一万年も寝て起きた、俺が最高国賓待遇
「勇者様、勇者様! 起きているのか? ——なのじゃ!」
「ああ起きてますよ」
おれは扉の向こうからテンション高く呼びかけてくるジュエル王女にちょっと腰が引けながら答える。
「よかった——なのじゃ! ゆうべは無理をさせすぎたのじゃ! これで具合が悪くなられたら王女の名折れなのじゃ。もしまだ疲れているのならゆっくりと休むのじゃ。もう少し眠るのじゃ」
「いや……」
ちょっと眠く無いわけではないが、もう十分に——一万年も寝ていたのだし——と俺は思う。
昨日の夜、城に着いた後に始まった、国を挙げての大歓迎の宴が終わると、何人もの侍女に案内されて通された、俺が元住んでたアパートの建物そのものよりも大きいのではないかという部屋の、ふかふかのベットに倒れ込むように寝て、起きて……
でも、眠くはないがちょっとだらだらして休んでいたいという気分は無くもない。
だが、
「どうしたのじゃ。遠慮はいらないぞ勇者様よ。御身にはこの後分刻みの強行スケジュールが組まれておるのじゃが、もしここで1分でも起きるのが遅れたら、その後の行事に大混乱が起きて、今まで徹夜で今日の準備していた連中が阿鼻叫喚のさわぎになのるのじゃが……御身の気分にくらべれば小さな話じゃからのう——ははははは!」
「——ま、まて、いや、疲れてないから。すぐに起きるから」
王女様の安易な予定変更にかき回される連中の大変さを思って、ベットから飛び起きる俺であった。
すると、
「勇者様、お着物を脱がし差し上げます」
「はい……えっ?」
僕は昨夜着替えた覚えがないのにいつの間にか着ていたローブの腰紐を、腰の後ろから伸びてきたしなやかな手でほどかれると、そのまま服をするりと脱がされて、上半身が裸になる俺。
「う、うぇ?」
「シャツをお召しください」
びっくりしている俺の腕に、手際よく袖が通されて、ぼやっとしているうちに、さらに、優しく抱き抱えるように腕をまわされて、ボタンを一つ一つ掛けられていく。
俺はそれをされるがままだった。
いきなり何が起きたのか理解ができなかったのと、背中に軽く押しつけられた柔らかい体の感触と、ふわっと香ってくる良い匂いに、ぼおっとなってしまって、一瞬固まってしまったのだった。
しかし、その手はだんだんと下に向かい、ついには股間近くのボタンにまで至ると、
「まて、まって……自分でやるから、さすがに恥ずかしいから……」
自分の今の状況に気付きハッとなった俺は、抱えたれた腕から逃げるように、一歩前に出て振り返る。
「いえ、恥ずかしいなどと勇者様。この身はあなた様のしもべ。恥ずかしいなどというのは同等のものに抱く感情でございます。どうぞお気になさらずに、この私めはあなた様の手足同様にお使いください」
「ライラさん!」
振り返ると、そこにいたのは、上品な生地でできたメイド服に身を包んだライラ公女であった。
「ふふ、勇者様ともなれば下手な者をお世話としてつけるわけにはいかんから——なのじゃ。本来なら、妾が御身の世話をしても釣り合わないぐらいなのじゃが、王女の身では十分な世話をできる時間が取れそうも無かったのじゃ。だから……」
「不肖、私めが、御身のメイド長として、粉骨砕身してお仕え差し上げたく存じます」
「メイド『長』?」
「はい、恥ずかしながら私が『長』を務めさせていただきます。御身専属メイド隊の長として」
「メイド『隊』?」
「そうです。御身のためのメイド『隊』です。みんな入ってきなさい!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「きゃあああああああ! ゆううううしゃあああああ、さまああああああああ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
俺はライラ公女の合図で部屋になだれ込んできた二十人ほどの乙女たちにたちまちのうちにもみくちゃとなるのだった。
*
「お前たち、身の程をわきまえなさい!」
二十人にも達するだろう乙女の乱入。そんなカオスを極めた部屋の中に響く、ライラさんの気合一閃。その声に慌てて床にひれ伏すメイドたちであった。
