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02.おや……? タマゴのようすが……?

 唐突に何か糸のようなもので拘束されて、ぐいっと引き寄せられる。

 かろうじて自由に動く頭を捻って後ろを振り返って見れば、そこにはよく知っている少女の姿があった。


 ウェーブのかかった紫紺の髪と、同じ色の勝ち気そうな瞳。口元のほくろが色っぽい。

 もう一人の幼なじみで親友のさーちゃん――五稜ごりょう沙織ちゃんだ。

 彼女も乙女ゲームの悪役令嬢(もちろん私みたいな下っ端ではなく、主人公をいじめ抜く立派な悪役)で、女郎蜘蛛の先祖返りである。私の体を拘束しているのはさーちゃんのクモの糸のようだ。


「いいですかふうり。昔から何度も言っていますが、男は狼ですのよ? 気をつけないと、いくらふうりが強くても……ってなんで泣いてますの!!? さては荒夜! あなた、ふうりをまたいじめましたわね!?」

「いじめてない」

「嘘おっしゃい! 今度こそ椿お姉さまと雪乃お姉さまに言いつけてやりますわ!!」

「は? だからいじめてないって言ってるだろうが」

「大丈夫ですわよ、ふうり。この鴉天狗モドキ、女郎蜘蛛の敵ではありませんわ! すぐに成敗してみせます……!!」

「だから、話を聞け……!!」

 なにやら口喧嘩をしているようだけれど、私はそれどころではなかった。


 さーちゃんのクモの糸の拘束が強すぎて、息が上手く出来ない。なんだか頭が朦朧としてきた。目の前が、靄がかかったように白くなっていく。

「ぐ、苦しい……さーちゃん……荒夜……助け……」

「おい、ふうり!? 大丈夫か!? とりあえず落ち着け沙織!! ふうりが窒息してる!!」



***



ようやく拘束が完全に解かれると、私はほっと息を吐いて座り込んだ。

隣には申し訳なさそうに縮こまるさーちゃんが正座をしていて、荒夜は私の正面に胡座をかいて座っている。


「本当にごめんなさい、ふうり。つい力の加減を間違えてしまって……。まだ痛みます?」

「大丈夫だよー! 私は丈夫に出来てるからね!!」

 おどけて答えれば、さーちゃんは少しだけ顔を緩めて笑ってくれた。うんうん! 美少女は憂い顔も似合うけれど、やっぱり笑顔が一番だよね!


「……いや、だいぶヤバかったと思うけど」

 荒夜の余計な一言にさーちゃんの顔が一瞬にして絶望に染まった。しょんぼりとうなだれて、「やっぱり、駄目ですわよね……ふうりに許してもらうには……切腹しか……」とかなんとかブツブツと呟いている。


 せっかくいい感じに収まりそうだったのに荒夜のせいでまた面倒くさいことになりそうだった。

 というか、さーちゃんの呟いている内容が怖い。許すも何も怒っていないし、死体なんて要らない。迷惑なだけである。さーちゃんは私を何だと思っているのだろうか。切腹とか止めて欲しい。

 とりあえず、

「さーちゃんは武士だったの……?」

一番気になることはそこだった。


「い、いえ……武士という訳ではありませんけれど。でも、ふうりを傷つけるなんて……。到底許されない、万死に値する行為ですもの」

「まあ、沙織はふうり命だからな……」

 さーちゃんの「武士ではない」という発言にホッとしたのもつかの間、その後に続いた言葉にびっくりした。

 私を傷つけるだけで死ぬなんて、私にそんな価値は無いのに。そんなことをいったら、もっと偉い人を傷つけたらどうなるんだろうか。更に重い刑を受けるとか? 死ぬことよりも重い罰って何だろう……?


