一万年も寝て起きた、俺が二度目の聖剣発動?
俺は勇者じゃないけれど戦場は初めてじゃない。
と言うか結構慣れている。
少なくとも俺の時代まででは史上最大の戦いとなった、魔王との最終戦争に向かうパーティに俺はギルドの派遣員として同行したのだ。
戦士としては能無しでも、戦争の恐ろしさも、悲惨さも知った上で、それに立ち向かう術を人よりは相当知っているはずだ。
また、軍隊の能力や、その置かれている立場とかも直感的に感じ取ることができた。
俺は、いちおう、そんな修羅場をくぐってきた人間ではあるのだ。
だから今回慰問に来たこの戦場の趨勢と、そこを守るガルツ公国軍の今の状況も直感的に感じ取った。その現状は……、
「ようこそ勇者様、そしてジュエル様——」
片膝をついて俺たちに礼をするのはこの最前線の指揮官、ガルツ公王アスヒであった。
「お父さん……」
そしてアスヒ公王はアップルの父。車中で聞いた話によればこの国有数の用兵家として有名で、そのためこうしてもっとも厳しい前線を守ることになったと言う。
「ああアップルも来たか。いつもなら子供が戦場に来るんじゃないと追い返すところだが——正直今はありがたい。我が軍の皆はお前のことを子供時代から偶像視してるからな……お前の訪問で元気がでるだろう」
こうやって陣に入っただけでもわかった。
この軍は相当に追い込まれている。
相当手練れの強兵揃い軍と見えるのに——それでも相手に押し込まれている。
それほどの敵のようだった。
でもだからといって、それで俺たちはビビって逃げ帰るわけにはいかない。
「アスヒ殿、それでは早速だが見せてもらおうか」
一緒にここにきたジュエル騎士団の重鎮バローが言う。
「うむ……」
重々しい様子でアスヒ公王が首肯し歩き出すと、俺たちは彼についていくのだった。
俺たちは小高い丘から敵の上陸拠点となっている平地を見下ろした。
「民の家が……」
王都からも近い行楽地として栄えた、在りし日のサーキチガ海岸の建物が見るも無残に破壊されていた。そして、そこに強固な砦を築いているのがドラコアの侵略軍であった。
故郷の蹂躙された様子、そこの民の生活が失われた様を見て悲しみ、言葉を詰まらせるリリィであった。
荒れ果てた、戦場となった故郷、そこに今、彼女の家族も民もいない。
この地が戦場となって以来、民は王都に避難して、リリィの父親サーキチガ侯他のリリィの家族も、王都に疎開の施設と避難民の生活の再会に奔走中なのであった。
サーキチガ侯は、この戦いに身を投じる意思を何度も示してはいたのだが、まずは民の生活を立て直すのが第一それはお主にしかできない——とのハルカンディア王の命により今は彼はここにはいないのだった。
「我々の力不足でまことに申し訳ない。サーキチガ侯には反攻作戦の際には陣頭にたっていただきたいのだが……今はこの陣を守るだけで精一杯——いや……」
アスヒ公王はリリィを見つめながら申し訳なさそうな顔で言う。
しかし、この軍が守りから攻めに転じる際にはサーキチガ侯も駆けつけ軍の意気を揚げるつもりであったが、攻め込まれてからしばらくたっても未だにその機会はない。
むしろ、
「……じりじりと前線は後退してしまっている」
相手の方が優勢でハルカンディア軍は少しずつ押し込まれているようだった。
ドラコア軍は、元から、この地への上陸を狙い何度も攻めてきていて、それをその度に王都からかけつける遊撃隊の騎士団と陣地の守備隊との挟撃により水際で撃退してきたのだったが、一度相手に上陸され橋頭堡を作られてしまうと、勢力としては優勢な敵の勢いに抗うのは難しくなっているようだった。
なんとも悔やまれる撃退失敗であったが……。
——そもそも、それは、
「我々が大事な時に力になれずに……」
その責任を感じたブレイヴが侯に頭を下げる。
なぜなら、あるおバカ王女が、年末に物置の大掃除をしたせいで(その物置にいた長年の悪霊にやられて)、精鋭のジュエル騎士団が動けなくなった隙をつかれての敵の上陸成功なのだからだった。
だが、
「いや、敵の上陸は遅かれ早かれ成功していたと思う」
アスヒ公王は気にするなと言った様子でブレイヴの肩を叩きながら言う。
「あの時もヨコスカにいたリキッド騎士団が本当は山をこえて駆けつけて間に合ったはずだったのだ。しかしハヤーマに上陸されるかに見せかけた陽動部隊にひっかかった。二方面作戦をすると思わされしまったのだよ。君らが来ても同じだったかもしれない」