「まったく、あなたたちは皆高貴な身分のあるものでありながら、なんですかそのはしゃぎよう。偶像楽団演奏できゃあきゃあ言っている城下の娘達と変わらないではありませんか! 恥を知りなさい、恥を! こんなでは勇者様のお世話などとても任せるわけにはいきません」
すごい剣幕のライラさんであった。
「まあ、ライラよ。相手は伝説の勇者様じゃ。娘どもが騒ぐのも無理はない——のじゃぞ。妾もこの王女と言う身分が無ければ、真っ先に黄色い歓声をあげて近寄って、勇者様のサインを貰ったり、ずっと後をつけて勇者様の行動の一部始終を監視したり、その一部始終を魔法ネットにアップして勇者様と特別な関係であるふりをしたりしたいのじゃ」
「……後半は少し、そもそも犯罪のような気もしますが——それは置いといて、しかしジュエル様は王女としての節度を守り、勇者様にミーハー的にきゃあきゃあ言ったりはしないじゃないですか」
「あたり前じゃ。妾は一国の王女なのだ。その義務と責任は心得て居る。妾の行動は一国の鏡と思われてしまうのじゃ……」
「確かに、ジェル様は『この人王女の枷が無ければいったいどんなろくでなしになったのだろう』と思わせられること多々ですが、しかし王女であることの責を忘れない立派な方です」
「……なんかトゲがある言葉を投げかけられたような気がしないでもないのじゃが、まあ良い。——確かに妾は立派かどうかは分からないが、王女として民にとってそうあろうと常に努力していかねばならないと思っておるのじゃ」
「確かに、立派であろうとして無理に難しい言葉を使って意味を間違って、みんなもそれを言い出せないで苦笑いしてたり、民にはもう腹黒なのがばれてるのに清純キャラで通そうとしてるのが逆におバカキャラで萌えるとか言われたりの——少し滑り気味ですが、それでもジュエル様の王女としての心意気は民に届いております」
「んっ? ちょっと待つのじゃ。『意味を間違って』のとは何のことじゃ」
「役不足は能力が足りないことではではありませんよ。この間の舞踏会の挨拶で『自分がジュエル騎士団などまかされているが役不足じゃ』とかおっしゃってましたが、それは自分には仕事の方が足りない——ジュエル騎士団ではジュエル様の役には不足という意味ですから」
「………………」
「他にも——軍の式典に招かれた時にドラコアの軍団が『気がおけない』とか言ってましたね。『気がおけない』って気づかいをする——気を置く必要がないような親しい間柄いうことですから。ジュエル様はドラコアと友人だったんですね」
「………………」
クスッ——と思わずメイド隊から失笑が漏れるが、
「お前たち、人の失敗を笑うのは失礼ですよ!」
とライラの一喝でシュンとなるメイドたち。
そして、
「でも、まあ、ジィエル様も我々も、このことは忘れてしまった方が良いと思いますが……」
「そ……そうするのじゃ。黒歴史として妾の胸の奥に封印するのじゃ」
「——それが良いかと思いますが、……でも、そろそろジュエル様の胸の奥も満杯になりそうかと……」
「うう、確かに、そろそろ黒歴史が胸の奥からこみ上げてげっぷになって出できそうじゃ……」
「まあ、そんな熟成された臭いげっぷ出るときは私は近くには降りたくないと思いますが……ジュエル様の話は置いときまして——お前達!」
またもやジュエル王女の横槍で話が大幅にずれそうになるのを修正してメイド隊に向き直るライラであった。
「——とにかく、勇者様にお仕えするというのに、お前達は心がけが足りません! そんな軽薄な心持ちではとても勇者様のお世話は任せられません! 恥を知りなさい! 恥を!」
うわ、ライラさん、ジュエル王女には随分冷酷なツッコミもするが、それは相手がアレだからで——おしとやかで優しいひとなんだろうなとその雰囲気を見て思っていたのだが、さすが公国を任された大貴族の娘、一度意を出せば、重く厳しい声の力であった。
地に頭をつけんばかりにひれ伏したメイド達は、しゅんとなって肩を落とし、皆かわいそうなくらい……あれ?
