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Memory  作者: 浪速
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第4話 劇場での不意打ち

 「魔封師フィガティア

 それは体の一部に魔物を封じ込め、圧倒的な「退魔力」を得た者。


 ソラの左腕の皮膚から青い皮膚が泡立つように浮き上がり、一回り大きく変わった。

 素早く動く、瞬きをする一瞬の間に魔物は凍りついた。ソラの意思で魔物の砕け散った。肉片は灰となり、床に散る。

 しかし、安心する暇なく攻撃が飛んできた。五匹以外の一匹がソラの後ろにいた。振り返った瞬間、魔物の黒ずんだ大きな爪が見えた。出来る限り退魔力を魔物に向けた。

 乾いた音がし、パキンッと続いた。砕けかかった魔物が氷漬けにされていた。まるで一種の彫刻のようだった。それは、ソラの攻撃が少し遅かった事を意味する。


「危なっかしいな」


 壁に肩をついたままライアンが銃を持っていた。普通の銃ではなく特別な銃だ。壁に叩きつけられた時に皮膚が切れたのか頭から血が流れている。

 ソラは心配と反論をしたかったが、それどころではなかった。二匹目が体中にある大口を開けて迫っていた。一匹は喉から火の粉が吹き出ている。

 客席をソラは飛び越え、距離をとろうとしたが、宙に浮いている間にドレスの裾に炎の玉がかすめ、火がついた。火は退魔力で消火されたが、ドレスの裾はこげていた。


「あーあ、これ高いんだから!」


 火を放った三匹目の魔物は氷漬けにされ、大口を開けた魔物と衝突し、四匹目と一緒に砕けた。


 ソラの腕がまったく別の腕のように変わったのは、封じ込まれた魔物の腕だからだ。それはすなわち、魔物を倒す力「退魔力」が使える事を表す。

 「退魔力」を使える状態にする事を「解放」と呼び、解放中は自在に魔物の持つ能力、纏っている能力――「魔気」を制御しないといけない。

 魔物が放つ「魔気」を魔封師フィガティアが体内で制御し、「魔気」の一部である魔物の能力を自分の魔力とを合わせ「退魔力」として使う。


 観客たちの逃げる後尾を守っていたレオが鼻のひくつかせて匂いを嗅いだ。毛が逆立った。


『そこにいるの誰?』


 レオが小さな羽を広げ、飛んだ先には何もなかった。それでもレオは何かに当たった。ライアンも数発撃った。


「ハハハッ」


 無邪気な声がレオの近くから聞こえた。


空虎ソーウィはやっぱり鼻がいいんだね」


 空気がぼやけ、煙が漂う。元に戻った時には少年がいた。ライアンよりも五歳ほど下ではないかと思われる少年だ。その少年の周りを別の魔物たちが取り囲んでいた。小さいが数十匹はいる。


「レオ!」


 ソラは魔法でレオの首輪を外した。何かが通り抜けたように風が吹いた。

 レオは咆哮すると小さな羽は大きくなった。体は普通の虎の二、三倍になり、牙と爪が鋭く尖った。純白の毛と翼、夜空色の瞳、縞模様は天空のようなブルー、とても美しく気高い。レオの解放時の姿である。レオはその姿で牙をむき出しにする。


「これが動物の解放なの!?」


 少年は目を輝かせた。


 魔物にも一つ一つ違う能力がある。封じ込めた魔物の特色によって魔封師フィガティアの能力がそれぞれ違う。ソラの左腕には水の魔物を封じ込んでいる。そのため、魔物の力を解放すると、辺りに冷気が漂う。レオには何が封じ込まれているのかはわからなかった。ただ、解放すると本来の姿に近くなる。

 レオは少年の周りの魔物を前足で払いのけた。電球を割ったように破裂する。


『何の用なの?』


「何の用でもないんだよ」


 レオの言葉が通じていた。レオ自身もソラも驚いた。今まで心話者アレティニアに会った事がほとんどなかったからだ。それもレオと通じる心話者アレティニアはそうそういない。


 少年が何気なく右手を上げると、最初に入ってきた魔物よりも二倍は大きい魔物が何匹も入ってきた。ごつい腕に生えた分厚くて整っていないが鋭い爪、青紫の肌、バサバサで毛玉ばっかりの毛。

