2-1:女の子の家へ
あの戦いから約数時間後。詳しくは日を跨いでいるので、十時間後である。
僕は、昨日いた桜舞い散る街灯の下にいた。朝だからまだ街灯に灯は灯っていない。だから、昨日みたいな綺麗な風景は見られなかった。
新春ゆえの寒さが身を包むが、昨日の夜ほどではない。まだ9時だが、それでも昨日よりはマシだ。なんせ、死にかけたから。
結論を言うなら、生き残った。なぜか僕が決死の思いで放った一撃が、あの無敵な獣を葬り去ったのだ。何が起こったか解らなかった。一瞬、紫色が世界に満たされたかのような錯覚を見たのは憶えているが、それだけである。
その後、唖然としている僕に少女は寄ってきて、時間が遅いことを伝えてきた。確かに、その時の時間は11時だったから、高校生である僕にはあまりいい時間とは言えなかった。ということもあって、続きは明日……即ち今日の朝にすることになったのだ。
そういうこともあって、公園で待機中なわけだ。集合時間から約30分。寒さが身に応える時間である
「待ったか、コウタ」
「待ったよ! 新春の寒さやばいよ!」
やっと現れた少女、カズハに対して思わず愚痴ってしまう。いや、目の前のマンションに住んでいる彼女なので、これぐらいの愚痴は許してほしい。30分による冷気の空間放置は、孤独も相まって寒々しいのだよ。
「そうか、すまないな」
まぁ、その程度の愚痴を言っても動じないのは、彼女自身の性格によるものであった。というよりも設定か。彼女が自ら説明した、あのよく解らない設定。自分は魔王だとか、転生したとか。外部から見れば痛々しいこの上ない。
でも、僕は遭遇してしまった。あの獣を。彼女曰く、魔力でできた獣。確かに、あの一撃を除いては、どんなに石ころを投げても当たりもしなかった。あんなものを目にしてしまったら、彼女の言い分にも少しだけだが信じるようになってしまう。
「で、昨日の続きって何をするの? できれば屋内に行きたいんだけど」
「それなら私の家へ来い。今日は父も母もいないのでな。気にすることはないぞ」
……はい?
「待たせてしまったのも、母のパートを見計らっての行動だったのだ。如何せん、母は時間にルーズなお方でな。9時から仕事が始まるというのに、8時45分に出て行ったのだ。仕事場まで30分かかると言うのに」
なるほどなー。だから遅かったのかー。
じゃないよ! この子、今凄いこと言わなかった? 女性の家に誰もいない状況で男性を呼ぶのって、つまり、つまり――――
「コウタ、大丈夫か? ガタガタ震えているぞ?」
「い、いや、あ、うん。大丈夫。大丈夫……はず」
明らかな動揺をしてしまう。こうもあっさりと女の子の、特に昨日初めて会った女の子の家に入れるとは。いや、下心なんてないぞ。そんなものは断じてない……はず。
実際、女子の部屋に入ること自体に抵抗はない。幼馴染の小鳥の部屋や、妹と姉の部屋にもよく入る。このメンツは、家事も何もできないからね。定期的に掃除とかしないと、部屋をごみ屋敷にしかねない。屋敷というのは、変な表現だけど。
「寒さが芯まで来ているのだな。なら早く行こうか。コーヒーぐらいなら淹れられるぞ」
「う、うん、甘えさせてもらうよ」
僕の内の葛藤も知らずに、カズハは先々へ行ってしまう。うぅ……僕の中の男の本能、抑えてくれよ。あんな可憐で守ってあげたくなるような少女と一緒でも、変な目で見ちゃ駄目だ。駄目だよ、僕。
僕の中の男を黙らせる覚悟を固めると、僕は急ぎ足で彼女の家へ向かうのだった。