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1万年も寝て起きた、俺が最強勇者様?

ひょんなことから勇者と間違えられた男のドタバタ活劇。とりあえず一章は毎日更新予定です。

よろしくお願いします。

「勇者様! 勇者様!」

 何やら、俺の目の前が騒がしかった。

 誰かが俺に必死に話しかけている声がした。

「お願いです、勇者様!」

 その声に呼ばれ、目の前がぼんやりと見え始めた俺の前には——二人の少女がいた。

 その二人は俺に向かって「勇者」と呼びかけていた。

 それを聞いて…… ああ、まただ。

 俺は、心の中で嘆息をした。

「——お目覚めください。勇者様! 我々にはあなたの助けが必要なのです」

 「また」誰かが、俺を起こしに来たようだった。

 つまり、俺に頼まねばならない大変な願いのある者が「また」現れたのだった。

「私達の国は悪辣なドラコアの龍騎士達に襲われ、大変なピンチに陥っているのです!」

 なるほど——俺は理解した。少女達は国の一大事に、藁にもすがる思いでここに来たようだった。

 彼女達は、眠れる勇者の元へ、自らの国の滅び行く運命を変えるため、伝説に助けを求めここにやって来たのだろう。

 霧深き死の谷を越え眠れる勇者の森を見つけ、そこに集う怪異から逃れて、俺の眠るこの神殿の奥の間までたどり着く。

 それだけでも、命がけの困難な旅路であっただろう。

 そしてやっとの事でたどり着いた俺の前で……。

 少女は二人とも、必死な顔で俺に向かって呼びかけていた。

 国の危機に俺の助けを借りたいらしい。そのため、俺を目覚めさす為に心から願う——祈るのだった。

 しかし……。

 俺はその姿を見て——また深い嘆息を心の中でつく。

 いくら、真摯に、頼まれ、望まれても——俺には何もできないのだった。

 目を見開いたまま固まって金剛石となり、永遠の眠りについている俺は、こんな風に周りの騒がしさに目が覚めかける事はあれど——それ以上は無い。

 俺は、まるで夢を見ているかのようなぼんやりとした様子で、こんな風に目の前の来訪者を眺めていることがあっても、……動く事もできずにすぐにまた深い眠りについてしまうのだった。

 今日もまたそうなるだろう。俺はそんな呪いにかけられているのだ。結局、今日も目が覚めずにこのまま眠ってしまうだろう。

「突然我が国に攻め込んで来たドラコアの、大量のワイバーンを駆る騎士達に我々はあまりに無力です。我々には勇者様のお力が必要なのです」

 俺は、この少女達を前にして、何もできない自分を情けなく思う。何か力になれればと心から思うが——何もできない——俺だった。

 しかし二人はあきらめない。

「勇者様! 勇者様! 我が民はあなただけが希望なのです!」

 どうやら高貴な身分らしい二人の少女は、本気で国を、民を思いここまで来たようだった。

 まったく……。

 俺は、その思いに応えられない自分に心の中で悪態をついた。

 ああ、なんとかしてやりたいが、どうしようもない。

 やるせない。

 俺は眠りについてから何度目になるか分からないそんな感情に囚われながら——今回もまた眠りが耐え難く襲って来る——目の前の二人の姿がだんだんと霞んでいくのに気づいていた。

 ああ——そろそろ……。

 俺は心の中で嘆息をする。

 この、永く眠る俺の元にやってくる連中には、世界征服の野心にかられた悪漢や、物見遊山ついでの道楽でやって来る富者とか、とても飛び起きて手助けしようとは思えないよう者も多い。

 でも、こんな風に、国の存亡とか、民衆の救いのため、俺に最後の望みを求めてこの城にやってくる者もいないこともなく、——俺もできれば、そんな連中を救ってやりたいと本気で思っている。

 でもね……、

「ああ、勇者様! なぜ、お目覚めにならないのですか? なぜ、我らを助けてくださらないのですか?」 

 ついに泣き出してしまった片方の少女。

 俺は、そんな少女を前にして、心から嘆かわしく思う。

 自分を。何もできない自分を。

 ああ——俺も、助けれるもんなら、助けたいんだが……。

「勇者様! 勇者様……なぜ、あなたはお目覚めになってくれないのでしょうか」

 いや、そう言われてもね俺は金剛石のまま身動きもできないし……。

 だいたい何かの拍子で俺が動ける様になったとしても……。

 

 そもそも俺は勇者じゃ無いんだよね。


   *


 深い嘆息とともに、また襲って来る強い睡魔。俺は、もう、すぐにでも眠ってしまいそうになっていた。

 やはり——この少女たちには悪いが、今回も俺は目覚めることはできないようだった。程なく意識が混濁して、俺はまた深い眠りの中に落ちていくのだろう。

 だが、そんな睡魔の中に取り込まれていく俺を、片方の少女が諦めきれないようだ。

 それを咎める少女と言い合いが始まっていた。

「ジュエル王女もう止めましょう。いくら呼びかけても、勇者どのは一万年の眠りからまるで目覚めるご様子もございません」

 なるほど一万年か。俺は彼女らの会話から俺が眠っていた年数を知る。

 前に俺が薄らと目が覚めた時に。目の前の男たちが言っていたのは八千年だから……あれからもう二千年も経つのか。

 まったく、大した呪いだった。

 こんな時が経っても、俺はやはり目が覚めることはなさそうだった。と言うか今にも眠りそう——少女の言葉を聞いてる途中にも、俺は、こみ上げる眠気に意識が飛んでしまいそうな状態だったのだった。 

 しかし、

「いえ、ライラ、妾はやめないのじゃ。妾達が諦めたら我が国の民はどうなってしまうのじゃ! 妾があきらめてしまったらそこで我が国は終わってしまうのじゃ!」

 諦めの悪い王女(?)の悲壮な声に飛びそうな意識が少し戻るのだったが、

「でも、これ以上、私達には何もできることはありません」

 そのとおりだった。

「——そんな事はないのじゃ」

「と言われましても……」

 いくら呼びかけても、俺はピクリともしないのだった。なのに、どうにも諦めが悪い——どうやらどっかの王女様のようである——ジュエルと言う少女で、それを説得しようとしているのがもう一人のライラと呼ばれた方であった。

「……これ以上我々に何ができると言うのですか」

 ライラは王女を諌めるような口調で言った。

「できなくてもやらなければならないのじゃ!」

 だがジュエル姫はまだまだ諦めた表情では無い——何としてでもと言う気迫に満ちた顔であった。

 しかし、

「またそんなへ理屈を……勇者様は様々な人々の呼びかけにも目覚めずに一万年も眠り続けておいでです。ならば、なんの芸も無い私達の呼びかけ一つでいきなりお起きになるわけはありません。あきらめましょうジュエル姫。私達にはもう何もできないのです」

「ぐぬぬ」

 ジュエル姫は、正論を言われて反論のしようがないと言った表情で悔しそうにうめくが……。

 俺は思った。

 ——うん。悪いが、ライラと言う少女の言う事が正解。

 俺だって好きで眠り続けているわけじゃないんだ。

 いまままで、老若男女、聖者から魔法使い、大騎士から大学者、魔物から天の使い……。

 様々な者たちが俺の目を覚まそうとここに来て、あらゆる方法で呼びかけ、祈り、魔法を使い……。

 それでも俺は起きる事はできなかったんだ。

 だからいまさら、俺を起す方法なんて。


「いやあるぞ!」

 

 ——えっ?


