一万年も寝て起きた、俺に突然紳士の疑い?
……くん?
……ルくん?
んっ? 何だ? 誰か俺を呼ぶ声がする。
あれ俺は?
「ダメだ奴はもう魔人ヒュプノに完全に囚われてしまった。もう……」
「でも、助けなきゃ……」
うっすらと見える目の前の光景。
先頭にいるのは剣を構えた勇者ジェイド。
その後ろで心配そうな表情で俺を見ているのは女魔術師フルル。
この、魔王殲滅クエストに向かうパーティでたまたま一緒になったことで、久しぶりに再会した俺の幼馴染であった。
しかし、フルルは、小さい頃の泣き虫のドジっ子なんてどこにいったのかと言うくらい、冷静で凄腕の魔術師になっていたのだけど……。
調子にのると迂闊になってしまう癖は治ってなかったのだった。
クエストを始めて以来の連戦連勝の勢いにのり——うかつにのりすぎて——罠にはまった。
——それが今の目の前の光景であった。
もしかして、この山を越えれば、もう魔王の城も見えてくるかと言うそんな場所まで来て、これまでの勝利に安心したフルルの心に、ちょっとした油断ができてしまったのかもしれない。彼女が迂闊にも、閃光魔法で追い詰め続けた敵の逃げ込んだほらあなの奥には魔人ヒュプノが潜み、その眠りの呪いにフルルを取り込んでしまおうと待ち伏せていたのだった。
勇者ジェイドの力を存分に発揮させる遠隔支援を行うフルル。その女魔術士を取り除いてしまえば、ジェイドの力も存分には発揮できなくなる。彼女こそが実はパーティーの核であり、弱点である。それに気づいた魔王軍の策略であった。
しかし、すんでのところで、——フルルについて、サポートの魔具を持って同行していた俺が彼女の前に飛び出し、代わりにヒュプノの呪いを受けたのだった。
その後、ヒュプノは、もちろん、ジェイドの聖剣で一刀両断。
でも俺にかかった呪いは溶けること無く、そのまま意識が薄れ……。
「あきらめろ。もう手遅れだ!」
ジェイドの声。彼は剣を俺に向けて構えている。
「だめよ! 私の不注意のせいでこんな目になって!」
しかし、フルルがジェイドにしがみついて彼を前に進ませないようにしている。
すると、
「フルル、一時の感情に流されるな。このまま永遠の眠りの中で苦しみながら朽ちていくよりも、一思いに殺してやったほうが彼には幸せだ」
パーティの戦略担当の大賢人ウィズが言う。
「何を言ってるの! そんなこと許さないわ!」
フルルは理性を失ったかのような声で叫ぶが、賢人ウィズの言うほうが正しい。彼だって、言いたくてそんなことを言ってるのではないだろう。もちろん、俺だってここで死んじゃうのは嫌だけど——このまま永遠の悪夢の中で眠って生きるよりはここでスパッと命を絶ってもらったほうが良い。
眠りに入ってしまってからでは遅いのだ。完全にヒュプノの魔に囚われてからでは、俺はその後は死ぬこともできずこの世の縁を漂うことになってしまうのだった。
だからその前に……。
「でも……でも……」
聞き分けのないフルルの声が聞こえる。
いや、それが楽しいこととは誰も思っていないんだよ——フルル。
ウィズの沈痛の声色からも彼の苦悩はわかるだろう。
だからフルル——俺のこと思うなら俺を……。
俺はかすみ、ほとんど見えなくなった目で、地面に座り込み下を向くフルルを見る。
そして、聖剣を上段に構えるジェイド。
ああ、もうほとんど目の前は真っ白になっているが、永遠の悪夢に入る、最悪の事態から俺はこれで逃れることができる。
俺は、そう思い、深い諦めと、安心を感じるが、
「でも、私の全てをかけるのなら……彼を救うこともできるのではないでしょうか?」
フルルのその言葉で聖剣をおろすジェイド。
全て?
それは?
