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第五篇外伝 終章 真・花烏奇譚

 その日、アイシャはAと、復活させたばかりのマルファスを連れて、花鳥神社の様子を見にやってきていた。

 花鳥神社は天使禁制――その噂を聞いたアイシャ達は、それが本当なら、何か自分達の役に立つのではないかと思い、やってきたのだ。

 結果は、役に立つどころではなかった。天使禁制どころか、悪魔すら禁制だった。Aやマルファスはもちろん、アイシャの力すら制限されてしまう。

 これではどうしようもないなと、引き上げようとした、その時のことだった。

 天使教会の辺境伝道師――シモンの前任者が、アイシャ達のことを目に留めた。アイシャは帽子をかぶって金髪を隠していたし、Aもマルファスも、目立たないようにしていた。しかし、辺境伝道師は、アイシャ達の体から発せられる魔力に気が付いた。

 これは天使付きかもしれないと思い、彼はアイシャが1人になったのを見計らって、声をかけた。

「君には、不思議な力があるね――」

 話しかけてきたのは天使教会。アイシャは、自分が悪魔使いだとばれたのだと思い、逃げ出した。不審に思った伝道師は、後を追う。

 裏路地に逃げ込んだアイシャを、伝道師が追い詰める。もう、彼はアイシャのことを疑っていた。腰に下げた、聖剣ラズイールに手をかける。

 次の瞬間、アイシャは太ももに刺していた悪魔召喚用の杭をふとももに突き立てて、一瞬だけ悪魔を召還した。伝道師は悪魔に食われて消える――はずだった。

 しかし、花鳥神社の影響下だったので、召喚は完全に成功しなかった。また、聖剣ラズイールも完全ではないにしろ、回復能力が働いたのもあるだろう。伝道師は体の一部を食われたが、絶命はしなかった。

 そして、油断していたアイシャの左手首を切り落とした。

 手首を切り落としたというのに、アイシャは膝をつくだけで、死ぬような様子もない。伝道師は、これはおかしいと思い、その手首を拾うと、アイシャを追い詰めた。

 そこに、Aとマルファスが駆けつけて――あっと言う間だった。手負いの伝道師が、力を制限されているとはいえ、悪魔2体を前にすれば、なすすべもなかった。

 裏路地の道に、壁に、伝道師の血と肉が飛び散った。

 後はアイシャの手首を回収して帰るだけ――だったのだが、今度はそこに、天使教会の応援が駆けつけた。Aとマルファスは、急いでアイシャの手首を探す。伝道師の死体が、アイシャの手首を抱えており、Aとマルファスは、それを見つけることができなかった。

 大勢の天使教会に見つかれば、アイシャ達は終わりだ。Aとマルファスは顔を見合わせ、アイシャを抱えて、路地裏から逃げ出した。左手首を置きざりにしたままで。

 到着した天使教会の応援が見たのは、伝道師の惨殺死体だった。彼らはすぐに辺りを封鎖し、調査を始めた。指揮を取っていたのは、伝道師の副官であるシモンだった。

 シモンは、死んだ伝道師が、大切そうに手首を抱えているのを見つけた。なぜ、そんなものを持っているのかと思い、手首を見ると、不思議なことに、まだ生きているようだった。

 伝道師はこれを手に入れるために死ぬことになっただろうとシモンは思った。

 そして、これは何としてでも天使教会へ届けなければならないと思い、シモンは悪魔などに奪われないよう、小さな白い箱、聖櫃に入れて保管した。

 この時点で、Aとマルファスは、アイシャの手首を取り返すことが不可能になった。


 アスタロトとマルファスは、屋敷にアイシャ連れ帰ると、左手首を失ったアイシャをベッドに寝かせて、どうするかを話し合った。

 アイシャは不老不死だ。これぐらいでは死なない。だが、手首が生えてくるわけでもない。なまじ手首が残っているから、元に戻ろうとする。不老不死の都合の悪さだった。

 アイシャを治療するためには、手首を取り返して、元のようにくっつけなければならない。

 しかし、あの手首は天使教会に奪われているだろう。厳重に保管されていたら、取り返すのは不可能に近いし、天使教会の本部にでも届けられて調べられたら、それが普通の人間のものではないとわかってしまうだろう。そうすればきっと、手首の持ち主を調べ始めるはずだ。そうなれば、2度と取り返すことは不可能になると言っていい。


 手首が遠くへ行かないうちに、絶対に取り返さなければならない。マルファスは天使教会へと近付いた。悪魔は人間の姿になった時にも、どこかにその特徴を残す。幸いにも、マルファスの特徴は、何とか隠せるものだった。