「ある? 姫に今までの人々と違う何かがおありですか? 単に呼びかけてるだけにか見えませんが……?」

「ふふ、もちろん妾もいくら心を込めても、呼びかけただけでは勇者様が起きないのは理解したのじゃ」

「理解した? でも何の霊力もなく、魔法も使えない私達が呼びかける以外になにが……」

「それがあるのじゃ」

「ある? いったい……」

「それは……これじゃ」

 そう言うと、姫様の方がニヤリとして、ドレスの胸元から何かを取り出した。

「——それは?」

 何だ?

 俺は、あいかわらずぼんやりとしか見えない目をできるだけ凝らして良く見てみる。

 ジュエル姫は小柄な割には結構胸があって、なんというかパンパンな胸元で——そんな所に何を入れていたんだと思ったが——彼女が取り出した物——それはその場所に入っても邪魔にならなさそうなくらい薄い本であった。

 ——何、それ?

「これが、妾が手に入れた秘密兵器じゃ」

 秘密兵器?

 俺は、ちらりと見えたその薄い本を見て、何かひどく悪い予感がした。

 薄ぼんやりとしか見えない目では良く分からないのだが——それが何かとてつもなく——ろくでもない物であるような気がしてならなかった。

 いやそれが「何」なのかは直観的にはもう分かっていたのだが、理性が拒否、「それ」だと認めるのから逃げていたのだった。

 なぜなら、それは、


「どうじゃ! ドージンシーじゃ!」


 それは、一万年の時を越え、動けぬ俺の前に突きつけられた俺の(恥ずかしい)蔵書だった。


   *

 

 ジュエルと呼ばれたお姫様は、俺の(恥ずかしい)本をドヤ顏で掲げる。

 すると、

「なんと!」

 ライラと言うお付きの子が本気で感心していた。

「驚いたかライラよ。これぞ幾多の聖者が、魔法使いどもが、天使が悪魔が探し求めた幻の書じゃ! 勇者様を目覚めさすがための秘宝じゃ!」

 いや、待て。何でそうなった。

 それは、

「ど……どうやってそれを。最強の勇者様を目覚めさせる為の秘宝と言われながら、何者にも見つける事のできなかった薄い本! いったい、何処で!」

「ほほう、知りたいかの? ライラよ。妾がこれを何処で手に入れたかのかを」

「…………はい」

 いや俺は知りたくない。

「……それは近くにあるが、しかし達するにはひどく険しく、困難である場所じゃ」

「……それはまさか」

 ゴクリ(俺の心の中の擬音)。

「ああ、そうだ我が城の物置じゃ」

「——そんな!」

 はい? 物置?

「ふふふ、驚いてるようじゃのライラよ」

「でも、ど……どうやって——確かに伝説ではあそこにドージンシーは存在すると! しかし、御身はあの一万年も掃除していないと言われる腐界の中に分け入ったと!」

「はん? 何も妾が入ったとは言っておらんぞ」

「はい?」

 ポカンとした顔のライラと言う少女を尻目に、

「はは、これじゃ!」

「——え?」

 ジュエル姫はまた胸元から、今度は一枚の紙切れを取り出した。

「『年末大掃除のお知らせ』——あなたはもしやジュエル騎士団にこれを命じたと言うのですか!」

「そうじゃ、ライラよ。あの連中は妾に心酔しておるでの——。掃除に参加した騎士には新年の王族謹賀新年会での握手券を与えると言った所、全員が快く大掃除に馳せ参じてくれたのじゃ」

「あれ? でも、ジェル騎士団は確か全員具合が悪いとかで新年会は欠席……?」

「そりゃそうじゃろ——なのじゃ。はは、あの万年の埃と万年の良く分からない物のたまったあの部屋に入ったら具合も悪くなるものであろう——なのじゃ。

 中には潜んでいた悪霊に取り付かれた者もおったようでの。騎士副団長は病室で『窓に!窓に!』とか叫んでおったの。他の連中も大なり小なり、地獄を見た用での。『いっそ殺してくれ』とか『働いたら負けと思ってる』とか良く分からないうわ言を叫んでおったの。なんともそこまでして献身的な愛い我が同胞達よの」

「……でも、そのせいで精鋭のジュエル騎士団が動けなくなり……?」

「ああ、確かにその隙をついてドラコアの龍騎士どもが侵入してきたので我が国は大ピンチじゃの……ははは」


「あほか——!」


 どこからかとりだしたハリセンでライラはジェルの頭をパコーンと殴る。


「おめのせいでオラだの国がわっぱが(注:ひどいこと)になってるんだべ! おめだば、なんてことするんだべか!」

 血相を変えて、いきなり「訛り」ながら叫ぶライラだった。

 まあ、どうも国が存亡の危機なのはこのお姫様のせいのようなので、彼女が怒るのもむべなるかなだが、

「こらこら、ライラよ慌てるな」

「んだって、んだごと聞いて、黙っていられねべった」

「まあ、落ち着け……ライラ」

 しかし、その様子を見てもまるで動じないジュエル姫だった。

「ライラ、おぬし慌てて、我が国ハルカンディアのホクトウ地方のなまりがでておるぞ。妾的にはそれは結構萌えポイントじゃが、それをおぬしの母君が聞いたらどう思うかな……」

「…………っく!」

「おぬしを立派なレディにするべく北の地より都におくり込んだお母上の公爵婦人は、おぬしがまだ都の生活に慣れぬ田舎貴族のままだと知ったらいったいどう言うのかな?」

「…………っく!」

「そうじゃの、なんて言っておったかの? 都会でぱっとしないなら早く田舎帰って来て見合いして結婚しろとか言われておったよのう」

「…………っく!」

「そういえばこの間、おぬしに、故郷のキアタ公国近隣のガルツ公国の行き遅れ御曹司から縁談の申し込みが来ておったの。どうじゃ、ここは都での華々しい青春はきっぱりあきらめて田舎に戻って堅実に暮らすと言うのは……」