俺はその言葉の意味がさっぱりわからなかったのだが、
「お主——その言っている意味がわかっておるのか?」
ウィズが驚いたような口調でそう言って……。
——それが俺の覚えている一万年前の最後の言葉なのであった。
そして……
*
「夢か……」
差し込む朝日が眩しくて目がさめた俺は起き抜けに言う。
俺は、一万年前に、魔人ヒュプノに呪いをかけられた時のことを夢に見ていたようだった。
あの時、幼馴染の大魔術師フルルを救うため、呪いを代わりに受けた俺は永遠の悪夢の中に捉われそうになり、その運命から救うべく、俺はその夢の中に入り込む前に命を絶たれるはずであった。
でもフルルが自分の「全てをかける」とか意味がわからないことを言い出した——そこで俺の記憶は途切れる。
いったいその後何が起きたのだろう?
寝汗をびっしりとかいていた俺は、どうしても思い出せないその先をなんとか考えようとするのだが——何も思い浮かばない。
多分あの後、俺は眠りに落ちてしまったのだ。
一万年の眠りについてしまったのだった。
魔人ヒュプノの眠りの呪いに捉われて?
でもそれにしては、ヒュプノの呪いを受けると見るという気の狂う悪夢も見ることもなくすやすやと眠り続けていたのだが、
「フルルがもしかして……」
あのおせっかい幼馴染がなんだか責任を感じて変なことをしていなければ良いのだがと思いつつ……
「お目覚めでしょうか? 勇者様?」
扉の向こうからライラの声がする。
「ああ、覚めてるよ」
俺は、考えても何も解が出てこない無駄なな思考は中止して返事をする。
「では、中に入らせていただきます」
「おはようございます……」
扉が開き、深く礼をするライラとその横で食事の乗ったカートを押すもう一人のメイドの少女。
「こちらはリリィ。ハルカンディア・ガワカナ直轄領の貴族の娘です。昨日はあのアホりんご姫の騒ぎのせいでメイドのみんなの紹介が遅れてしまいました——本日には全員に自己紹介をさせましょうと思います……が」
俺の目がリリィと言う少女の顔を見て止まったのを見てライラも言葉を止める。
紹介された少女は、年端もいかないといったほどではないがライラよりもだいぶ若い、随分と可愛らしい子であった。昨日はアップル公女の起こした騒ぎもあるけれど全体的にバタバタしていてどんな子がメイド隊になっていたのかあまり気にする余裕もなかったけど、
「こんな子まで……」
「勇者様に差し出して? ですか?」
「うっ……」
うっかり声に出してしまった言葉をつながれてしまう俺。
「確かに御身お手つきにして頂くには少し幼き姫ですが、この子の家には他に年頃の娘がおらぬゆえに彼女がやってきたのです。それに御身には噂が……」
「噂?」
なんとなく不穏な表情のライラの様子を警戒しながら俺は言った。
「何が?」
「はい。長年、勇者様の研究をしていた僧侶たちが言うのですが、勇者は幼きものを好むと……」
「へっ?」
「勇者様の物として残された遺物——あのドージンシーやシャシンシューほどしっかり残されたものはそうはありませんが、各地に散らばる勇者の持ち物であったといわれる本の研究、残された伝説の研究……そこから僧侶たちはある言葉を導き出したのです……ローリコン!」
「ぷっ!」
リリィが手渡してくれ口をつけたコーヒーを危うく吐き出しそうになりながら俺はライラの話の続きを聞く。
「——ローリコン! それは幼女を愛でる……時には性的欲望まで感じるという古代の習癖と聞きます。勇者様にまつわる物事の研究より、御身がそれである可能性が前より指摘されていたのです」
「へっ……へえ……」
「まあ、私は信じてませんよ……勇者様がそんな変態だなんて……いえ一万年前ではそれは紳士と呼ぶんでしたっけ……ともかくそんなものであるとは……」
「そ……そうだね」
「まあもしかして古代ではそういうのもゆるされていたのかもしれませんが……あっ——いえ御身がそうであったと言っているわけではございませんが……」
なんというか、言葉とは裏腹に、疑ってる雰囲気が満々の光のない目で俺をジロジロとみるライラであった。
「まあ昔は多めに見られてたにしても現代では犯罪ですが……さすがに勇者様でも事案として通りがかりの王国民により通報されて逮捕ですが……」
と言うかライラの目がまるで犯罪者を見る目のようで怖い。
いや、俺は、そんな勘違いされかねないようなドージンー購買傾向が無かったとは言わないが……、実際には何にも法に触れるようなことはしてないし、どっちにしてもへたれな俺の買ってたものもそんな過激なものは含まれていないはずだが……。
このままでは——このライラの目線から逃れるためならば、やってない犯罪まで自白しかねない俺であった。
だから話を元に戻すために、
「ま……まあ、俺はそんなじゃないとして——あくまでも悪質な噂として——でリリィがここに送られてきたわけは?」
と俺が言うと、ハッとした表情になったライラが答えて言う。
「ああ——そうでした。少し話が脱線しすぎました。御身のその悪質な噂のせいで、メイド隊にも少し若すぎる侍女たちが紛れ込むことになりました。その方が御身の寵愛をうけるのではと……」
「自分の娘をか!」
思わず声を荒げる俺。
それを見てクスッと笑うライラ。
「やっぱり……」
んっ?
