女達のショータイム
日曜日の午後遅く。
『らうどねす』桜西店。
2時間待ちのピーク帯を過ぎ、さらに夕刻の訪れと共にちらほら空き室が目立ち始めていた頃、木寺優子は駐車場が見下ろせる小高い公園で、夕焼けに染まる空を見上げていた。
「やっと一息つけそうだな」
山岸吾郎は最後の汚れた食器の山を洗浄機に突っ込んだ。
「お前また今月もボーナストップだろ」
「はあ、疲れたあ」
翔太は厨房の非常扉を開けベランダに出た。
真っ赤な太陽が西の彼方に静かに沈んでゆくところだった。
「もうすぐ夏ですねえ」
「ああまったくだ」大学八年生の吾郎は内ポケットからタバコを取り出し火を点けた。
「クソ暑い夏がまた来やがる」
ペパーミントルームでは八人の主婦がぐでんぐでんになる一歩寸前だった。
「ああ酔っちゃったわあ~」
「まーだよお」
「ちょっとォ、どこいくのよォ」
「おしっこよォ~」
「ねえ誰か歌ってよ~」
「待って待って、吐きそう…」
「きゃあ~ だめよォ」
「ラーメン食べたくなぁい?」
「いらなーい」
ロッカールームに行き翔太はケータイの履歴を確認した。
やはり優子からのメッセージはない。
自動販売機でドリンクを買って非常階段を登った。
屋上に出るととっぷり日が暮れていた。
良い風が吹いていた。
「塚田さん、絵美子さん。しっかりして」
「うん大丈夫」
真樹子は心配そうに絵美子を見つめた。
「飲ませ過ぎちゃったわね」と保子。
「あなた、家大丈夫なの?」
「大丈夫よ。どうして?」
「いえ、何となくよ」
「うちは崩壊寸前よ。今に始まった事じゃないわ」保子は投げやりに呟いた。
「そんな事言わないでよ」
「仮面夫婦。ううん、仮面家族ね」
「子どもを悲しませちゃダメよ?」
「そうね。子どもを傷つけたら死んでも死に切れないわ。真樹子はどうしたいの」
「何をどうするって」
「前回は恋をしたいって言ってたじゃない」
「今もしたいわ。激しい恋。そんな経験がないから。あなたを見てると憧れちゃう時があるなあ」
「ろくでもないわよ。恋なんて真夏の夜の夢よ」
「うまくいってないの?」
「うまくいくわけないでしょう。わかってる癖に」
「真樹子、一つ聞いて良い?」保子は意地悪そうに尋ねた。
「何よ」
「島津さんと何かあった?」
「ないわ」
「そう。レストランの駐車場でね、あなたと島津さんが話すの後ろから見てて、何となくそう思ったの。こりゃ何かあったなって」
「ないわ。まだ何も」
「まだ?おかしいなぁ。私の勘て当たるんだけどなあ」保子はとぼけた。
真樹子は膝で眠る絵美子の髪を撫でた。
「この人、保子にちょっぴり似てる」
「そうね。私もそう思った。自信があって怖いもの知らずで、希望に溢れてて。でも影がある。ライバル出現ってとこね」
「ライバル?」
「あなたと同じ目をして見てたわよ。島津さんの事」
「ダメダメ。その手には引っ掛からないわよ」
「ふーん。ねえ真樹子。女は恋をして何処に行くと思う?」
「何処って、さあ。地獄かしら。一般的ね」
「フフ。何それ、当てつけ?何処にも行かないわ。何にも変わらないの。あなたは何か変えたいみたいだけど恋をしても何も変わらないわ」
「そうかしら。保子は変わったわ」
「そう?どんな風に。落ちぶれた感じ?」
「違うわよ。以前はこうして集まっても黙ってただ飲んで歌ってただけ。今日は感情的になってた」
「そうかな。前は男の事で夢中だったからね。今はいたってクール」保子はVサインをしてみせた。
「私何処に行くにしたって、このまま枯れたくないナ」
「枯れないわよ。女は男と違って。女は花よ」
「そうありたいわ。あなたみたいに生き生きしていたい」
「十年経ったらわかるわよ。真樹子」
「十年後の自分に会ってみたいわね」
「マジで?かなりショッキングよぉ~」
「そうね!あははは!」
「明日からまた主婦に戻らなくちゃ」
「そうね」
「こず恵の手、ほら。ガサガサなの。スタイル抜群なのに。朋美も舞も目の下クマ作っちゃって」
「皆んな仕事持ってるからね」
「ひとみはまた太っちゃった。千夏コーチは若いわね」
「一番先に寝ちゃったけどね。寝る子は育つよ」
「ハァ~ァ お金の事、子どもの事。ヤダヤダ」
「それに、彼氏の事も。保子は忙しいわね」
「そっちは別腹よ。真樹子、何か歌う?」
保子はマイクを真樹子に向けた。
「私はいいよ。歌って保子。除湿系のやつ!何だか蒸してきたわ」
「おーし!」
保子は曲を選んでステージに立った。
「皆んなを叩き起こして。そろそろ帰らなくちゃだから」
「OK!ラストショータイムよ!」