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第五篇外伝 十二章

 神社へ向かう。境内に人が集まっている。

 何も言わずに人を押しのけ、かきわけ、ハナガラスが前に出る。

 そこには、シモンと巫女が並んで立っていた。服装は普通のまま。

 まずは天使教会と花鳥神社の顔会わせと言ったところか。

 着替えも結納も、何もかも、これから始まるのだろう。

 ハナガラスが無遠慮に前に出ると、一同が注目した。

 当然、シモンも巫女もハナガラスのことを見る。

 ハナガラスは外套をひるがえしながら、大きな声で言った。

「ハナガラスが、シモン殿より、天使の箱と巫女をいただきにきた」

 そして、間髪入れずに腹から回転式拳銃を抜き、空に向かって、パンと撃った。先日、大枚はたいて仕入れた取っておきだ。

 それを合図に、見物客はぎゃあぎゃあと騒いで、境内から逃げ出していった。

 まだ残っている者がいたので、弾倉を回してから、ぐるりと銃口を見せて、もう一発を空に向かって撃った。それで、ほとんどの人間が逃げていった。

 ドサっ、と音がしたので、ハナガラスはそちらを見てみる。入り口付近で、慶の妹、夏恵が転んでいた。さっさと出て行けとばかりにハナガラスが睨むと、夏恵と目が合った。夏恵は急いで立ち上がると、転がるように逃げていった。

 残ったのは、シモンと慶。それに、2人を守ろうとする天使教会の人間達だけだった。髪の長い不気味な女は、慶をかばうように立っていた。

「そろそろ、そんな奴が出てくるとは思っていたが、まさかお前だとはな」

 シモンが拳銃を恐れることなく、ハナガラスに向かって言う。

「俺以外にはいないだろうよ」

 ハナガラスが、シモンに向かって、躊躇なく拳銃を撃った。当たらない。拳銃というのは、離れていたら、そう当たるものでもないらしい。高かったのに使えねえなと、ハナガラスは舌打ちをする。

 それと同時に、天使教会の兵隊達が、サーベルを抜いてハナガラスを囲んだ。その数、7人。

「殺すつもりでやれ! 拳銃など当たらん! 恐れるな!」

 シモンが叫ぶと、天使教会の兵隊達が、一斉に襲いかかってきた。

 ハナガラスは拳銃をしまうと、木刀を構えた。どちらにしても、あの拳銃1つでは、多人数を倒すことはできない。

「――そこだな」

 ハナガラスは囲みの一箇所に、自ら飛び込んでいく。止まっていれば囲まれるが、こちらから突っ込んでいけば、一対一だ。

「おお――ッ!」

 ハナガラスは気合と共に木刀を振るい、兵隊の1人に向かって思いきり打ち込んだ。兵隊は咄嗟にサーベルでガードしようとするが、鉛入りの木刀に叩き折られ、そのまま肩を砕かれた。

 ぎゃあ、と声をあげ、肩を押さえて転がる兵隊の腹に、木刀を振り下ろす。腹に木刀の先端が食い込むと、兵隊は妙な声をあげて、そのまま動かなくなった。まずは1人。

 ハナガラスの背後から斬り掛かってくる気配がある。ハナガラスは身を沈めてよけると、そのまま体をひねり、木刀を相手のスネに叩き込んだ。折れた手応えがある。倒れた相手の、もう片方の足を踏みつけて折る。これで2人。

