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Memory  作者: 浪速
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第1話 何気ない日常

 あなたは生きた。

 仲間を愛するために。

 あなたは闇を滅ぼした。

 未来をつくるために。


 十二英雄。

 魔王を滅ぼした栄光をここに称える。


 世界は「ノア」と呼ばれる2012年の出来事により一変した。

 ホールが出来、そこから魔物が現れた。そして、人々は魔力を持つようになった。

 人々に害を及ぼす魔物を断つために魔断協会が作られた。

 そして「ノア」から約三千年が経った現在。

 雲一つない空。日光は降り注ぎ、とても明るい日。八月なのだが、暑くなくむしろ肌寒かった。


 街のレンガ道のメインストリートには活気があふれている。馬車が行き交い、市場がにぎやかである。

 キャラメル色のレンガ道の両脇には店がテントを張り、それぞれの店にさまざまな物が陳列している。瑞々しい野菜や美味しそうな果実や活きのいい魚、職人芸で織られた織物に煌びやかなアクセサリー、その他上質なものなど。


「リンゴ五個、ススミザクロ六個、リリーピリー三百七十グラムください」


 頭に羽の生えた虎を乗せた少女は笑顔で言う。

 隣には茶色い紙袋を抱えている少年が突っ立っている。少々名の知れた二人と一匹である。


 店主は瓶を手に取り、カップで緑色の斑点がまだ少し残っている紅紫色の実をすくってその中に入れた。紙袋の底に蓋をした瓶を入れ、リンゴとススミザクロを紙で包んで上に載せた。

 少女は金貨と引き換えに頼んだ品物が入った紙袋を受け取る。


「次は、っと」


 茶色い紙袋を片手で抱え、メモ用紙を見る。


「な……――」少女は隣の少年にメモ用紙を押し付ける。「――ま肉。よろしく」


 少女は自分の頭に乗っている小さな虎を少年の頭に乗せる。それと共に虎の表情は少しムッとなる。


『やだやだや~だ』


 背中に生えている小さな翼を羽ばたかせ、少女の頭の上に戻る。小さな前足で少女のブロンドの長い髪をつかんだ。


「ほら、ちゃんと行く」


 髪がチッチッと何本か抜けながら頭から降ろすと、虎は自力で宙に浮く。

 白い毛の下に三日月の銀の装飾品がついた首輪をつけていた。飼い犬のような証明書ではない。一人前だと示すものだ。


『やだ』


「二キロ」


『それなら行く』


 自ら少年の頭に乗る虎の気分はルンルンのようだ。尻尾を千切れそうなほど振り回している。


「生肉二キロ追加」


 よろしく、と少女は少年の背中を押す。少年のほうは渋々といった感じで精肉店に向かった。



 魔封師フィガティア

 この世界でもっとも――――

 魔封師フィガティアになれるのは、魔断協会付属の学校を優秀な成績で卒業した者だけ。

 どんなに優秀でも魔物を封じ込める儀式「魔封の儀式」をしている最中に力尽きる事がある。危険な儀式である。


 それでも危険は続く。

 魔物の力を解放する魔封解放中は自在に魔物の持つ能力、纏っている能力、「魔気」を制御しなければならない。

 魔物が出す「魔気」を魔封師フィガティアが体内で制御し、「魔気」の一部である魔物の能力を自分の魔力とを合わせ「退魔力」として使う。

 その「退魔力」こそが魔物を倒すために必要な能力ちからである。

 他の能力でも魔物を倒す事は可能だが、「退魔力」は絶大な力を誇る。



「おっさん」


 さまざまな種類の肉が並んだショーケース越しに店内に呼びかける。

 店の奥から豊かな髭を蓄えた大男が出刃包丁を持って出てきた。腹が大きく出ていたが、背の高さがそれを隠していた。ディスプレイ用のショーケースの上には木彫りのコルヌコピアイとテリン製の秤が置かれ、天井からは塩漬けの豚の足がぶら下がっている。


