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第十三章

 羽奈美家の前に、巫女服に身を包んだ令が立っていた。花鳥の巫女としての決意だろうか。

 直巳が何か言う前に、令の方からこちらへ歩いてくる。

「行きましょう」

 令はそれだけ言うと、天使教会の集まっている境内の方へと歩いていった。

 時刻は夜の9時を過ぎたところ。神社には直巳達3人と天使教会以外には誰もいない。神社の入り口は天使教会の人間が封鎖している。誰も入っては来られない。

 今の花鳥神社は、浮き世との境界が閉じられた異界だ。

「――おや、避難しろと言ったんですけどね」

 直巳達を見ると、アキコは困ったように言った。昨日と同じ、真っ白な司祭服は、夜の神社で一際浮いていた。

「巫女様は我々が護衛しますよ。しかし、あなた達は――」

「俺達は神社の人間じゃないから、避難する必要はないだろう」

 直巳がそう言うと、天使教会の人間達に緊張が走った。アキコが手で制する。

「なるほど。そういう理屈ですか。あなた達を護衛する余裕はありませんよ」

「放っておいてくれて構わないよ。死んだら、適当に埋めてくれ」

「埋めるものが残ってれば、そうしますよ――それで、あなた達は何者ですか? 腕に自信でもあるんですか?」

 アキコは直巳達のことを完全に疑っている。悪霊を実際に見て、それでも平然と残ると言っているのだ。ただの高校生であるはずがない。簡単に言うと、魔術師メイガスじゃないかと疑っているのだ。

「腕に自信か……地元じゃ負け知らずかな。ま、強いのは彼女だけど」

 直巳が伊武を指差して適当に答えると、アキコは片眉をピクリと動かした。

「死んでも文句は言わないように」

「殺されても文句は言わないよ」

「ふふっ……それならいいんです。それじゃ、始めますよ」

 アキコは整列している天使教会の人間――兵隊達の方を向く。そして、境内の方向、高い壁を指差して号令をかけた。

「祠を打ち壊します。壁も壊して構わない」

 高い壁に囲まれ、守られている祠。それを壊すのだと、アキコは迷いなく言った。

「なっ――待ちなさい!」

 当然のごとく令が抗議するが、2人の男が出てきて取り押さえられた。

「動かないように。危ないですからね。このまま護衛しますよ」

 アキコは拘束を護衛だと言い張る。天使教会の兵隊達は、近くに置いてあったハンマーを持ち出し、ガンガンと壁を破壊し始めた。

「なぜ! どうして祠を壊すの!?」

「わかりませんか? あれが原因なのですよ。最初の被害者も、あの祠を調査しようとしてやられたんです。この前のカラスも、あそこから出てきた。あれを封印すれば、この神社は元通りです。簡単でしょう?」

「でも――でも、あそこは!」

「あそこは? あそこは御神体を保管している場所ですよね――偽物の」

「――偽物?」

 令の驚く表情を見て、アキコは嬉しそうに笑う。

「ご存じありませんでしたか? この神社の御神体は短刀で、それは失われています。あそこに入っているのは、別の剣です。花鳥とは――まったく関係がない」

「な――そんな――嘘よ――適当なことを!」

 令は暴れ、男達に羽交い締めにされる。

 直巳は令を視界の端に収めながらも、表情を変えずにアキコの言葉の意味を考えていた。アキコは、「花鳥ノ嘴」が、この神社の御神体であることを知っている。そして、今、あそこにある御神体は偽物なのだという。

 偽物――そういう根拠が何かあるのだろうか。令ですら知らない何かが。

 一つだけ、アキコの知らないことがあるとすれば。Aが令に、「花鳥ノ嘴」を返したということだ。それが何か、役に立てばいいのだが。

 そうしている間にも、天使教会は壁を壊し続けている。元々、たいして頑丈な壁でもない。大人数が本気で壊しにかかれば、もろいものだ。

「天使教会! 花鳥様から離れなさい!」

 令の怒りに溢れた叫びを聞くと、アキコは待っていたとばかりに表情を崩した。

「花鳥! 花鳥と言いましたか! 偽物の御神体に花鳥が宿るわけがない! この神社にいるのは、あの御神体に宿っているのは悪霊なのですよ! 簡単な話でしょう? 偽物には偽物が宿る! それが悪霊だと言っているのです!」