「我らならそんな手には……」
「そうかな?」
アスヒ公王は少し厳しい目をしながら言う。
「確かに、ジュエル騎士団は優秀で、君の様な若く有能な騎士もバロー殿のような老練な戦術家もいらっしゃる。もしかしてあの時も君らならドラコアを撃退できていたかもしれない」
「ならば、やはり——我々ならば……!」
「……だが戦いは一回きりではないのだよ。そしてたまたまの勝利をそこで得たとしても、結局、戦力も物量もまさる向こう側は別の我々の隙をまたつくことだろう。偶然は何回も続かず、いつか敵に上陸を許していただろう。そして一度それを許せばこの様に我々は押し返すことができないでいる」
「……………………」
「だから我々には今の軍の改善ではない根本的な改革がひつようだったのだよ。そして……」
アスヒ公は俺を見ながら言った。
「ジュエル様はそれを成し遂げた。勇者様を目覚めさせてくれたのだよ……」
*
そのまま昼過ぎまで俺たちは軍隊の慰問に回った。
海岸線から押し込まれてクーラカマの街を囲む山に陣地を作り敵の侵攻になんとか耐えている騎士たち。その拠点を順々に回って行ったのであった。
俺たちはどこの陣地でも大歓迎をされた。
陣の広場などに集まった騎士たちから熱烈に歓迎されたのだった。
なにしろ——王女であるジュエルの登場とアップルの激励、リリィの故地への願い。それだけでも、劣勢な連戦に落ち込む現場の騎士たちの意気を上げるに足るものであったが……。
——なんと言っても一番の熱狂を引き起こしたのは俺の存在であった。
伝説の勇者が本当に現れたというのだった。
これで国が救われる!
みんながそう思い、くじけそうになっていた暗い心に希望の光が灯る。
俺はその喜びの声に、偽物の英雄であることが耐えられずに、思わずその場から逃げだしてしまいそうになるのだった。
しかし、
「大丈夫ですよ。私の勇者様はきっとうまくやれるます。私が保証……いえ信じております」
思わず一歩後ろになりそうになった俺に、横に控えていたライラが小声でそう言ってくれるのだった。俺は彼女の声に勇気付けられて、後ろに下がりそうになった足を止め、逆に一歩踏み出して、歓声に手を上げて答える。
それが、今、俺がしなければならいこと、できることの全てだった。
俺はなんとか顔の表面に笑顔を浮かべて、俺の今の役目を果たす。
その様子を見てにっこりと微笑んでくれるライラ。それはなんか俺の心を全部わかった上で俺を勇気付けてくれている様に見えて……。
なんだろうこの感じ? 彼女はやっぱりあの言葉を聞いていて——俺が勇者じゃないと知っていて……でも? それならなぜ?
「勇者様? それでは少し危険ですが戦場をお見せしましょう」
俺がライラの真意が何なのかを考え始めた時に、ちょうどアスヒ公に声をかけられてハッとなった俺は、首肯しながら彼の後ろについていく。
本当の最前線は、馬に乗せられて陣を出ればあっという間であった。山を降り、二十分もいかないうちに、テント張りの軍の居留地とその先に柵をつなげたそこが今の前線のようであった。俺たちは居留地の後ろで馬を止め、その戦線をざっと眺めるのだった。
さすがに、ここまではジュエル他の非戦闘員の女性四人はここまではつれて来ていなかったが——本当にそうしてよかったと思わせる周りの光景であった。
それは最前線にふさわしく荒れた様子の海岸であった。壊れた大砲や折れた剣などの他に、回収しきれていない人間の四肢があちらこちらに転がっていた。硫黄が焦げたような匂い、肉が腐ったような匂いが辺りに漂っていた。
「昨日も小競り合いがあったばかりで……こちらも随分犠牲者を出しました」
俺が戦場を見て顔つきが変わったのに気づいてアスヒ公が言う。
「でも前線にしては、この柵は随分丈夫なものに見えますが、これが昨日は破られ敵が攻め込んで来たのでしょうか?」
と俺が鉄製で三重に構えた柵の防御を見ながら言うと、
「この柵も敵の地竜隊には有効ですが、相手がここぞというところで投入してくるワイバーンを駆る竜騎士の軍団には意味がなく、どうにも苦戦しております」
アスヒ公は苦渋の表情を浮かべながら言い、
「わが国にももう少し竜騎士が居ればこんな羽目にはならなかったのにですな……」
とバローが返す。
「まさしく……」