「なんだかお優しいですね勇者様は……そんなことをお気になさる必要はないのに」
「こちらのリリィは随分幼くは見えますがもう十四で嫁ぐことのできる歳になっておりますし……」
「私も望んで勇者様にお仕えさせていただいたのです」
部屋に入って来てから今まで、黙って微笑みながら俺のベットテーブルへ食事を用意していた少女が突然言う。
「……勇者様は私の国を救ってくれる救世主です。その人の助けになるのならばなんだってする覚悟です」
リリィの強い眼差しに気圧される俺。その、少女の強い意志の意味を知りたくて目配せするとライラは言う。
「リリィ侯女の故郷ガワカナ直轄領は、海より押し寄せるドラコアとの戦いにおいて、常に最前線となっておる場所です。特に彼女の家の領地サーキチガには度々敵襲があり、家族ごと今は故郷から離れ、この王都に疎開する身……その窮状をすくってくれる希望が御身なのです」
ライラの説明を聞いて首肯するリリィ。
俺は乾いた喉に唾をゴクリと飲み込む。
こんな少女のかすかな希望を託された俺は——偽物。
それをすぐに打ち明けてこの場で土下座して謝りたい気分で俺の心はいっぱいになるが、
「お願いしますドラコアを倒して下さい」
そう言い差し出された手を握りながら、俺はリリィの期待と信頼に満ちた純粋な目を見てると、とても本当のことなど言い出せるわけもない。
俺は言いかけた言葉を飲み込むと、そのままじっと彼女のことを見つめているが、
「ゴホン! ゴホン!」
ライラのわざとらしい咳に我にかえる。
「勇者様……とは言ってもリリィはまだ幼き乙女。御身が本気になるにはまだ若すぎるかと存じます」
「ええ! ——ライラ様、さっき私はもう勇者様のお妃様になれるって言ってたじゃないですか……」
「お、お妃様——リリィいえ……あなたにはやっぱり早すぎます」
なんだか随分あせったようすのライラであった。
「やっぱりって……あれもしかして?」
一度離しかけた手をぎゅっと握りなおし目をうるうるさせるリリィ。
ドキっ——!
