カラオケアメニティーらうどねす
【 前書き 】
ここからのお話しは本編『地区理事 絵美子』のスピンオフ作品となっております。
主人公翔太は『行員 由奈 その他の短編』の最終話『ハウスDr. 園子』の主人公でもあります。
なお後半に車両が暴走する場面等、過激なディザスターシーンがありますのでご注意下さい。
それでは『翔太/Fantastic Edition』をお楽しみ下さい。(原文のまま)
カラオケアメニティー『らうどねす』は首都圏で随一の店舗数と売上を誇るメガカラオケチェーン店だ。営業形態は午前10時から深夜2時までと24時間フルタイム営業の二種類。
従業員は全員インカムを装着しその高い機動性で連続10年業界トップの客室稼働率と純利益をキープしている。
従業員のモチベーションを高めているのは『らうどねすボーナス』という自由参加型ノルマ制度だ。
『らうどねすボーナス』は『ボンボヤージュ』という顧客サービス向上管理システムで管理され、これは個人に貸与されたIDカードとオンラインでいつでも本部と接続可能。
最新鋭のPOSレジと連動しているカードリーダーが読み取るのは月間セルフプロデュースプランと週間自己診断カルテを総合した細密なデータだ。
これにアンケート方式による顧客の要望や意見、従業員に対する感想等が加味される。
従来の評価方法と画期的に異なる点は…、以下省略。
日曜日の午後遅く。
『らうどねす』桜西店。
2時間待ちのピーク帯を過ぎ、さらに夕刻の訪れと共にちらほら空き室が目立ち始めていた頃、木寺優子はその駐車場が見下ろせる小高い公園で夕焼けに染まる空を見上げていた。
「やっと一息つけそうだな」
山岸吾郎は最後の汚れた食器の山を洗浄機に突っ込んだ。
「お前また今月もボーナストップだろ」
「はあ、疲れたあ」
翔太は厨房の非常扉を開けベランダに出た。
真っ赤な太陽が西の彼方に静かに沈んでゆくところだった。
「もうすぐ夏ですねえ」
「ああまったくだ」大学八年生の吾郎は内ポケットからタバコを取り出し火を点けた。
「クソ暑い夏がまた来やがる」
「休憩したらゴミ出ししてきますよ」
「おう、じゃあ頼むわ」
ロッカールームに行き翔太はケータイの履歴を確認した。
やはり優子からのメッセージはない。
自動販売機でドリンクを買って非常階段を登った。
屋上に出るととっぷり日が暮れていた。
良い風が吹いていた…
連結タイプのステーションボックスの把手を引き上げ重いゴミ袋を一つ投げ入れた。
残るはもう一つ。生ゴミがぎっしり詰まっていてこれがまた重い。
「ヨッコラセと」
ドスンと音がして嫌な臭いが辺りに満ちた。
「わあ、臭え」
思わず後じさりすると顔の前にひらひらと白く小さい紙片が漂った。
ハッと掛け声をかけ空中でつかみ取った。
「やったぜ」握った拳をゆっくり開くと手のひらにあったのは紙屑ではなく、ひとひらの花弁だった。
それは桜の花弁だった。
「どうして桜」
翔太は花弁を手に取りネオンサインに翳してみた。
「やっぱり桜だ」
けれどこの時期に桜の花が散るはずもない。
「そうか」
何処かの部屋で誕生パーティーでもやってイベントの余興に花弁を使ったのだろう。何処で桜を調達したのかは知らないが。
非常階段を昇ろうとした時、聞き覚えのある甘い声に呼び止められた。
「翔太君」
振り向くとそこにはセーラー服を着たワンレンロングの少女が立っていた。
「優子ちゃん。どうしたの」
「来ちゃったわ」
クラスメイトの木寺優子だった。
「びっくりしたな」
「ごめんなさい。驚かすつもりじゃなかったの」
「来ちゃったって、メール見てくれたの」
「ううん。メール来てないよ」
「嘘だ」
翔太はポケットをまさぐってケータイを取り出し送信履歴を見せた。
「出してるよ。ほら」
「そうね」優子は翔太が差し出したケータイを見もせずに答えた。
「まあいいや。優子ちゃん、あのさ」
「何」
「親父に教えたろ、俺が此処でバイトしてる事」
「うん。だってお父さん心配してたから」
「俺言わなかったっけ。黙っておいて欲しいって」
「言わないよ。それは言ってない」
「そうかなあ。言った気がするんだけど」
「忘れているのよ。翔太君」
優子にそう言われるとそうなのかなと思えた。
「翔太君、大丈夫かな」
「大丈夫だよ。って何が」
「何でもないの。少し疲れてるのかなと思って。アルバイト楽しいみたいね」
「いろんなお客さんがいてね。見てるだけでも楽しいよ」
「何故カラオケ屋さんを選んだの」
「時給が良いんだ。此処ね。頑張ったら頑張っただけポイントが付いてね」
「へえ。意外だな。翔太君に向いていたんだね」
「自分を発揮出来るっていう感じがしてね。それが良いんだ」
「わかるような気がする。それって幸せよね」
「皆んな楽しそうに歌を唄っている。それも良い所だ」
「翔太君、歌が好きだもんね」
「うん」
翔太は非常階段に座った。
「優子ちゃんも座るかい」
「いいの。私は」
西の空もすっかり暗くなった。
「風が強くなってきたね」
「そうね」
「寒くない」
「ちっとも。何にも感じないわ」
駐車場のライトとライトの間を黒い物が飛び交った。
「蝙蝠だわ」
「怖い」
「ううん。怖くない」
黒い不吉な手紙のように蝙蝠は羽ばたき続けた。
「上に行かないかい。此処は臭いよ」翔太は鼻をつまむ振りをした。
「良いわ。翔太君がそうしたいなら」
「滑りやすいから気をつけて」
二人が非常階段を上がり出すとステーションボックスの隙間からゴミの汁が漏れ始めた。
汁はアスファルトに徐々に広がり、排水溝を求めて忌わしい触手を延ばしていった。
さながら、毒蜘蛛のように。
さて、主婦たちの女子会シーンは終わり、ここから物語の雰囲気は一変します。
まったく異なる話しになっていくと言って良いでしょう。
主人公も真樹子や保子から翔太と優子に移行していきます。登場人物もさらに増えていきます。
変わらないのはカラオケボックスという設定と、翔太という若者だけ。
カラオケボックスを舞台に時空を超えたバトルが展開されます。
千夏やこず恵も脇役として登場します。
優子はこのエピソードで初めて登場する少女です。作者が思い描く様々な女性像の中から、今回の翔太の相手役にもっともふさわしいキャラクターを創造しました。
前作の翔太のお相手は男運がわるい年上の薄幸な女性でした。
彼女は翔太の純粋さに触れ、人生を変える一歩を踏み出します。
優子は彼女とは真逆のヒロインです。
カラオケボックスに集う女性達とも一線を画す特別な存在として描いています。
常に真っ直ぐで正しく、与えられるより、与えることに喜びを感じるタイプです。
これは実は前作の翔太ととても良く似た性格なんです。
今回の翔太はちょっと違います。
ダーク翔太です。底知れぬパワーを使って、自分の思い通りに世の中を変えようとします。
作中、優子の言葉が引き金になり、翔太の記憶がフラッシュバックするシーンがいくつかあります。
前作を読んでいない方にはわかりづらいシーンですが、流れで何となく伝わって頂ければと思います。
前作ほどではありませんけど、胸キュンな場面も所々に散りばめました。
それでは異次元の世界へ、ようこそ。
作者