「…………それは」

「知っておるぞ。ライラよ。おぬし、シティライフを満喫してる都会者の顔をして、週末ともなればCL(注:Castle Lady)仲間とハルカンディア・ジュクハラとかハルカンディア・ヤマカンダイとかのカフェでオシャレでご飯がちょっとしか盛られていないカフェ丼など食べておるが……」

「…………ああ!」

「……そんなのでは飯が食べ足りずに、城に戻ってからこっそり自分の部屋でイブリガコー(注:ハルカンディア・ダイコンを燻し漬け物にしたキアタ公国の特産品)で五合飯をかっ食らっていると言うじゃないか」

「ど…………どうしてそれを!」

「————はは、おぬし、仲間のCLにバレていないとでも思っていたのかえ? 同じキアタ出身の料理長に密かに飯を貰っているつもりじゃろうが、イブリガコーを部屋で漬けていたらさすがにみんな気付くじゃろ」

「…………っく!」

「CL仲間が部屋に遊びに来た時に、『ハルカンディア・ヤマアオで買って来たこのハーブティーとっても良い匂いなんですわよ』とか言いながら出された部屋が糠臭いのをみんな突っ込めずに困っておったの——」

「…………っく! 殺せ!」

「おいおい、『くっころ』って妾はオークでもおぬしは女騎士でも無いんじゃがの……だいたいCL達はおおむねおぬしがオシャレぶってもどこかあか抜けないのを好意的にとっておるんじゃがの。公爵の美貌の娘と言うお高い身分にも関わらず、親しみが持てて良いと。妾もおぬしは今の親しみが持てる路線の方が良いとおもうんじゃがの……しかしおぬしのお母上がの——」

「そ…………それは…………」

「娘が、結局都会でレディになり損ねてると知ったらどうするかの——。確かおぬしの妹のリラがそろそろ王都に出てきても良い年頃になるんじゃったの。噂では、おしとやかで聡明。おぬしより都での生活にはむいておるかもしれんの。彼女がやってきたらおぬしは用済みで田舎にもどされるかもしれんの——」


「ゆ……ゆるしてください。な……何でもします」


「っん? 今何でもするっていったよね?」


 ライラと言う娘の言葉を聞いて、凄い悪い顔でにやりと笑うジュエル姫であった。

 なんかろくでも無い事を考えていそうな顔であった。

「な……何でもとは言いましたが………………サスガニナンデモハ……」

「あれ、公爵の娘ともあろう者が一度言った言葉を守らないと? そんな事を知ったらおぬしの母上はますますおぬしを……」

 ますますライラを追い込むジュエルであった。

「はい。何でもします。だからまだ私にハルカンディアの都でのシティライフを。で……でも……ジュエル様の性格では……何をされるのか……」

「おう、ライラよ。心配するではない。妾も一国の姫。やって良い事と悪い事の境目は心得ておるわ」

「そ……そうでしょうか…………」

「そうだぞ。おぬしに女騎士の格好をさせてオークの群れに突っ込ませるなどは、妾の妄想の中だけに留めておるわ。現実ではもうちょっとやる事は抑えるに決まっておるわ」

「…………なんか思った以上の事を言われて余計に不安になるのですが…………」

「まあ、そんな不安がるではないぞ。何命までとろうと言うわけではない。それに、ライラよ。おぬしにこれから頼むのは国を救う事になるのだからな」

「で……でも……いったい……私は何をすれば良いのでしょうか?」

 ますます不安そうな表情のライラをみてさらにニヤリとする姫であった。

 それを見て——はあ——俺は心の中で嘆息をする。この二人のやり取り見ていたら、さっきまでの、真摯な願いに対する感動や悔恨の情とかがすっかり吹き飛んでしまっていたのだった。何と言うか、妙な徒労感と言うか、ずっこけ感が心の中に湧き上がるのを抑えることができなかった。

 いや、このお姫様の、国と民を思う気持ちは本物に見えるし、俺も、俺にできるならそれに応えてあげたいと言う気持ちも変わらない。しかし、どうにもこのお姫さま少しゲスすぎる感じだ。手段を選ばないと言うか……

 でも。すると、どうにもこの後の展開に悪い予感がしてならない。 

 その手に持つ薄い本の内容も——俺の記憶が確かなら……


「で、それで私は何をすればよいのでしょうか?」

 かなり不安そうな表情でライラが言う。

「それはじゃな——だが……まずライラよ。その前に問うがドージンシーとは何物じゃ?」

 それに真面目な顔をしてジェル姫が、

「そ……それはこの勇者様が愛して止まなかった本と聞きます」

 ………………と答える。

 ああ、これ以上……やめて。と思っても、

「その通りじゃ。勇者様はドージンシーを大変大事にしまして、遠征の際はそれらを家のオシイーレの奥、誰にも見つからない場所に隠したと聞くのじゃ」

 しかし、二人の会話は淡々と続く。

「なるほど。ドージンシーとは勇者様にとって、それほど大事な物なのですね]

「うむ。なにやらそれを集めるためにコミーケと言う戦いで数十万人と争い勝ち得たとか、虎の住む穴の中に飛び込んで手に入れたとかの伝説が残っておる」

「な……なんと! ドージンシーとは、それほどまでに大事な物なのですか」

「そうじゃ、ライラよ。勇者様が不幸にも魔人ヒュプノの呪いをうけて眠りについた後、それを見つけた勇者様のパーティ仲間達はそれらを大事に引き継いだと言うが…………」

「一万年の時を越え、今残っているのはこの一冊のみと…………」

「その通り。勇者の友人の友人である村人Aに由来するわが高貴な一族が、ドージンシーをおすそ分けされた女騎士様が持て余している所を譲り受けて、大事に保管していたからこその一冊じゃ。奇跡的に現存した一冊じゃ」

「……それって。一万年も物置を掃除もせずにほうおっておいた王族の『ずぼらさ』が奇跡と言う事では……」

「んっ、ライラよ何か言ったか?」

「あっ……いえ。姫よ、先をお続けください」

「そうか……なんか我が一族が軽くディスられていたような気もしたが……まあ良い。今はそれどころではない……で、ライラよそれでこの本じゃが……」

 ジュエル姫は本をライラの目の前に出す。

「悲しい事に。一万年の時を経てかなり痛んでおる」

「確かに、この表紙など大半がかすれ、何が描かれてあるか分かりませんね」

「うむ、保存の魔法がかかってもこの状態じゃ」

「……なるほど。やはり一万年というのはそれほどの時間と言う事ですね」

「そうじゃ。中身も、少しはましじゃとはいえ……」

「だいぶ痛んでで良く見えない部分がほとんどですね」

「うむ。このページなど、比較的良く絵が残っておるが……」

「何か黒く塗りつぶされている部分が多くてやっぱり良く分かりませんね」

「そうじゃ。このページを我が国の女神官どもにこれを分析させたが、きゃつらはこのページは相当の禁忌に触れる部分と考えておるようで『ジュエル姫のような少女はこれをもう見るべきではありません』と言われて本を取り上げて返してくれなくなってしまいそうになってしまった——なのじゃ」

