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一万年も寝て起きた、俺がついに決戦出陣?

 そして夜が明けた、戦いの前日。陣地には次々に増援の軍が集結していた。

 その中には、

「勇者様!」

「ハナ!」

 あの女騎士ハナ・ミズキの所属するアイアン王子の騎士団や、王都防衛軍の一部。散り散りとなっているガワカナ直轄領の騎士たちもここぞとばかりに駆けつけて来ていた。

 そして、到着し次第、俺に向かい、喜び勇んで声をかけて来たハナであった。しかし、——いろいろ話したそうハナであったが、戦いの準備がとすぐに去って行く。

 それは、他の知り合い同士でも同じような様子であった。集まった者たちは、次の日の戦いの準備に忙しく、一言二言挨拶を交わしたのみで忙しく武具の用意、作戦のブリーフイングなどを行っている。

 急襲作戦の前日に、久々に会った者たちも旧交を温めている暇はないということで……。

 慌ただしい、一日が過ぎ。

 

 ——そしてあっという間に夕方となる。

 夕食の後、明日の戦いへの興奮に身を高ぶらせながらもみんなは自分の部屋やテントに戻り、それぞれの思いで過ごしているだろう時間。

 俺も様々な思いを胸に秘めながら、明日の作戦での俺の役目、その行動を心の中で何度も繰り返し思い返していたのだった。

 ベットに寝転がりながら、俺は何度も何度も明日のことを考えていたのだった。

 俺が明日、どれほどうまくやれるかわからない。

 しかし、その力の限りやった——だけではすまない、俺は俺のやれるだけのことを、それ以上をやって、——必ず成し遂げなければならない。

 そう思い、俺は、何度も何度も、心の中で、明日の戦いのシミュレーションをするのだった。

 ——とは言え、そうやっていつのまにか夜も更けるくらいの時間となれば、何度も何度も同じことを考えていた俺の頭はいい加減もう、頭がマヒしてしまう。

 このまま考え続けても効率が悪いどころか、一度覚えたはずのことまで間違ってしまいそうな状態になったので、一休みして後は寝る前にもう一度考えよう。

 ——そう思って、体を起こした瞬間、

「勇者様——お茶でもいかがですか」

 ライラだった。

 ちょうど休もうと思った時に、やってきたタイミングの良さにびっくりしながら俺は部屋のドアを開ける。

 すると、お盆の上にティーポットやお湯の入った小さなヤカンなどを載せて入ってきたライラは、手際よくお茶を入れると、俺のベットサイドのテーブルにそれを置き、

「どうぞ」

 少しぬるいお茶は、ごくごくと一気に飲めて、いつの間にかカラカラになっていた喉に心地よかったが——ライラは俺の部屋の前で入るタイミングを伺っていたのだろうか? その間にお湯が少し覚めてしまったのだろうか? と思えた。

 俺が、この部屋に今入ってはいけないと思わせるようなオーラを出していたのだろうか。緊張し、何かを考え続けている。その邪魔をしてはいけないと思わせるようなオーラを。

 もちろん、俺が本物の勇者でも明日の戦いに向けて油断せず様々な思考を巡らせるだろう。本物の勇者ジェイドも、決戦の前の日などは、とても話しかけれるような雰囲気を漂わせながらきびしい顔でじっと精神統一をしているものだった。そんな時には、俺たちギルドのスタッフのだけでなく、パーティメンバーも彼には近寄らないようにしていたものだが、

「君は……、聞いてたんだよね」

「はい? 何のことでしょうか?」 

 この子は分かっていて——俺の緊張のわけを知って部屋の外でじっと待っていたのではないだろうか。俺は、そんな気がしてならなかった。

 俺が偽勇者だから、本物の勇者のふりをしなければならないためにじっと集中して作戦を練らなければならない。それを知って邪魔しないようにしていたのではと……。

「君は俺がハナに言った言葉を聞いたはずだ」

 しきりに迫ってくるハナから逃げるために、俺が勇者では無いことを打ち明けたあの言葉、脳筋のハナは聞いても自分の思い込みを解くわけは無く単なる冗談か何かと思ってたようだし、乱入してきたメイドたちもあのようではその言葉を聞いた風は無い。

 でも、あの時ライラだけ少し様子がおかしかった。

 明らかに、何か知ったそして、だからこそ『どういう事情があろうと……本物の勇者さまですから』なんて言葉を俺に言ったに違いなかった。

「確かにあの時、他のメイドたちよりもいち早く勇者様の部屋にたどり着いた私は、ハナ様に向かって勇者様がバカな言葉を言っているのを聞きましたよ。勇者様が勇者で無いなんて……」

