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僕と魔王  作者: 紅葉紅葉
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0:魔王は死にました

 夕刻。己の甘さを苦味に変え、我が口内が血の味で染まる頃、私を嘲笑うかのように民衆が私を取り囲んできた。その目に光はなく、口はだらしなく開いている。中には涎を垂らしている者もいる。

 その群衆の中から、一人の男が薄ら笑いを浮かべ現れた。目は赤く充血していて、顔も真っ青な顔色をしており、健康な体とは言えない。狂気に飲まれている、そう言えるだろう。


「お体の調子はどうですかな? 魔王アウデス。いや、元、魔王、アウデス」

「……民衆を手中に治めた程度で、私を嘲笑えるとは。楽観的だな、バブレリオ」


 そう私がバブレリオを挑発すると、バブレリオは気分を悪くしたようで、特別な鎖で縛られている私の手を蹴り上げた。手は元々から血が溢れだしているが、そこに土くれが混ざることによって更に痛みが増す。

 しかし、その程度では音を上げない。今ではこのような囚人のような姿であるが、少なくとも過去は魔王と呼ばれる魔を司る者の王であった。この男、バブレリオの策略に引っかかるまでは。

 この男のせいで、我が魔は扱うこともままならず、それどころか我が身体を傷つけている。手から溢れ出す血も、口に溜まる血の味も、心の臓の中で沸騰する血も、全て、話が魔力によるものだった。皮肉なものである。最強と謳われた我が魔力が、我が足枷になるとは。

 だが、それも全てこの目の前に私を見下ろす男の仕業であった。何をしたかは知らないが、民衆をも手を加えたらしく、我が味方は少なくなりつつある。


「力の魔王、と言われた貴方が、今はこのようなみすぼらしい姿とは……いやはや、先代魔王に笑われますぞ」

「……」


 答えを返さずにいると、バブレリオは我が口を蹴った。口から溜まっていた血が溢れだし、バブレリオの黄金が散りばられた靴に血がこびりつく。すると次にバブレリオは、その血を私の露出した肌になすりつけてくる。

 敗者への当てつけのつもりだろうか。しかし、私はその程度はどうも思わない。その程度では、我が誇りは散りやしない。まだ、希望がある。我が忠臣、アイントルトが死んだという話をまだ聞いていない。この男のことだ。殺したのなら、いち早く私に伝えるだろう。


「さて、本題へ参りましょう……貴方の、処分のお話です」

「私を殺すか」

「いえ、ただ殺すのでは面白くありません」


 バブレリオは、そう言ってゲスな笑みを浮かべた。汚らわしい。このような男さえ許してしまっていた、己が恥ずかしい。私が甘いのは、アイントルトから何度も忠告されていたことだ。その忠告を無視した私への報いなのかもしれない。

 しかし、バブレリオが言った、面白い処分とは一体、何なのだろうか。私を殺せば全て済むはずなのだが、こいつはそれ以上、何を望むのか。


「拷問の中には、死よりも恐ろしい屈辱というものがあるそうです。所謂、恥辱による絶望ですな。私とすれば、それを行うよりは、早く死んでもらいたいのですが」


 その言い方からして、この男以外にも協力者はいるようであった。加えて、この男が早急に私を殺したいことは理解した。なに、そうであろうとは思っていた。


「貴方には、幾つかの呪いをかけさせてもらいます。そして、その呪いを引き継いで、転生、してもらいます」

「転生……」


 思わず呟いたその言葉は、この世界の宗教の考えにある、実証することのできない理論の言葉だった。輪廻転生理論。生きている者は、死して現世へ姿を変え、蘇るというものだ。

 そのような不可解な単語を出してくるとは、流石の私も理解に困った。私が知っている魔法に、意図的に転生を起こすことができるものなどなかった。


「研究には時間をかけました。異世界学に、魔法による転移学、それに呪学もね」

「呪学?」


 呪学は、魔法によって他者に何らかの影響を及ぼす魔法学だ。この男が得意とする魔法学でもある。

 しかし、転生を行うというのに、果たして呪学は必要なのか。宗教上の転生は、魂はそのままに肉体を滅し、新たに肉体を生み出しその器に入るというものだ。そこに呪学は必要がないはずだ。