「でも、ずるいと思いまーす!」
目上の貴人に怒られて、力なくうなだれたメイド達の中で、一人だけ顔をあげて抗弁してきた者がいた。
「アップル!」
「おお、ガルツ公国の三女、アップル公女じゃな、これは面白くなりそうじゃい」
俺に向かって、顔に極悪な笑みを浮かべながらつぶいやて見せるのはジュエル姫だった。
面白くなる?
俺は、勝気な様子のその少女が、ライラ公女にキッと目を向けるのを見ながら、「面白くなる」の、その意味が分からないで曖昧に頷くが……。
「——何がずるいというのですか!」
ライラさんはなんか少し焦ったような、それを隠しているかのようなさらに強い声で言うのだった。
「だってライラ様はメイドの中でー、一人だけ勇者様のお近くに長くおりまーす」
しかし、アップルと呼ばれた少女はそれに気圧されることもなく言う。
「っ……それはあたり前です。私が勇者様のお世話役の責任者なのですから当たり前です」
「昨日の夜だってー、勇者様がベットに倒れこんだ後ー、私たちを部屋に入らせないで一人だけ勇者様と一緒におりましたー」
「だから、夜も遅く、皆も疲れていたので、責任者の私が代表してお世話を……」
「でもー。怪しいでーす!」
「怪しい? 何が?」
「いやらしい目で見ていますー」
「いやらしい? 何が?」
「ずばり狙ってまーす!」
「狙ってる? 何を?」
「……昨日の夜ー、勇者様のお身体をー、一人でお拭きになりましたね」
「そっ……それはそうですが」
えっ?
「我々を排除してー、裸の勇者様と二人きり」
「ひ……人聞きの悪い言い方をしないでくださいますか、アップル公女。長旅の後、休む暇もなく宴に出ていただきそのまま眠ってしまった勇者様——体も汗と埃でベトベトで気持ち悪いだろうと、お拭きしましょうと皆で決めたのではないですか」
「——それには文句ありませーん! でも、なぜ二人きりにならないといけないのですかー? 皆でお拭きすれば良いではないですかー?」
「そ……それは、勇者様は男子。男子のお身体をみだりに乙女達が見て良いものではありません」
「でもー、それならー、なんでライラ様は見てよろしいのですー?」
「っ……だから言っておるではないですか。私が責任者なので、そのような典雅ならぬことも私が責任をもって対処しなければ……」
「——嘘にきまってま——す!」
「アップル!」
ライラさんは、アップル公女の言葉に、相変わらずの剣幕ながら、少し自信がなさそうなと言うか、痛いところ突かれた的な表情を顔に浮かべ、少し目をそらしながら言う。
その動揺を逃さずアップル公女が言う。
「ライラ様はー、真っ赤な顔をー、しながら勇者様の部屋から出てきた時にー、こう言いましたー」
『ああ、勇者様。ちょうど良く現れましたあなた様。このチャンスぜったいモノにしてみせます!』
「あ……あなたは、隠れてそれを聞いて……」
「ずばり——言わせてもらいますー。ライラ様はー、勇者様を手篭めにしてー、既成事実つくってお兄ちゃんとの縁談から逃げる気ですねー? そのため責任者なのにかこつけて勇者様と二人切りになってチャンスを作ろうとしていますねー」
んっ?