「……ふうり命って、そう言うあなたもでしょう、荒夜?」

「……」

「沈黙は肯定と受け取りますわよ」

「……うるさい。ふうりに聞こえる」

「……ふうりは自分の考えに夢中で、何も聞いていない様子ですけれど。……ねぇ、ふうり?」

「……え? ごめん、聞いてなかった! 何て言ったの?」

「ほら」

「……はあ」


 急に話しかけられて聞き返せば、呆れた顔をして荒夜は息を吐いた。

 私はさーちゃんに返事をしたのになんで荒夜が呆れるのか。ちょっと良く分からない。分からないけれど荒夜ムカつく。


「ところで、ふうり」

ちょっと不機嫌になった私を察したのか、さーちゃんがわざとらしく声をあげた。

「この前お姉さま方から頂いた入学祝いのアレ、どうなりましたの?」

「確か、沙織が西洋の洋服、俺が新しい武器、ふうりが卵を貰ったんだよな。卵からなんか孵ったか?」

 さーちゃんに続いて荒夜も興味津々に尋ねる。

 まんまとさーちゃんの思惑通りに気がそれた私は、ご機嫌に顔を緩ませた。早くアレ(・・)を二人に見せびらかしたい。

私は二人にニヤリと意味深に笑って見せた。


「必殺、意味ありげな笑み……!!」

「特に意味は無いのかよ!?」


 そして盛大にツッコまれた。


「いや、意味なくは無いんだよ? まだ孵ってはいないだけで……。ちょっと待ってて、取ってくる!」

 ちょっとキレた荒夜に、慌てて言って部屋を出る。目指すは私の部屋だ。卵は枕元のクッションの上に大事に置いてある。

 きっと、なんで入学祝いに卵? と疑問に思う方も多いだろう。しかし、私が入学祝いに貰った卵はただのタマゴじゃあない。

 聞いて驚け!

 なんと、私の眷属が生まれる、不思議なタマゴなのである!


 私が卵を貰った理由は簡単だ。

 顔なじみの妖狐の先祖返りのお兄ちゃんで、眷属の管狐を自分の式神として使役している人がいる。それが羨ましくて、小さい頃からクダが欲しい、式神が欲しいとねだっていたら、入学祝いに貰えることになったのだ。

 勿論、お兄ちゃんの管狐を貰うわけにはいかないので、代わりに卵を貰うことになった。卵を孵して自分の式神を育てるのだ。

 あのモフモフな管狐を貰えなくて残念とか別に思ってないよ。うん。


 ただ普通の卵ではないので、孵すには主となる人の霊力が大量に必要になる。

 卵に少しずつ、長い時間をかけて自分の霊力を注ぎ込み、馴染んだ頃に孵る、らしい。

 私はまだ霊力を注いでいる段階なので、イマイチ確証が持てないのだけど。


 卵を大事に抱えて部屋に戻る。

 いやはや、長く険しい道のりだった。敷居に躓くこと二回、コケること三回、段差を踏み外しかけること一回……。特に段差はヤバかったね。卵を落としかけて、割ってしまうかと思ったよ。まあ、化け猫の先祖返りたる私は運動神経が良いから、スタイリッシュに体制を立て直したけどね!!


「……なんでお前は虚空に向かってドヤ顔をしているんだ……?」

「な、なんでもないよ!? 何もヘンなことは考えてないよ!?」

 いつの間にか二人が目の前にいた。荒夜に声をかけられて、びっくりして思わず変なことを口走ってしまった。

 誤魔化すようにへらりと笑って腕に抱えた卵を示す。自然と二人の目線は卵に移った。

「じゃーん! まだ孵ってないけど、もうすぐで生まれそうなんだよ!!」

「………」

「……それ、本当に入学祝いに頂いた卵ですの?」

 二人は驚愕に目を見開いた。

 私は得意げに笑ってゆっくりと卓の上に卵を置く。


 それもそのはず。私が抱えてきた(・・・・・)卵は、とても大きいのだ。『抱えてきた』というのは比喩ではなく、そのままの意味である。

 入学祝いに貰った当初はニワトリの卵ほどの大きさだったのが、今ではダチョウの卵ほどの大きさになっている。……ちなみに入学祝いを受け取ったのは今日を入れて7日前のことである。

 まあ、某携帯獣の世界では1日もたたずにタマゴが孵るなんて良くあることだし。それに比べたら遅いくらいだ。

「まだ貰ってそんなに経ってませんのに……卵というのはこんなに急激に大きくなりますの?」

「いや、おかしいだろう……!? この霊力の量、そこらへんの妖よりよっぽど強力だぞ、お前どれだけ霊力を注ぎ込んだんだ……!?」

 私は二人の言葉に心外だなぁ、と眉をひそめた。

「卵はすぐ孵るものだよ。霊力もちょっとずつしか注いでないし。……ほら」

 卵に手を添えて少しずつ自分の霊力を注いでみせる。卵が金色の光に包まれて、柔らかく輝いた。

「いや、それ『ちょっと』じゃない……!!」

 荒夜が喋り終わるか終わらないかくらいで霊力を注ぎ込むのを止める。そうするとだんだんと光が収まって……。

………。

………………。

………………………あれ?

 むしろ強くなってません?

ふうり命な女郎蜘蛛のさーちゃんは、あくまで幼なじみ兼親友としてふうりが大好きです。

百合じゃありません。決して。

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