第十二章
翌朝。直巳と伊武は目を覚ますと、淡々と仕度をし、朝食を済ませた。
何かある時こそ、いつものリズムを崩さないことが大事だ。気合を入れて違うことをすると、裏目に出ることが多い。アイシャに何度も言われていることだ。
何かある時――もちろん、今晩のことだ。天使教会が来て、悪霊退治をするという。
もしかしたら、天使教会が悪霊を倒しておしまい。直巳達は、それを見ているだけ――そういう結末もあり得る。
何にしても、情報が足りなすぎるのだ。花鳥に悪霊、アキコに令。何もかもがわからないままで、最終局面に突入する。敵も味方も、勝利条件すらもわからないままに。
この、立ち回りすらわからない状況を、伊武はどう思っているのだろうか。
「なあ、伊武。今日の夜のことだけどさ。その、どうすればいいと思う?」
伊武は、食後のインスタントコーヒーを飲む手を止めて答えた。
「どう……って……何が?」
「いや……俺達は、どう行動すればいいのかなって。天使教会のすることを、見守るだけでいいのかなって」
「ああ……そういう……こと……か」
伊武は何をいまさら、とでも言いたいような口調だった。何をするべきか、わかっているのだろうか。
「私は……とにかく……椿君を……守る……余裕があれば……令を……守る……」
「うん」
「後は……天使教会を……いつ……殺すか……かな」
「え」
唐突すぎる。なぜ、いきなり天使教会を殺す話になるのか。
「いや、伊武。天使教会は神社の役に立つかもしれないんだよ?」
今回は天使教会が敵か味方かわからない。それも、直巳を悩ませる理由の1つなのだ。だというのに、伊武の迷いは天使教会を殺すタイミングであり、殺すことは決定しているらしい。
直巳が言うと、伊武はフフッと小さく笑った。カップのコーヒーにさざ波が立つ。
「天使教会が……本気で……異端のために……動くわけ……ない……よ……こっちが……尻尾を……掴めるか……どうか……だけ……」
伊武の迷いのない言葉に、直巳は頭を殴られたようだった。
直巳は揺らいでいた。天使教会にも、異端を許す人間がいるのかもしれないと。。
伊武はぶれない。天使教会は敵で、異端を許すような連中ではないと。
そして、その直巳と伊武の差を埋める言葉。
「こっちが尻尾を掴めるかどうか、か……」
今、直巳が見ているのは、アキコが教えてくれた美しいストーリー。悪霊も出現し、すべてが彼女の思うとおりに進んでいる。
「そう……何も……ないかもしれない……でも……疑って……かからないと……駄目……何か……おかしなことを……していたら……絶対に……嘘が……出てくる……それを……見破るのが……椿君の……仕事……だよ……」
伊武は直巳のするべきことを教えてくれた。
天使教会の行動を監視しろ。嘘を見抜けと。
「――そうだな。俺の仕事は、天使教会を見守ることじゃない。監視をすることだ」
その言葉を聞くと、伊武は満足そうにうなずいた。
直巳のカップを持ち、キッチンへ向かう。
答えを出せたご褒美に、もう一杯、コーヒーを煎れてくれるようだ。
直巳と伊武は、そのまま部屋から出ることはなかった。
特に会話もなく、何をするでもなく。ただ時間が過ぎ去るのを待つ。
正午を迎えると、きっちりと昼食を摂る。
午後になると、羽奈美家から人が出入りするようになっていた。
直巳が様子を見てみると、旅行カバンを持った人達が、神社から出ていった。天使教会の言うとおりに、神社から避難をしているのだろう。
そして、羽奈美家に残ったのはたった1人――花鳥の巫女、羽奈美令だけだ。
彼女は今、どんな気持ちで過ごしているのだろう。
直巳は令のことが気になったが、声をかけようとは思わなかった。
何故か、とたずねられても、答えようがない。自分が令だったら、1人にして欲しいだろうなと思ったから。それだけだ。
そして緊張の中、ゆっくりと時間が過ぎていく。
冬の青空が、灯りを落とすように色を失っていく。
紅く美しい夕闇は、ほんの一瞬のこと。
そして、夜がくる。