そう言えば、俺があの城でまだ体を動かせずにいた時、『ガルツ公国の行き遅れ御曹司から縁談の申し込み』がどうこうと言っていたが……、
「それは……」
明らかに動揺している様子のライラさんだった。
「なんでー、お兄ちゃんじゃダメなんですかー? 確かに奥手で、もたもたしているうちに、いつの間にか年食っちゃいましたがー、優しくてとても良い人なんですよ」
やはりライラさんに来ている縁談というのはこのアップル公女の兄のようだった。
確かに妹としては兄との縁談を断る女性が目の前にいるというのは気分がよくないかもしれない。
そして、ライラさんも自分のその非を自覚しているので、
「でも……」
声に元気がない。
そこにさらにぐいぐいと突っ込んでくるアップル公女だった、
「——でもなんですかー? お兄ちゃんはー、確かにー、あんまりおしゃれをしないから見た目がパッとしないように見えますがー、でも実は隠れたイケメンなんですよー。たまに城の行事で正装した時なんかはー、城下の娘達が見違えたその姿にー、どこの国の美形王子がやってきたのかと騒ぎ出すのですからー」
「いや……お前の兄がどうこうではなくてな……」
「なんですかー、それとも田舎が嫌なんですかー。溢れる自然。美しい景色に綺麗な水と空気。そんな人間らしい暮らしのどこが嫌なんですかー? ライラ様は故郷のハルカンディア・ホクトウ地方が嫌いだというのですかー?」
「田舎が嫌と言うか……でもやはり若いうちは都会の刺激に満ちた生活をして……」
「何ですかー? 都会の享楽に溺れー、公国の姫である自分のお立場もお忘れですかー? 日々の生活が楽しくてー、民の将来などどうでも良いのですかー? ホクトウ地方の安定のためには隣の私の国との縁談は重要なのではないですかー?」
「それはそのとおりなのだけれど……でも……」
「……でもー、『勇者様とできちゃえば周りもしょうがないと思ってくれるかな』とライラ様は思ってるんでしょ」
「ぐっ……」
「そりゃ伝説の勇者様ですからね。どっかの田舎貴族なんかと結婚するよりもずっとお家と故郷のためハクがつくでしょう。誰もがそれを祝福してくれるでしょう。ライラ様はそう思ってるんじゃないでしょうかー?」
無言になるライラ。
これは図星……なのか?
苦しげに首肯までするライラ。
でも、
「だめです——!」
その反論できずに困った様子のライラに、さらに追い打ちをかけるようにアップルが言う。
「だめ? 私は国と民のことを思って……」
「……それに自分のことを思ってでしょ? まあー、もしライラ様が勇者様を射止めたら一挙に全部それを得られるかもしれませんがー。……だめです!」
「だめ? しかし、確かにお前は私の浮ついた心を諌めてくれているのかもしれないが、なぜそんな自信満々に私にだめ出しをできるのだ」
「はあー? なんだライラ様はまだわからないんですが?」
「………………?」
「だって……」
「だって?」
「勇者様と結婚するのはこの私だからで——す! 私もどっかの田舎貴族と結婚して地方に引っ込むのまっぴらで——す!」
「おめ、ふざけんな! このほじなし、ばかけ——!」
*
そのまま二人とも方言になっての罵詈雑言合戦に、他のメイドたち(この娘達もみんなどこかの大貴族の娘ばかりらしい)も参戦して、何が何だかわからないぐちゃぐちゃの混乱状態になった部屋から、ジェル王女に目配せをされ逃げ出すように出る俺であった。
廊下に出ると、そこに控えていた年配のいかにもできそうなメイド——この人が本当のメイド長なのではと俺は思った——が上着を着せてくれる。
そして歩き出すと、ジュエル王女がすかさず話しかけて来たのだった。
「まあ、ライラは思いたったら一生懸命なのじゃが、最後にビビりなところがあるからの。アップルみたいな娘が対抗して煽られるくらいでちょうど良いのじゃ。そうは思わないかな勇者様よ——なのじゃ」
「『思わないか』と言われても、こまってしまいますが」
正直、あんな高貴な少女達に、打算込みと言っても、直接的に好意をぶつけられて動揺しないでいられるわけもない。
それに俺は本当の勇者では無いのだ。なんでか知らないが、偶然に一回だけ勇者の剣を振るうことができた一般人に過ぎないのだ。
彼女らの「打算」に答えることのできない男なのだ。