「なんと! それほどまでにこの本には危険が!」

「そうじゃ。ライラよ。しかし妾は国のためならば、そんな危険に臆する事はない。一度取り上げられてしまったこのドージンシーじゃが——神官が神書を秘するという「アニーのベット」の下にあったこの本を奪い返し、こうやってこの場所まで持って来る事ができたのじゃ!」

 ドージンシーを高く掲げうっとりした様子のキメ顔でそう言うジュエル姫。

「…………ジュエル様、さすがです。このライラ、先ほどまでの非礼お詫びします」

 姫の自信にあふれたその様子を見て、少し体をかがめ、礼をするライラだった。

「いや、謝らなくとも良いぞ。ライラよ。こうやってこの薄い本をここまで持って来たのはあくまでも準備に過ぎないのじゃ。これからが本番なのじゃ!」

「…………ごくり。でも、それで私は何をすれば良いのでしょうか」

「それはじゃな……」


「スク水?」


 薄い本の終わりの方を開いて指差すジュエル姫であった。

「そう書いておるの」

 ライラはそこに書かれていた文字を読んだ様だった。

「様々な秘密が書かれてると思われるこのドージンシーじゃが、残念ながらほとんどの文字が掠れて見えぬ。なんとか読めた文字にしても、『らめー』とか意味不明の言葉ばかりでの、他になんとか読めた『先輩』なの『なぜ更衣室に』とかの文字と合わせても、どう解釈してよいかさっぱり分からぬ」

「ではせっかくのドージンシーも勇者様を起こすには足りぬと」

「そうじゃ……さすがの妾も一度は諦めかけたのじゃ。しかし……」

「しかし……?」

「勇者様に縁深い秘宝はドージンシーだけではない」

「……?」

「ドージンシーだけでは意味が分からなければ別の物から知れば良い」

「別の物と申しますと?」

「ふふ、ライラよもう一つの伝説を知らぬか……」

「もう一つ? それは……もしかしてドージンシーと並ぶ……」

「シャ・シンシューじゃ」

 キメ顔のジュエル姫。

 俺は、また嫌な予感がして背筋がスーッと寒くなった。

「シャ・シンシューですか!」

「そうシャ・シンシューじゃ」

「まさか御身はドージンシーに続きシャ・シンシューまで手に入れたと言うのでしょうか!」

「ふふふ、そのまさかよ——なのじゃ」

「なんと姫さま! まさか勇者様のもう一つの秘宝シャ・シンシューまで……」

「驚くのじゃ! そして妾を讃えるのじゃライラ——なのじゃ。我はドージンシーだけでは勇者様を目覚めさせられない時のことも考えてシャ・シンシューも探しておったのじゃ!」

「なんとも、ジュエル様——このライラ今度ばかりは心底感服いたしました」

「んっ? 今度ばかりは? 普段は?」

「いえ、細かい事は良いじゃないですか。いつもはおバカなようでも、いざと言う時にはしっかりとしめるところはしめる。それが王者の風格と言うものです。臣民はたいていジュエル様をおバカそのものに思っておりますが、何言わせておけば良いのです。姫の真価はこのライラが今回、しかと心に刻みました」

「んっ? 臣民たちは」

「気にせずとも良いのです」

「……でも」

「いいのです!」

「そ、そうかの……」

 どうも強く押されると曖昧なままで納得してしまったジュエル姫だった。この天然そうな姫と付き合ううちに獲得したお付きのライラの処世術だろうけど、

「そうは言っても……やっぱりバカにされているような気が……」

 姫も完全には納得できたわけではなさそうだが、

「あっ? あれをみてください!」

「なっ、なんじゃ」

「勇者様が少し動きました」

「なっ、なんと!」

 いや、俺は動いてない。一ミリたりとも動いてない。そう言う呪いをかけられているんだ。動いているわけがない。

 でも、

「そうかの! 動いたかの!」

 とても嬉しそうなジュエル姫、

「もう少しです。ジュエル様。この機を逃してはいけませぬ。ここで一気に勇者様を起こしてしまいましょう」

「そ……そうじゃの」

 あっさりとごまかされるジュエル姫であった。

 そして、

「でシャ・シンシューですが……?」

「そうじゃ! シャ・シンシューじゃ!」

 やっと話は進み、

「それも我が城の物置に?」

「いや違う」

「ならば何処に?」

「我が城の物置に比するもう一つの魔境と言ったらどこじゃ?」

「はっ……まさかそれは」

「そうじゃ……」


「初代王の(カメラ・レックス・プリマス)?」


「ふふふふふ……」


「でもあそこは、王国の建国の覇と引き換えに悪魔の呪いを受けた初代王の遺体が眠る部屋。今も入り口には悪魔が集い、入るものは全て永遠の狂気に陥ると聞きます。もはや城の者は誰も近づこうとさえしないあの場所……」


「ふふふふふ……」


「悪魔達は部屋に入る者に呪いをかけると言います。魂の取引を持ちかけ、その身を喰らうと言います。悪魔に睨まれた物は、永遠の転落を、耐え難い業火の中にその身を焼かれる運命から逃れられぬと聴きます」


「え……?」


「『え……?』?」


「いや……ふふふふふ」


「……? しかし、御身はその悪魔どもをいかに逃れあの部屋に入ったのでしょうか」


「ふふふふふ……?」


「……?」


「……? で? どうやって入ったのでしょうか?」


「……それは……それはじゃな……」


「まさか、悪魔達と話さなかったでしょうね? 人はあの者達と渡り合えるほど精神が強靭ではありません。巧みな誘惑に負けて人は何もかも差し出してしまいます」

「……そうかな?」

「………………話しましたね」

 悪戯がバレて怒られるのが怖くて、困ったような顔をしたジュエル姫。

「あいつら……話程ひどい連中じゃなかったのじゃ」

「ああ……話したのですね……」

「悪魔どもも、結構良い奴らじゃった。なんかいろいろお菓子もくれたし、『最近の悩みは何かと』言われて先週録画し損ねたブリキュア見れない事だと言ったら、目の前に本物のブリキュア達が現れて先週の放送を再現してくれたのじゃ。あれは至高の体験じゃった! 妾は危うく魂を持って行かれるところじゃった!」

