まれて来る孫だ。可愛い女の子だったら良いな。けれどもしもわんぱくな男の子だったら少し困った事になる。


剛は虫が苦手。カブトムシもクワガタムシも触れない。幼少の頃のトラウマが甦る。

「参ったなあ」

夏休みの課題に昆虫採集なんてやり始めたら卒倒しそうだ。同僚から男の子は卵から幼虫、そしてサナギから成虫へと成長していく過程を楽しむものだとも聞いた。

「今の子は虫とは縁がないからな。カブトムシはホームセンターで買うものだと思っているのさ」

「冗談じゃないよ。家の中にイモムシがいるなんて」

毛むくじゃらの腕を鳥肌が這い上がった。


ふと見ると高速道路の下をコンボイ軍団と一台の白バイがカーチェイスを繰り広げていた。

白バイ警官は時折発砲しているようだった。実際は発砲なんて生易しいものではなく乱射であった。

射撃の腕前は相当なものらしく巨大なトラックが次から次へと横道にはみ出したかと思うと爆発炎上した。

剛はケータイを取り出し一部始終を撮影した。それから動画をFacebookにアップしてからシートベルトの締め具合を確認した。


「待ってろよ。白バイ野郎!」

アクセルを思いきり踏んで握ったハンドルを左に急回転させた。

ガードレールとコンクリートブロックをブチ破ってタンクローリー車は宙に舞った。


月光を背にタンクローリーの荷台に四枚の羽根が広がった。

見た事もない巨大なカブトムシがドスンと地響きを立てて鵜飼の前に着地した。

衝撃で鵜飼の白バイは飛び上がった。


「やるじゃねえか」

鵜飼はマグナム44を構えた。


「ド派手に木っ端微塵になりやがれ」


カチッ、カチッ…


「畜生。弾切れか。運の良い奴め」



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