「坊主か……。嬢ちゃんはまた来ないのか」


 店主は明らか落ち込んだ表情になったが、いつも厳めしい表情のために落ち込んだというよりもむっつりと黙り込んだように見えた。


「こいつのもだからな」少年は小さな虎を見た。「たまには普通のも食べろって」


『ボク悪くないもん!』


 少年の頭に載る虎は体内に魔力を持つ魔獣で人間の言葉をしゃべる事は出来ないが、今まで人間の生活の中で生きてきてある程度わかるようになっていた。


「で、いつものか?」


 店主の言葉にメモを見ながら少年が答える。「ああ。それと生肉二キロ」


「フームースか」


 ショーケースからピンク色の飴の塊のような腿肉を引っ張り出し、切り分け、秤にかけた。


「十六ルカンな」


 少年は自分のコートのポケットを探るが十ルカン金貨一枚と一チッカ銀貨三枚、五チッカ銀貨五枚枚しかなかった。

 食費は少女が握っていたために、今は自分で立て替えねばならない。ズボンのポケットも探ったが、空の薬莢とボルトが出てきただけだった。


馬車馬ケイトコーンが逃げたぞ!」


 男の大きな警告がメインストリートに響いた。続いて蹄の音が雷鳴のように響く。人々は辺りを見回し、壁際に逃げていった。


「こりゃ、嬢ちゃんの出番か」




「馬車馬が逃げたぞ!」


 キャスケット帽をかぶっていた頭がその言葉に反応するように動いた。買い物に来ていた客は足を止め、店の者は顔を出し、街路を確認しようとしていた。

 精肉店に向かった少年と別行動をしていた少女は紙袋を抱え、その中からリンゴを一つ取り出してかぶりついていた。振り返ったところに何かが通り過ぎるのが見えた。茶色にオレンジがかった秋色の馬がレンガの道を叩き割るような音を響かせ駆けていった。人々は紙一重で避けていた。

 ケイトコーンと呼ばれ、馬車馬として広く扱われている。少々危険でもある動物だが、普段は大人しく、暴れる事は少ない。しかし、最近ではケイトコーンの扱いが雑になり、怒らせてしまう事が多々ある。

 少女は親指と人差し指を口にくわえ、息を吹き出した。ピィイィィィィ、と天まで届くような音が響き、少女は紙袋を抱えたまま走り出した。


 鬣は紅葉した森のようにさまざまな色に燃え盛り、風のようになびく。先に毒針がある尻尾を振りながら、道に出ている商品や看板を蹴散らし、嘶きを幾度も上げていた。まるでどけと言わんばかりに。

 少女は何かが可笑しいと感じた。地面は土ではないのに、足跡が残っている。止まる事は出来ないためよく見えないが、確かに足跡だ。考え事をつぶやいていた少女は目を見張った。メインストリートは人が多くて走りにくいため家々の屋根の上から追っていたが、地上では今まさにケイトコーンが子供のほうに一直線に向かっていた。

 子供は迷子なのか、逃げようとする人ごみにぶつかられたのか、泣きながらその場にしゃがみこんでいた。独特の蹄の音に恐怖が混じっているような感覚に少女は襲われた。

 誰も巻き込まれたくないのか助けようとはせず、何人かは助けたそうに見ていた。少女は屋根から飛び降り、馬に蹴飛ばされ転がった木箱の横に着地した。ケイトコーンと子供の距離はあと七アーリョ(約二十一メートル)。


 子供を助けるのと、ケイトコーンを止めるのがどちらが早いか考えていたが、少女の体はすでに動いておりケイトコーンより少し前に来ていた。あと二アーリョ。


 少女は身をかがめ、レンガの道を力の限り蹴ると子供のほうへ向かった。紙袋を抱えていないほうの腕で子供を掬い取るように抱きかかえると、地面をさらに蹴り、子供を護るように抱きしめた。


 一瞬、ケイトコーンの蹄が左腕ギリギリのところにあったのが見え、全身を打ちつけながらストリートを転がった。痛みが消えたところで目を開くと、少女の目に子供の薄い胡桃色の髪が見えた。安堵し抱きかかえたまま立ち上がると、子供を下ろした。


「うっぐ……えっぎゅ、あ……ありが、とう」


 涙を小さな手で拭きながら礼を言う子供に少女は満面の笑みで頭をなでた。


「これ預かってて」紙袋を渡し「これもね」と帽子を子供にかぶせた。ポンポンと頭をなでると、少女は駆け出した。ケイトコーンよりも美しい髪がはためく。


 耳のそばで風の音を聞きながら、ケイトコーンを追いかけていた。ケイトコーンの横に着くと、一緒に暴れる手綱を掴もうと手を伸ばした。 少女は馬銜の金具に取り付けられている手綱を必死に掴み取る。腕が肩から外れそうになる痛みを感じると地面を蹴った。それと同時に呪文をとなえた。


「足に風の力を。ウィンヴィーニ」


 靴裏が地面から爪の厚さほど浮き上がった。

 まるでアイススケートのように滑り、足を動かさずともケイトコーンについて行けた。


(止まって。人間はあなたの言い分を聞かなきゃわからないの)


 少女はグッと踏み込み、体を浮かせるように跳ぶと足を頭と反対まで上げ、手綱を手に持ったまま足を宙に下ろした。空中に地面のように足を置いた。再び踏み込んで体を浮かせ、手綱を放し、ケイトコーンから二アーリョほど、離れた所に着地した。


(止まって)


 ゆっくりと足を止めるが、馬車を引ける体だけにそう簡単には止まれない。目の前まで迫ってくるケイトコーンの速さは半分にも落ちていない。ケイトコーンを見つめる少女の瞳には恐怖が微塵もなかった。横を通る瞬間、手綱を持った。もうすでにのんびり散歩するぐらいの速さしかなかった。手綱が張らないうちにケイトコーンは止まった。