その微妙な年頃の少女しかだせない妙な色香ようなものに俺がくらっとすると、
「リリィ! もうあなたの役目は済みましたので皆のところに戻りなさい!」
手を引き離しながら言うライラだった。
そして、
「うふっ! 嫌です。戻っても朝のお勤め終わって、みんなでお茶を飲んでいるだけなんだからここで勇者様のお世話をしてる方が役に立ちます」
「そ、それでもです」
余裕のなさそうな表情のライラに向かって小悪魔っぽく笑いながら言うリリィ。
「やぱっぱり焦ってますか? ライラ様?」
「そ、そんなわけは……」
「——安牌だと思って連れてきた幼くみえる私が意外と行けてそうで内心ドキドキしてるとか……」
「まさか……」
否定しながらも顔に図星と書いてあるのが丸わかりのライラだった。そして、そんな彼女を見ていた俺と目があったら、さっと横を向いて言う。
「……勇者様は違いますよね?」
「違うって? 何が?」
「ローリコン。ローリコンじゃないですよね?」
「違う! 違う!」
ちょっと紳士だったことはあるが常識の範囲内だ。俺は慌てて否定する。
「そうですよね——ならリリィは対象外ですわ。さあ——帰った! 帰った! ……リリィもふざけるのはこのくらいにしてください。子供のくせに大人をからかうんじゃありませんよ」
「ああ! さっきまで結婚できるとか言ってくれてたのに、都合悪くなったらいきなり手のひら返し! 大人ずるい! それに私もからかってるんじゃなくて本気で勇者様を好きになったんです!」
「はいはい……子供の好きでは大人はなびきませんよ! 勇者様がローリコンじゃなければね……!」
またギロリと俺を睨むライラに思わず激しく首肯する俺。
「ふふ。いいんです。大人とかいってもライラ様だって三歳しか私より年上じゃないじゃないですか? 私はすぐに成長して追いつきますよ、なにしろ……」
「なにしろ?」
「こんなお優しい勇者様だったのですから……私本気になりました」
「……っつ!」
昨日言い合いになったアップル公女と違い、なんだかんだ言って純真に物事を捉えているリリィの駆け引きのなさそうな物言いに、かえって言葉が出ないライラのようであった。
それにおれも一瞬、彼女にそんな誤解を与えてしまっている自分の境遇も忘れて微笑ましく思ってしまうが、
「……だって全然勇者らしくない、親しみやすいお方だったんですもの。勇者様ってもっと強そうで、怖い方だと思っていましたのに……」
その無邪気に正鵠を射抜いたリリィの言葉に、あっという間に顔を曇らせてしまうのだった。
*
そうして、結局、ライラとリリィが両方共ひかずに、二人がじっと無言で俺を見つめると言う、なんだか緊張する状況の朝食を終えると、俺はまずはジュエル王女のところへ向かうのだった。
それは、俺のいる部屋からは長い廊下の先にある王の間の斜向かい。そこにある王女の執務室に、俺は、部屋を出た途端に待ち構えていたメイド隊とともにゆっくりと歩いていく。
廊下には所々に衛兵が立ち、俺が通り過ぎるたびにうやうやしく礼をする。
突き当たりに見える王の間では、留守の王の代わりに第一王子のアイアンがなにやら重臣たちをあつめて会議を行っている模様。俺が歩いているちょうどその時に、そこから出てきた偉そうな貴族っぽい人とその婦人は俺を見ると典雅な仕草で身をかがめて挨拶をしてくる。
——なんだが昨日のお祭り騒ぎから一転して厳粛な雰囲気に変わった城内であった。
と言うかこれが普通の状態で、昨日が異常な躁状態だっただけなんだろうけど。
「ワクワクもんだぁ!」
昨日と変わらない様子の奴もいた。
「あれ勇者様こんな早く——なのじゃ」
ジュエルの執務室でドレスを着た魚のブリが部屋の中で踊り狂っているところに俺らは入ったのだった。いや、もちろん、それはブリキュアの被り物をしたジュエル王女であったのだが。
「まったく——ジュエル様! 私がいないとすぐ、そんなやりたい放題……」
慌てて大音量で流れていたブリキュアのエンドテーマを消してライラが言う。
「まあ、そう言うなライラ——なのじゃ。妾とて、ただ楽しみにこんなことをしていたのではない——なのじゃ」
ブリの被りのを外して、汗だくで顔を赤くしたジュエルが言う。
「楽しみでないのなら、一体なんの騒ぎなんですの——これは」
「それはもちろん——日頃の厳しい執務からの気疲れから気分転換が必要と判断してのことなのじゃ……これは必要なことなのじゃ」
と一応真顔になって言うジュエルであったが、
「ほう気疲れですか。それならば昨日までに溜めに溜めた執務は終わっているということでしょうね?」
「も……もちろんじゃ——なのじゃ!」
「この間慰問に行った小学校の生徒たちへの返事書きましたか? 訪問の感謝の手紙をいっぱいもらっていたでしょ? そういうのに真摯に答えることが王家の印象アップにつながるのですよ」
「あのクソガキたちに返事を書かなければならいのか——なのじゃ! 妾をおバカ扱いして、『9かける9はわかりますか』とか言ってくるような連中に書く返事などに返事などかけるか——なのじゃ!」