「ほほう、英雄とはいえ、色を好むわけではないのじゃな。もったい無い話じゃの。正直、本当は御身は誰かを選ぶ必要さえないのじゃがな。」
「えっ?」
「……あの娘らを仕えさせてきた貴族達は、御身に手篭めにされても上等——伝説の勇者と関係ができるなら——くらいの気持ちで差し出してきたのじゃ。一族とびっきりの娘達をの……だが御身はどうもそういう英雄ではないようじゃの」
「それは……」
俺は、感心したような表情のジュエル王女の目をまともに見れなくて目を伏せる。
だって、俺は、彼女が思っているような男ではない。
——俺は聖人君子じゃ無い。正直、かなりクラクラっと来ている。
あんな綺麗な娘達に囲まれて自分をどこまで抑えていられるか自信は無い。
でも、そうなら、そうなってしまってさらに勘違いの作り出す罪を重ねる前に、
「俺は、勇者では……」
やはりさっさと話してしまった方が良い。
俺はそう思ったのだが……、
「勇者様万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
……
いつの間にか廊下が終わり、そのまま外に向かって開けた広いベランダのような場所に出た俺は——眼下に、俺を待望し讃えこの後の超人的な活躍を期待する人々を見ることになる。
「おお、すごい人数じゃな。KYT(宮廷)48の総選挙のセンター発表の時でもこんなに民が集まったことは無いのじゃ。さすが勇者様は格が違うのじゃ」
「俺は……俺は……」
俺は、喜び興奮する民衆を見て、思わず言いかけた言葉を飲み込む。
こんな状況で、「俺が勇者じゃ無い」と言う。
そんなことができるわけが無い。
この人々の喜びを、願いを台無しににして、真実を告げるの一言を言う。
それがどんなことを引き起こすか。それがどんな感情を引き起こすか。
怖かった。
そう、情けないことに俺は怖かったのだった。
卑小な俺がこの民衆の期待を裏切った時に起きることが。
いや、嘘は後に伸ばせば伸ばすほどそのバレた時の被害が大きくなることは分かっている。
だから、いくら気圧されても、怖くても——ここでおれは自分の正体をバラさねばならなかったのだった。
しかし——勇者たる資格を持たぬ弱気俺は——それができなかった。
「さあ勇者様、歓声に応えて手を振るのじゃ。民の叫びに応えるのじゃ!」
ジュエル姫の言うがままに、俺は手を振って人々に向かって笑いかけた。
俺は、そのまま——自分の弱さゆえ、自分の嘘の作り出す偽物の人生の中に自分をが落ちていくのをただ呆然と眺めるしかできなかったのだった。
そして……。
城の前の広場に集まった人々への謁見が終わると、俺は宮廷の真ん中にある大伽藍の間に移動した。
そこで行われたのは……。
——俺をこの国に迎えるにあたっての正式な式典と、その後の宴を行うためのものであった。
それは昨夜のあの豪華な歓迎会も、俺が来るのになんとか間に合わせた急場凌ぎであったことがわかる壮麗、大規模な、催し——祭りであった。
みるからに偉そうな国の重鎮たちの集まったステージのひな壇、その一番上に俺は座らされて、緊張し、ソワソワとしながら人々を見下ろす。
でも、勘違いでこんなところに座らされて、いつそれがバレるのかとドキドキとしてしまっている俺の気持ちなど無視して儀は行われる——進む。
それは、ジュエルの父、グランド王の挨拶から始まる。
そして、第一王子アイアンによる俺の紹介で大歓声があがると、——そのまま大臣やら、将軍やらのお偉方の挨拶が続く。
俺は、偽物の勇者なのに、そんなお偉方に平身低頭の態度を取られてしまっている俺は、恐縮することしきりだった。
しかし、
「あんまり、あやつらのおべっかを真剣に取る必要はないのじゃぞ」
とジュエル王女が言う。
「っん?」
「みんな、御身に取り入って自分の立場をあげたいと思っている連中ばかりじゃからの」
「みんな?」
「……さすが第一王子のアイアン兄様は栄光の約束された身分じゃからの——御身とも対応に処すると思うが……他の連中は大なり小なり、勇者様の威光を借りて自分の宮廷での立場を上げたいと思っている者ばかりじゃ。真面目に取り合う必要は無いのじゃ」
「そうなのか……なら……」
「なら?」
「いや……」
俺はいいかけた言葉を飲み込む。
じゃあ、お前は、ジュエル王女はどうなのかと?
