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翔太/Fantastic Edition  作者: 抹茶あいす
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そのカタチ、そのスキマ、そのチカラ

翔太は天窓に手を付いてそろそろと進む。

ミシッと金具と硝子の繋ぎ目が鳴ったが翔太は意に介さない。

窓の中央で身体を反転させ横になった。

そのままゆっくり仰向けになり両腕を広げた。

「前に言っていたよね。此の世には目に見えない周波数の様なモノがあると」

翔太は片手を空に向けて星を指した。

「人や物からソレは発せられていて、周波数が合えば上手くいく。周波数が異なると上手くいかない。何事もそうだって」指先で星から星へ星座を描きながら翔太は言った。

「想像よ。何となくそう思ったの。努力が足りなかった時の言い訳ね」優子は答えた。


「そうかな。言い訳じゃないよ」

「そうね。言い訳にしては変ね」

「人と人も、物と物も、人と物も、良い関係を続けるには周波数が合わないと駄目だって優子ちゃんは言ったよ。人は良い関係を築きたくて自分と合う周波数を一生探し続けるんだって」

「ありがとう。覚えていてくれたのね」優子は微笑んだ。


「その時は分からなかったんだ」

翔太は優子の方を見た。

「だけど周波数が合っても上手くいかない時があるんだよね」

「制約があるのよ。翔太君」

「そう。あの時もそう言った。制約があるんだって」

あの時….、それはどの時だ。まあ良い。後で思い出そう…


「この人、物でも良いけれど、この人と気が合うなと思ってもその時が来なければすれ違い、通り過ぎてゆくだけ。たとえ互いに惹き合ってもその機会が来なければならないの。機会が制約。機会は何度か訪れる。でも私達にはそれがいつ何処に訪れるかは知りようがない」

「もう一度聞かせて」

「此の世は人も物も葛藤しながら危うい均衡を保っているの。とても曖昧なのよ。移ろい易く変わり易いの。揺れているの。絶え間なく、揺れて、いるわ」優子は言葉を区切った。

「こんなにもハッキリしているのに」

「それは翔太君が特別だからよ」

「特別だって」

翔太は身を起こした。

窓硝子を支えている金属のフレームがまたギシリと鳴った。



「翔太君にはハッキリ見えても、人や物は不確かな存在なの。カタチではなくチカラの事よ。カタチはただの箱。箱の中身にチカラがある。チカラは強まったり弱まったりする。チカラこそ存在の証しであり存在自体。朽ち果ててゆくモノは皆んなチカラを失った状態。此の世は確かな様に見えても何も決定していないの。何一つ確定していない。その方が都合が良いの。翔太君、此の世は途方も無く大きいのよ。想像も出来ないくらい。全てがきっちり決定してしまっていたら此の世はその重みに耐えられず崩壊してしまうわ。だから隙間が必要なの。クッションの様な物が。制約はその為。隙間を作る為」

「思い出した。そうだったね、隙間か」

翔太は指で輪っかを作り夜空を覗いた。


「個体には質量がある。それとは別にそれぞれチカラを持っている。目には見えない質量みたいなものよ。私はチカラと呼んでいるけど。人にも物にも。犬や鳥、石や草花にも。私にも翔太君にもチカラがある。強いチカラは周囲を引き寄せ、異なる周波数を束ねたり時には他者に向かわせる事も出来る。翔太君、翔太君は私にチカラを向けてくれたの。だから出会ったのよ」

「そんなつもりはないよ」

「気付いていないだけ。翔太君は他人を引っ張って生きてきた。ずっと」

「それはないよ」翔太は首を横に振った。「絶対に」

「翔太君は優しくて強いの」

「俺が」

翔太は自分の両手を見つめた。

「それが翔太君のチカラ」


「このチカラで何が出来るんだい」

「何も出来ないわ。チカラはチカラとして其処にあるだけ。チカラが発動される時は無意識なのよ」

「わからないな。さっきスキマと言ったけど、スキマとチカラの関係は」

「現実はおぼろげな世界。人や物は皆んなチカラを持っていて引き寄せ合う時がある。それが波長が合うという事。人や物の間には此の世を成立させる為の制約がある。それが機会。縁と呼ばれる様なモノ。第六感。隙間が無ければ此の世は破綻する。ギューギューにならない様に隙間がある。スキマがあるから弱いチカラでも潰されずに生きてゆける。そして強いチカラとの出会いを待つの。スキマの間を漂っているのが周波数。それと、今の翔太君の状態」


いつの間にか二人の周りを頭の膨らんだ灰色の線虫みたいなのが飛んでいた。

「何だこれ」

「私達に集ってくる周波数の正体」

「これが」

「チカラが触覚を伸ばしているのよ」

「羽根のない虫みたいだ」

「いろんなものが持つチカラから出ているの」

「優子ちゃんにも見えるんだね」

「私には見えない。翔太君というレンズを通して私は見ているの」

翔太は天窓の上で体育座りをして優子を見つめた。

そしてもう一度同じ質問をした。

「優子ちゃんは何故此処に来たの」

ずっと気になっていた事だ。

「呼ばれて来たの。あなたに。翔太君」

「それはそうだけど」優子に送ったメール…。そのつもりだった。


「メールなんて来てないわ」

翔太は怪訝そうな顔をした。まるで心を読まれてびっくりしているような。

「メールなんて来るわけないの」

「言い切れるの」

「言い切れるわ」

「どうして」

優子の目から涙がひとしずく零れた。


「あなたはもう死んでいるから」


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