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翔太/Fantastic Edition  作者: 抹茶あいす
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懇親会

連休明けの最初の日曜日。

PTA役員会のあと地区理事合同の打ち合わせが行われた。

運動会準備の進捗状況と家庭訪問を念頭に置いた地域安全確認が主な議題だ。

全体ミーティングもそこそこに地区別に集まり各自宿題を持ち寄る。宿題といっても前任者からの申し送りを引き継いでいるので、文字通り本年度変更分の確認だけで良い。

絵美子の宿題は担当地区の小学生の通学経路の再調査と危険箇所の洗い出しだった。道路の拡張工事や新規の宅地開発、信号や横断歩道の有無。空き地の安全性などのチェックである。

絵美子はスマホで撮影した写真をプリントアウトして、それを皆で回して見てもらいながらレポートを発表した。

写真を付けたのは口で説明するより理解してもらい易いと考えたからだ。

「あら、分かり易いわあ」

「本当ね。そうそう、ここ見通しが悪いのよ」

「この空き地は物騒ね。何だか怖いわ」

「草がボーボーだからね。役所に言えば良いのかしら?」

絵美子のレポートは好評だった。


「私もやってみようかしら。どうやるの塚田さん」

「あ、簡単なんです」絵美子は嬉々としてやり方を教えた。

趣味でガーデニングブログに投稿している絵美子には訳もない事だった。無論複雑な知識など必要ない。

絵美子はスマホを操作して家庭用プリンターに画像データを送信する手順をメモした。

「たぶんこれで大丈夫と思います」

「ありがとう。出来るかしら」

「私にも教えてくださる?」

「ええ。もちろん」


「それじゃあ皆さん。お待ちかねのランチバイキングに行きましょうか」

PTA副会長の真樹子が締めくくった。

絵美子は真樹子と同じグループだ。何台かのワンボックスカーに分乗して一同は桜西小学校の体育館を後にした。



向かった店は川沿いにオープンしたばかりの食べ放題のレストランだった。

周囲は広大な新興住宅地で造成されたばかりの宅地もまだ多く、平らな地面が赤土をむき出しにして燦々と降り注ぐ春の陽光を浴びていた。


「最初はね、予約断られたのよ。だけどPTA会長の名前を出したらちょっとお待ち下さい、只今責任者と変わりますなんて言ってね。それはそうよ。会長の旦那さん市議会議員だもの。おまけに弟さんは前回のオリンピック選手なんだから。私ったらやーね。年々厚かましくなっちゃうわ」

テーブルに着くなり真樹子は急にフランクに話し始めた。

それに同調して何人かの女がいっぺんにお喋りを始める。

「飲み物もフリーですから。お酒は別ね。飲む人いる?運転手はダメよ。ここはデザートが美味しいらしいの。だから計算して食べて」

「大丈夫でーす!デザートは別腹ですから」

「まあ、別腹って。若い子みたい」

「ムリしない、ムリしない」

「ムリはしてないわ~」

「えーと、二段、三段…はい!確かに別腹!」

「ちょっとお、失礼ねえ」

「きゃははは~」

主婦達の懇親会が賑やかに始まった。


料理は和洋中華イタリアン何でも有りだった。

オシャレな器に盛られてちょっと創作料理っぽい味付けだった。

「美味しいわ。幾らでも入っちゃう」

「よしなさいよ。あとで泣くわよ」

「いいのよもう。だって三千円よ。元は取らなくちゃ」

「下世話でやーね」

「ダイエットは止めたの?」

「走ってるわ。これでも朝晩」

「あーそれでね。ドスンドスンて。変な時間にトラックが通ると思ったら」

「暴力だわ、セクハラだわ!」

「きゃははは~」


ダイエットネタで絡み合っているのは丸山朋美と星乃舞だった。越して来たのが同じ頃らしい。

緊急連絡先リストには共に小3と小5の子どもがいる事になっている。星乃舞の方は母子家庭だった。

プレートにケーキを山盛りにして戻って来たのは、安西保子と篠原こず恵の二人だ。

「もうデザートなの?」

「ちょっとヤバイのよ。最近。炭水化物とお肉はね。避けてるの」

「私は付き合いでケーキ運び」

「ケーキだってヤバイわよ」

「彼氏がうるさいのかしら」

「イケメンの彼氏」

彼氏? 絵美子はつい聞き耳を立てた。

「そうなのよ~」

「何番目の彼氏が?」

「上の子ぉ。母ちゃん、お腹がキングギドラみたいだぜ、って」

なあんだ、彼氏って息子さんの事か…


安西保子は銀行員だ。噂によると旦那以外の男と不倫をしているらしい。

それを教えてくれたのは安西保子の隣に座っている篠原こず恵だ。童顔で無邪気そうに笑ってはいるが、根は暗いのかも知れない。

安西保子には確かに何処か他の主婦にはない色気があった。職業柄かと思ってはいたものの、まさか銀行員とは意外だった。



新興住宅地というのはある種閉鎖的である。

街並みは美しく、電柱は少ない。廃墟や雑木林もない。

緑道や公園はよく管理整備されていて四季の花々を楽しめる。

安全面では防犯カメラがあちこちに設置されている。不審者情報は地区の役員を通してたちまち最寄りの交番に通報される。

夜間は週末や夏休みを重点的にミニパトが巡回してくれる。

学校は新しく、個人病院やパン屋にケーキ屋、ファストフード店、スーパーもあって生活するには便利だ。

それでも新興住宅地はある種閉鎖的だ。

一見開放的でも冷ややかな側面もある。

見た目は和やかで平和そのものだが、闇が潜んでいる。

同じ様な年代の者が多方面から集まるせいだろうか。変なところで競争意識が高い。

欠席裁判ではないけれど、会合などではその場に居ない人の話題が必ず出る。良い噂、悪い噂…。家族構成から経済的な話し、秘密の男女関係。特にお金にまつわる話しには事欠かない。

新しい家が建つたびに越して来る者を想像しながら人々は通り過ぎる。

現在住んでいる者すべてが一流商社や一部上場企業に勤めているわけではない。いろんな職業の人間がやって来ては去ってゆく。

絵美子が越してきた直後も新築の家が売りに出されているのをよく目撃した。

どんな事情があったのだろうと絵美子は首を傾げた。

お金が有り余っていて次から次に住処を変えるのが趣味なのか。それともお化けが出るのかしら…

その土地の水に合わない、たとえ新興住宅地でもそんな理由もあるのだろうか。


火事が多い地域もあると聞いた。交通事故が多発する交差点とか。

でもそんな事をくよくよ考えていても仕方がない。

とりあえず、地域活動には率先して参画していく事だ。子どもが小さいうちはママ友たちとも上手に付き合っていかなければならない。

そのうち新しい発見もあるだろう。良い人間関係を築くノウハウは持っているつもりだ。

ポジティブに!それが絵美子のポリシーだった。


「さあ皆さん。たんと召し上がってね」

「やだわ~。小俣さん、親戚の叔母さんみたい」

「よく言うわ。叔母さんだなんて。ここに居る人皆んなの年、私知ってるんだからね」

真樹子はシステム手帳をかざして見せた。

「公開しちゃうわよ~」

「きゃあ!情報漏洩~!」

「誰かシュレッダー貸してぇ~」

「怖い、こわい」

「私の個人情報も削除お願いします!」

「きゃははは~!」


どこまでが冗談なのかしら…

絵美子は笑顔を崩さずに思った。


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