「『行かれるところじゃった』? 持っては行かれなかったのですね……まったく……そんな幻覚を見せられてころっとひっかかるとは……」

「も……もちろんじゃ……王女の魂はそれほど安くないのじゃ……妾をブリキュアにしてくれると言うのには心が……いや魂が動いたのじゃがな……」

「——で?」

「……じゃあスカルレッドにしてくれと言ったら、お嬢ちゃんには王女役は似合いませんよ——って妾を誰と心得るのじゃ! 王女そのものじゃ! あの悪魔ども——っていうわけでそれは無しになって……」

「なるほど……」

 悪魔でも譲れない一線ってあるんだなって俺は(首は動かないけど心の中で)頷いて、

「で? それでその後どうやって部屋の中に入れてもらったのですか?」

「これじゃ!」

 ジェル姫はまた胸から何か出す。

 それは一枚の紙切れを出す。


  〈私の最愛の魂を差し出します  じゅえる〉


「あほか———————!」

 パコーン! とハリセンノヨウナモノでライラに頭を叩かれるジュエル姫。

「おめなば、なじょして魂を売るってやぐぞくしてるんだべが!」

「まてまてライラよ。落ち着いて良く読め。あとまたなまりが出てるぞ……田舎に連れ戻されるぞ……」

「んだって、こんだの見で、どやって落ちづぐべが……いえ、落ち着いていられるわけありません」

 ライラは、ジュエル姫の持っていた悪魔と契約を交わした契約書の紙を取り上げその文を読みながら言う。

「おめだば……いえ……姫は、結局、悪魔にあっさり自分の魂を売り渡す契約をしてしまっているじゃないですか」

「自分の魂を? 確かにそうも読めるな」

「他にどう読めと言うんですか?」

「良く見るのじゃジュエルよ。『私の最愛の魂』と書いてるではないか」

「それが何か? 姫の魂のことでしょう?」

「妾は自分の魂など愛しておらん」

「は?」

「そんなものよりも妾には愛する物がいくらでもあるぞ。そうだな、お菓子に、お菓子に、お菓子に……ブリキュアとか……魂などとても最愛とはいえん。だから大丈夫じゃ。妾の魂は『最愛』などではない」

「………………」

「どうじゃ、これなら悪魔どももどうする事もできないだろう。妾は魂などより愛する物がいくらでもあるのじゃ。お菓子とか、お菓子とか……ああ焼き肉とかもたまに食べたいな。お城の上品な料理ばかりだと飽きて来るのじゃ。牛丼とかつゆだくで食べたいのじゃ。グロメのサンマも良いな。脂たっぷりで、ジュージュー焦げた匂いがたまらずに……ゴクリ」

「………………姫がとても即物的な俗物ではあることは分かりましたが、そんなへ理屈で悪魔どもが納得するとはとても……」

「いや、納得してたぞえ?」

「え……?」

「『分かりました。あなたが自分の魂を愛さないのであれば、あなたが愛する他の人——最愛の魂を、いつの日にかいただきましょう』と。言って部屋の中に通してくれたのじゃ」

「………………」

「まあ、将来、誰か他人の魂を妾が愛する事をあいつらが期待してるのだと思うが、妾がきのこの山よりも他人の魂を愛する事なんてあるわけが無い。安心して良いぞライラよ。おぬしの事も親友として、たけのこの里よりは愛しておるが、さすがにきのこの山には負ける……」

「…………私がお菓子以下なのも、姫がきのこ派で国内のたけのこ派にけんか売らないように注意しなければならないことも今わかりましたが……」

「……卑下することはないぞライラよ。きのこの山に勝てる愛なぞそうはあるものではない。お主の五合飯への愛には負けるかもしれないが……」

「……いやもう良いです……勇者様がたけのこ派でこの会話を聞いていて気分を害さないことだけを心配することにします」

「おお! ライラ、確かにそうじゃな! これは思わぬ失言じゃった——なのじゃ。勇者殿、妾はたけのこの里も愛してるぞ。ライラなどど比べるべくもなく……ああ! きのことたけのこどっちが好きなのか分からなくなってしまいそうじゃわい——なのじゃ!」

 と白々しくつくろうジュエル姫。まあ俺はきのこ派だが、まあそんなことはどうでも良いか。じゃなくて……いやあのお菓子、一万年寝ていてもまだあるのは驚きだが——いや……それもどうでも良くて、

「ともかくじゃ、ライラ、妾はそうやってあの悪魔の部屋より、このシャ・シンシューを持ち帰ることができたのじゃ。偉大なる初代王、村人Aの遺産じゃ!」

 やっと話が進み——やはりあの姫様が持っているのはやはり俺にとってろくでも無い物であり、

「でもジュエル姫、それが貴重な書であることは理解いたしますが、それでどうやって勇者様を起こすのでしょうか」

「ライラよ。シャ・シンシューとは、ドージンシーと同じように勇者様が愛し大事にした書——なのじゃ。遠征のさいにはオシイーレの奥に……」

 いや、もうそれ良いから……

「……でもいくら大事な書でもそれが勇者様を起こすのにどうすれば役に立つのか……」

「ははは、ライラよ。やはりおぬしは何も分かっておらんのじゃ」

「……? 何がですか?」

「既にもう役に立っておるのじゃ」

「……? と言われましても何の事やら?」

「この……シャ・シンシューを見てみるのじゃ」

 と言うと、ジュエル姫はまた胸の辺りから薄手の本を取り出す。

「はっ…………これは」


「「……水着シャ・シンシュー!」」


「どうじゃ、ライラよ。ドージンシーにあった『スク水』と言う言葉。『水』というのはこの水着の事であろう。両方とも勇者様が愛した書物に書かれていた物じゃ。そうに違いないだろう」

「それは……そうかもしれませんが……でも『水着』それは何のことなのでしょう。水でできた着物でしょうか? そんな物ありえないんじゃないでようか」

「ははは、ライラよ、『案ずるより生むがやすし』『百聞は一見にしかず』『下手な考え休むに似たり』じゃ。脱げよ、されば与えられん——なのじゃ!」

「脱げって……はっ!」

「どうだ驚いたかライラよ。妾の深謀遠慮を思い知ったのか——じゃ!」

「まさか!」

「そうじゃ、ドージンシーにあった謎の言葉『スク水』、それはこのシャ・シンシューの中にこのように図示されておったのじゃ!」

 ジェル姫はそう言うと、シャ・シンシューの真ん中くらいのページを開き、ぼろぼろになって、かなりかすれながらもなんとかその中に水着姿で微笑んでいる女の子の写真を頭の上に掲げるのだが……あれ?