 客席がもぎ取られ、床のタイルが割れて飛び上がる。天井の照明が落ち、どこのものの破損部位かもわからない瓦礫の山。

 ソラは氷の礫で攻撃するが、先ほどのより級が高いのか頑丈なのかほとんど効かなかった。魔物の攻撃を氷の盾で受け止めながら、氷で造った槍を投げていた。


『ソラ! 後ろ!』


 レオの叫びにソラは後ろを振り向く。


 いつの間にかいた別の魔物に背後を取られていた。魔物が腕を振り上げ、鋭い爪でソラを引き裂こうとしていた。レオは自分と同じぐらいの大きさの魔物を押さえつけたままのため、ソラのもとにまで駆けつけられない。

 すでに大きい魔物を二匹倒したライアンの銃撃によって、魔物の膝はガクンと崩れた。ソラは一瞬のうちに、魔物に水を纏わりつかせ、凍らせた。前方の魔物も意図せずに凍らせていた。乾いた銃声が聞こえ、魔物は砕け散る。


「だから、危なっかしいんだって」


 銀色の銃を持ったライアンが舞台の上に立っていた。銃身は銀色、銃身にある装飾は藍色、銃把グリップは黒色の「武器」。

 最初に入ってきた魔物をライアンが灰にしていた。


「あ、ありがとう」


 ソラとライアンは仕事の相棒パートナーである。戦友と言ってもいいが、家族同然の存在だった。


 ライアン・ストーナーは武器使いアルマトロイ魔封師フィガティアの退魔力と同じような力を持つ特別な「武器」を所持している。ライアンは「銀鷲ゼィルヴェティーノ」という名の特別な「銃」を所持していた。



 すべての魔封師フィガティアは協会に属し、協会により魔封師の相棒パートナー武器使いアルマトロイと決められていた。魔封師は一人で仕事が出来ない理由は簡単で魔物を体に封じ込めているからだ。魔封師は魔物を体の一部――主に腕や足など――に封じ込めいるが、協力関係になく魔封師が一方的に使役しているだけで、時には反抗されて身体を乗っ取られる。魔物との力である退魔力を使えば使うほど、その可能性は高くなってしまう。

 最悪の場合には、魔封師はとてつもない力を持った魔物――魔人になってしまい殺さなければならなくなる。

 そのため、魔物だけを狙える武器使いが万が一の場合に備えて相棒になるのだ。



 少年は魔物を一瞥する事もなく、鼻で笑った。


「武器使いはもう飽きるほど見たからね」


 ライアンは怒ったように、男の子に向けて一発撃った。


「もう、危ないな」


 少年は避ける事もせず、手を前に出し、濁った緑色の透明な盾のような物を出し、弾を防いでいた。


 一瞬もしないうちに魔物が顔の端から端まである幅の広い口を開き、ヘドロを撒き散らす。ヒュン、ベチャ、グチャという音と共に腐った食べ物のような臭いがする。


『は、鼻がもげそう……』


 レオは前足で鼻を押さえ、体を出来るだけ丸めた。まるで大きな猫だ。ソラもレオほどではなかったが異臭を感じた。


「そこの虎ちゃんはもうギブですか?」


 ニコニコして言う少年にレオは吠えた。


『うるさい!!』


 レオが床に倒れ、攻撃できない代わりにソラは左腕の能力で攻撃した。冷たい冷気と氷の礫を飛ばす。


 カンッ カンッ キンッ


「い゛」


 少年の頬を氷の礫がかすめる。小さな切り傷が出来、血が頬に伝い、床に落ちた。拳を握りプルプル震えていた。


「ぼ、僕に……、よくも……僕に……、傷を……付けたな!」


 怒りに満ちた目で両手に黒い光を集めると、それを二人と一匹に物凄い勢いで投げつけた。日の光から逃げるコウモリのようだ。

 容易に避けられたが、黒い光がぶつかった瓦礫は綺麗に消滅してしまった。


「ぅんああああぁあぁぁぁぁ!!!」


 小さな少年は自分の倍以上はある瓦礫を持ち上げている。それを敵味方関係なく投げた。小さな魔物は逃げる隙もなく、押し潰され、緑色の血が舞う。ソラたちは少年の行動に驚いて魔法を使えず、ぎりぎりのところで瓦礫を避けた。


「避けるなぁぁあぁぁぁあぁ!!」


 男の子が両手を挙げると、瓦礫が黒い光を放ちながら持ち上がる。瓦礫にひびが入り、細かく分かれる。前触れもなく瓦礫は雨のように降り注ぎ、ソラたちの身体に切り傷を作っていく。何度も氷で盾を作ったが、すぐに亀裂が入ってしまう。降って降って降り続ける瓦礫たちをすべて氷の盾で防ぐにはソラの魔力が持たない。