「やっぱり! でも、聞いてくれ!」

 俺は、今このタイミングでライラに俺が勇者じゃ無いことをバラされるとまずい。すべての計画がおじゃんとなってしまう。それはハルカンディアの敗戦を意味するのだから——俺の正体については黙っていていて欲しい。そんな風に説得しようと、肩を掴んで彼女を見つめるのだが、

「勇者様? 私は勇者様は本当の勇者様と言っております。それなのに、……一体何を聞かされるのでしょうか?」

 ライラは俺に優しく微笑みを返すのだった。

 おれはその笑顔の意味がわからずに混乱した口調で言う。

「ライラ、君は俺が本物勇者じゃ無いことを知ってしまったんだろ?」

「あらそうでしたの? 私は勇者様があの女騎士から逃げるために——勇者じゃなければあきらめてくれないかと——苦し紛れの嘘をついていたのかと思ってましたよ」

「ライラ!」

 俺は彼女がからかっているのかと思ってつい語気を荒げるが、

「でも、勇者様は自分が勇者じゃないと今私に打ち明けると……」

 あくまでも優しくまた落ち着いた口調。

「そう言う話にしたいなら、そう言う話でも良いよ、ライラ。でも、聞いてくれ、俺は勇者に成りすまして、なにか栄誉とか財宝とかを得ようと思ったんじゃない。そのことを打ち明けれないままに状況に流されて、こんなことになってしまって……。でもこの状況の責任を取りたいと思ってるんだ。そのためには俺が勇者じゃないと、あと一日だけは、戦いの終わるまでは黙っていて欲しいんだ」

「……黙っていて欲しいって、お戯れを。勇者様は勇者様でしょう。ジュエル王女と私を巨人から聖剣で守ってくれではないですか?」

「あれは——あれには——全き希望のグラディウス・オムニ・スペムには、本物の勇者ジェイドの霊力が封入されたまま俺と一緒に一万年眠っていたんだ。だから一回だけはその力を振るうことができた。今はあの剣は空っぽだ。俺があの剣を振ってもただの鉄の塊が空を斬るだけに過ぎないんだよ」

「でも昨日は剣の力で敵の陣地を吹き飛ばしたと言うでは無いですか?」

「あれにはトリックがあるんだ!」

「トリック?」

「俺の眠る前の時代、一万年前には勇者に率いられて魔王と戦ったパーティがあった」

「知っておりますよ、我が国の伝説として今も語り継がれる。子供でも知っている話です。勇者様はそれにご参加なされていたのでしょう?」

 俺は戸惑いながらも首肯しながら、

「俺は確かに参加していた。でも、——俺はギルドから派遣されたサポートメンバーだっただけだけど……」

 俺の真実——偽勇者という告白をするのだった。

 だが、顔色も変えないライラ。

 彼女はやはり気づいていた? でも、ならば、なぜ、俺に本物の勇者のように尊敬した様子で接していたのか? 

 それがわからずに、俺は少しモヤモヤした気持ちになるが、

「…………」

「あれ、勇者様? トリックの話はどうなりました? 話を途中で止められると、私もモヤモヤするんですけど」

 俺の気持ちなどお見通しと言った表情で話を進めることを要求するライラ。

「……ともかく、そのパーティの中には大賢人ウィズがいた」

 俺は彼女の求めに従って話を進める。

「はい、勇者様のパーティのメンバーのなかで、その名前だけは今に残っております。不世出の賢人で智学の大家であっただけでなく、今に至る自然魔学の基礎を作った方ですね。それに、ウィズ様由来とされる様々な魔道具も、ガルツ公のお使いの杖の他にも今の世までいくらか残っていると聞きます」

 俺は、また、深く首肯しながら言う。

「——そう残っていたんだよ」

 ウィズが魔王に攻め込まれた今でいうハルカンディア列島を守るために仕掛けた防御機構——盾——アエギス。

 それは国土の要所要所無数にばらまかれた、魔力ポテンシャルをためた球体であった。

 彼の言うには、そのポテンシャル球は、普段はこの世と少し位相をずらした別の魔空間にひそませておいているのだが、必要な時に引き出してそれを活性化させ、この世の空間との魔力ポテンシャルの差をエネルギーとして爆発する。

 ウィズはそんな防御機構を彼はパーティの遠征と合わせてあちらこちらに仕掛けたのだった。

 ——そして、その活性化のための鍵となるのは、彼の杖か、全き希望の剣の出す波動だった。

 あの聖剣の出す霊波に振るうもの思いが乗れば、それがアエギス爆発の鍵となる。

 他にも魔術師フルルの詠唱やエルフ・ペクトラムの使役する精霊の囁き。

 ウィズは、アエギスを、彼だけでで使うのではなく、パーティのみんなが防御に攻撃にそのエリア破壊魔法のような力を振るうことができるようにしたのだった。

「聖剣にはもう敵を倒すような霊力は残っていないけど、アエギスのキーとして使うためには支障が無い。聖剣の出す波動にのせて俺の思いを乗せれば——その思いの届いた場所にあるアエギスが爆発する。俺はトリックを使ったということなんだよ。聖剣の力がまだあるように、俺が勇者の力を振るえるかのようにみんなを騙したんだよ!」

