03.タマとかポチとか、エリザベスとか!!
卵から溢れ出した光はどんどんその輝きを増し、すぐに目を開けられない程にまでなった。
手を翳しても光を遮ることは出来ず、私と荒夜は慌てて卵から可能な限りの距離を取った。私達の中でも特に強い光に弱いさーちゃんは、悲鳴をあげてうずくまっている。
それと同時にピシッピシピシ……ッ、という殻を割るような音が聞こえる。
……うん。『ような』っていうか完璧殻を割る音ですよね。わかってます。わかっていますとも。
でも少しくらい現実逃避させてくれても良いと思うんだよ?
っていうか、特に私何もして無くない? ただちょーっと霊力を卵に注いだだけじゃない? なんでこんなにヤバそうな雰囲気になってるの?
……え、何から逃避したいのかって?
それはもちろん、こっちを物凄い形相で睨む荒夜さんからだよ……!!
「おい、どれだけ霊力を込めたんだよ!?」
「私、ちょっとしか込めてないよ?」
「な訳無いだろうが!? 普通なら爆発してるぐらいの霊力量だぞ!!」
「そんなに!? こんなにちょっぴりしか込めてないのに爆発するの? 許容量少なすぎない!? おかしくない!?」
「おかしいのは、お前だ……!!」
鬼の形相で怒鳴る荒夜に思わず首を竦める。
確かに爆発するほど霊力を込めたのは私が悪かったけど! 人間誰しも間違いはあるものだし、しょうがないと思うんだよ!
大事なのは、失敗してもソレを今後どう生かすかだよね!
一人で納得してうんうんと頷けば「お前それ反省してないだろ」と睨まれる。
……どうでも良いけど荒夜さん、乙女ゲームとキャラが違いすぎないかい? 君はクーデレであって、ツンギレなキャラじゃなかったはずなんだけど。
「二人とも! 今は言い争っている場合ではありませんわ! それよりも、卵が……!?」
さーちゃんの切羽詰まった言葉にどうでも良い思考を止めて、慌てて卵へと注意を向ければ、まばゆい光の中に黒い影が現れていた。
黒い影は殻をさらに破ろうと動いている。
うん、だんだん光も弱まってきたし、黒い影を見る限り爆発することはなさそうだ。
良かった、さすがに爆発はマズいからなあ……。荒夜の雷が落ちるだろうしお屋敷のみんなに迷惑をかけちゃうし、何より危ないしね。
っていうか、普通に流してたけど、孵化しかけの卵ってあんなに光るものかなあ? 光っていること自体おかしいと思うのは私だけかなー……? 荒夜とさーちゃんは普通に受け入れていたけど。
あれかな? ファンタジーの世界だからこれが常識みたいなヤツかな? 某携帯獣のタマゴも光るし、そういうものなのかな……?
そして、よくよく考えなくても卵から哺乳類は生まれないような気がするんだけど、大丈夫かな……!?
むしろヒヨコとかヤモリとかカエルとかが生まれそうな予感がするんだけど、ちゃんともふもふな獣だよね?
私って哺乳類だもんね。鳥類とか爬虫類とかが眷属な訳ないよね……? ここファンタジーの世界だもんね?(二回目)
私の不安をよそに、卵の殻は順調に割れていく。
そして最後に一度だけ、ひときわ強く輝くと、硝子が砕けるような音を立てて――二匹の猫が姿を現した。
やったね! ちゃんと哺乳類が生まれたよ!! フラグは折れたよ!……じゃ、ない!!
にゃあ、と鳴いて私の前に並ぶ二匹の猫。
思わず二度見する私。
驚いたように軽く目を見開く荒夜。
そして、光が収まっても依然としてうずくまったままのさーちゃん。……って大丈夫!? そんなにダメージを受けるほど眩しかったかな!?
