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第七章

 祭りが成功したら神社をやる――そんな、とんでもないことを言い出した夏恵と別れ、直巳達は羽奈美家の玄関に向かい、靴を履いていた。

「ねえ、椿さん。おばあちゃんと何を話してたんですか? ねーねー」

 先に玄関で待っていた菜子が、直巳にまとわりついてくる。

「色々だよー。たいしたことじゃないから」

 直巳が適当にあしらっていると、菜子はぷうと頬を膨らませた。

「もう! そうやってのけ者にするー! 教えてくださいよぉー」

「夏恵さんに聞いてごらん……っと……じゃ、行こうかな」

 直巳と伊武は靴を履き終えると、玄関から外に出ようとした。

「どこ行くんですか?」

「どこって、部屋に帰るんだよ」

 本当は、伊武と2人で事故現場に向かうつもりだった。もう一度、しっかり調べておく必要があるだろう。菜子を連れていくわけにはいかないので、嘘をつく。

「じゃあ! 私も今日はそっちに泊まります!」

 菜子はフンと鼻息を鳴らすと、玄関に座って靴を履こうとした。

「いや、もう寝るだけだから! それに、あの部屋で3人寝るのはきついだろ?」

「きつくないです! 私ちっちゃいですから! それとも何ですか! 2人でエッチなことでもするつもりですか!?」

「しないよ!」

「する……かも……」

「しないよ!」

 伊武は菜子が面倒くさくなったので言っただけだが、直巳は否定しておく。

 そんな風に菜子をなだめていると、家の奥から足音が聞こえてきた。

 直巳が足音の主を見る。令だった。

「――菜子。何をしているの。早く、部屋へ戻りなさい」

 これまでの菜子に優しい姉とはまったく違う。冷たい声だった。

「で、でも……」

「でもじゃないでしょう。そんな人達と関わらないで――さ、行くわよ」

 令は菜子の腕を掴み、引っ張る。はきかけの靴が玄関に散らばった。

「おい、令。そんな言い方しないでも――」

 直巳が空気を和ませるように冗談っぽく言うと、令にキッと睨まれた。

「おばあさまから話は聞きました。どうぞ、お好きに調査してください。神社とはまったく関係の無い部外者さん」

「令、何を怒ってるんだ? それは、夏恵さんと話がついていて……」

「話がついている? おばあさまが勝手に決めたことでしょ? どうして、この神社のことを、あなた達みたいな部外者に任せないといけないの!? 私達だけで何とかできるわ!」

 令は怒鳴るように言うと、菜子の手を引いて家の奥へと戻っていった。

 直巳は唖然とした表情で、令達の去った後を見つめるしかなかった。

 彼女は、何をそんなに怒っているのだろう。直巳達が神社の手伝いをするのは、最初から知っていたはずなのに。

 直巳が悩んでいると、伊武に袖を引っ張られた。

「……椿君……行こう」

 伊武は令の態度など、まったく気にしていない様子だった。

 直巳はうなずくと、伊武と一緒に羽奈美家を出た。向かうのは、境内の前。事件のあった場所だ。

 夜道をライトで照らしながら、すぐに境内の前に到着する。

 天使教会の男が倒れていた場所を見るが、大量の水を撒いた後があり、血痕などは残っていなかった。恐らく、夏恵とアキコの話がついた後、すぐに掃除をはじめたのだろう。警察に言うつもりは一切ない、ということだ。

