愛は暗闇の中で
そこは、予想に反して心地好い場所だった。
それとも、私はもう死んだのだろうか。
ブランコを押す優しい母の手。
背中から広がる永遠に続く約束。
転んで擦りむいた膝小僧。
痛みより、抱きかかえられた時の父の逞しい手。
忘れていた心の空白を埋めてゆく刻のピース。
花園はなかった。それよりも素晴らしい浮遊する感覚。
丁度良く満たされたコップの水。
扇風機の涼やかな風と揺れる赤いリボン。
水草で隠れん坊するメダカ。
溢れたラムネの泡。
身体中にまぶされたシッカロールの匂い。
灯る蝋燭、吹き消すと一斉に咲いた笑顔の輪。
かき集めた記憶が甘酸っぱい覚えたての味を運んで来る。
胸の奥をチクリと刺すちっぽけな嘘や裏切りに涙しながら、押入れの中、何度もつぶやいた、
ゴメンナサイ。
叱って見つめて、笑って許してくれた人。
息が苦しくなるほど抱き締めてくれた人。
どうしてそんなにキツく抱くの。
変だよ。
変だよ。
大人ってとても変な生き物。
まるで私を宝物のように扱って。
変だよ。
我慢していたんだねずっと。
求めても良いんだよ。
それほどの、抱え切れないほどの、未練。
光差す処には必ず影も差すわ…
誰にも言えない秘密や悲しみは、誰でも持っているのよ…
誰。
私はそれを闇とは思わない…
誰。
あの人をずっと幸せにしてあげたかった。
止まらない気持ち、止められないんだ。止められない。
わかるよ、うん、わかる。
でも止めて。
時間を戻してあなたが探している人ね。
此処はあなたの居る所じゃない。
生きるべき人達を連れていってはだめよ。
目覚めて。
運命ってあるのよ。それは変えられない。誰にも。
あなたにも。
自覚して翔太君。
目覚めて。
ぐずる赤子を抱き寄せる様な優しさで差し延べられた、手。
想い出だけでも生きていける。私はそう。
みんなそうよ。
私はあなたの想い出を大切に生きていく。
あなたもそうして。
たとえ私を忘れてしまっても。
あなたを見守ってきた。
どんなに無視されても。
だからその気持ち、私にもよくわかる。
愛をつかみ損ねた。
違う、あなたは愛を手に入れたはず。
あなたの手のひらの中を見て
その手のひらの中を。
あなたにあげられる物、私にはこれしかない。
跳ね返ったドッチボールが顔に当たった時の悔しさ。
「まあ大変!」
「どうした!」
「優子、大丈夫?」
「大丈夫か、優子」
こぼれそうになる涙をこらえたのは何故だろう。
パパとママに良いとこ見せたかったのかな。
「見てあなた。この子ったら我慢してるわ。あなたが泣き虫泣き虫って言うから」
「偉いぞぉ優子」
「もう!いらっしゃい優子」
ドッチボールなんかキライだ!!
優子は憎らしいカッコ悪いドッチボールを思いきり蹴飛ばした。
小さなサンダルが片方脱げた。
ボールはコロコロとパパとママのもとへ転がって行った。
「いらっしゃい、優子」
「おいで。優子」
その優しい笑顔のもとへ。
「うわああぁぁん!!」
優子は駆け出した。パパとママのもとへ…
優子はカッと眼を見開いた。




