表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/46

第五篇外伝 四章

「ようハナガラス。やってくれたな」

 花鳥は10人ほどのチンピラに取り囲まれていた。先ほど、支払いの取り立てをしにいったのだが、相手の男が少しごねた。俺には強い仲間がいるぞといきがったので、適当にシメて財布を出させた。

 その帰りのことだった。いきなり、目の前にずらっと汚い男達が現われたのは。どうやら、仲間がいるというのは本当だったらしい。強いかどうかは知らないが。

「お前の持ってる財布、全部出してもらおうか」

 先頭に立っている男が言う。太って大きな体をしているが、筋肉もついているだろう。これは小さな力士のようなものだ。こういうのはやりにくい。

「これはあいつが踏み倒したのが悪い。最初から払ってりゃ、痛い目は見ないで済んだ」

「知らねえよ。それに俺は、全部と言ったんだ。お前の財布も出すんだよハナガラス」

 なるほど。ただ財布を取り返しにきたのではないらしい。

「昨日は、俺の子分も世話になったみたいだしな。しばらく手が使えないって泣いてたぜ」

「昨日? ああ、あの3人か。金は持たせてやったんだがな。やっぱり、復讐はしたいか。自分でやろうと思わないから、いつまで経っても弱いんだろうな」

 昨日、路地裏でやりあった3人とも繋がりがあるらしい。それじゃあもう、話してなんとかなるわけでもないだろう。

「ほら、どうしたハナガラス。財布出して土下座をしろよ。もう二度と、でかい顔はしませんって約束して、そうだな。後はその外套をもらおうか。お前が頭を下げたっていう証拠にな。熊の毛皮みたいなもんだ。それがありゃあ、みんな信用するだろうからよ」

 ハナガラスは下駄でザッザッと足元を慣らすと、にやにやと笑いながら言った。

「最近は殴るばかりでな。たまには殴って欲しいと思ってたんだ。まあ、たいして入ってはいないだろうが、おまえらの財布も全部いただいてやるよ」

 そう言った次の瞬間、ハナガラスは男に突っ込んで、鼻っ柱に一撃ぶち込んだ。

「ぶふっ」

 鼻から血を噴き出し、男がよろめく。ハナガラスはくるりと踵を返し、一目散に逃げていった。

 逃げたぞ、追え、ぶっ殺せと、背後から威勢の良い声が聞こえる。

 ハナガラスは、また狭い道へと逃げるつもりだった。とにかく大将をぶちのめす。囲まれない場所でやる。大勢とやり合う時の鉄則だ。

 一応、大将は殴っておいたが、あれじゃあ倒れてないだろう。目でも潰しておけばよかったなと、ハナガラスは後悔していた。

 目当ての路地が見えてきた。後ろからは、足の速いのが何人か追いついてきている。ばらばらにくるなら、なおやりやすい。定石どおりだ、今日も勝てるなと、思った瞬間。

 路地から、また10人ほどの男達が現われた。大通りで挟まれる形になる。

 読まれていたらしい。それに、この人数だ。どうやら、相手は本気らしい。

 ハナガラスは舌打ちをする。次はどうするか。薄いところに突っ込んで逃げ切るか。

 そうこうしてる間に、ハナガラスはすっかり囲まれてしまった。

 頭を下げて金と外套を出せば、見逃してはもらえるだろう。だが、それをやればハナガラスは死んだのと同じだ。

「――やるだけやってやるか」

 ハナガラスが覚悟を決める。男達が、一斉に襲いかかってきた。

 まあ派手なケンカになった。何人殴ったか。何人に殴られたか。手当たり次第に殴って、その10倍は殴られた。

 興奮しているせいか、殴られても痛みはない。ただ、頭や体が揺れるだけだ。血が目に入って、左目が空かない。

 そのうちに、体が言うことを聞かなくなってきた。気持ちが折れてないのに、体が音をあげるというのは不思議な気分だ。

 こりゃ、殺されるかもなと、ハナガラスは、本気でそう思っていた。

 大勢で襲ってくるやつらは、気が大きくなっている。止めるやつがいない。相手をどれだけ殴ったかの実感がない。だから、死ぬまでやってしまうのだ。

 つまらない死に方だ――だけど、まあ、こんなもんだろう。

 ハナガラスが、そう覚悟を決めた時。

 後ろの方のヤクザが、悲鳴を上げ始めた。そして、ハナガラスの周りから、どんどんと人が減っていく。

 そしてついに、ハナガラス以外の全員が地面に倒れてしまった。

「なんだなんだ……どうしたっていうんだ……」

 ハナガラスがふらふらになりながら、片目で辺りを見る。

 背の小さな女が1人、立っていた。

「……あんたがやったのか?」

 まさかとは思うが、そうとしか考えられない。拳銃でも持っていたか。それにしては、銃声が聞こえなかったが。

 女は小さくうなずくと、ハナガラスに近寄って、肩を貸してくれた。

「真っ黒……外套……坊主頭……その目付きの悪さ……間違い……ない……」

 ボソボソと小さな声。殴られすぎて耳の遠くなっているハナガラスには、良く聞こえない。

「なんだ? 何を言ってるんだ?」

「あなた……ハナガラス?」

 ハナガラス。その言葉は聞こえたので、うなずく。

「やっぱり………娘が……世話になった……」

「娘? 娘なんか世話した覚えは――」

 いや、した。茶漬けを食わせてやった娘が、1人いた。

「あんた……まりの母親とか、そういうのか?」

「そう……お母さん……」

 どうやら、茶漬けの礼に助けてくれたらしい。茶漬け一杯に命を救われるとは、まるで昔話だなと、ハナガラスは鼻で笑う。

「そうかい……ありがとよ。しかし、ずいぶん強いんだな」

「まあ……少しは……」

 少しどころじゃない。手練れの軍人だって、こう鮮やかにはいかないだろう。

 ハナガラスは彼女の体をそっと押しのける。胸が腕に当たる。やたらでかい。子供を産んだとしても、こんなに大きくなるものだろうか。

「世話になった。礼を言う」

 ハナガラスはボロボロになりながらも、きちんと2本の足で立っていた。

 これ以上、世話にはなりたくない。彼女も、そんなハナガラスの気持ちを察したようだった。

「いいえ……それじゃあ……」

 そういうと、彼女は音も無く姿を消した。

「色んなやつがいるもんだな」

 花鳥はふらふらになりながらも、倒れている男達の財布を全部奪った。

「熊からは、毛皮を取らないとな」

 そして花鳥は、依頼主に取り立てた金を渡しにいった。ボロボロの姿に依頼主は驚いていたが、花鳥は簡単に事情を説明してやった。

 これで、花鳥は20人に囲まれて勝ったという噂が流れるだろう。そうなれば、迂闊に手を出してくるやつも減るはずだ。

 実際は、まりの母親がやったのだが、あいつらがどこまで覚えているか。覚えていたとしても、小さな女にやられたと、自分から言い触らすやつもいないだろう。それなら、ハナガラスにやられたことにしておいた方が、面子も保てるというものだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