揺るぎないコンセプト
「あなたと一つになっても良い。出来ればそうしたい」
優子は逆立ちのまま硬く眼を閉じ、飛んで来た亡者達を片手でなぎ払った。
亡者達の翼が引き千切れ、屋上の給水塔とサイン看板が吹き飛んだ。
破裂した給水塔から雨の様に貯水が降り注ぎ、サイン看板は落下して駐車場に停めてあったワンボックスカーを前後真っ二つに切り裂いた。
「でも出来ない。どちらの翔太君も私には大切だから」
翔太が頷くと逆さまだった優子の身体が元に戻り、天窓の方へ吸い寄せられていった。
「愛をつかみ損ねた」
翔太は優子の胸の前に手のひらを翳した。
「いいえ。あなたは手に入れたわ」
「一瞬だった」
「ほんの束の間でも何も無いよりまし」優子は自嘲気味に笑った。
「私、ずっと待っていたの」
「俺を」
「こんな風に私を見て欲しいって。ずっと思っていたわ。もたもたしているうちにあなたが病気だとお父さんから聞かされて」
「親父が」
「居ても立っても居られなくて。病院に行ったけど手術の後であなたは寝ていて。いけないと思いながら枕元にあった手紙を読んだの。婚姻届もあった。翔太君はあの人に夢中だった」
「そうだったんだね」
「私ショックで。その人、園子さんを恨んだわ。羨ましくもあった」
「良い人だよ」
「お父さんが泣いている私の所に来て教えてくれたの。翔太君はもう長くはないんだって」
「余計な事ばかり」
「私ボロボロだった」
「今は」
「安らかな気分よ」
「信じて良いかい」
「良いわ」
「見せて。安らかな世界を」
翔太の手が乳房と乳房の間に滑り込んでいった。
優子は目を固く瞑ったが予想に反して痛みはまったくなかった。
「本当だ。澄みきっているね」
「翔太君を、翔太君を好きになってから初めて。こんな気持ち」
「もっと触れて良いかい」
「感じさせて。あなたを」
翔太の身に付けていた衣服が光りになって溶けた。翔太の華奢な身体。
優子の心臓に手を差し入れたまま、翔太は優子の瞳をじっと見つめた。
「俺の心臓にも触って」
「出来るの」
「出来るよ」
優子は翔太の胸の中に手を入れた。そしてそっと心臓に触れた。
「どんな感じ」
「揺れているわ。迷っている。それに」
「それに」
「温かい」
天窓の上で二人の身体が浮遊していた。
実態があやふやになり優子は翔太の中に、翔太は優子の中に入っていった。
「待って翔太君」
「どうして」
「怖いわ」
「今なら一つになれるよ」
翔太の神経組織が目まぐるしく優子の中を検索してゆく。
結びつき、剥がされてゆく記憶の断片。
「あなたを見守って来た。どんなに無視されても」
重なり合う身体と心。
頑なな意思のチカラを翔太は感じた。
謎めいた硬くて、温かい場所。
「人は想い出だけでも生きていける。そうでしょう。翔太君。私には家族や友達やこの町に住む人達を見殺しには出来ない」
優子は何とかスキマから這い出し、翔太からスッと離れた。
出来ればずっとそうしていたかったけれど。
「何があっても考えを曲げないのね」
「君もだろう。優子ちゃん」