「それはジュエル様が7かける8を間違えるからでしょう?」
「授業の参観で我にそんな問題を当てるあの教師が悪いのじゃ! 何が『では次はジュエル王女に答えてもらいましょう!』じゃ! おかげで大恥をかいてしまったではないか!」
「……事前に打ち合わせていた問題を当てたあの教師に罪はないでしょう? 彼女もジュエル様が間違えて呆然としていましたよ」
「違うのじゃ! 打ち合わせでは問題は8かける7じゃったのじゃ、それを7かける8などと間違った問題を出しおって——なのじゃ!」
「それ同じでしょう? それくらい間違ったうちにはいらないと思いますが」
「ダメなのじゃ! 妾は掛け算の順序が入れ替わると違う問題に見えてしまうのじゃ! そう宮廷の教師に教えてもらってしまったのじゃ!」
「まあ、ちまたで議論噴出の教育法で掛け算の順序覚えてしまったジュエル様のことは慮らないでもないですが——とは言えもう十代後半の人の言う言い訳ともおもえませんが——ともかく手紙の返事はしっかり書いてくださいね! ゴーストライターが書いた文書を書き写すだけだからしっかりやってくださいよ」
「しょ……しょうがないのじゃ」
さっきまでの高揚したした様子はすっかり息を潜め、うなだれながらそう言ったジュエルであった。
「それに、その調子じゃグンマー公爵からの峠ドリフト会開催のお知らせに返事も書いてませんね……」
「あれは嫌なのじゃ! なんであんな峠道をチューンド魔法車で疾走しなければならないのじゃ! 助手席に乗せられて毎回死ぬ思いをするのじゃ!」
「しょうがないじゃありませんかあれがグンマー国の伝統行事なんだから——国を統べる一族の者として参加するのは義務であるのです」
「何も妾でなくても良いではないか? リキッド兄様あたりに行ってもらえれば良いではないか——なのじゃ」
「リキッド第三王子は車酔いがひどいのでダメなのです。それに、他の王子や王女もみんなその日は予定ありますし——体張るしか能のないおバカ姫は素直にハードなラックとダンスしてくれば良いのです」
「ライラがひどいのじゃ! やっぱり妾をおバカと思っているのじゃ!」
「はいはい……そう思われたくなければちゃんとしっかり執務をこなすんですね——はい! さっさとやったやった!」
「ひえ——!」
なんだかいつの間にかジュエルをうまく操って仕事させているライラであった。
俺はそれを見て、こうやっていつもライラが王女を操縦してうまく回っていたんだろうなと思わせる二人のやり取りになんだか少しくすっとしてしまう。
厳しく言っているように見えて、その実ジュエルの性格を知り尽くしているからできる絶妙な押し引きで王女をその気にさせるライラ。そのライラを信頼しているからこそ、王女に向かって不遜にも諫言する彼女の言葉にしっかりと耳を傾けるジュエル。
俺の眠る神殿への危険な旅の同行者に選ばれるだけのことはある、固く結ばれた二人の関係であった。
でも俺のせいでライラがジュエルから引き離されている今の状態だと、なんとなく二人とも本調子でなく……。
これもやっぱり偽物の英雄の俺がこんな場所に居座っているからだよなと改めて思う。
「うん、そうだな……」
またどこから取り出したハリセンでペシペシ叩かれながらもどこかうれしそうなジュエルの様子を見ながら俺は自分がこれからすべきことを決心するのであった。
俺が、今、安易に勇者ではないと本当のことを言ったところでこの国に迷惑がかかる。
ならば俺にできること。
それは……。
*
「それでは出発する——なのじゃ!」
ジュエルの執務が終わるのを待ったため予定よりだいぶ遅れたのだが俺たちは出発をした。
あまり目立たぬように少人数の編成であるが、あの時俺の眠っていた神殿にも駆けつけたバローやブレイヴも入った精鋭での移動であった。
「このメンバーならばドラコアの大隊が攻めてきても撃退できるのじゃ。いや、勇者様がいるのだからそもそもドラコア全軍がかかってきても怖くはないのじゃ! ——なのじゃ!」
こっそり移動のはずが遠足気分のジュエルが騒ぐので城から出る時には結構目立ってしまって、出待ち民衆に囲まれて結構大変な状態になってしまった俺たちだったが、しばらく城の前の街道を進み、王都高速に乗ってしまてからは邪魔する者もいない快適なドライブとなったのだった。
「空を行った方が早いのじゃが——空は竜騎士を駆るドラコアの方に分があるからの——なのじゃ」
俺たちは王都を離れ、ガワカナ直轄領のサーキチガ海岸に向かってるところだった。
それは昨日俺の部屋に来たリリィの故郷。今はドラコアとの戦場となって離れざるを得なくなった、彼女の領地なのであった。
その戦地に俺たちは今日慰問に行くのだった。
最前線をまもる騎士たちに、王国に勇者が現れたことをじかに見せ伝えようとしていたのだった。
王国に勇者あり! 皆、もうしばし待たれよ。勇者とともに我々は必ずやドラコアを打ち破る! その準備が整うまでこの地を守るのじゃ!