 それからサーベルを受けた隙に、腹に拳銃を接射してもう1人。

 後は喉を突き、こめかみを砕き、2人倒した。

 たった数分の間の出来事だった。残った敵は、シモンと、不気味な女だけ。

 ハナガラスは肩で息をしながらも、シモンに木刀を向けていた。ここまで一息だ。そして、少しでも早く、多くの酸素を取り入れようと、忙しく呼吸をする。

「ケダモノだな、まるで」

 シモンは唾棄するように言うと、手に持っていた袋を巫女の足元に置いた。天使遺骸の入っている箱だ。

「一応言っておくが、この戦い。どうなっても僕の勝ちだ。お前は絶対に勝てない。それでもまあ、僕に勝てたら、どちらも持っていけばいい」

 シモンはそう言って、腰に差していた剣を抜いた。真っ直ぐな、装飾のついた美しい洋剣だった。

「お前は強いが、所詮は野良犬だ。きちんと訓練された僕には勝てない」

「首輪付きの座敷犬が、きゃんきゃん吠えていやがる」

「はっ! 生意気なんだよ! ハナガラスの分際で!」

 シモンが走ってきて、勢いのままにハナガラスに斬り掛かる。中段で胴を薙ごうとしてくる。

 ハナガラスは木刀でそれを受けて反撃しようとして――できなかった。

 シモンの剣は、花鳥に当たる直前で動きを変えて、ハナガラスの太ももを切り裂いた。

「ぐっ……」

 ハナガラスが木刀を振り回すが、シモンはすでに離れた場所にいた。

 シモンは剣についた血を払うと、得意気に言った。

「フェイントだよ。防衛本能を逆手に取っているからな。お前みたいに、真っ直ぐなケンカ慣れしたやつほど、簡単に引っ掛かる」

 ハナガラスは歯がみをする。たしかに、シモンには技術があった。先日、殴り合った時には、拳闘の技を使っていた。そして今の、妙な剣術の技だ。剣道や柔道にだって虚実はある。だが、真剣の斬り合いでそれをやるとは。ましてや、洋剣でやるのを、ハナガラスは見たことがなかった。

 たしかに、訓練されているのだろう。シモンは強い。口だけではない。しかし、ハナガラスは負けるつもりもなかった。技術はないが、経験が100倍は違う。

 ハナガラスは木刀の先端を地面に付けて、地を擦るように構える。

「地擦りか? それぐらい、僕が知らないとでも?」

 シモンは突きの構えを取る。腹か胸に食らえばハナガラスはそれで終わりだろう。

「おおおりゃあああ!」

 ハナガラスは叫びながら、木刀でガリガリと地面を擦ってシモンに突っ込む。

 シモンはグッと身を沈めて踏み込んだ。ハナガラスより先に、剣を突き刺すつもりなのだろう。

 ハナガラスは足を止めることなく突っ込んでいく。そして、シモンが動く寸前で、木刀を地面から放り投げるようにして、相手に投げつけた。

「なっ――!」

 シモンは剣で木刀を払う。慣性のままに飛んできた重い木刀がぶつかり、シモンがよろめく。その隙をついて、ハナガラスは直接飛びかかり、シモンを押し倒した。

「南無阿弥陀仏」

 ハナガラスは袖からシュッと畳針を出すと、それをシモンの喉に、思いきり突き立てた。

 間違いない。喉仏の下。柔らかな部分を太い畳針が貫き、地面に縫い止めた。

「ッ――がぁ――」

 シモンが口から血を吐き、うめき声をあげる。ハナガラスは立ち上がると、シモンから離れた。まだ死んではいない。こういう時こそ、相手は思いもよらない反撃をしてくるからだ。放っておけば死ぬだろう。しつこいようなら、とどめを刺してやればいい。

「奇策を使うならな、一発で仕留めるんだよ。二度目は効かないからな」

 ケンカは同じ相手とやることがある。道場剣法なら、同じ相手と何度もやる。だから、奇策は読まれ、下らないものと唾棄される。しかし、殺し合いなら顔を合わせるのは1度だけ。奇策も安定した戦術になるというものだ。