さーちゃんは強いからすぐに回復するはず、と自分に言い聞かせて猫へと目を戻す。
生まれてきたのは白と黒の二匹の子猫だ。可愛い。ものすごく可愛い。思わず顔がだらしなく緩むくらい可愛い。
でも、可愛さに誤魔化されてはいけない。
生まれてきた二匹に対して、卵は一つ。つまり双子の子猫ということになる。
しかし人間ならともかく、妖の双子なんて聞いたこともない。卵と一緒に貰った育妖書――その名も『ドキドキ☆初めての育妖~卵の孵し方から式神の育て方まで~』――にも、卵から双子が生まれることがあるだなんて一言も書いていなかった。
私のごくりと喉を鳴らす音がやけに大きく響く。
つまり、これは……。
「……新種!?」
「どうしてそうなる!?」
スパーンッ、と勢い良く荒夜に頭をはたかれた。お笑い芸人も驚く見事なつっこみである。
「よく見ろ! 尻尾が二股に分かれているだろ。これは新種じゃない、ただの猫又だ」
「『ただの猫又』という表現が正しいかはさておき……妖でも双子は生まれますわよ? 私も実際に見たのはこれが初めてですが。なんでも有り余るほど強大な霊力が込められると、一つの個体に霊力が収まりきらずに分割してしまうそうです。昔読んだ本に書いてありましたわ」
ようやく回復したのか、よろよろと身を起こしつつ、さーちゃんが言う。
光だけでさーちゃんをここまで追いつめるなんて、タマゴ恐るべしだ。
「でも、私が読んでいる本にはそんなの一言も書いてなかったよ?」
「初心者向けの本ですから……」
「きっとその本の作者も、溢れるほど霊力を持っている初心者なんて想定してなかったんだろうな……」
「えー? 私と同じくらいの霊力量の人なんて、割といると思うけど」
「「…………」」
首を傾げてそう言えば、二人は黙り込む。
二人とも、何故だか酷く疲れたような顔をしていた。
***
「それで、ふうり? この子達の名前は何にしますの?」
さーちゃんが、行儀良くお座りした猫又たちを示して小首を傾げた。それを見て私は「うーん……」と眉を寄せる。
一応考えてはいたのだが、生まれてきた式神は二匹。一匹しか想定していなかったのに、完全に予想外だった。
同じ名前を二匹につける訳にもいかないし、新しく考え直すしかない……のだが。
ここで問題が一つ。
私のネーミングセンスは皆無なのだ。
せいぜいタマとかポチしか浮かばない。……ポチは犬か。
代わりに名前を考えてくれないかなーと、ちらりと二人に目をやれば、
「面倒だから嫌だ」
「他人任せはいけませんわよ?」
即答だった。躊躇いも何もない、見事なまでの拒絶っぷりだった。
私、まだ何も言ってないんだけどな? ちらっと見ただけなんだけどなー?
「式神にとって名とは、存在を定義する型であり、それと同時に枷でもありますの。名が無ければ己を保てずにただの妖に成り下がってしまいますし、名に縛られているせいで様々な制約を受けますわ。だから、式神の名は主人が決めるのです。他人が勝手に決めて良いものではありませんのよ」
さーちゃんにいつになく真面目な調子で諭されて、私は大人しく頷いた。
確かにそれほど大事なものなら、主となる人以外は名付けるべきじゃない。
しかしそうなると、いよいよ自分で名付けなくてはいけない。ネーミングセンスの無い私としては何よりも非常に難しい、難題である。
うーんと腕を組んで考えて込んだとき、私はハッと閃いた。
今世間では、建物から服装から食べ物まで、西洋風のものが流行っている。
つまり! 西洋風な名前を付ければ流行にのってオシャレな感じがするのではなかろうか!?
エリザベスとかヴィクトリアとかイザベルとか! マリアとかも良いかもしれない!!
勢いづいてガバリと顔を上げると、冷たい目をした荒夜と目が合った。
「……最近、西洋のモノが流行っているからって、無理に西洋風の名前をつけるのは止めろよ?」
何故バレたし。
結局、猫と言えば首に付けている鈴だよね! ということで、白い猫又が白鈴、黒い猫又が黒鈴になりました。
12月7日 大幅に書き直しました。