大統領
梅雨は嫌だなあ…
僕は事務室から傘を借りた。
あいつどうしてるかなあ
ふと辞めていった同期のあいつを思い出した。
かわいそうなやつだった。
調子のいい先輩に祭り上げられて昇進したはいいけど、あいつには荷が重かった。
ただ黙々と仕事をするだけ。回りはどんどん口をだし好き勝手やりはじめ、いよいよ統制がとれなくなり、辞めたいと悩んだ。
すごく純粋だった。なにを言っても「うん。」とうなずく。
ロッカー室で着替えていたときのこと。同じロッカーだったあいつがふと話始めた。
「この前、傘がなくなって。持ってきて置いといてたのに、雨がひどくて帰ろうとしたら、なかった。
あんまり腹がたったから、目の前にあった誰かのビニール傘を使った。」
"おいおい人の取ったのかよ…"と思いながら僕は聞いた。
「その傘どうしたの?」
―ぶん投げたよ―
"えっ!!まじかよ…"
「腹がたったからぶん投げた。」
それが無口なあいつとした数少ない会話のひとつだ。傘の持ち主ロッカーにいなきゃよかったけど…
"こうして借りることもできるのに"
壊れた柄を見ながら僕は思った。
雨は続く。この雨が終わって梅雨があけるのかどうかは分からない。
あいつどうしてるかな。雨はこれからも続くぞ…