「そんな――そんなはず――が――」

 令は言い返せなかった。アキコの話を否定することができないからだ。令は、Aから御神体である、「花鳥ノ嘴」を受け取っている。あれは本物だ。不思議な力がある。

 だからこそ。本物が手元にあるからこそ、今、祠にあるものが偽物だと言われても否定できないのだ。祠にある剣も不思議な力を持ってはいるが、「花鳥ノ嘴」ほどではない。

 直巳も、アキコの考えを否定はできなかった。偽物には偽物が宿る。それが悪霊。非常にシンプルな話だ――だが、それで謎のすべてが解決するわけではない。

 令の見ている黒い花鳥様は、何なのか。それは、あのカラスではない。

 それが、アキコを否定するための最後の可能性だった。

 そして、とうとう壁が壊れる。崩れた壁の向こうにある祠を、強いライトが照らす。

「伝道師様! このまま破壊しますか!?」

 兵隊が言うと、アキコはうなずき、一歩下がった。

「護符の用意を! すべての護符を使って祠を封印します! 悪霊に天使様の加護を!」

「はっ! 天使様の加護を!」

 兵隊達は胸から一斉に、メダルのような護符を取り出す。昨晩と同じものだ。

 昨日はたしか、あれを各所に仕掛けたところでカラスが現われたはずだ。

「準備できました!」

 10人の兵隊達は、メダルを手に持ってアキコの指示を待つ。

 アキコは大きくを手上げると、振りかざすとともに号令を発した。

「封印開始!」

「はっ! 封印開始!」

 兵隊達の持ったメダルが淡く光った――その瞬間。

「う――ぐあっ!」

 兵隊の何人かが、悲鳴をあげてその場に倒れ込んだ。ライトに照らされたその姿は、誰もが血にまみれている。

「で、出た! 出たぞ! 悪霊だ! 上にいる!」

 ライトが一斉に上空を照らすと、そこには5匹の大きなカラスが、音も無く舞っていた。

 昨晩、直巳達が見たものと同じ。間違いない。アキコが悪霊と呼ぶ、あのカラスだ。

 伊武が直巳をかばうように前に出る。いつでもフリアエが抜けるように、手は首の後ろに構えていた。

「――出ましたね。全員、応戦を!」

 アキコの命令により、兵隊達が抜刀する。銃を抜く。攻撃を開始する。

 銃声が響き、気合の声が木霊する。

 だが、攻撃を受けてもカラス達は一匹も減らなかった。

 それどころか、反撃を受けた兵隊達が、次々と倒れていく。中には、ピクリとも動かなくなった者もいた。死んでいるだろう。

「封印は無理ですか――なら、祠を壊しなさい!」

 アキコはそう言った後、令を護衛している兵隊達を見た。

「あなた達もです! 人数が足りない! 巫女様は――椿さん! 巫女様の護衛を!」

 護衛は令から離れ、祠に向かって走った。落ちているハンマーを拾い、祠を壊そうとする。

「伊武! 令のそばに!」

 直巳と伊武は、呆然と戦いを見ている令のそばへと駆け寄り、守るように前に立った。幸い、カラス達はこちらには来ていない。

 天使教会は人数に任せてカラスを追い払い、祠を壊そうとしているのだが、誰も近付くことはできなかった。

「チッ――私がいきます!」

 アキコが祠に向かって走る。懐に手を入れて、小さな球をいくつか取り出した。

 兵隊達を盾にして、アキコが祠に近付く。

 そして、小さな球をすべて投げつけた。

「――天使様のお力を!」

 その瞬間、球は強い光を放ち、強い衝撃を放った。見たことのある光景だった。

「魔術具か――天使降臨みたいだったけど」

 その様子を見ていた直巳が伊武にたずねる。

「多分……そう……天使教会のだから……天使の力を……使っている……と……思う……」

「なるほど……本当に、天使降臨の仕組みと同じなのかもな」

 光と衝撃の止んだ後。砂埃の中から、瓦礫となった祠が現われた。

「やった!」

「伝道師様がやったぞ!」

 兵隊達が喜びの声をあげる。

「これで悪霊――も――」

 そのうちの1人が、喜びの表情のまま倒れた。乱暴に頭を叩き割られている。

「出たか――離れろ!」

 アキコが号令を出すと、全員が祠から離れた。人数はすでに半分になっている。


 砂埃の中、祠のあった場所に、大量の黒い羽根が舞っている。

 その羽根の中心には、1人の青年が立っていた。

 真っ黒な服、真っ黒な帽子、真っ黒なマント。手には剣を持っている。

 カラス達は、青年の周りを飛び、彼を煽るように鳴きわめいていた。

 人間の姿をしているが、間違いなく人間ではないもの。

 一番適した言葉でいうなら、そう。

「――悪霊」

 アキコがひきつった声で言った。

 全員がそう思っただろう。直巳も、伊武も、そう思った。

 遠くから見ている直巳でもわかる。

 あれが、この地を守る聖なる存在だとは、とても思えない。

 だが、令だけは違っていた。

 真っ黒な青年の姿を見ると、令は口元を押さえながら、感激したように言った。

「あれは、御神体の剣――それに――花鳥様」

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