「さて……何から調べるか……」

 直巳がライトで辺りの地面を照らすが、すぐに何かの手がかりが見つかるわけではない。それに、何かあったとしても、神社の人間が処分してしまった可能性もある。

「椿君……少し……調べてきても……いい?」

「伊武、何か気になることでもあったの?」

「うん……あっち……」

 伊武はそういって、境内を囲っている壁を指差した。門ではない。壁だ。

「壁?」

「うん……多分……被害者は……あの壁の方から……走ってきて……ここで……倒れた……」

 直巳が、被害者の倒れていた方向を思い出す。たしかに、壁を背にして倒れていた。そして、伊武の指差した壁から、倒れていた位置までは一直線だ。

「壁ね……じゃあ、見てみようか……」

 直巳は伊武についていき、境内の壁の近くによる。

 そのまま、壁に沿って歩いていくと、突然、壁の一部が高くなっていた。高い壁は境内の中にまで繋がっており、何かを囲んでいるような形になっている。

「これって……たしか……」

「うん……境内の中にも……あったね……位置的に……あそこと……同じ……」

 昼間、境内を調べた時に見つけた高い壁。あれは何かを囲んでおり、壁の一部は、そのまま境内との境になっている、ということだ。

 そして、壁のてっぺんには有刺鉄線まで張ってあるという、意味ありげな場所だ。

 伊武が壁沿いの地面をライトで照らし、何か手がかりがないかを調べ始めた。壁沿いの地面は参道以外が土になっており、人の足で踏み固められていた。

「椿君……これ……」

 伊武がライトで照らした場所を見てみると、妙な跡があった。決して柔らかい土ではないのに、深く、小さく、えぐったような跡だ。

「これは……足跡……? それにしては、形が妙だけど……」

 直巳が言うと、伊武は壁の方を向き、つまさきにグッと体重をかけてターンをした。

 すると、伊武の発見したのと同じような足跡ができた。

「慌てて……逃げようとすると……こういう……足跡ができる……」

「ということは、この壁のそばに立っている時に何かに襲われて逃げて、あの場所まで走って、やられたと」

 直巳の話に、伊武は力強くうなずいた。たしかに、この壁の位置から一直線に走って逃げれば、倒れた位置にたどりつくだろう。

「なるほど……伊武のおかげで、重要な手がかりが得られたね」

「そんな……こと……ない……よ……」

 直巳が褒めると、伊武は照れたようにはにかんだ。こういった表情は普通の女子のように可愛らしい。まあ、普通の女子は、あの妙な足跡を見た瞬間、「ああ、逃げようとした足跡だな」だと見抜いたりはしないのだが。

 さて、被害者が壁の近くで襲われたのはわかった。しかし、問題はまだ解決していない。

「後は、天使教会が何のためにここのいたのかと、襲った犯人か」

 直巳は高い壁を見上げる。天使教会は、この向こうに何か用があったのだろうか。

 そして、犯人は一体――。

 と、そこまで考えたところで、直巳はあることに気が付いた。

「ねえ、伊武。被害者の足跡があったんだから、犯人の足跡も残ってないかな」

 被害者は襲われて、逃げる時の足跡を残した。ならば、襲撃者の足跡もないものだろうか。

 それから少しの間、直巳と伊武は近くの地面を調べてみた。直巳でも、何かおかしなところを見つけるぐらいはできる。

 だが、結局、直巳は何も見つけることができなかった。少し離れた場所から戻ってきた伊武も、首を横に振っている。

「何も……ない……ね……」

「うーん……まあ、舗装してある箇所も多いし、土とは言っても硬いからなあ……」

 被害者の足跡も、急に逃げた足跡以外には、はっきりとした足跡は残っていない。

「暗いし、探すのは難しいかな……」

 直巳が言うと、伊武もそれに賛同した。

「うん……犯人の手がかりを……見つけるのは……難しいと……思う……襲う方は……準備していたら……いくらでも……隠せるし……足跡も……凶器も……」

 伊武は一度言葉を区切ると、少し悩んでから黙り込んだ。

「いや……これは……後で……いいや……今は……ここを……調べよう……」

「ん……そっか。わかった」

 伊武は凶器について、何か言おうとしたのだろうか。気にはなったが、後で話すと言うので任せることにした。

「そうすると、ここで気になることは」

 直巳は高い壁を見た。

「天使教会が、ここで何をしていたかってことか」

「うん……そうだね……ここに用があったのか……壁の向こうに用があったのか……」

 伊武も直巳と一緒に、高い壁を見上げる。

 四方を高い壁で囲い、境内にある入り口には厳重な鍵。

 どう見たって怪しい場所だ。この中にある何かに、天使教会は用があったのだろうか。

「……これも……考えてもわからないか」

 直巳がつぶやくと、伊武は不思議そうな表情をした。

「……考えても……わからないけど……見れば……わかる……よ」

 わからないなら見ればいいじゃん。伊武の提案はシンプルだった。

「いや、見るにしても……今は無理だろう。境内には入れないし、壁は高いし……」

「高いけど……登れば……いい……よ……登っても……いい?」

 伊武は登ると言うが、壁の高さは6mほどあるだろう。何の足場もない。はしごなどの道具があるわけでもない。

 いや、しかし。伊武は登れると言っている。伊武はこんな嘘をつくタイプではない。伊武は本当に登れるから、そう言っているのだ。

 直巳は少し悩んだ後、伊武に言った。

「――明日、羽奈美家の人に聞こう」

「……うん……わかった」

 伊武は素直に引き下がった。

 それから、2人は部屋に戻ることにした。

 部屋へと戻る途中、直巳は伊武に聞いてみた。

「ねえ、伊武。ちなみに、あの壁を登るとしたら、どうやって登ったの?」

「……ああ……それは……」

 伊武はズボンの裾に隠していたナイフを取り出し、コートを脱いで左手に巻いた。

 そして、背後の何もない空間から妖刀フリアエを取り出す。

「フリアエを立てかけて……足場にして……ナイフを……壁に突き立てて……途中の足場にして……それで……登れる……」

 直巳は伊武の言うルートを想像してみた。フリアエの上に立つ。さらに高い位置にナイフを突き立てる。そこまではいい。その後、どうするのだろうか。突き立てたナイフをどう使うのだろう。