「そしてじゃ! これを見たらもう分かっただろう。おぬしは、もはや既に役立っているのじゃ! おぬしは……」

「すでに『それ』を身につけている……」 

 と言うとライラは、愕然とした顔になると、

「今朝宿を出る時に、お前は既にスク水を着ておったのじゃ。ならば、分かっておるな?」

 と言われ首肯して、


「脱ぎます……」


 ライラは、豪奢な頭飾り、手首にはめたリングなどのアクセサリーを外し、次に手荒く扱ったら破れてしまいそうな薄いシルクの手袋を慎重に脱いだ。

 次は、靴を脱ぎ、そしてタイツを恥ずかしそうに丸めながら脱ぐと、それらを地面にきちんと並べてドレスの背中のホックに手を伸ばすのだった。

 しかし、

「ライラ、ドレスを自分で脱ぐのは無理じゃろう? どれ妾が手伝うのじゃ」

「ありがとうございますジュエル様」 

 ——俺は、気づいていた。

 ライラがジュエルに背中のホックを外してもらいながらドレスを脱ぎ、その姿が現れると……


「どうじゃ!」

「ひゃん……恥ずかしい」

 

 ドレスを脱ぐと水着姿だったライラは無意識に恥ずかしがってかがみ込んでしまう。

「これで勇者様も目覚めずにはいられまい! なんと、最も大切にした書、ドージンシーを持ちその中で語られたスク水を纏う者が現れたと言うならば……だから立つのじゃライラよ! そのスク水の雄姿、しかと勇者様にお見せするのじゃ!」

「しかしこれは下着同然……」

「大丈夫じゃ。それは下着ではない、水着じゃ。そういえば、ドウジンシーの中にも書いてあったのじゃ『パンツじゃないから恥ずかしくありません』じゃ」

「なるほど……」

 ああ、なぜよりによって、そのセリフはかすれずに残っていた……と俺が思う間も無く、

「わかりました」

 ライラは思いつめたような顔で、立ち上がり、手渡されたドージンシーを持ち立ち上がる。

 ——その姿は、正直目を見張るものだった。

 スレンダーでとても均整のとれた体だが、しかしその均整を突然破るかのような凹凸がとても艶かしく、俺は知らないうちに見とれてしまっていた。

 なんか綺麗なのにとても……エロい……。

「それ、ライラ、このポーズじゃ!」

「うっ……うっふん!」

 そんなライラがシャ・シンシューの中のモデルの仕草を真似て扇情的に体をくねらせるのだった。水着、薄くぴったりとした、布に包まれたその姿はとても扇情的であった。

 俺の時代から一万年も経ったのだから、それもあり得るとは思うのだが、今の世には水着と言うものは無くなってしまったのかもしれなかった。もう水泳とか海水浴とかの風習は廃れたのだろうか? ライラはまるで水着を始めて着るかのようにとても恥ずかしそうにして、言われるがままにポーズを取っているのだった。

「いいよ……ライラいいよ……もっと身体ひねって」

 ——カシャ、カシャ。

 いつの間にか、またどこからか取り出した魔映機で、ジュエルはライラの姿をアカシックレコードに記録する。

「えっ……あっはん」

「うう……いいな、今の良いぞ——たまらんぞ。ライラ。妾の秘蔵コレクションにとびきりの一品が追加されたのじゃ。これで妾もぬか漬けなくても五号飯いけるのじゃ」

 確かにライラの姿は魅惑的だった。清純で美しく、しかしかつ妖艶な体のラインが、水着を纏うことで強調され魅惑的になるのだった。

 まったく——正直に言って——至福の眼福と言えた。

 しかし、

「良いぞライラ、これで勇者様も目覚めるに間違い無いぞ。何せスク水だからな。勇者様も近くで見たくて飛び出して来るに違い無い……」


「……ダメだ」


「はっ……勇者様?」


 俺は思わず、ライラの、その完璧な水着姿に、思わずダメ出しをする。


「機能美に溢れ無駄の無い布地が女性の神々しくも艶めかしい肢体を包み、それは完全な美を俺の前に顕現させている。それは地上に降りた天の現前であり、時代の精神とでも言うべきエピスメーテがここにあることを、何の留保も無しに俺は叫ぶことができる。つまり我は見ることで在るのであり、この目の前の見ることこそが私が在る所以である……」


「そ……そうなのか……なのじゃ」


「——体を薄布一つで隠すからこその神秘。それは在るよりも確かに在る、そこにあるものの不在によて監視する神のごとく、我々は自らその在らざる肉体に屈服するのだろう……俺は今、至福にして完全を見てその感動に世界の真理を思い知っている」


「な……なるほどなのじゃ」


「しかし、だ——」


「うむ……うむなのじゃ……」


「これでは……ダメなのだ」


「なぜじゃ、御身の求める『スク水』がここにあるのじゃ」


「うっ、うっふん……」


 ライラは、なんか揉めてギスギスしている俺とジュエルの様子を見て、場を紛らわせようとしてか、自分に注目されるようにさらに大胆なポーズをとるライラ。明らかに焦った顔をして、なんと場を和やかにしようと必死な様子だ。

 ならば——俺もそれならば、空気を読んで、彼女の努力に応えてあげて、ジュエルとの言い合いはお終いにしてあげたいところだ。

 だが俺は言う……

「……こんなのはスク水じゃない」

「なぜじゃ? 妾はシャ・シンシューにあったのと同じ服を作らせたのじゃ。城に秘蔵の古代の糸を組み合わせシャ・シンシューとほとんど同じ生地を再現し、王国の仕立て屋たちを総動員して作らせたのがこのスク水なのじゃ」

