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翔太/Fantastic Edition  作者: 抹茶あいす
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男たちの休日

前園煙火株式会社の製造部長、前園真也は珍しく栃木の自宅で妻と手作りの絵本制作に勤しんでいた。3才になる娘の誕生日プレゼントにするためだ。

休日を返上して親子でのんびり過ごすのも悪くない。

「そこの花火はもっと紅くした方が良い」

「そうかしら」

「そうとも。本職が言うんだから間違いない」

絵本を作ろうと言い出したのは小学校の教師をしている妻のアイデアだった。

慣れない手つきで真也はクレヨンを握り締めていた。


リビングには数々の花火競技会で賞をとったトロフィーや表彰状が所狭しと並んでいた。

花火師になって20年。結婚して18年。やっと授かった娘だった。

今年も夏がやって来る。娘は父が作った花火が夜空に打ち上がるのを楽しみに待っている。


「暑いな。ちょっと飲み物を用意してくるよ」

「お願いね。あなた」

真也は台所に行き冷蔵庫の前でふと立ち止まった。冷蔵庫にはマグネットのキーホルダーが無数に貼り付けてある。娘が好きなキャラクターのキーホルダーだ。

真也はそこから鍵束をひとつ取ると妻には何も告げず勝手口からカーポートへ出た。

それからゆっくりエンジンをかけ人里離れた工場へと向かった。


深い山間の道のり。

樹々は青々として時折覗く空は何処までも高かった。

峠道の横道に入ると道は一段と細く険しくなった。樹木が生い茂り鬱蒼とした林が目の前に迫り来る。

車体を擦る枝葉のザッ、ザッという音が行き過ぎる。


突如道が開け、砂利を敷いた広大な空き地に花火工場が現れた。

真也は車を降り一つの倉庫の前に立つと、大きなカンヌキにぶら下がった南京錠に鍵を差し込んだ。


ガラ、ゴロゴロ、ゴロ…

両手を一杯に伸ばして鉄の扉を左右に開けた。

火薬の匂いが辺りに立ち込めた。



桜西消防署。

午前8時

担当業務引き継ぎ。


午前8時30分

交替、車両・資機材点検。


前日の当直勤務者との交替をした後、警防課の西園寺正義は緊急出動に備えて車両や資機材・個人装備品の点検を行った。

消防士には平日も休日もない。


署内は総務、警防、予防、通信の各部署に分かれている。西園寺は救助及び救急業務を担当していた。直接災害現場での活動を担当しているので点検には余念がなかった。

一人の隊員が敬礼をして挨拶をした。

「おはようございます。隊長」

「ああ、おはよう」

「消防司令、ご昇格おめでとうございます」

「馬鹿。消防司令補だ。司令補。しかもまだ先の話しだ」

「そうでありました。大変失礼致しました」

「俺はまだ現場でお前達の面倒を見なきゃならんからな」

「はい。宜しくお願いします」


「ところで」

西園寺消防士長は声を低くした。

「また脱走した奴がいるのか」

「根性のない奴でして」

「探したのか」

「一応探したであります」

「貴様ら。何をしたんだ」

「いえ、ちょっといつもの稽古をつけてやりました」

「内部告発というのは後が面倒なんだ。もう少し要領よくやれ」

「ご安心下さい」

「どういう意味だ」

「奴のケータイもiPadも水浸しにしてやりましたから。ツイッターに投稿なんて出来ません」

「お前ら」


労働組合がないのを良い事に署員によるパワハラは収まることがなかった。

消防本部に勤務する若い者の中には職務規定を無視してSNSに興じる連中がいると聞く。

教官経験もある西園寺には頭の痛い状況だった。

「俺は何も好き好んでイジメてるわけじゃないぞ。どんな過酷な現場でもへこたれない対応力を身につけさせてやってるだけだ。感謝しろ」

西園寺はトンガッテいた自分の若い頃を思い出して口元を緩めた。

「あとで報告書を持ってこい。プリントアウトしたらデータは削除しておけ」

「了解」

「奴が戻ったらしばらく車両整備をやらせる。もう稽古はつけんで良い」

「了解」


上司の命令には絶対服従。実火災の現場以上にハードな訓練の日々。

血気盛んな若い消防吏員が欲求不満に陥るのはわからないでもない。しかし…

とんだ火消しにならないと良いが。


そろそろ本物の火消しがしたいぜ。

不謹慎にも西園寺正義はそんな風に思った。

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