「ナイフを突き立てて……そこに足をかけるの? 届かないよね?」

「足じゃ……ないよ……手で掴んで……こう……グッと……途中で逆手にすれば……もっと高さ稼げる……ナイフはもう一本あるし……後は……壁に手がかかれば……いける……」

 突き立てたナイフに手をかけて体を持ち上げる。もう一本のナイフを壁に突き立てて、それを掴んで体を持ち上げる。最後に壁に手をかけて登る。

 いや、理屈的にはわかるのだが。

「ねえ、それって、片手懸垂で体を持ち上げ続けるっていうこと?」

 全部、片手でやる必要がある。片手懸垂の繰り返しで登るということだ。

 伊武は片手懸垂の意味を理解すると、うんうんとうなずいた。

「そう……そういうこと……誰でも……できる……よ……」

「いや、誰でもはできないよ……」

 何のことはない。伊武はただ、筋力で壁をクリアしようとしていた。


 直巳達は部屋に帰ると、暖房を入れて部屋を温め、電気ポットでティーパックの紅茶を煎れ、砂糖をたっぷり溶かして飲んだ。体が温まると疲労がドッと出てきて、直巳は急に眠気を感じた。もう、夜も遅いので仕方のないことだろう。

 伊武は紅茶を飲み終えると、静かにカップを置いて口を開いた。

「椿君……さっき……外で言おうとしたこと……話しても……いい?」

 先ほど、壁の前で伊武が言うのをやめたことがある。

「ああ、凶器のことだっけ?」

「そう……見つからないって……言った……よね?」

「ああ、言ってたね」

「その理由……なんだけど……被害者の……傷が……ね……」

 伊武は被害者の応急処置をしているので、被害者の傷口を見ている。そして、伊武は自分の肩口から胸に向かって、指でなぞった。

「こう肩口から……胸のあたりに……深い傷が走ってて……」

 そういうと、伊武は肩口をなぞる指を三本にした。

「それが……3つ……」

「――3つ? 傷が?」

「……うん……引き裂いたみたいな……傷が……3つ……まるで……猛獣の爪に……引っかかれたみたいな……」

「何か、思い当たる武器は……」

 直巳が言うと、伊武はゆっくりと首を横に振った。

「武器じゃ……ないと思う……だから……凶器は……見つからないと……思う……」

 伊武はそういうと、居心地が悪そうに身をよじった。

 こんなバカなことを言っても、信じてもらえないだろうと思っているからだ。

 だって、伊武の言うことを信じたとしたら。

「この神社に、猛獣みたいなものがいるってことに……なるよな」

「……ありえないと……思うけど……」

 いつも小さな伊武の声が、さらに小さくなる。

 直巳は少し考えると、伊武の目を見て、はっきりと言った。

「――いや、凶器を使った人間の犯行っていうよりは、そっちの線が強いと思う」

 自信ありげに言う直巳を見て、伊武が驚いた表情になる。まさか、ここまで肯定的に受け取ってもらえるとは思っていなかったからだ。

「その……どうして……? そう……思ったの……?」

 伊武は、「そんな武器は思いつかない」と言ったまでだが、直巳はさらに別の答えに辿り着いているようだ。それに、興味がある。

「――結局、何かあるってことだよ」

 それが、直巳の答えだった。伊武はまだ、首をかしげている。

 直巳は、「推測だけど」と前置きをしてから話を続けた。

「さっき盗み聞きしてわかったんだけど、天使教会は邪悪な何かが――悪霊いると言って、この神社にこだわっている。そして、花鳥神社には天使禁制の力もある――この神社には、とにかく何かが、非日常の何かがあるってことだよ。天使教会の人間が襲われたのも、その一部じゃないかって、そう思ったんだ」

「人間じゃない……何かが……いる……って……こと……?」

 伊武の言葉に直巳はうなずいた。

「その可能性も考えた方がいい、ぐらいの段階だけどね。それに――」

 そして、直巳は苦笑いしながら言った。

「そして何より、これはAが押しつけてきたことなんだから」

 伊武も直巳につられて笑った。

 それから2人は簡単にシャワーを浴び、布団をしいて眠ることにした。

 眠りに落ちる前に、直巳は自分の言った言葉を思い返す。

 これはAが押しつけてきたことなんだから――。

 A、お前は何を知っている。

 そして、なぜ何も言わなかった。

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