一万年も寝て起きた、俺の寝込みにいきなり襲撃?
式典の後の宴は、無礼講と言うのはかくなるものかと言うような、飲めや歌えやの大騒ぎであった。
大成功に終わった会を取り仕切ったジュエル王女は、みんなに褒められおだてられながら良い気分で乾杯に乾杯を重ね、大臣達とブリキュアダンスを踊るわ(これで大臣の一人がぎっくり腰に)、初代ブリキュアから最新作までのオープンニング曲を元老院議員達と一緒に歌うわの大騒ぎであった。
他のお偉方や、王子、姫様の類も大同小異。今日は、とばかりに羽目を外して、みんな大騒ぎをしていた。
騎士や魔導師などこれからドラコアと最前線で戦う者達も、もう戦勝気分で気分良く盛り上がり、酒を振舞われた民も城の外から勇者を讃える歓声を上げているにが聞こえる。
なんとも勢いが良く楽しげな会であった。
俺はその間、ホールの一番奥のステージみたいなところに挙げられて、次々にやってくるお偉方に酒をどんどんと注がれ乾杯を続ける。
それは本当に次ぎ次へ、ひっきりなしにやってくるのだが、
「全部真面目に飲む必要は無いですよ」
こんな席が不慣れな俺の横について、色々と世話を焼いてくれているライラがそう言ってくれた。
俺のの足元には大きなバケツが置かれて、ちょと口をつけたら酒はそこに捨てれば良い。そう彼女が教えてくれたのだった。そうでもしないと酔っ払って倒れてしまうと。
確かにそんな酒に強いわけでも無い俺が注がれる酒を次から次に飲んでしまってはアッという間に潰れてしまうのだろうが……。
だが、俺はどうしても注がれた酒を捨てる気にはならなかった。偽物の勇者である俺でも、せめて酒くらいは本当に飲もう。それがせめてもの俺にできること。そう思い、俺は酒を飲み続けるのだった。
飲んでも飲んでもさっぱり良い気分にならない。
やたらと意識ばかり冴えていくのに体にはどんどんと酒がまわる……。
そうやって数時間。なんとか宴の間は意識を保っていた俺であったが、それも終わり、部屋に戻り、ほっと気が緩んだその瞬間、——あっという間に意識を失う。
俺は酒に潰れ、あっさりと寝てしまったのだった。
だが……。
*
酒に潰れ、ベットでうなされながら寝ていただろう俺は、何だか、ゴソゴソと言う音に目を覚ました。
「うっぷ!」
その瞬間、吐きそうなくらいの気持ち悪さが腹の奥からこみ上げて来るのだが、
「へっ?」
俺は意外な目の前の光景にそれを一瞬忘れる。
「起こしてしまいました……」
目の前に、と言うか同じベットの真ん前に女の子の顔があった。
「君は……」
そこに——僕の顔にくっつきそうなくらいに極近く顔を近づけて——と言うか同じベットにいつの間にか入り込んでいたのは、——式典で模擬試合をした相手ハナ・ミズキであった。
「なっ……何で!」
俺は慌ててベットから飛び起きると、その脇に立って言う。
「どうして君がここに!」
「も……申し訳ございません! しかし、慈悲を! なにとぞ、ご慈悲を!」
「はい?」
ハナは薄い絹の長襦袢だけを身にまとった艶かしい姿で、ベットの上で三つ指をついて俺に懇願する。
でも「慈悲」って何を?
「私は、勇者様に本日完璧に叩きのめされました。いえ、このハナ、こう見えても当代有数の刀の使い手。しかし——そう自負いたします私が今日は勇者様には手も足も出ませんでした」
なぜか勝手に体が動いて偶然そうなっちゃっただけだけどな。
俺はそう思い、
「いやまぐれまぐれ。俺なんかじゃ本当は君にはまるで歯が立たないんだよ」
「いえ! そんなものではありません。私はあなた様と私との間に超えようの無い差を感じました」
いやそれは絶対無い。
俺は戦士としての訓練なんか受けたことのない単なるギルドの職員で、当代一の剣士どころかそのへんのチビッコ剣士にだってかなわないと思うのだが、
「あれは体が勝手に……」
「勝手に?」
「そう、勝手に——あっ!」
俺はハナと話していて、一つの可能性を思いついたのだった。
自動勇者!