俺はそんなことを思ってしまったのだった。
王女も、俺を利用して、宮廷での自分の立場を上げたいと画策する、その一人なのではないかと。ふと、そんな穿った考えが心に浮かんでしまったのだった。
しかし、それを口に出さないだけの礼儀は俺にもあったのだが、
「……まあそうは言っても妾もその、一味ではあるのじゃがの」
ジェエル王女はそんな俺の考えを見透かすようにそんなことを言うのだった。
俺は、その正直な物言いに、どう答えて良いか分からずに、一瞬言葉を詰まらせてしまうが、
「御身を目覚めさせここに連れてこれたのは妾の功績ということで、今のところは妾に第一の優先権があるのじゃから——まあその特権を妾のためにせいぜい利用してやろうと思うのじゃ」
「う……うん」
「はは、御身は妾がただ能天気なだけの道楽王女だと思っておったのか——なのじゃ」
と、俺がリアルな宮廷内権力闘争の話を聞いて、少し引き気味になのに気づいたのか、ちょっと恍惚な感じの悪い笑みを浮かべるジュエル王女。……
いや、……正直、それは思ってた。
一国の王女が何もかも好き勝手にやってるだけで済むとは思ってないし、昨日城についてからの彼女の振る舞いは、さすが責任のある者の行動と感心させられることもしばしばであった。
だが今までの行動を見ていると、俺は、この王女は宮廷政治などとは無縁の軽やかな精神を持っているのではと思っていたし、俺はそれを随分と好ましく思っていたのだが、——さすがに世の中、そんな単純では無いようだ。
なにしろ、
「特に第三王子のリキッド兄様はなんとしてでも蹴落とさねばならぬ——なのじゃ」
相変わらず能天気な笑みを浮かべながらも、なんだか言うことは物騒で、
「そのためには御身をきゃつに取られるわけにはいかないのだ——なのじゃ」
まあおれはその言葉を少し残念に思いながら聞くのだが——。
ん?
「なにしろあやつは宮廷内のたけのこ派の筆頭だからな! あんなのに宮廷を牛耳られたらきのこ派はひどい目を見るのじゃ!」
すぐに、思わず吹き出すことになるのだった。
「なんじゃ勇者様、どうしたのじゃ、きのこ派の野望をあざわらうのか——なのじゃ。はっ、もしかして御身はたけのこ派なのか——なのじゃ」
「いや違う違う……」
真剣に、きのこ派かたけのこ派かの心向きを心配しているジュエル王女に、俺は笑いながら「きのこの為に命をかけるのも厭わんよ」とか、だいぶ後に大後悔する軽口を叩いてその場を収めたりする中……。
——式典は淡々と進行する。
古参の大臣によるハルカンディア国の歴史や、貴族の子供達の勇者への期待のメッセージの読み上げ。
人気声優グループによるコンサートの後に新しいブリキュアの製作発表(ここでジュエル王女が喜びで失神していた)。
そして、みんな500ハルカンディア円を差し出して勝ち抜けた者が総取りすると言うジャンケン大会の後は、大ビンゴ大会。一位の商品はプラズマクラスター魔イオンを噴き出すという使い魔で、もらった警備の騎士のおじさんはあまり嬉しそうではなかったけど……
と言うか、そろそろなんの式典なのか本気でわからなくなった頃……
「みなさん、それでは本日最後の催しもの! 勇者様のエキシビション・マッチです!」
「えっ?」
巻き上がる大歓声の中、おれは会場内の人々すべての視線を浴びて、ただ呆然と舞台の上、固まるのであった。
「我は、ハナ・ミズキと申す! この身、まこと力不足と存じるが、本日は勇者様と太刀をまじえさせていただく!」
呆然としたままの俺はジュエル王女に言われるまま、魔法陣が浮かび上がった後に会場中央からせり上がってきた試合場に移動した。俺は。どうも、そこに先に上がって待ち構えている女騎士と試合をしなければならないようだった。
「勇者様よハナは女ではあるが、ハルカンディア最強の騎士の一人であるのじゃ。伝説の勇者様と太刀を交える資格は十分にあるのじゃ。もちろん御身には物足りないかもしれないが……」
いや、物足りなく無い無い。十分すぎてお釣りが出るというか——ほとんどお釣りでこちらの取り分なんてほとんど無いくらいだ。例えるならう●い棒買うのに一万ハルカンディア円だされてしまった感じ。出されたお釣りで、本当の俺の値段を知ったら怒り狂われてもしかたない——と言うくらいだ。
