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翔太/Fantastic Edition  作者: 抹茶あいす
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命令はリフレクター(反射鏡)のように

夕暮れが迫る桜西住宅街を連結全長18メートル、車両総重量36t、三軸6輪の巨大なタンクローリー車が突き進んでいた。


園山慶次はトレーラー運転手だ。

20代で大型免許と牽引免許を取り、がむしゃらに働いてきたベテランドライバーだ。

年上の妻と子どもが三人。三人目が出来た時、危険物乙種4類の免許も取得しタンクローリーの運転手になった。それまでの長距離輸送や重機の運搬に比べると給料は低いが肉体労働や過酷な時間拘束がない分、安定した仕事と言えた。


大規模道路工事に伴う重機の運搬では一度家を出ると何週間も帰って来れない時もあった。作業は夕方から深夜を跨いで翌日の午前中まで。

途中、軽い食事を取ったり仮眠したりしながらそのまま車中で作業開始の夕方まで待機する。

コンビニ弁当もいろんな種類を食べ尽くし、すぐに飽きてしまった。早く家に帰って風呂に入りビールを飲んで横になりたい、ただそれだけ。

道路工事が完了するまでそんな日々の繰り返しだった。おまけに季節によっては仕事がさっぱり来ない。

積み場から配送先のルートを一日2~3往復するだけで良いローリーの運転手になってからは収入も安定し、不規則な生活からも解放された。

それまで勤務していた土木関係と違い会社の風紀も明るく雰囲気も良い。

30も半ばを過ぎそろそろ賃貸マンションから一戸建ての家に移り住もうかと考えていた。


慶次が移送しているのは液化石油ガスだ。

LPガス(通称)を満載した15t積タンクセミトレーラーの一際高い運転席から、慶次は区画整備された街並みを満足げに眺めた。

「いつ通っても綺麗な町並みだな。この辺なら職場からもそう遠くないし」

慶次の脳裏に妻や子ども達とBBQをしている光景が浮かんだ。


大通りで信号待ちをしていると、歩道と銀色に輝く車体の間をロードバイクの縦列がすり抜けて行った。

「危なっかしい連中だぜ」

道交法が改正され自転車も車道を走る様になってからヒヤヒヤする事も多くなった。


一つ先の交差点では一人の小学生らしき男子児童が目の前を次々に通り過ぎるロードバイクに心を奪われていた。

入学祝いにマウンテンバイクを買ってもらったばかりだったが、早くも自分の背丈よりも高い美しいスタイルの自転車に小さな胸をときめかせていた。


特にクルクル回る車輪。

スポークの間に挟まった何かがキラキラしている。

ホイールに装着されたリフレクター(反射鏡)だ。風の抵抗を嫌がって付けないローディーもいる。

風を切って行き過ぎる自転車の、風車のように回る車輪を見ているとつい近寄りたくなる。


信号が赤から青に変わった。のろのろと前の車が発進する。

慶次もウィンカーを出し左折の準備を始めた。大型トラックが左折時に一番注意しなければいけないのは巻き込み事故だ。

慶次はトレーラーの内輪差を気にしながらやや深めに交差点に進入してゆく。

ヘッドと長い胴体を折り畳むように。


トレーラーの内輪差は普通乗用車の3倍から4倍。4箇所あるバックミラーで後方の車輪の通過ラインを確認しつつ慎重にハンドルをきった。

西日がミラーに反射して目が眩しい…。

トレーラーのオーバーハング(タイヤからはみ出した車体部分)がゆっくりと旋回する様に対向車線に張り出していく。


「ちょっと何やってんの!」

ぴっちりしたデニムのベリーショートを履いた若い女が慌てて男子児童を抱き上げ歩道の奥へ後ずさった。

若木早苗だった。

黄色い通学帽が宙に舞い路面を転がっていく。

二人の見ている前で帽子が後輪に踏み潰された。


早苗は頭に血がのぼった。

児童を抱いたまま急停車した運転席に近づくとドアを二度強く叩いた。

「何処見てんだ!テメー!」

少し下がって運転手が顔を出すか降りてくるのを待った。けれど反応はない。


もう一度ドアの側に移動し怒鳴る。

「聞いてんのか、こら!」

早苗は身構えたがやはり反応はない。

数メートル離れ背伸びをして運転手の様子を伺った。

「生きてるのかしら?」


真っ直ぐ前方を向いていた運転手が早苗の視線に気付いたかのように首を振った。 その目は虚ろで濁っていた。

「危険ドラッグかも…」早苗は何となく薄気味悪い思いがした。

運転手に向かって威勢よく中指を一本突き立てると帽子を拾いに戻った。

「名前は何ていうの」早苗は児童に訊いた。

「ショータ」男の子は答えた。


その子、ショータを腕から下ろして後輪の付近を捜したが帽子は見つからない。

「おかしいなあ。確かこの辺に落ちたよね」

「うん」

「ショータ君ね、横断歩道で待つ時はもう少し手前にいないと危ないわよ。下手くそな運転するのが突っ込んで来るからね… いい?…あれ?」

早苗が振り返るとショータの姿は消えていた。


エアブレーキのバルブから抜けるプシュプシューッという排出音がして大型タンクローリーは静かに動き出した。

早苗はチッと舌打ちして車道から飛びのいた。


運転席には虚ろな目の園山慶次。

その隣には黄色い帽子を冠ったショータがちょこんと乗っていた。

ショータはタンクローリーの運転手に言った。

「この道を真っ直ぐだよ」

キラキラ光るリフレクター(反射鏡)を指差しながら、ショータは頭を軽く左右に振っていた。

とても楽しげに。


運転手は何も答えず正面を見据えていた。

両手は軽くハンドルを握ったまま…



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