俺がなぜか彼と間違われている、本物の勇者ジェイドの能力の一つ。
自分の剣技や反射能力などを他人にコピーする異能だった。
ジェイドはこれにより、大規模の作戦の時に自分のコピー剣士の軍団を作り、守りに攻めに活躍できる精鋭部隊としたのだった。
生まれながらに膨大な霊力をもって生まれた勇者ジェイド。その尽きぬ霊的エネルギーをつかってこそ可能であった恐るべき能力であった。彼の霊力を他人の体に注ぎ込み、彼の剣技を他人に写しこみ、彼のコピーの戦士として動くことができるようにする能力であった。
それは、敵にとっては相当にやっかいな能力だったにちがいない。勇者としての異能がなくても、その当時、誰も敵う者がなかっただろうと言われていたジェイドの剣士としての力を、まるまるコピーした軍団が現れるのだ。
事実、あの頃、相手が人型の剣士タイプの集団との戦闘であれば、この自動勇者の密集隊形とジェイドの遊撃で、戦闘においては百戦百勝の状態であった。
で、その能力が、多分眠った俺にも仕掛けられ、一万年の時を超えてそれが発動していたのだった。
その力が——勝手に動いた体が——ハナを打ち破ったのだった。
俺が勝ったのでは無い。
しかし、
「……ともかく、なんにせよ勇者様が私に勝ったのは事実です。当代一の女騎士であると自負します、この私が、御身にはまるで歯が立たなかったのです。こんなことは生まれてはじめてです。そして決めていたのです」
「決めていた?」
「はい。私をささげます」
「はい?」
なんと言うか、言ってることはわかったが、その意味がわからない類の発言だった。
その次の行動も同様で、
「それではどうぞ……」
真っ赤になった顔を上げ、着物の帯をするりと外すハナ。
俺はその艶かしい姿に動揺し、
「これはご丁寧に……」
とついつい頭を下げ、
「粗末なものですが」
とてもそんなものとは言えない塊が長襦袢が開かれてポロリと出てくるのを呆然と見つめ……、
「待った! 待った!」
間一髪、正気に戻って——慌てて止めるのであった。
すると、ちょっと悲しそうな顔になったハナさんは、
「わかっております勇者様。このハナのような粗忽な女などあなた様のお眼鏡にはかなわぬと……ですが、ご慈悲を! 何卒ご慈悲を!」
いやそうじゃないから。このハナさん、天性の美貌に騎士として鍛え上げられた肉体の美しさが合わさって、俺が今にも理性をすぱっと失ってしまいそうな艶めかしさなんだから。
でも……、
「そもそもちょっと待って。なんで俺が勝ったら君は俺に君をささげるなんてことになるんだ?」
俺は、なんとか、目の前のとっても色っぽい物体に自分が飛びついてしまいそうな衝動を抑えながら言う。
「何で? 当たり前じゃないですか。勇者様は私に勝ったのですよ?」
「いや……だからそれでなんでそうなるんだよ」
「私が認める殿方は強者のみです。私を超える漢のみに私をささげることを小さい頃からずっと心に決めていたのです。しかし当代一の騎士とも言われることがある私を超える男などそうそうおるわけがおらず、……このままでは私は一生未通女と諦めておったのですが……」
つまりこの子はそんな強い漢を待っていて、そこに、
「——ついに勇者様が現れました! こんな僥倖、もう一生涯あることはなし! ——と是非志願して昼は試合をしていただいたのです!」
ちょうど良く俺が現れ、俺はあっさりと試合をしてしまったと言うわけだった。
「さあ! わかっていただきましたらこの身をあなたのものに」
「いや、ちょっと待って! 俺が勝ったのはまぐれだから。わけがあるんだから! それにこの時代だって強いやつはいっぱいいるだろ」
なんだか、実は、うっかりとこの子と戦うというのはずいぶんとリスクのあることだったようだ。それに俺は完全にはまってしまっていたようなのだが、
「——安易に俺に決めないで他も検討してみたほうが良くないか? 例えば……」
俺は、この子が俺みたいな偽勇者に身を捧げるなんて軽はずみな決断をしないように、代替案を提示しようと思ったのだった。
この子の理屈だと、俺の他に強そうな男かいればいんだろ?
例えば……。
俺の脳裏には、神殿に老騎士とともにかけつけてきた若い騎士の顔が浮かんでいた。なんかあいつ強そうだったじゃないか?
