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第五篇外伝 二章

 ハナガラスと呼ばれている青年。丸刈りで、痩せており、とにかく目付きが悪い。年の頃はいくつだろうか。18かそこらだと思うが、正確な年はわからない。年齢というのは小さいころから周りが数えてくれるから、はっきりわかるものだ。ハナガラスには、それがないからわからない。

 服装は真っ黒な学生服に学帽。それを包むのもまた、真っ黒な外套。

 真っ黒な姿で、乱暴者で、みんなに嫌われているからハナガラス。

 それならカラスでいいだろう。なんで花がついているのかというと、彼は花鳥神社の血縁者だからだ。

 花鳥の巫女様からは大分遠い。なんとか家系図の端っこに確認できるぐらいのものだ。

 花鳥神社の一族の嫌われ者。はみ出し者。一本足りない馬鹿野郎。

 烏という字は、鳥になるには一本足りない。だから、ハナガラスと呼ばれている。

 本当の名前を知るものなんか、誰もいないだろう。そもそも、名前をつけた両親も、もういないのだ。どうも、父親も母親もろくでなしだったようで、ハナガラスが小さいころに、借金を作って逃げてしまった。花鳥神社がその借金を肩代わりし、ハナガラスも引き取った。

 そんな風に残された子供が好かれるわけもない。

 ハナガラスは神社の人間に小突かれ、いびられて育ってきた。

 いくら殴られてもジッと耐え、ひたすら睨み返してきた。睨むだけだ。言い返すことすらしない。こいつは口が利けないんじゃないかとバカにされたこともある。

 そして何年も経ったある時のこと。少しは背も伸びて、力もついてきたころ。

 ハナガラスは、自分を虐めてきた人間を、一人残らず叩きのめすことにした。

 手段を選ぶつもりはない。仕度は入念にやった。

 学生を博打でボロボロにして、借金のカタに学生服の一式を奪った。真っ黒で丈夫だから、夜討ちに都合がよかった。 

 木刀は中に鉛を流し込み、真っ黒に塗った。これなら、闇夜に溶け込んでしまい、相手は何で殴られているかもわからないだろう。

 仕度ができたその晩、ハナガラスは躊躇無くやった。時間をかけると逃げられるし、警察を呼ばれてしまう。だから、一晩で十数人やった。

 誰もハナガラスの顔を見ること無く倒れたのだが、神社の人間ばかり、ハナガラスを虐めていたものばかりが、十何人も怪我をしたのだから、ばれないはずがない。

 神社の人間は、表沙汰になるのを嫌がって警察には言わなかった。元々、ハナガラスをいびっていたのが原因なのだから、それがばれたら評判が落ちてしまう。それに、怪我をした人間に本家の人間がいなかったのも理由だった。

 それから、ハナガラスは神社で虐められることがなくなり、誰にも話しかけてもらえなくなった。

 花鳥は神社の汚い部屋を出て、町で暮らすようになった。

 ハナガラスは街へ出ると、荒事にかたっぱしから首を突っ込んだ。散々殴って、殴られた。骨も折れたし血反吐も吐いた。そんなことを繰り返しているうちに、ハナガラスは強くなった。

 そのうち、色んな人間が色んな頼み事をしてくるようになった。遊女につきまとう男に話をつけにいく。借金を集めてまわる。ヤクザ者に目をつけられた店を助ける。

 そのうち、なんとなく金をもらえるようになってくる。稼ぎは悪くなかった。一人で適当に生きていくには、申し分なかった。

 ハナガラスの力をあてにしてなのか、遊女に誘われることもあったが、それは全部断っていた。女衒になるつもりも、紐になるつもりもなければ、梅毒で早死にするつもりもない。

 そして何より、ハナガラスは他の女に興味がなかった。


 普段、ハナガラスは夜通し動きまわって、朝に寝床へと帰る。だが、その前に、神社に寄ることがあった。

 石段を登り、境内の塀を乗り越え、誰にも見つからない道筋を辿り、花鳥神社の本家の庭に忍び込む。井戸の見える茂みの側に、身を隠す。少し待っていると、白無垢を着た一人の女がやってきた。

 この世のものとは思えない美しい顔。細い腰。真っ黒で長い髪。

 彼女こそが、今の花鳥の巫女。名前を、羽奈美ハナミ ケイという。

 ハナガラスは、ずっと慶に、巫女様に憧れていた。

 遠くから見つめることしかできない。恐れ多くて、声をかけることもできない。たまに遠くから見るだけで、拝みたくなるほどだった。

 ハナガラスは、彼女のことを崇拝していた。彼女のためなら死んでもいいと思っている。

 望むのならば、誰でも殺してやるつもりだ。自分はそれしかないから。汚れることでしか、彼女の役には立てないのだから。

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