「なるほど……」

 俺の話を聞きながらも、全く動揺を見せずにライラは言った。

「——さすが私の勇者様です! どうであれ、あなたは我々の敵を倒したのですから!」

「ライラ……」

 どうにも、今までの俺の打ち明け話を聞いても、ふざけてるわけでもなく、皮肉っぽいわけでもなく俺を勇者と言い続けるライラだった、もちろん今彼女には自分の今後の生活のため(田舎に戻されないため)勇者という存在を必要としてたが、そんな打算により無理やり俺を勇者のままとしたいとしているようにも見えなかった。

 どうにも、彼女の真意がわからなかった。だから次の言葉をなんと言って良いかわからずに、俺は言葉を詰まらせるが、

「あの……勇者様? ジュエル様と私ががあなたを勇者だと確信したのは、あの城が伝説の勇者の城で、そこにいたのがあなただからなんかじゃないんですよ」

「…………?」

「私たちはあの城の中で金剛石になったあなたを見た時に二人して言ったのです」


『ああ、これが勇者様だな妾にはわかるのじゃ。この顔、これは勇者の顔だ——なのじゃ』

『そうですね、ジュエル様私もそう思います。この方は勇者様に間違いありません。なぜなら……』

『なぜなら? 何なのだ——なのじゃ』

『この方は——我々に希望を与える者の顔をしております』


 そして頷き合った二人は、金剛石となった俺に呼びかけを始めたのだったと言う。


「勇者様。今のあなた様が何者なのかはわかりません。ただのギルド職員と言われても、そんなギルドなどもう今の世には無いのですから、そうですよね?」

 首肯する俺。

「せいぜいが、元ギルド職員。——じゃあ今のあなたは何者ですか?」

 俺は心の中で今の俺が何者なのかを言う。

 そして、

「……であろうとしている」

 とつい口に出して付け加えるが、

「そうですよ、勇者様! あなたは今そうなろうとしています。勇者様、私たちが欲しいのは勇者の伝説なのではなく我々の勇者様です。そしてあなたがそうなろうとしています。勇者様、私とジュエル様の目に狂いがなかったことを証明してみてください」

 少し涙ぐんでいるようにも見えるライラの放つ言葉に俺は打ちのめされながらも、

「俺は……」

 言葉を続ける。

「勇者だ」

「そうです。あなたは、少なくとも、私の勇者様です……」

 そういうと俺に抱きつき旨に顔を埋めるライラ。

 そんな彼女を、どうして良いかわからずにいつの間にか恐る恐る背中に手をまわす俺だが、

「強く!」

「はい?」

「もっと強く抱きしめれ!」

 感情が高ぶり、少し訛り始めるライラ。

 そんな彼女を、

「はい!」

 言われるまま、強く抱きしめる俺。

 するとライラは、泣きながらも強い口調で、

「戻ってくんだべな!」

「……っつ!」

「勇者様、あなたがが戻ってこなければ、私はこのまま誰にも身を任すことなく処女のまま一生終えますからね。あの城で、私を救うべく巨人に立ち向かったあなたを見た時に私は決めたのです。いえあの時に気付いていたのですよ。

 この人は、無敵の勇者のはずなのに、震えているって。でも、そんな恐怖に囚われながらも、私を救うため勇気を振り絞ってくれてるって。そして——そこに希望が生まれましたた。我々はあなたに救われました。

 でも……。

 なぜ勇者が震えるのかその理由はあの時は分かりませんでしたが……。今は知って——それならばなおさらに——あなたを逃せません」

「ライラ……」

 泣き顔を見せたくなくてか、ライラは素早く振り返るとそのまま、

「勇者様、ご武運を! そして私はいつまでもお帰りを待ち申しております。そうたとえ、それにこの後一万年がかろうとも……」

 と言うと部屋から出て行ったのだった。

 ——しかし、その後ろ姿に向けて俺は、

「……ごめん」

 と小さな声で呟くのだった。


   *


 そしてまだ日も明けぬか明けないかの頃、騒々しくも整然とした隊列を組んで俺たちは出発した。

 後にハルカンディアの歴史に刻まれることになる大決戦へ向けて俺たちはついに、俺たちのルビコン川を渡ったのだった。

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