 足場にしていたかもしれない客席から女の子の頭がソラの視界に入った。それもケイトコーンに蹴り飛ばされそうだった子だ。ケイトコーンの怖い思い出だけでいてほしくないと思ったソラはショーのチケットを女の子と両親の分をレオに渡すように頼んでいた。しかし、それが裏目に出てしまった。


 助けに動けば少年にバレるかもしれない。それでもどうにかこの場から出さなければ、巻き込まれる。


 体力を消耗しながらもソラは瓦礫の雨を氷の盾で防いでいたが、思い切って盾の後ろから走り出た。客席の破壊跡に身を隠すライアンの前に盾を造り、その盾の後ろにソラも入って隠れた。


「一人残ってる子がいる」ソラは小さく囁いた。「助けるから、あの子の気を引いてて」


 飛んでくる瓦礫の中に椅子のクッションが交ざっていた。足元に落ち、砂埃だらけのそれをソラは拾うと半分に破った。

 ライアンは何か言おうと口を開いたが、ソラが先に言った。


「無茶はしない」


 ソラが礫を少年に向かって飛ばすと、続けてライアンが銃の引き金を何度も引いた。

 ソラは客席の影に隠れながら女の子の方に向かっていた。舞台側から見て左側の後方だったため、ライアンがいる場所より少年から近くて狙われやすい位置だった。だけど、瓦礫と化した客席は隠れるのに最適だった。


「そこで何してるの?」


 ソラの目の前の客席が黒い光によって消えた。ソラは出来るだけ大きな氷塊を造り上げると、少年に向かって飛ばした。その隙に女の子の隣についたが、ソラのいる位置との間には客席が飛ばされて隠れられない空間がある。客席の影に出来るだけ少年から見えないように隠れたまま青いリボンを左腕に巻くと、深海のような肌が消えた。


「また会ったね」


 ソラは傷だらけだったが、女の子を安心させるために出来るだけ笑顔を作った。少年の目線をうかがいながら、いつ女の子の元へいけるのかとタイミングを見計らっていた。

 ライアンが「銀鷲」を発砲し、少年の気を引いた瞬間に、ソラは女の子の隣にぴたりとくっついた。


「お姉ちゃん……」


 涙と埃で女の子の顔は泥のようだった。必死に泣き叫ばないように我慢している。


「大丈夫。ちょっと予想外だけど、ショーを楽しんで」


 ソラは埃のかぶった女の子の頭に右手をかざした。


汝傷つけば我傷がつくアーシャ


 解放後のうえに魔術を使うのはかなり魔力が失われ、ソラは疲労感が指先まで流れ込むように感じた。


「大変な事があって、私があなたの元を離れても、舞台のほうに向かって走ってね」

 持っていたクッションを女の子の頭にかぶせ、抱き寄せた。


(レオ。聞こえるでしょ? 退路を護って)


(わかった)


 心話アレティアは基本的に心で話すものだったが、今日では口でも話されるようになっている。

 ソラも普段は会話によってレオと意思疎通をしている。だが、今は堂々と口で言葉を発する事は出来ない。


 ブーツからナイフを取り出し、腕の魔物を解放すると、大きな氷塊をもう一度飛ばせる用意をし、ソラは女の子を抱えて客席から飛び出した。同時にレオは肉弾戦で攻撃する。

 ソラは女の子を抱えたまま魔物の灰を飛び越え、客席の後ろに隠れ氷塊を飛ばす。少年は怒り狂ったように叫び、がむしゃらに攻撃し始めた。


 ソラは走って、避けて、また走った。灰の積もった場所を走り去ろうとすると、突如腕が後ろ手にグイッと引っ張られ、足だけが投げ出された。勢い余って腕にリボンが食い込み、すぐに千切れる音がした。それと重なって何かが流れるような音もする。

 ソラは女の子をかばうように背中から倒れた。倒れた場所は砂の上のようだったが、足には奇妙な感触があり、ソラはそれを確認した。すると床に広がっている灰がうごめいて手の形を形成し、自分の足を掴んでいたのだった。ナイフを投げつけ、さらに大きな氷塊を投げつけたが、灰はそれを包み込んだ。


 その様子を見ていた男の子は口角を吊り上げた。その表情にライアンは一瞬気づくのが遅かった。少年は瓦礫の中にあった木材を槍状に尖らせて、二人の方に向けた。



 ソラは何も気づかなかった。


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