「そうです。それが拷問でいう、恥辱ですな。貴方には複数の呪いを受けたまま転生してもらいます。たとえ肉体が滅び、新たに生まれ変わったとしても、その肉体に呪いが残るように」

「それが、私の処刑か」

「そうです。貴方は、永遠に、その呪いを受けたまま、恥辱に染まってもらいます」


 それが、この男の狙いだった。今、この場にいる大多数の民衆は全て、私の転生を見届ける、下衆なのだ。だが、しかし、なぜにここまでの民衆を用意できた? この男に、そこまでの人望はなかったはずだ。それに、民衆の様子もおかしい。

 そう思考している間に、バブレリオは民衆の取り巻きから現れた黒い布に顔を隠した者たちに指図し、私の周りに魔方陣を書いていく。巨大な魔方陣だ。その半径は私の背よりもあるだろう。ここまで巨大な魔方陣が必要となるあたり、この魔法は本当に開発されたばかりなのだろう。


「見えますかな? これが貴方に最悪を与える、拷問魔法ですぞ」

「拷問魔法にしては、あまりにも大事すぎるな」


 と、意味もなさない皮肉をこぼすと、バブレリオに顔を蹴られた。歯と歯の間から血が漏れる。血の味がした。もう何度目の血の味か。情けないとは思うが、同時にこの程度でしか私を貶められないこの男の情けなさに笑みを浮かべてしまう。


「笑う余裕がおありと? 己の死が間近だと言うのに」

「笑わずにどうすると言う? 少なくとも私は、死を恐れてはいない」

「本当に減らない口ですな」


 バブレリオは、そう言って私の口を再び蹴ろうと足を振りかぶったが、そこに彼の部下であろう男が現れ、バブレリオに耳打ちをする。それを聞いてか、バブレリオは歪んだ笑みを浮かべた。


「どうやら、転生の魔方陣は完成したらしいですぞ」


 であろうと思った。バブレリオの命によって、男どもが私の両腕に掴みかかり、魔方陣の中心に連れていこうとする。抵抗をすることもできない私は、そのままそれに連れられて、魔方陣の中心で倒された。

 そしてバブレリオと男たちは、そそくさと魔方陣から立ち退き、バブレリオが魔方陣のそばで屈んだ。魔方陣の形に描かれた場所へ、魔力を送り込む。瞬間、魔方陣に魔力が浸透され、魔方陣の形が光で浮かび上がってくる。


「くっふっふっふ……はっはっはっはぁっ!! これです! この時を待っていたのですっ! 我が苦節十数年っ!! この時のためにっ、私はっ、どんな苦難も受け止めっ、このっ、転生魔法を生み出したのですっ!!」


 バブレリオは狂喜した。その目、その声、その笑みは全てにおいて狂っていると言えるだろう。どんなにその努力が素晴らしいものでも、今の私にとってはそれは悪行にしか見えない。


「さぁ、魔王様! 否、アウデスッ! その身滅ぼしっ! 我が悲願、叶えさせてもらいますぞっ!!」

「くっ……」


 バブレリオが狂乱する。それに合わせてか、魔方陣の魔力が強まり、私の身体を締め付けるように、焼き付けるように、圧縮するように、万死の要因になりえる様な痛みが走る。いや、痛みと言うには優しすぎるか。身体が死んでいく感覚とは、まさにこういうのだろう。感覚がないように捉えられるし、だからと言って苦しくないわけではない。

 力を失っている今、これに抵抗する術を私は持たない。少しずつ、自分を失っていくような、そんな感覚が私を壊していく。しかし、それでも、私は抵抗の意思を捨てやしない。私の中で生きる、最後の強固な意志で、バブレリオを睨みつける。

 だが、そんな無意味な抵抗は意味を成さずに、私の意識は遠のいていく。


「ッ……ッ……!!」

「ッ……ッッ……!?」


 遠い意識の中、騒々しい音が聞こえた気がした。目もまったく見えないので、何が起こったのか見当がつかない。しかし、バブレリオが何か驚いているように思えたのは気のせいか。どちらにせよ、ざまぁみろ、である。

 そんな思考を最後に、私の意識は完全に暗闇に伏したのであった。




  ◆◆◆◇




「おぎゃーおんぎゃー!」


 どこからか、叫び声が聞こえた。鳴き声だった。それは、私の口からの、声だった。

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