それを伝えるためにわざわざジュエル本人が向かい騎士の士気を高めようと言うのであった。
他にも、敵の橋頭堡——前線基地と化している海岸一帯の様子を一度俺に見せて、いざ戦いの際に慌てないようにしてもらおうとか、そもそも城にずっといると退屈してしまうジュエルが単に外に気晴らしに出たい、とかいろいろと理由はあるようだが、
「でもなんだか——不謹慎ですが——みんなで出かけるのは少しウキウキしないでもないですね」
ライラの正直な気持ちに頷く、アップルとリリィ。——前後をジュエル騎士団の精鋭に守られた、この魔法リムジン車に乗るのは、軍所属の運転手を除けば、俺とジュエル、ライラ、アップル、リリィ。
女三人で姦しいと言うが、車内には四人も乗り込んで、騒がしきながらも華やかな、とても戦場に行くとは思えないリラックスした車内であった。
そんなちょっと遠足気分での出発はライラの言うように少し不謹慎な感じもしたが、これから戦士の鼓舞の任務を果たさないといけない俺らがあんまり暗くなっているのも良くないんで、みんなで明るく盛り上がって現地に向かった方が良いとは思う。
しかし、二十人もいるメイド隊のなかから慰問に選ばれたのが、この三人というのに少し不安を感じる俺であった。今の所穏やかな車内だが、どうも組み合わせが悪そうなというかライラが持て余しそうな残り二人だ。
ライラにあからさまに対抗心を持っているアップル、幼き見た目ながらも引かぬ芯の強さでライラを圧倒していたリリィ。何かきっかけがあったら荒れそうな車内であったが、しかし、どうにも今日はこの三人でないといけない理由があるのだった。
それは——俺のメイド長とジェルのお付きの兼務の役目のあるライラ——リリィも領地をドラコアに奪われた悲劇の侯女として反攻作戦の象徴として欠かせない——と言うこと。
そしてアップルだが、
「私の父のガルツ公王アスヒが実は最前線の指揮官をしているのです」
それが、彼女が車に乗り込んだ時に言った今日の同行理由だった。
なるほど、——アップルの父親が最前線の部隊を率いているのだった。なので必然的にその部隊にはアップルの故郷出身の騎士も多く、彼女が行くことは騎士たちを随分と勇気付けることになるということなのだろう。
——すると、まあ、こういう風に聞いてみれば納得の人選であった。騎士でない女性がむやみに最前線に行くものではないと思うが、今回はみんな理由があってついてきているのであった。
しいていえば、
「でもライラ様は特についてこなくてもよかったのではないですか?」
「なっ何を——アップル公女」
「だって勇者様のお世話は私とリリィだけで十分ですしー、ジュエル様だって常にライラ様と漫才やってなければ死ぬってわけでもないしー」
「まあ、そうじゃな……」
「王女!」
いきなり味方に後ろから鉄砲打たれた状態のライラだった。
「確かに今回のライラはむやみに最前線に行って自らを危険にさらす必然性は薄いな」
そして、
「いえ——そんなことは……多分……きっと……」
必死で何か理由を考えるが何も浮かんでこないので絶句状態になっているライラだったが、
「でも勇者様が心配です!」
苦し紛れか、あまり説得力なさそうな個人の感情的な理由を言う。
なので、
「だからー、私たちがいるからー、大丈夫だと思うけどー」
と反論されれば、
「それが心配なんです!」
ついつい出てしまう本音であった。