 ジュエルは心外だという表情で俺を見て言う。

「……このスク水をつくるため、帝都の仕立て作業が一ヶ月も止まったのじゃ。そのせいで王都では服が足りなくなって、盗難が相次いだのじ」

「——そういえば私の服も何着か無くなって……」

 ジュエルの話に、ハッと真顔になるライラだったが、

「……それはドクさくさに紛れて妾がいただいて、夜の実用に供しておるがっ——」

 瞬間、ライラはハリセンでジュエルの頭を叩いて最後まで言わせないのだが……。

 いや、……また話が進まない。

 このまま、こいつらの、ペースに乗せられたら負けだ。

 俺はそう思った。

 だから、言うのだった。


「ともかくだ——これはスク水じゃない!」


「「………………?」」


 しかし、俺の言葉を聞いても、これは帝都の服飾デザイナーの総力を結集して、とかジュエルがまた話を元に戻すようなことを言い出すので……、


「それでこそだ!」


 俺は断言するのだった。


「それでこそ?」

「そうだ。優秀な連中が誠心誠意、その能力を最大限に発揮して。スク水を作ろうとすればするほど、それはスク水から離れていくんだ」

「なぜじゃ! 妾は、考えられるもっとも優秀なスタッフをあつめ、最高のプロジェクトマネジメントとでスク水を再現したはずなのじゃ」

「いや……だからこそだ」

「だから……こそ……?」


「だから……これは『スク水』じゃない。シャ・シンシューをよく見ろ」


「へっ——?」


 ——『スク水気分で夏の午後のノスタルジー』とシャ・シンシューにはキャプションが書いてあった。


「『気分』……」


 シャ・シンシューの中、プールサイドでポーズを取っているグラビアモデルは、紺のシンプルな水着を着て、にこやかな表情でこちらを見つめていた。

 それは確かにスクール水着のようにも見えるが……

 しかし、

「これは競泳水着だ……」

 俺はおごそかに、重々しい声で言った。

 すると、

「「キョー・エイ・ミズキ?」」

 言葉の意味がわからずにカタコトになる二人。

 俺は、そんな二人に向かって、物分かりの悪い奴を説き伏せる時のような、少し呆れたような口調で言う。

「このページのモデルは、もうスク水を着る歳ではなくなっているのだが、学生気分を思い出してスク水っぽい水着を着てみましたと言うのがこの写真のコンセプトだ」

「「………………?」」

 無言で目が明後日の方向に向く二人。

「どうみてもスク水着るにはトウが立っているグラビアモデルが、スク水そのものではなく、それっぽいのをあえて着る思い切りの悪さがこの写真に微妙な哀愁を与えているのだ。わかるな?」

「「………………(さっぱり意味がわからない)?」」

 なんだかもう白目になっている二人だが、俺は無視をして話を続ける。

 俺の譲れないポイントを無遠慮についてきた二人には、今言うべきことを言っておかなかればならないのだった。

「だが、いくらスク水っぽいものを選らんだとしても、これは競泳水着だ。この写真のコンセプトを俺は否定しない、いやこの哀愁が醸し出す他ではだせないエロスは積極的に肯定したい……」

 なので俺はついつい大声になり言うのだった。

「しかしだ、君たちの誤解はそのままにはしておけない! この無駄のなく洗練されぴったりと体に張り付いた競泳水着と、学校向けという共用化とコスト削減のため微妙に無駄で布のもたついた部分のあるスク水を一緒にしてはいけない。いや、俺は旧スク水でないとスク水でないというような旧スク原理主義者ではない。それは安心してほしい。あんな狂信的な連中といっしょにされても困る」

「………………(安心って、何を)?」

「だがな——これだけは言っておきたい。これはスク水では無いし、それを間違えられたまま伝説となって眠っていられるほどいられるほど俺は善人ではないとな!」

 俺は自分のカッコ良い言葉に聴き惚れながら俺は二人にぐっと目線を送るのだった。

 すると、

「………………(あいかわらずよく分からんのじゃが圧倒されて頷くしかないのじゃ)」

 二人ともその意味をわかってくれたようで、息を飲みながら首肯する。

 なので、俺は、

「そうだ、分かれば良い、これで俺も安心して眠って…………んっ?」

 と言うのだが。

「あれ?」 

 俺は今気づいた。

「勇者様……」

 呆然とした顔で俺を見ているライラ。

 俺は?

「あっ……勇者様……目を覚ましておられるのじゃ!」

 同じく、それに気づいたジュエル。

「えっ……」

 俺は、辺りをキョロキョロとしてから、自分の手を握ったり開いたり、足をトントンと床に打ち付けてみたり、そしてその感触が確かに自分の物なのを確認する。


 はい?


 ——俺はどうやら、呪いから逃れ、目を覚ましたようだった。金剛石になっていたはずの体は、スク水と競泳水着の間違いに突っ込むために、一万年の眠りから覚めて動き出してしまったのだった。一万年間、どんな聖者が、魔道士が、天や冥府の使いが来てもピクリとも動かなかった俺の体は、スク水と競泳水着の勘違いを指摘するがために動き出してしまったのだった。


 ………………


 俺は自分の今してしまったことに気づき、顔を真っ赤にしながら、

「……この件は内密に」

 二人に小声でお願いするのっだった。 

「「………………?」」


 水着へのこだわりで、勘違いを指摘するために目覚めた——。

 ……こんなことが評判になったら——俺恥ずかしすぎる。

 ——俺がとっさに思ったのはそれだけであった。

 なんとかこの二人の口止めができないか。

 その時、焦りまくっていた俺が、思ったのはそれだけであった。。

 しかし、ちょうどその時、

「勇者様——あれは……」

 ライラの指差す方向、俺を閉じ込めた聖堂の壁が、今激しく脈打ち、その中から何かが出てこようとしているのだった。

「あっ、そうだった……」

 俺は五千年も前にここにやってきた賢者の言っていた言葉を思い出すのだった。

 ——勇者をここに閉じ込めた者たちは、「見張り」をつけた

「あれは……」

 俺は目の前の大聖堂の壁からほぼ半身が現れようというそれを——俺の見張り——一つ目の巨人の姿を見るのだった。


   *


 ——勇者を眠らせ封印した者たちは、もし彼が起きた時にそなえて巨人をともに眠らせた。


 ——勇者が目を覚ましふたたび世の魔を刈らないように、それを彼の番として共に眠らせた。


 その巨人は、大きな一つ目で俺をジッと睨んだ。


「…………やあ」


 俺は愛想笑いを浮かべながら、そいつにとりあえず挨拶をした。

 こんなデカ物とまともにやりあってとても勝てるとは思えん。

 だって俺勇者じゃないし。

 なら、何とか話し合いで解決できないかなと思って、

「こんにちわ」

 挨拶なんかもしてみるが、

「グルルルル…………?」

「…………」

  だめだこいつ言葉わからない。

なので、俺は、どうして良いか分からずに、冷や汗を流しながら固まるが、

「——すごいぞライラよ、勇者様は因業の巨人に臆することなく挨拶をしたのじゃ。そしてビビらずにたちむかっておるの。素晴らしい度胸なのじゃ」 

 姫様は良いように解釈してくれる。

「ええ、ジュエル様。さすが勇者様です。見てください、かつて一国を荒野に変えたと言われる魔物に臆することなく立ち向かっておられます」

 えっ、こいつそんな凄い奴なの。

「その通りじゃライラよ。見よ勇者様のお顔を! あの巨人を前にして呆れたような顔をして。凄い余裕じゃ」

 いや、もうどうして良いか分からずに呆然としてるの!

