3・そら
そら
「ちょと待って!」
呼んでも振り返りもしない、彼女の肩を反射的に掴んでいた。
彼女は静かに振り向く。
僕は知りたかった。
不思議な出来事。
今、何が起こっているのか。
そして、僕の中にある不思議な感情を。
鳥海は無表情に黙って立っている。
その目は真っ直ぐに僕の心まで射抜こうとするように。
肩にかけたままの手を慌てて引っ込める。
僕は言葉を、そして心を失ってしまう。
「あの…。」
「あ…。」
同時に声を上げる。
しかしお互いの声に遠慮して続けられなくなってしまう。
パチン。
鳥海の声を聞いた瞬間、僕の体の中で音がした。
コレハ、ナンダ?
ナンノ、オトダ?
ボクハ、カワッテユク。
イママデトハ、チガウ、ボクニ。
鳥海の指が僕の胸に触れる。
そして僕の胸を開いてゆく。
その中には配電盤のようなパネルに無数のスイッチ。
彼女の指がそのスイッチを一つ指で弾く。
パチン。
微笑んだ彼女がスイッチを入れた。
それは瞬間の夢。
瞬きをした瞬間、僕たちはさっきまでの様に向かい合っている。
今のは…夢?
でも、一つ分かった事。
僕はやっとの事で理解した。
不思議な出来事。
それは不思議でも何でもない。
不可解な感情。
それは当たり前の出来事だったのだ。
そう。
僕はいつの間にか彼女、鳥海空に恋をしてしまっていた。
そして、多分、鳥海も…。
意識は鼓動を早め、僕の頭の中を掻き乱す。
いったい、何をどう聞けって言うんだ?
僕は心を落ち着かせながら、彼女の顔を見つめる。
どこか、恥ずかしそうな、うっすらと赤くなった頬。
小さな花びらの様な唇。
海の深さと、空の果てしない色を含んだ瞳。
パチン。パチン。パチン。
僕の中でスイッチが加速度を増して切り替わってゆく。
僕は思い切って口にする。
その、清らかなる名前を。
「鳥海!」
「佐藤君!」
2人の声のシンクロ。
違う言葉のユニゾン。
世界が開いてゆく…。
世界は青に包まれている。
世界を構成する物質。
それは青色。
激しくも穏やかな、深い色。
悲しくも柔らかな、抜けるような色。
僕達の手は繋がれ、空に放り出されてしまう。
言いたい事は、青い色に変換され、世界を満たしてゆく。
歌が世界を包み込む。
CDで聞いた歌。
青い世界を。
それは2人の声。
声が聞こえる。
想いには翼が生える。
これは夢じゃない。
きおく。
とおい。
それは、うまれ。
螺旋の想い。
君に届け。
眠らない夜。
眠れない夜。
花のように。
月に照らされた影の如く。
太陽が焼き付ける影の様に。
いつも。
いつか。
「会えたらいいね。」
ポン、と誰かが背中を押した。
それは一瞬の夢。
瞬きとともに、一言も語っていない僕達は見つめあって立っていた。
「今の…?」
「私…佐藤君も?」
「うん…。」
「何で…?こんな事が…?」
「解らないけど…こんな事初めてで…。」
「「でも…。」」
言葉のシンクロニシティー。
その瞬間。
僕達はどちらともなく笑い出した。
何て言ったら良いんだろう?
嬉しくて。
楽しかったんだ。
お互いの声が嬉しくて、笑い声は大きくなってゆく。
幸せだから。
いつの間にか自然と僕達は手を繋いで笑いあった。
不思議が世界を満たし、そこら中に潜んでいる。
僕達はその一番大きな不思議を同時に捕まえた。
恋という、不思議を。
「これから、よろしく。」
僕の言葉に鳥海はゆっくりと頷く。
恋は不思議だ。
昨日とはまるで違う世界を見せ、人を変えてゆく。
僕達はきっとその不思議を探し、解き明かすために出会ったのだろう。
心は鳥になり、想いは海になり、全てを空に放とうとする。
僕達は手を繋ぐ。
何かを伝えようと。
僕達は言葉を交わす。
交差しようとして。
「私こそ、よろしくね。」
「鳥海 空」は僕にとって世界で一番不思議な女の子。
告白も、きっかけもなく、僕達は始まった。