 ハナガラスは、シモンが立ち上がらないのを確認すると、慶の元へと向かった。髪の長い女を睨み付けると、頭を下げて、巫女の前をどいた。戦う気はないらしい。

「ふん……気味の悪いやつだ」

 ハナガラスがそう悪態をつくと、慶がにこりと微笑んだ。

「神社で南無阿弥陀仏とは、またずいぶんな話ですね」

「祝詞というやつは、どうにも長くていけません」

 ハナガラスが言うと、慶はくすりと笑った。

「これから、覚えてもらいますよ。私が教えます。時間は、たくさんありますから」

「――はい!」

 ハナガラスが、その言葉をどれだけ喜んだだろうか。たった今、慶が自分のことを、夫として認めてくれたのだ。

 約束どおり、シモンを倒した。箱も足元にある。ハナガラスは勝ったのだ。

「さあ、まずはこの死体をどうにかしないと――ハナガラス!」

 慶が、ハナガラスの肩越しを見て叫ぶ。ハナガラスが振り向く。まさか、とは思った。しかし、それしかないだろう。

 花鳥が振り返ると、満面の笑みを浮かべたシモンが飛びかかってきていた。

「奇策を使うなら、一度でしとめる――そのとおりだな!」

 シモンの剣が、ハナガラスの腹を真っ直ぐに貫いた。

「っが……はっ!」

 シモンが剣を抜く。支えを失ったハナガラスは、背中から地面に倒れ込んだ。

「なん……で……お前は……動ける……」

 自分はシモンの喉に、風穴を開けたはずだ。間違いない。絶対にやった。

 しかしどうだ。シモンはまるで、無傷だったかのように動いており、普通に喋っている。

 ハナガラスは自分を見下ろす、シモンの喉を見る。シモンがその視線に気づく。

「――フッ。よく見ろ」

 シモンが喉についた血を拭うと、そこには穴どころか、傷一つなかった。

「そんな……俺はたしかに……」

「たしかに、やられたさ。やられたけど、このとおりさ――ほら、返すぞ!」

 シモンは畳針を、ハナガラスの肩に突き刺した。そして、足で思いきり踏みつける。

「がああっ!」

 ハナガラスの肩に畳針が埋まり、先端が地面にめり込む。今度はハナガラスが縫い付けられた。

 ハナガラスが苦痛でうめく。死んではいない。シモンがとどめをさしてくるかと覚悟したが、なぜだか、その様子はなかった。かわりに、シモンは空を見ている。

「――ああ、やっぱりきたか」

 そういうと、シモンは置いていた箱を拾い、袋を開けた。中から真っ白な箱が出てくる。

「慶さん。僕の後ろに」

 シモンは慶の手を引いて、自分の後ろにかくまう。髪の長い女もそれに従った。

 シモンは倒れているハナガラスに向かって言った。

「僕がなぜ、天使教会に入れたか。辺境伝道師という役に就けたか――教えてやろう」

 夜空の雲が割れる。

「僕の血液には、特別な液体が流し込まれている。それに耐えられたから、魔力適性が高かったから、僕は重宝されているんだよ」

 雲の割れ目から、光が射し込む。

「僕にはね。「嘆きの涙」という液体が流れているんだ。僕が傷付き、血を流すと、それが外にあふれ出して、天使が降りてくるんだ。天使教会は、この能力を、「殉教者」と呼んでいる」

 ハナガラスは、最初に天使を見た日のことを思い出した。シモンが真っ白な箱を開いて、天使を追い返した日のことだ。あの時、シモンは腕から血を流していた。あれは自分で自分を傷つけて、天使を喚びだしたのだろう。自分で喚んで、自分で追い払ったということか。

 そんなことを考えていると、ハナガラスの目の前に、天使が降臨した。人の体に、馬の顔がくっついている。降臨時の衝撃で、体がバラバラになりそうだった。

「最初に言っただろう? 何があっても僕には勝てないって。僕を傷つければ天使が降ってくるんだ。君に天使が倒せるかい?」

 天使が強い光を、天使の奇跡を放つ。シモンは箱を開けて、天使に向けた。箱の中身が、天使の奇跡を弾き返した。

「もう一つだ。僕は傷つけられた。でも、今は治っている。不思議だろう? それは、この、聖剣ラズイールのおかげだ。これには持ち主の傷を治す能力がある。回復というのは、本来は天使付きの能力らしいんだけどね。そして、「殉教者」とは非常に相性がいい」

 ハナガラスの体を、「天使の奇跡」が包んでいく。倒れているハナガラスは、かわすどころか、手で光を防ぐことすらできない。すべて、その身に浴びた。

「ラズイールだけでも、「殉教者」だけでも僕は勝てる。両方使えば、このとおりだ」

 天使が一筋の光となり、空へと帰っていく。

 シモンは倒れているハナガラスに近付くと、顔を踏みつけた。

「せっかく、僕の強さの秘密を教えてあげたのに。返事ぐらいしたらどうだ」

 ハナガラスは、自分の体から生えた蔦に絡め取られていた。皮膚は蛇の鱗のようになっている。

 重度の魔力暴走。もう、助かる見込みはない。

 シモンがハナガラスの顔から足をどける。何も言わない。だが、シモンのことを睨んでいた。

 まだ心の折れていないハナガラスを見て、シモンは不愉快そうに、彼の顔にツバを吐いた。

「楽にしてやろうと思ったが、天使降臨で死んだ方が良さそうだな。神父と巫女の結婚を邪魔しようとした悪漢が、神社内で天使に殺される――天使の祝福だなんて、素晴らしい演出じゃないか。それじゃ、もう一体ぐらい呼ぶとするか――」