 アスタロトも人間に姿を変えたが、街に溶け込むには、目が邪魔だった。アスタロトの左目の中には、羽根の生えた蛇が、常に動き回っている。

 眼帯をつけれて動き回れば目立つ。止む無く、アスタロトは自分の顔半分を焼き、髪で顔を覆うことにした。

 ヤケドを負ったということにすれば、顔を見せない言い訳にもなるし、人も簡単には近寄ってこないだろう。こんな怪我は少し魔力を使えば、いつでも治せる。治さないだけだ。


 マルファスは詐欺の悪魔だ。天使教会へ近付くと、言葉巧みに相手を騙して、副官のシモンにまで辿り着いた。そして、シモンが聖櫃に何かを入れている、という情報を得た。

 間違いない。アイシャの手首だろう。そしてそれは、最悪なことに、悪魔が手を出せない聖櫃に保管されているのだという。

 力づくでは駄目だ。マルファスとアスタロトは、手首を取り返すために頭をひねった。

 まずは、あの手首を天使教会へ送らないようにしなければならない。


 マルファスはシモンを尾行し、彼のことを調べた。

 そして、どうやら花鳥神社の巫女を好いているということを知った。

 花鳥神社――天使も悪魔もはねのける力を持った、この土地固有の聖域。

 範囲こそ広くないが、厄介な存在であることに違いはない。

 この神社の中では、マルファスは力を発揮することはできない。それも何とかする必要があった。そして、ちょうど良い手を思いついた。


 詐欺師の総統マルファスはシモンに近付き、ささやきかけた。

「あなた、花鳥の巫女を自分のものにしたくありませんか?」

 シモンは驚いた。心を読まれたかのようだった。

 シモンの反応に手応えを感じたマルファスは、嘘の言葉を紡ぎ続けた。

「私は天使教会から、秘密の任務を受けた人間です。あなたの持っているその腕――天使遺骸を使えば、巫女も神社も手に入れることができます。天使遺骸を届けても、名誉を得るのは死んだ前任者で、あなたはただのお使いだ。神社も手に入れることができない。しかし、私の言うとおりにすれば、あなたは暴力無しで神社を併合し、花鳥信仰の象徴である巫女を妻にし、改宗させたという名誉まで付く。天使教会は威信を強め、あなたの伝道師としての格も上がるというもの」

 シモンは、天使教会のためになるというマルファスの言い訳に、心を動かされていた。

「天使遺骸を持っているのを知っているのは、私とあなただけです。さあ、ご決断を」

 シモンはうなずいた。悪魔の囁きに、乗った。


 まず、マルファスは花鳥の力を無効化するために、御神体を奪わせた。

 自分では神社に入れないので、シモンの手下を使い、神社から御神体を奪わせた。

 場所はマルファスが教えた。一番、不愉快な力の強い場所を教えればいい。簡単なことだ。

 幸い、花鳥の巫女である慶は、対面のために、御神体が盗まれたことを公にしなかった。

 これで花鳥神社の天使禁制は失われた。そこを、シモンが埋めるという算段だ。マルファスが神社に入れるようにもなった。一石二鳥だ。花鳥神社にとっては最悪の出来事だが。


 これで、アイシャの手首が天使教会に渡るのは阻止できた。

 さて、後はそれをどう奪うか。悪魔達では触れることはできない。シモンがあれを手放すということはないだろう。シモンから喜んであれを奪うような人間が必要だ。

 そしてAは、ハナガラスを見つける。調べてみれば、腕も立つし、花鳥神社の縁故のものだ。

 そして、花鳥の巫女を盗み見ているのを知った。彼は彼女を愛している。崇拝している。

 アスタロトとマルファスは、2人を争わせることにした。巫女をかけて戦わせればいい。

 しかし、箱の中身を渡してもらうためには、最後にはハナガラスに勝ってもらう必要がある。

 後はどうなってもいい。シモンもハナガラスも、両方死んだって構わない。


 マルファスはシモンに取り入り、アスタロトはハナガラスに取り入った。

 そして、ゆっくりと2つの駒を進めていく。巫女への恋心を煽りながら。

 悪魔達の陰謀は上手く進んだ。

 いざとなれば、悪魔のどちらかがハナガラスに力を貸すというのも、計画のうちだった。


 だが、慶が計算外だった。ハナガラスを妄信――いや、妄信ですらないかもしれない。何に突き動かされているのか、悪魔でも理解しがたい、彼岸の存在。

 巫女は、ついに花鳥まで呼び出し、取り憑いたマルファスごと、花鳥の代わりに、神社の守護として封印をしてしまった。

 最後にはアスタロトが手首を取り返したが、多くのものが失われた。

 アイシャの手首を取り返すために失われたもの。

 男達の気持ち、いくらかの人の命。花鳥。そして、未来の巫女の命も予定に入った。

 悪魔は契約の存在だ。願いと代償について双方納得してから契約をし、力を貸す。

 だが、巫女は勝手にマルファスの力を封印し、花鳥神社の守護に使ってしまった。

 ならばマルファスも、代償は勝手に決めさせてもらうしかない。

 巫女の要求――新たな巫女が生まれ、花鳥が帰って来るまで、神社を天使から守ること。

 マルファスの要求――願いを叶えたら新たな巫女の命をもらうこと。

 それが、マルファスと巫女の間で、勝手に結ばれた契約だった。

 白紙の契約書に、お互いが勝手に書き込んだのだ。

 そして、ハナガラスも書き込んだ。この神社に、二度と花鳥の巫女が生まれないようにと。

 彼がどういうつもりで、そう願ったのかはわからない。

 まあ、最後には自分で契約書を破き、無効にしてしまったのだが。


 アイシャは手首が戻った後、アスタロトからこの話を聞いた。

 だから、アイシャはすべてを知っている。

 マルファスが勝手に使われたことも。

 マルファスが宣言した契約の内容も。


 それから数十年が経った。慶の妹、夏恵に孫が生まれ、高校生になるぐらいの時間だ。

 令という新たな花鳥の巫女が生まれ、花鳥が帰還することになり、マルファスは契約を果たして解放されるはずだった。

 だが、天使教会がそれを邪魔しようとした。マルファスを悪霊だとして、殺そうとした。

 それをさらに直巳達が食い止めて――マルファスも食い止めて――今にいたる。

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