「あっ、言っちゃった! 私が戦場で勇者様との仲を進展させちゃうのが心配なんだ?」
「ちが……違わないけど……心配なんかしてないけど……ちょっと不安なだけなのですけど……」
はずかしそうに小声でそう言うライラ。
「あっ、やっぱり……」
「わっ、悪いですか!」
なんだか逆ギレ状態のライラだった。
「別に、悪くないけど……でもその狭量さで勇者様の嫁をねらうってのもね……」
「どういう意味ですか!」
「だってー、ライラ様みたいに勇者様の色恋一つにドキドキしてるようなだと、英雄の嫁にはあってないんじゃないかって思うんですー。これからも勇者様はきっとモテモテですよー。それをどーんと構えて受け止める包容力くらいないと」
「そっ、それはそうですが……」
「だったらー。やっぱりー。ライラ様は勇者様の嫁なんて高望みせずにー。私のお兄ちゃんと結婚するべきですね。お兄ちゃんは見た目ダサくてぱっとしない田舎貴族だけどー、そのせいでモテないから余計な嫉妬しなくても良いですよ」
「ライラ公女! 自分の兄を見下した上に、それを私に押し付けようと言うのですか」
「それでー、ライラ様にはちょうどいいからですー。糠の匂いさせて五合飯かっくらっているような公女には、兄はとってもお似合いだとおもいますー」
「何を……いつも食べきれないほど押入れに入れたリンゴが腐って、部屋がきつい酢みたいな匂いをさせている公女にそんなことはいわれたくないですわ」
「何? リンゴは万病を防ぐのよー。リンゴが赤くなると医者が青くなるっていうのでーす! ライラ様はリンゴを馬鹿にするんだべが!」
「あら、燻りがっここそ発酵食品で整腸や美肌に効果があるんだべった! おめこそ燻りがっこ馬鹿にすんのが!」
なんだか、結局また始まってしまった。ライラとアップルの喧嘩だった。二人ともすでに宮廷の社交も忘れ、素になって、方言で相手を罵倒をしてるので、これはしばらく収集つかんなと俺は思うのだった。
しかし、
「待て待て、お二人さん——なのじゃ! 争ってる場合じゃないぞ——なのじゃ! 都会のレディはもっとスマートにことを運ぶもの——なのじゃ」
そこにすっと入ったジュエルの言葉にハッとなる二人。
そして、二人のぽかんとした表情の顔を見据えながら、ジュエルの指差したのは……、
「「えっ?」」
それはリリィ。
俺の膝を枕にしていつの間にか可愛い寝顔を見せている彼女であった。
「御身らが争っている間に一本取られたな——なのじゃ」
「「くっ!」」」
悔しそうに顔を歪め言葉を詰まらせるライラとアップル。
「まあ、ともかく今日はこの幼子に一本取られたのじゃから、二人とも喧嘩はやめて、起こさぬように静かに景色でも眺めながら談笑しながら目的にいこう——なのじゃ」
「「はい……」」
まだ気持ちはおさまらないが、しょうがないなと言った感じで、宮廷の花壇の世話や刺繍会の話なんかを始める二人だった。
それを見て——なんだか一時はどうなるかと思ったが——なんとか穏やかな車の旅になりそうだとホッとする俺。それも、今、膝で眠っているリリィのおかげか。そう思い、俺はその幼き風貌だが叡智を感じさせる天使のような彼女の寝顔を見て、可愛くて思わずにやけてしまっていたら……
「「「ローリコン(なのじゃ)」」」
俺はいつの間にかジト目で俺を睨んでいた三人にそう言われてしまったのだった。