「そう、いい子」


 首に抱きつき、鬣をなでた。微妙な色合いを醸し出す鬣は見るのと同じく触り心地もよかった。


「名前は?」


 少女はケイトコーンに聞いた。


『……』


 真っ黒な瞳が少女を見つめる。


「名前。無いなら、メリナ」


『デュリュー』


 よほど嫌だったのか即答した。周囲の人にはそれはただの「鳴き声」だったが、少女の耳には「声」として入っていた。

 地上の馬が「メリナ」と言われて、腹が立たないほど大人しい性格でないのを少女は知っていた。


「デュリュー、どうして暴れるの?」


『撃たれた』


 少女は息を呑んだ。人間に対して過ちを犯せば、いつかは許してくれるが、動物や魔獣に対して過ちを犯せば、一生許されない。


「撃たれた!?」


 驚いたと同時に申し訳ない気持ちになった。最近、扱いが酷いのは知っていたが、撃たれるほどだとは知らなかった。


「どこを撃たれたの?」


 そう聞くと毒針のある尻尾で左の腿辺りを指し示した。


「これ……酷すぎる」


 赤っぽい血が褐色の毛や蹄につき、地面にまで跡をつけていた。傷口をよく見ると銀色のものが少し見えた。それは銃弾で四分の一トー(約五センチ)も減り込んでいなかった。


「デュリュー、あなたは野生だったのね……」


 筋肉が厚く、銃弾がほとんど減り込んでいないため、少女は気づいた。それに加え、手綱に許可印がなかった。デュリューは違法な密猟で捕らえられたのだ。


 野生のケイトコーンは高原を走り回る。一日の大半を走っているため、筋力はどの生き物よりも頭一つ抜けていた。レンガを叩き割るほどの脚力だ。しかし、それが仇となり、重い馬車を引くのに使われてしまう。当のケイトコーンは順応が早く、気にしてはいないらしいが。走るのは天敵から逃げるためで、傷つくのを大変嫌っている。


『ここにいたぁ!』


 上空から別の声がし、小さな虎が高速で急降下した。慣れたようにスピードを落とし、少女の頭に乗った。


空虎ソーウィ! 空虎ソーウィ!』


 デュリューが突然暴れだすのも無理はなかった。自然界では被食者と捕食者に分かれ、ケイトコーンのデュリューは本能に従った反応だった。


「大丈夫だから。この子は何でもとって食べるような子じゃない」


 少女はなだめるように言うが、手綱を持っていた腕を持っていかれそうになるほど強い力で暴れた。足元のレンガにひびが入った。

 少女は背中に虎を隠すと手綱を思いっきり引いた。


「大丈夫」


 落ち着いたもののデュリューは足踏みをしながら、世話しなく尻尾を振り回していた。


「私の目を見て」


 手綱を短く持つと、瞳を覗き込むように顔を近づけた。


「後ろ足に弾があるから、爪で引っ掻いてとって」


 背後にいる虎に言った。

 静かに小さな虎がケイトコーンの後ろに回った。

 ケイトコーンは何かの気配を感じるのか、何度も後ろを確認しようとした。けれども、少女は手綱をさらに短く持ち、首に手を回した。


「いい? 私をずっと見てて。大丈夫だから」


 そして、ケイトコーンの口を開け、自身の肩を銜えさせた。


「弾をとるから少し痛いかもしれないけど、それ以上の事があれば、毒牙で殺してくれてかまわないから」


 馬銜より手前にある歯の裏には毒牙があり、小動物を殺すのに十分な強さの毒を分泌する。人間に対しては、ひどい痛みを与える。しかし、その事はあまり知られていなく、暴れる事以外で被害が出る事が時々あった。

 少女の言葉を聞いていた虎は責任感に押しつぶされそうだった。爪を出すと、細工師のようにカリカリと銃弾を掻いていた。痛みがあるのかデュリューは足を何度も蹴った。


 少し側面に爪を当てると、ちょうど引っかかる場所があった。そこに爪の先を引っかけ、慎重に取り出した。だが、側面が円形のため爪が滑ってしまい肉に刺さってしまった。

 ケイトコーンの毒牙が少女の肩に刺さってしまった。じわりと毒が分泌され、肩にマッチの火を押し付けたような痛みが走った。と、同時にケイトコーンの腿から少し血が跳ね、道の上に銃弾がカランと落ちた。


「もう、大丈夫だから」


 口を離すと、コートの肩には親指ほどの大きさの穴が開いて血がにじんでいた。


『悪い事をした……』


 少女にはどうして謝るのかわからなかった。


「謝る事はないの。特に肩の事は。でも、暴れるのはいけないよ。あなたには理由があるかもしれないけど、関係ない人も巻き込むかもしれないからね。でも、少しくらいなら蹴ってもいい」


 左後ろ足に近づくと、呪文を唱えた。傷の上には青い半透明の液体がついていた。


「あなたの主人も悪い。でもね、あなたが暴れた所為で小さな子を踏みつけるところだった」


『ああ』


 少女は固い雰囲気にどう言っていいかわからなかった。説教垂れるのは苦手だった。


「……謝れって事じゃないんだけど、暴れる事でそんな事も起こるって知っててほしい。それにこれも。デュリュー、あなたは野生に戻りたい?」


『……戻れるのか?』


 少女は満面の笑みで答えた。


「あなたがそう思うなら」

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