俺は、あの伝説の勇者ジェイドのパーティに参加したとは言え、ギルドが派遣した単なる職員だ。勇者どころか武芸の心得などほとんどない一般人なのだ。子供の剣士とだってまともに打ちあえるか心もとない。
それに、——戦いの素人とはいえ、史上最強と今でも讃えられているらしいあの勇者ジェイドの率いた伝説のパーティについて回って、様々な強者を見てきた俺には分かる。
この女騎士はとんでもなく強い。
それが一瞬でわかる気迫、オーラを出している。
考えるまでもない。
……
俺は、こんな人に、勝てるわけないどころか、剣がかすりもしないだろう。
でも、
「かえってそれで良いのかもな」
俺は呟く。
「んっ——なのじゃ? 「それで良い』とはどう言うことなのじゃ?」
「それは……」
ここであの女騎士相手に醜態を晒せば、俺が勇者じゃないと言うことが丸わかりとなる。そうしたらなんとなく言い出せないままにここまで来てしまった俺の正体など——言わずもがなだろう。
でもそれならそれで良いような気が俺はしたのだった。
この会場いっぱいの人々を、そしてハルカンディア国民を失望させてしまうのは申し訳なく思うが、この後、引くに引けない状況まで言ってから正体がバレるよりはずっと良い。
今までだってわざと騙してたわけで無いし、そもそも一万年も勝手に勇者と間違われててた俺は被害者と言えないことも無いし……。
なら——。
まあここまできたら派手に負けて、無様な姿を見せたほうが良いだろうと俺は思ったのだった。
嘘もごまかしも無い本当の自分を見てもらい、嘲笑を買い、それ相応の侮蔑をもらうのが一番俺にとって良いのだ。俺はそんな気がした。
俺は覚悟を決めて試合の舞台に立つのだった。
そして——。
*
「参る!」
試合開始早々のハナ・ミズキの先制の太刀だった。
正直、俺には、彼女がいつ剣を降り上げ、いつ下ろしたのかの、——見当さえつかなかった。
それはまるで光のように素早く、気づけば俺の体を叩こうとしていた。
それに気づいた時には……。
——早くも終わったな。
俺はそう思うしかできなかったのだった。
この太刀に俺は叩かれる。
模擬刀とはいえ結構痛いだろうなとか俺は思って思わず身をかがめるが……。
しかし、
「あれ?」
俺はつい——なんとなく——陰を避けて動くと、その太刀筋は間一髪、俺の体の脇に振り下ろされる。
「ぬっ!」
とはいえこの手練れの女騎士、渾身の一太刀が外れたくらいで隙を作るわけもない。すぐに下から切り上げる二の太刀が走り、——それは俺の胴を的確に狙ってくるが、
「あれ?」
俺は立ちすくみ、何もできずにいたはずなのに、構えた刀が自然に動きその剣撃を受ける。
その上、ハナが完全に踏み込む直前、彼女の重心が一番不安定になったその時に達が当たったので、ぐらっとバランスを崩すハナ。
そのあとも手が勝手に動いた。
——あれこの技は?
俺の剣が蛇のように絡まった、ハナの剣はコントロールを失って大きく回り、そのまま俺の剣先が指先を打ち、思わず柄を離してしまった彼女の剣は宙を舞う!
——カラン!
地面に落ちた模擬刀の乾いた音が、みんなが息を飲む、静かな場内に響いいた。
まるで時間が止まったかのようだった。
俺の剣先が左胸直前で止まっている状態で、呆然とした顔をしたハナ・ミズキは、
「——参りました!」
負けを認め膝をつき俺に向かい首を垂れるのだった。
*
大歓声の起きた会場であった。
伝説の勇者は、女騎士として当代一と言われていたハナ・ミズキをあっさりと打ち破ったのだった。
これは——まさしく——伝説が過去からやってきたのだった。
この国の危機を救うため。
当代一の騎士が歯が立たない、伝説のその通りの人物が。
民が熱狂しないわけはない。
しかし……、その熱狂に称えられながら、俺はますます自分が戻れない一線を越えて進んでしまったことに気づく。
もしここで俺が偽物だと分かったら、その期待が落胆に変わったのなら、それは俺の名誉や命がどうだとかではなく、国の命運を左右するほどの虚無感がそこに起きてしまうのでは。
それほどの民の熱狂を、今、俺は呆然と見つめることしかできないのだった。




