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翔太/Fantastic Edition  作者: 抹茶あいす
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哀しみの反響定位(エコーロケーション)

「幸せって何だろうね。翔太君」

手の甲で優子は唇の血を拭った。


「好きな人と一緒に居る事さ」

翔太は自信満々に答えた。


「そうかな… そうね」

「何なんだよ。イチイチ、イチイチよ」

「怒らないで」

「怒ってなんかないよ」


薄っすらと月の輪郭が見える。

弓なりの細い月影が二人を照らす。


あの日に戻り、あの頃の優しさのままで、同じ月を眺めていられたら。

他に何もいらないのに…

優子はそう思わずには居られなかった。


亡者達はニヤニヤ笑いながら優子を指差していた。

亡者達の眼窩は落ち窪み、暗く深い闇に閉ざされていた。

優子はいつの間にか一糸纏わぬ裸だった。


「自暴自棄にならないで」

優子は隠そうともしない。

「だけど、こんなのは嫌」

優子の抗議は亡者達の笑い声にかき消された。


翔太は鼻をすすった。

「波長だよ。優子ちゃん。おいでよ。一つになろうよ」

「悲しいわ。翔太君」

煌めく涙が一筋、惨めに頬を伝う。


「我慢していたんだねずっと。求めても良いんだよ。私で良かったら。生みの親に見捨てられ、信じていたお母さんに酷い事を言われて。やっと見つけた好きな人とも一緒に居られなかった。それほどの…、それ程の抱え切れないほどの、未練…」

「やかましい。だからお前は重いんだよ」


「此の世は一つではない。翔太君、あなたは連続する何番目かの世界で死んだ。その強い未練があなたを蘇らせた。こっちの世界にショートカットを作って歴史を書き換えようとしてる。だけどそれはルール違反だわ」

「優子ちゃんのお陰で何もかも思い出したよ。でもね、規制とかルールとかもうどうだって良いんだよ。俺の人生は何だったんだ。俺は此処からもう一度やり直すんだ。俺の人生を」


「その為なら何をしても良いの。此の世で暮らす人達を犠牲にして」

「こんな奴ら知るかよ。たいした苦労もせずに。俺の居た処に連れて行ってやるよ。暗くて寒くて、誰の声も届かない処さ」

「慎ましく生きている人達よ。翔太君。あなたの憤りを強く感じるわ。その人達の生活を奪わないで。翔太君、意地悪な気持ちは似合わないよ」


翔太は優子を空中に持ち上げクルクル回した。

古時計の針を逆さに回す様に。

チクタク、チクタク…



『らうどねす』の周辺にはおぞましい鉄塔が取り囲む様に居並んでいた。蒼白い電流を携えて。

蝙蝠達がせわしなく飛び交う。10万ヘルツの高周波を放ちながら。

蝙蝠が用いる反響定位(エコーロケーション)は微細な水面の振動を感知し、水中の魚を捕らえる。

愚か者達の宴が始まる。

腐敗した宴。


「此の一帯はね。親父の会社が造成したんだよ。此のカラオケ屋の建っている場所は火葬場だったんだ。昔は池や沼に囲まれた誰も寄り付かない場所さ。そんな所で何が歌だよ。笑っちゃうよ。だから此のタイミング、此のポイントを選んだんだ。あの人とやり直すには丁度良いスキマだったんだよ」

「そうだったのね。全て計算通りってわけね」

「俺自身忘れていたんだよ。此の世界の翔太がちょっぴり邪魔をするんだ」

翔太はチッと舌打ちした。


優子は裸のまま逆さまに吊るされていた。


栗色の長い髪が箒の様に夜気を撫でていた。


翔太は時折眼を瞑っては眉間に皺を寄せた。


「時間を戻しているのね。あなたが探している人に会う為に。その人は園子さん。それともあなたの本当のお母さん。翔太君。此処はあなたの居る所じゃない。生きるべき人達を道連れにしてはいけないわ」


翔太は眼を開けた。

「あの人をずっと幸せにしてあげたかった。止まらない気持ち、止められないんだ。あの人のそばに居たい。温もりの手が届く処で」

翔太は歯ぎしりした。

それはどっちの翔太だろうかと優子は思った。

元々此処にいた翔太なのか、あっちから来た翔太なのか。


「わかるよ、うん、わかる。でも止めて。私が大好きな翔太君のままで居させて」


「もう無理だよ」


「目覚めて。翔太君。運命ってあるのよ。それは変えられない。誰にもあなたにも。自覚して翔太君、お願い目覚めて」


「ありがとう。優子ちゃん。優子ちゃんも、死・ん・で」


鉄塔のてっぺんから亡者達が優子目掛けて飛び掛かった。


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