 シモンが自らを傷つけようと、ラズイールを自分の手首に当てた時。

「まさか、あなたに、「殉教者」なんていう能力があるとは思わなかったな」

 その声にシモンが振り返る。髪の長い女――麻有(マユ)と名乗っている女の声だった。

 シモンが何事かと思い振り返ると、麻有は懐から短刀を取り出し、慶に渡した。

「お返ししますよ。これは、あなたのものでしょう」

 慶は短刀を受け取ると、深い深い溜め息を吐いた。

「これは、御神刀――花鳥ノ嘴――そうですか。そういうことでしたか」

 花鳥神社から天使禁制が消えた理由。それをシモンが知っていた理由。簡単なことだ。彼らが御神刀を盗み出し、花鳥の力を無効にしたのだ。

 先日、神社に賊が入ったと騒ぎのあった日。神社は何も盗まれていないと言い張った。それもそのはず。御神刀が盗まれたなどと、公に言えるわけがない。そして、それを知っているのは、神社内で唯一、御神刀を管理することができる慶だけだった。慶が黙っていれば、誰も御神刀が盗まれたなどという事実を知ることはできない。

「麻有! お前、何を――いや、僕は知らない! その女が勝手に!」

 焦って否定するシモンに、麻有が微笑みかける。

「ええ、そうですよ。シモンは関係ありません。私が勝手に盗み、勝手に返したんだから」

「麻有――貴様――ッ! 何を考えている!」

 麻有はシモンの怒声を受け流し、巫女に向かって言った。

「色々と考えた結果ですよ。さ、巫女様。後はどうぞ、ご自由に」

 慶は御神刀とシモン、それからハナガラスのことを、それぞれジッと見つめた。これを花鳥の社に戻せば、それで花鳥の力は帰ってくるだろう。戻すことができれば、だが。

「やめろ! 慶! 余計なことを考えるな! 僕は君を、殺したくはない!」

 それはシモンにもわかっている。だから、必死で止めようとする。

「妻にする女を殺すなどと、冗談でしょう? 天使教会と私、どちらが大切なのですか?」

 慶が冷たい口調で問う。シモンは言葉につまり、答えられなかった。

 そのシモンを見て、慶がクスクスと笑う。

「ご安心ください。もう、元には戻らないとわかっています。私が、この御神刀で、あの男を殺しましょう。それで、あなたへの忠誠の証を立てましょう。これ以上、天使が落ちてきて、神社を目茶苦茶にされるより、余程いい」

「おお……慶……」

 シモンは慶の覚悟に感激した。この女は、もう自分のものになったのだと、逆らうことはないのだと、確信した。

 慶はシモンを安心させるように微笑むと、花鳥ノ嘴を抜き、ハナガラスへと近付いていった。

「ぐ……慶……様……」

 ハナガラスは涙を流し、渾身の力を振り絞って、彼女の名前を呼んだ。なぜ、どうして――そんな疑問以外にも、あらゆる気持ちを込めて、呼んだ。

 慶はハナガラスの首筋に花鳥ノ嘴を当てると、そっと囁いた。

「あなた――まだ、あの男を殺す気はある?」

 その言葉で、ハナガラスの目に光が戻る。慶はまだ、シモンに心を渡してなかった。ハナガラスへの期待を捨ててはいなかった。

「差し違え……て……でも……」

 ハナガラスが途切れ途切れに、しかしはっきりとその意志を見せると、慶はうなずいた。

「そう。なら、後は頼みましたよ」

 そういうと、慶は自分の胸にご神刀の先端を突き立てた。

「なっ!? 何をする! 慶!」

 シモンの叫び声が空しく響く。

「まさか、そんな使い方が」

 麻有は苦々しく、しかし、どこか楽しそうに言うと、その場に膝をついた。


 花鳥の巫女、羽奈美慶、この身をもって悪魔外道になりければ

 花鳥の小刀にて行い下ろし血花を咲かすぞ朱に染めるぞ

 嘴を血に濡らし、諸々の忌み穢れつかば、荒ぶりたまへ御神花鳥

 即座にお姿を現わしたまひて、罪咎の巫女を燃やせ散らせ地獄に落とせ

 天の鳥 水の鳥 風の鳥 血の鳥

 血花を咲かすぞ朱に染めるぞ、これぞ花鳥血花式


 慶が呪文を唱えると、真っ白な巫女服の胸に、朱い血の花が咲いた。

 花鳥ノ嘴が、巫女の血に吸っているかのように、染まっていく。

 その瞬間から辺りに花が舞い散り始めた。

 真っ白な、桜の花びらが。

 慶は胸から花鳥ノ嘴を抜くと、恍惚とした表情で言った。

「――花鳥様」

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