バローの言葉に頷くアスヒ公。
二人の顔は後悔に満ちていた。
どうも、後で聞いたことにには、——ハルカンディアもちょっと前までは竜騎士の育成に力をいれそれを国土防衛の要としていたようなのだが、長年続いた平和に多大なコストがかかる育成は中止。今は申し訳程度の竜騎士しかハルカンディアは用意できていなかったのだった。
そんな時にちょうど攻め込んできたのが、竜騎士の軍団を擁するドラコアであったのだった。軍は反対したのだが、財界の意を受けた元老院議員たちによって押し込まれてしまった竜騎士の縮小が最悪のタイミングで重なってしまったということだった。
二人は、ハルカンディアの軍の重鎮として——決して我が意では無かったと言っても——事態を看過してしまった責任を感じているようであった。
「でも、いまさら過去のことを言ってもしょうがありますまい……」
「うむ、その通り」
「それに、奴らもこれを恐れて迂闊にはここを突破できません……」
アスヒ公は懐から短い棒のようなものを取り出す。
「あれっ? それは?」
俺はアスヒ公が持つ魔道具らしきものを見て、驚いて言う。
「ああ、大賢人ウィズ様の遺産——もちろん勇者様ならご存知でしたな!」
そう、それはまさしくウィズの持ち物——彼の魔法の杖であった。
「大賢人が地の力、天の力、異界の力を引き出して戦うために魔道具、これにより勇者様たちのパーティは何度も危機を脱したのでしたね」
その通りだった。ウィズの持つあの杖はまさしく万能。大地から、空から、過去から、未来から、他の世界からの力を呼び出して、様々な尽きぬ攻撃を、守りを行ったのだった……が、
「……もちろん我々ではこの杖の力を十全に引き出しているとは、とても言えません」
そうなのだった。あの杖は、大賢人と呼ばれたウィズの、この世の人とは思えないほどの智力があって初めてまともに使えるものなのだ。それを普通の人が使っても精々そこには線香花火程度の現象しか生じない。
しかし、
「ふんっ!」
アスヒ公がちょうど我々に向かって飛んできた竜に向かって杖を向けて気合をこめた。
すると、空の一部がかき曇り、そこから雷撃が竜に向かって落ちるのだった。
「あっ——! すごい!」
俺はそのアスヒ公の力に——その智力にびっくりする。
あの勇者のパーティの中でも、ウィズの他にこの杖をここまで使えるものはいなかった。
この人は、有能な軍人なだけでなく、相当な智者でもあるようだ。いや、その智を持って武を操ることで、今の地位にいるのかもしれないなと、
「すごいですね! 当時もここまで使える人は世界でも数人もいませんでしたよ」
俺はアスヒ公になんのおべっかでもなく本気で称賛の言葉を贈るのだったが、
「勇者様よりお褒めにあずかり恐悦至極でございます。ただ、それにしても、ここまでしか使えないというのが事実でして……」
アスヒ公はどうにも褒められても困ってしまうような様子。
雷撃があたった竜はバランスを崩し墜落をするのだが、それは海面近くまでいくと体制を整えてまた再び羽ばたきだす。
その力は竜を一撃で倒すほどの力は無いのだった。
褒められるほどのものではないと公は言いたいようだった、
「それでも、この杖の力と、我が方の小規模ながらの竜騎士部隊が協力すればなんとか空中よりの侵攻は防げている状態です。だが彼らが混戦の中で我が軍の背面に突入する低空での侵入を防ぎきることはできずに、挟撃にあい敗退する——これがずっと繰返されております」
なるほど、竜の空からの長駆はなんとか防げていても、地上部隊と連携して背面に突入されてしまえば味方は総崩れ。そんな戦術的失敗が、敵の手の内がわかっていながらも繰り返されてしまっているのが現状のようだった。
よくもまあ一万年を超えて残っていたものだと感心するウィズの杖は、劣勢な戦況を打開する決め手とはなりえていないようだった。
だが、
「もしかして……これが一万年残っていると言うのなら」
俺はある可能性を思いつく。
「はて? 勇者様どうかしましたかな?」
俺が何か言いたそうな様子に気づくアスヒ公。
「……あの柵の向こうにちょっと出てみるのは可能でしょうか?」
*
柵の外に出てみると、砂浜にはもとは海の家だったろう家屋の残骸や、元の最前線であったろう壊れた柵が転がっている他は特に変わったところも無いように見えた。