確か名前は……、
「もしかしてブレっちのこととか思ってますか」
「そうブレイヴ! 彼とか強そうじゃないか!」
「ふっ……」
何を言ってるのか、と言った感じで、嘲るように笑うハナであった。
「駄目かな……?」
「ブレっちは私が小学校の時に勝負してこてんぱんにのして以来、私との勝負を逃げ回っているへたれ……話にもなりません!」
「そ……そうなのか……」
「そうです! 小学校四年の時に緑化係で一緒になった時に、花壇の花の世話を『そんな女がやるようなことやれるかよ』と生意気言うので、『じゃあ男なら何をやるっていうのよ?』って言ったら、『剣だ』とかカッコつけて言うので勝負したら——私の圧勝で、次の日から係の一週間全部水やりさせたのでした」
そのころってまだ女性の方が体でかかったりするからな。ハナがその頃はブレイヴよりも強かったのは事実だろう。でも今ならわからないのでは? と俺は思うが、
「……そして『悔しかったらいつでもまた試合をしてやる』と言ってあげたのですが雪辱を果たすどころか私に会うと話もしないどころか、なるべく目を合わせずにさっと逃げていく始末! あんな奴は漢などではありません! 身をささげる候補にもなりません! こちらから願い下げです」
なるほど、でもきっと、
「……勝った時に言ったのはそれだけかい?」
「それだけ……? ああ、『私が男に負ける時はそれはこの身を捧げることを意味するのだ! 私のみさおをかけたこの剣をなめるで無いぞ!』と言ったらポカーンというか少しやばいもの見る目になっていたような気がしますが……」
「……………………」
ああ、ブレイヴはこれは関わるとまずい女と悟ったな。
「他の騎士も同じです! これは見込みがあると私が思った若い騎士はみんな勝負を申し込むとしどろもどの言い訳をして逃げ回って……中年の行き遅れ騎士みたいなのが『ハナちゃん、おじさんと勝負してみない?』とかよく声をかけてきますが、なんだかそういう連中は大抵目が変に濁っているのでキモいのでさけてます」
どうやら青年騎士たちにはハナに下手に勝つと青春終了——人生墓場へ直行なのが知れ渡っているようだった。また、下心まるだしの崖っぷち騎士の声かけ事案が発生しても、ハナは本能的にそれを避けているようだった。
つまり彼女は年頃で良い男に興味が無いわけでもないが、その思いは(彼女の自業自得的なところもあるが)まるで果たされる様子も無い状態になってしまっていたのだった。
ところが、
「現れたのが勇者様です! 勇者様はわたしとの真っ向勝負を受けてくださって私を打ち破りました! これは! 待ちに待った漢があらわれたのです!」
「待て、待って……」
今にも唇がふれんばかりに近づいてくるハナ。
うわっ近くで見ると本当綺麗な目をしていて、その目がとろんとなり俺を見つめている。少し荒くなった息づかいが扇情的で、そして心臓がドキドキしている音。——それが自分のものか相手のものかわからなくなるくらい俺もドギマギとしてしまっている。
「……ダメでしょうかこのハナでは勇者様は興奮しませんか? それは、……無理もないのですが……」
少し悲しそうに呟くハナ。俺は興奮しないどころかかつてないほどのそれを気取られないように必死で前かがみなのだが、
「……別に勇者様の正妻になろうと大それた夢を持っているのではありません。お妾で……いや一夜で良いのです。一夜でかならずあなた様の子を成してみせます! さすればその子は私が一人で育てます。勇者様に迷惑はかけません。だから慈悲を! 御慈悲を!」
俺に抱きつき少し涙声で、懇願するように言うハナ。
でも、
「ダメなんだ……」
俺は、自分の下半身の主張する野生へ、必死で理性で抵抗しながら言う。
すると、
「……やはり、私のようなごつい婢女では……」
俺の拒絶の言葉をやはり自分の容姿のせいと誤解するハナに、
「違うよ! 君はとっても魅力的だ。何もかもすごく綺麗で……鍛えられた体がつつむ女の体は艶かしくて……すごくセクシーで……」
俺が今の自分の気持ちをそのまま言うと、
「そんなことは……」
ハナは、褒められたのにびっくりしてか、意外そうな声で謙遜する。
いや、この子、武を研鑽する日々ばかりで、自分の魅力にあまり気づいていないのかもしれないが、
「それに、性格だってすばらしい。会ったばかりだけど分かるよ。君がとっても純真で、まっすぐな汚れ無い心で、愛した相手を……いやみんなをいるだけに幸せにしてくれるような乙女だってこと……」
これも俺が今日、感じたこと。それを俺は素直にそのまま言葉にする。
すると、
「……私なんかに過ぎたお言葉……と言うか勇者様? そんな私を褒めなくても——私はもうあなた様のものなので口説かなくても結構なんですけど……」