 俺が——勇者でもない俺が——こんなの相手にどうすりゃ良いんだ・

 と思っていると、


「グルルルル…………グゥアアアアアアアアア!」


 巨人は、立ちすくむ俺に、牙を剥き、その目を血走らせながら吠える。

「「きゃあああ!」」

 さすがの能天気お姫様二人組も、その様にびっくりして腰が抜けその場に座り込んでしまった。

 俺は、二人をかばうようにその前に出る。

 いや、俺も、実は、思わず前に出たものの、巨人のその凄まじい凄まじい殺気に、あっけなくその場にへたこんでしまいそうだった。

 俺は情けなかった。こんなうら若き、か弱き、善良(と言い切るには抵抗あるがまあ良い奴ではありそうな)二人が、俺が勘違いされて仕立て上げられた勇者の伝説などと言う物のためにこんなところに来て、俺の巻き添えで殺されてしまいそうなのだっだ。

 でも俺は何もできずに、震えていて……、

「くそっ!」

 俺は、なけなしの勇気を振り絞り更に一歩前に出た。

 俺は、勇者なんかじゃない。——本物の勇者ジェイドの率いる一万年前の最強パーティが、魔王との最終決戦へ向かう時、サポートで付いていったギルドの職員でしかない。

 俺には、魔人を切り裂く非凡な剣術も、超常現象を起こす魔力も無い。

 知力だってせいぜい人並みだ。

 真面目に実直に仕事をこなすからってそんな大事な遠征に同行させてもらっただけの、ごくごく平凡な一般人に過ぎないのだった。

 それが魔人の攻撃に巻き込まれて一万年の眠りにつき、いつのまにやら勇者と勘違いされていた平々凡々な、ただの男なのだった。


 しかし……


「——俺だって」


 勘違いとは言え、そんな俺を頼ってやってきた女の子二人を前に逃げ出すわけにはいかない。

 せめて一太刀を浴びせ、二人が逃げる隙を作る。

 俺は、そう決心すると、俺は無意識に、腰に差された剣の柄を握る。

 俺と一緒に一万年眠っていた剣。

 それが何物であるか俺は気づいていた。

 本物の勇者ジェイドが遠征の間、何度もそれで魔人たちを切り裂いた剣の中の剣。

 なぜか、その剣が俺と一緒にここで眠りについていたのだった。

 それはジェイドにしか使えないはずの剣であった。それは、彼の膨大な霊力を注ぎ込む事によって初めて聖剣として、そして時には魔剣として輝き、どんな強大な敵も切り裂く剣なのであった。

 俺なんかが使ったって、ただの鉄棒を振り回しているのと同じはずであった。

 ただし……。

 俺だって……俺が頼られ……人を救えるのなら……。

 せめて一太刀、俺の命を燃やし尽くしても——。

 そう思い、俺が構えた剣は……

 ——光り、震える。

「これは……」

 剣は、突然、勇者ジェイドが振るう時と同じ、超ド級の聖と魔を顕したのだった。

 俺の命を全部吸い尽くしたって、ぼんやりとしか光らないはずの剣が、まるで絶好調の時のジェイドが構えた時のように輝き始めたのだった。

「勇者様……」

「すごいのじゃ……」

 俺は、剣のその凄まじさに、びっくりとしてあやうく落としてしまいそう……。

 しかし二人の少女の、期待し、信頼する視線を背中に感じると、その思いに応えなければと、必死に柄を握り——その剣を振りかぶる。

 なぜこいつがその力を発現しているか分からない。

 しかし——今はそんなことどうでも良い。

 俺は今やらなければならないのは、


「全き希望のグラディウス・オムニ・スペム!」


 ただ一心にこれを振り下ろすことだけであった。


   *


 爆音の後に、辺りは静寂が支配した。俺が剣を振り下ろした剣筋に沿って、神殿は崩壊し、そして巨人はチリ一つも残さず爆発して消えた。

 空が見えた。崩壊した壁の向こう、呆れるくらい青い空に白い雲が浮かんでいた。

 それは同じだった。一万年前と同じ空だった。

 その空を見ていると、俺は今がそんな時間がたったあとの世界だとはとても信じられない気分になる。なにせ、この一万年は、ほとんどの時間寝ていただけの俺にとって、ほんの一ヶ月かそこら前にしか思えないのだった。

 俺は、そんな自分の混乱を制御しきれずに、振り下ろした剣をただぶらりと右手で下げ持ったまま、呆然と空を見ているのだった。

 俺は、ここにもし一人でいたのならそのままずっと、そんなふうにぼんやりと空を眺めているままだったのかもしれないが……。


「ひ……!」


 んっ?


「ひっ……!」


 んっ?


「姫……!」


 んっ?


「「「「「「「「「「——姫!」」」」」」」」」」

 

 剣に切られ崩れ、ぱっくりと外に開いた城の向こうに見える草原。その向こうから何やら騒がしい声が聞こえて来たのだった。


「大丈夫ですか! 姫!」


「ご無事か! ライラ様も!」


 パカパカという馬の沢山の足音が聞こえる中、真っ先にこちらに向かってきたのは二人の騎士であった。

 一人は、年老いてはいるが見るからに歴戦の強者と言った様子の男。もう一人は若く超イケメンで長身、いかにもできそうな雰囲気を漂わせている男。


「じい! それに、ブレくん!」


 瞬く間に、俺らのところまでやってきた二人は馬から飛び降りるとジュエルの前にひざまずいた。

「おお、勇者様よ。こちらの二人を紹介するぞ。ジュエル騎士団の……」

 ジュエルは二人に優雅に目配せをしてから俺の方を向いて言った。

「ジェル騎士団団長のバローに、副団長のブレイヴじゃ」

 すると、ブレイヴと呼ばれた男は俺のことを見ながら、

「勇者様……?」

 意外そうな表情。そりゃそうだ。俺は、なぜか勇者と間違われているだけの単なるギルド職員に過ぎないんだから、このいかにも精悍な騎士連中からみたら所詮弱々しい一般人だ。俺がとても勇者に見えないのはしょうがない。いや、実際、勇者じゃないんだから。

 しかし、

「おお、その手に持つ剣はまさか、伝説の、全き希望のグラディウス・オムニ・スペム! するとこの方は……」

 団長のバローの方が俺の持つ剣に気づき、

「そうじゃ、勇者様じゃ! 蘇ったすぐに、巨人を神殿ごと一刀両断じゃ! さすが勇者様じゃ!」

 ジュエルがよくぞ気づいたと言った風にはしゃいだ様子で言う。

 するとその時、残りの数十人のジュエル騎士団員たちが到着、

「皆の者! これぞ伝説の勇者様じゃ! 皆、頭が高いのじゃ……」

 ジェルの声に、瞬く間に俺に向かってひざまずく騎士達。

 だが、

「いや……俺は……」

 勇者じゃない。

 俺は、彼らに勘違いされないように、俺の正体を明かそうと言いかける。

 このまま彼らに期待を持たせておいてがっかりさせるよりも、すぐに本当のことを伝えた方が良いと思ったのだった。

 だが、

「これで……大丈夫なのじゃ……我が国は救われたのじゃ……」

 感慨深げに、涙を流しながらそんな言葉をいうジュエルを見て、俺は思わず言いかけた言葉を飲み込んでしまったのだった。

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