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翔太/Fantastic Edition  作者: 抹茶あいす
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ハッタリ

懇親会は思いの外盛り上がり、真樹子は満足していた。

絵美子の前にもいつしか空のワイングラスが並んでいた。

もうやめておかなくちゃ…

ほろ酔い加減くらいが丁度いい。だって私たち主婦なんだから。


生ビールのジョッキをクイクイあけていた安西保子が、ハンカチで手を拭きながらパウダールームから戻ってきた。

店員を呼びつけて早速おかわりをオーダーする。

「大丈夫?飲みすぎじゃない?」

真樹子が心配そうに声をかける。

「大丈夫。こんなのヘッチャラよ」

「出したり入れたり忙しいわね~」

「本当ね」

「膀胱の中をビールで洗ってるのよ」

「やだわー」

「きゃははは~」

篠原こず恵が大学生みたいに無邪気に笑った。


「そろそろお開きにしなくちゃね」

「あら、もう?」

「これからじゃない」

「時間のある人は二次会でね」

挨拶のために真樹子が席を立とうとしたその時、レジの方から怒鳴り声がした。

「うるせえ、クソババア!早くしろってんだ」


見ると作業員風の痩せた男が主婦の団体客に詰め寄っている所だった。

真っ黒に日焼けした顔。油断のならない険しい眼つき。一目見てタチの悪そうな男だとわかった。

その先頭、真っ赤な顔をしてプルプル震えているのは別グループの地区理事寺澤ひとみ。

ひとみは白のプリーツスカートに上品な紺のシフォンカーディガンを羽織ってお嬢様育ちをさり気なくアピールしていたが、今はそれどころではなかった。

傍でなだめているのは少年サッカークラブのコーチも兼ねている望月千夏だった。

千夏はクラッシュデニムに肩まで出したシースルーのトップスを合わせていた。小麦色に焼けた肌が眩しい。いつもながらのスポーティーな印象。

千夏はひとみを庇いながら眉間にしわを寄せて男を牽制している。

どうやら会計時の揉め事らしい。二人の後ろにはグループの女性らがぼう然と立ち尽くしていた。

男は顔色ひとつ変えず店員と寺澤ひとみを交互に睨みつけていた。


「だからさ、ワリカンは禁止ってそこにも書いてあんだろ?な?こっちは急いでんだ」

「禁止じゃないわ。禁止なのはランチタイムだけよ」

千夏が果敢に反論した。「ランチタイムは平日だけなのよ。字読めないの?」

「そうよ、そうよ」

「言いがかりだわ」皆んなは口々に言った。

「馬鹿野郎、人の迷惑になってんなら平日も土日もあるかよ。こっちを先にやってくれと頼んだだけだ。だよな?店長さん」

店長と呼ばれた若い、いかにもアルバイトっぼい男子店員は口の中で何かモゴモゴと呟くのが精一杯だった。しきりとバックヤードを振り返るが応援が駆け付ける気配はなかった。


「どうしたの」真樹子が割って入った。

「またババアかよ。おい早く会計しろ!こっちが先だ」男がAMEXのゴールドカードをカウンターに叩きつけた。

「何よババア、ババアって。あんたこそジジイじゃない」千夏が食ってかかった。

「何だと、ペチャパイ」

「何よ!チンパンジー!」

そこにシャネルのバッグを抱えた若い女が現れた。

素足にタイトな超ミニ。ニットのキャミソールからこぼれ出そうな大きな胸の谷間。足元はパイソン柄のパンプス。

「まあ何て格好…」主婦達はどよめいた。


「何やってるのよ。宗介、早く行こうよ」

娘は長い茶髪をクルリと一回転させて男に腕を絡ませた。

「ああ早苗か。ちょい外で待ってろ」

「どうしてよ」

女はグロスでテカった唇を突き出した。

「お前のションベンが長えからだ」

「混んでたのよ。オバちゃん達で」

「行ってろ」

「イーヤ」


「あの…」真樹子は宗介の前に立った。

「PTA副会長の小俣真樹子と申します。何か失礼があったようですけれど私でよければ代表して謝りますわ。ここは穏便に納めてもらえませんでしょうか」真樹子は頭を下げた。

「ちょっと、小俣さん!」

「謝る事ないわ」

「なんだテメーは」宗介は気色ばんだ。

真樹子は祖父が後援会長をしている地元の政治家の名刺を差し出した。

「これは祖父から預かっている名刺です。因みに叔父は桜西署で生活安全課の警部補をしています。昔から面倒見の良い叔父で揉め事はいつでも相談にくるように言われています」

「なんだあ?」

「どうか穏やかに納めて下さい。どうしても納得いかないのでしたら第三者に仲介をお願いしなくてはなりません。水に流して頂ければ、そちらのお会計もさせて頂きますわ」

「ふん。勘違いするな。俺はタカリじゃねえぜ。おい早苗行くぞ。カードしかねえから貸しておけ」

「いいわ」

娘はヴィトンの財布から一万円札を取り出し、カウンターに置いた。

「これで」

アルバイトっぽい男子店員は震える手で精算を終えた。

「ありがとうございます」真樹子は男と娘に再び頭を下げた。

宗介は見向きもせず歩き出した。

「お釣りはいらないわ。あ、ちょっと待ってよお!」


二人は自動ドアの向こうへ出て行った。

すると一人の男が垣根の陰から二人に近づいてきて手を振った。

島津光彦だった。

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