恥ずかしそうに下を向きながらも、少し嬉しそうな、期待するような口調になりながらハナは言う。
「俺だって男だ。正直……このまま君を押し倒してしまいたい気持ちで俺はパンパンなんだ」
「——? だからかまいませんよ勇者様? 私はそうずっと申しておりますが?」
そう言って俺にさらに強くぎゅっと抱きついてくるハナ。その瞬間漂う甘く良い香りに、俺はくらっとなってそのまま彼女を押し倒してしまいたくなるが、
「……それでもダメなんだ」
俺は必死に欲望を抑えながらそう言うと、
「なぜ……なぜですか? 勇者様は……」
さすがにここまでくると何かあるなと気づいたハナは、とても不思議そうに思っているような口調で言う。
それに、
「俺は……俺は勇者なんかじゃ無い!」
「はい?」
この子にはもう言わなければならないだろうと思い言った言葉だった。
この子の思いを裏切らないように。俺が勇者じゃ無いとバレて国の士気が落ちないように口どめはしないといけないだろうが、このハナをこのまま騙していることはできないと思ったのだった。
しかし、
「言われる意味がわからないのですが?」
「それは……」
俺が全てを打ち明けようとしたその時に……
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「勇者さまあああああああああ! ご無事ですかああああああ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
部屋になだれ込んできたメイドたちにもみくちゃになった俺は、その言葉を続けることができなかったのだった。
*
ハナの闖入を知ったメイド隊にによる大騒ぎのあと、
「勇者様。それでは私もこれにて……」
最後まで残ってもう一度ベットのメイキングなどをしていたライラは水を一杯、寝床の横に置かれた小さなテーブルに置きながら言った。
「気持ちが悪い時はこちらをお飲みください」
水の横に遠くの国から取り寄せた酔いざめの秘薬(ウコンって言ってたような?)とかいう粉末を置きながら言う。
正直さっきからの騒ぎで酔いはかなり冷めたような気もするが、まだ腹の奥がすっきりしない感じもあるのでこれはありがたい。
あの本物の勇者ジェイドだったら、こんな酒くらいでは酔いもせずにそのまま戦いに飛び出していったと言うのに……。俺は酒でもまったく十人並みでしかない自分の格を思いしりながら、これからどうやって、この国の人たちにおとしまえをつければ良いのかと思い悩む。
——もはや、ただ正直に正体を明かせば良いというものではない。
伝説の勇者の出現に沸き立ち、士気も最高潮にあるこのハルカンディアの国民たちの気持ちは、俺の正体を知ってしまえば、元に戻るどころか——意気消沈して最低レベルまで落ち込んでしまうかもしれない。
俺はこのまま勇者を演じ続けるしかないのか?
いや、演じ続けることができるのか?
俺は、そんな風にこの後のことを思い悩むが、
「……まずはお眠りになるのがよろしいと存じます。勇者様」
にっこりと微笑む彼女の優しい表情に、
「そうだね……」
俺は言われたまま、ベットに入り目を瞑る。
灯りが消えた。
「ミズキ家にはジュエル王女より厳しく申し付けておきましたので……」
去ると言ったライラはまだベットの横に立ち俺に話しかけてくる。
そう、さっきハナ・ミズキが俺の寝室に侵入できたのは、城内の警備を任されているミズキ家の老騎士の手引きがあったからだったと言う。
赤ちゃんの頃から成長を見守った一族の姫であるハナを、我が子よりもかわいがっていたと言うその老騎士は、今晩は彼女の思いに応えてやろうと断腸の想いで俺の部屋に通したらしい。
が、いくら勇者でもハナ様を手篭めにしたのなら、本気で殺し合いを申し込むと言っていたらしいので——俺は、どうも、今晩はすんでのところで命拾いをしたらしい。
——まあ、でもその話なら、すでにライラから聞いてた。
「ハナも、副メイド長がこってりと絞っていますので」
ああ、あの真のメイド長っぽい、熟年の怖そうなおばさまにハナも今回のことをこってりと怒られているようだ。——ってその話もさっき聞いたね。
「………………」
どうにも、やることは全部済んだのに立ち去ろうとしないライラ。
何か話したいことがるのにモジモジとしているように思える。
それって、もしかして?
「あの……私にとっては勇者様は……」
やっぱり、
「どういう事情があろうと……本物の勇者さまですから」
あの言葉をライラは扉の外で聞いていた?
「ちょっと……」
そう思って、彼女の言葉の意味を問いただそうとする俺の言葉を遮るように、
「……では」
駈け出すように部屋の外へ出て行くライラだったのだった。