いたって普通の風景だった。長い砂浜に打ち寄せる波。太陽が輝いて、海から飛び上がる魚を照らし、空にはカモメやうみねこが飛ぶ。
しかし、そこには人っ子一人としていなかった。
まだ季節は海の行楽シーズンには早いものの、普通の状態であればきっと、海辺で遊ぶ親子やら散歩の老人なんかがこの穏やかな海辺を歩いていただろうに、今は誰もいない。無人の浜辺であった。
そして、その砂浜の所々に金属を編んでできた大きな鳥の巣のようなものがが見えた。
「あれが敵の陣地です」
よく見れば、その上にはワイバーンがとまり、周りには歩哨らしきモンスターが歩いている。あの巣のようなものが敵の基地となっているらしい。それは、いかにも恐ろしげで、ものものしい雰囲気であった。
だが、
「静かですね。我々に気づいていないのでしょうか」
俺は厳戒態勢の戦場に飛び込むのだと緊張して柵をこえたのに、あまりに平静な海岸の様子に、少し拍子抜けしながらも——その静けさに不気味なものを感じながら言った。
すると、
「いえ……、向こうはもう我々を見つけています——すぐに来ますよ!」
アスヒ公はおれたちの前方を飛ぶワイバーンが鋭い警笛のような鳴き声を出すのを見ながら言った。すると、その言葉が終わるか終わらないうちに、陣地から飛び立ったワイバーン数体がこちらに向かって来る。
それを見ても歴戦の兵の二人は落ち着いている様子ではあったが、
「まだまだ敵はやってきます。いかに勇者さまでも今、準備も無く、雲霞のごとく敵にまとわりつかれると面倒でしょう……ここはいったん引きましょう」
バローの助言であった。
確かに彼の言うことは正しい。
もし俺が本物の勇者ジェイドだったにしても、このまま次から次へと現れる敵に取り囲まれるのなら、そのすべてを撃退するのは難しい。聖剣による攻撃も敵のすべてを一度に切り裂くことができないのなら、反ってその後にできる隙を狙われる。
勇者でもない俺ならなおのことだ。
自動勇者の剣技で何匹か撃退できるかもしれないが所詮は偽物。次々に攻撃をかけられたら俺の体の限界をあっさりと超えてしまうだろう。
だから、俺はさっさと柵の後ろに逃げ帰るべきなのだった。
しかし、
「ちょっと試して見たいことがあるんです。アスヒ公、あの杖を貸してもらってよいでようか……」
はて? といった表情をしながら、おれに大賢人ウィズの杖を渡すアスヒ公。
俺はそれを受け取ると、ある思いをこめて前方に向かって突き出すが、
「やはり——だめか。これは、ウィズでないと……」
俺は杖をアスヒ公に返しながら言う。
思った通り。
この杖は賢人の能力がなければウンともスンとも言わないのだった。
俺程度に扱えるような代物ではない。
でも——それは想定通りであった。
俺が使うのは別のもの……。
——俺は腰の聖剣を抜くと、振りかぶりながら言うのだった、
「全き希望の剣!」
すると——次の瞬間、目の前の海岸から爆炎があがる。それはそのまま目の前の砂浜をいっぱいに広がる。
あたりは一瞬で火の海となり、その中で無数の敵が焼けているのが見えた。
俺は確信した。
今日は様子見で、目の前の一角を爆発させてみただけだけど……。
——ああ、聖剣でなら使える。
俺は「それ」を確認して首肯する。
俺は口元をニヤリとゆるませた。
すると、それは随分と不敵な表情にみえんたのかもしれない。目の前の地獄の如き業火を、当然の結果と思っているような様子に見えただろう俺に、
「勇者様、これがあなたの力なのですか」
さすがの強者バローもあっけにとられた表情で言う。
俺はその言葉に返すように、また、ゆっくりと首肯した。
「さすがです……」
バローは驚きと、畏怖の目で俺を見る。
ああ、それが今俺が望む反応であった。俺は、今は伝説の勇者としてここに立たなければならないのだった。
だが、俺は、その目を正面から見つめることができずに、思わず目をそらす。
……俺は嘘をついたのだ。
これは俺の力じゃ無い。
俺は、今、あるトリックを使ったのだ。
そして、その秘密を、——話さななかったのだった。
俺はそのことに罪の呵責を覚える。
しかし、本当のことばかり言うのがいつも正解では無い。
いいさ、それが罪ならば俺は償おう。
——俺自身で!
俺はそう思う、……そう心の中で叫びながら——思う。
俺は見つけたのだった。
ついに……。
俺は——俺の「責任」の取り方をやっと見つけ出したのだった。




