【第03話】手加減無用!
〈手加減無用〉
「――これどうするよ」
雪村がため息を吐く。
追試通告書のことだ。
遅刻を素直に詫び、事情説明のために全文をみんなの目に曝している。もう隠す必要がなくなったのも理由の一つだ。
「渡辺講師は勤続三十年の古参講師です。期末考査を復習問題にしていた可能性があります」
渡辺は「ナベやん」の愛称でも知られる英語講師。
講義は丁寧、年間考査も意地悪をしないことで有名である。また温和な性格から、生徒たちからの信頼も厚い。
「……ってのに追試か」
信綱もため息を漏らすしかない。
「円香さんは相変わらず英語が苦手……あ、すみません。英語も苦手なんですね」
「今の言い直す必要あったかなぁ!?」
「まだ前期ですよ? 入学からの復習じゃないですか」
「他も似たような感じだったよな」
「ったく、だから勉強しとけって言っただろうが」
言われたい放題だ。
幼馴染みだけあって一切の容赦はない。
「うぐぅぅ……」
集中砲火で円香の生命はもう0だ。
「ぐぬぅ……あ、あたしだって普段の二倍は勉強したんだから!!」
「知っていますか? 0は二倍しても0です」
「あうぅ」
綾音に撃沈され、目尻にじんわりと涙が滲む。
「あぁ、その涙目の顔……わたしをゾクゾクさせますね」
「ぅぅな、泣いてないわよ!!」
円香の身長は163㎝。
綾音の身長は155㎝。
二人に約8㎝の差があるため、綾音はいつも円香を見上げてしまう。つまり上目遣いになるということとだ。
だが、子リスのような可愛さも「ゾクゾクさせますね」の言葉の前にはすべてを台無しにする。
「と、とにかく!! 攻略中のゲームとか、予約特典も出してないゲームを我慢して勉強したのにぃ!!」
「褒めることですか?」
「ったく、ンなことを堂々と自慢すんな」
「うぅぅ!?」
容赦ない追撃。
試験前にゲームを我慢して褒められるのは小学生までだ。それを堂々と言うあたり、女子高生としてどうなのだろう。
「まぁもう結果は出ちまったんだ。これからのこと考えようぜ」
「……ゆ、雪村!?」
期せず現れた援軍。
円香の胸が感動に打ち震える。
「あ、ありが――」
「で?」
「とぅ……で?」
笑顔と話題を向けられて円香は困惑する。
「聞きそびれてたけどさ」
「ぇぇ~と、それは……?」
笑顔に邪気を感じない分、話題の中身から危険な香りがした。
本人に悪意がないだけ事前察知が難しい。
「英語の点数って何点だったんだ?」
「――ッッッッ!?」
やられた。
油断したところを背中から撃たれた気分だ。
「そういや知らねぇな」
「期待はしませんが、気にはなります」
信綱と綾音まで話題に乗ってきた。
追い込まれた感が半端ない。
「えー、まぁう~ん」
話題を逸らそうにも言葉が出てこない。
円香の背を冷たい汗が流れる。
今回は「追試通告書」を見られたことが想定外だった。しかし意図に反し、全員の意識を「追試」に向ける結果を招いた。つまり「点数」から意識を逸らすことに成功していたのだ。
(ぬぅぅ……ゆ~き~む~ら~!!)
だが、その試みは瓦解した。
味方だと――一方的に――思っていた雪村の裏切りによって。
「それで何点だ?」
「ぅ!?」
「赤点は周知なんです。その遅延行為に意味はありません」
「もうズバっと言っちまえ。準備はOKだ」
「俺も覚悟はできてる」
後半の二人だけ明らかにおかしいことを言っている。
点数を聞くのに身構える必要があるのだろうか。
「えーと、ね」
「「「……」」」
無言の圧力。
これ以上の遅延は無理だ。
もう観念して口を開く。
「……に、24点。てへ♪」
満開の笑顔。
傾国の笑みとはこのことだ。時代と場所が違えば、円香は「傾国の美少女」として歴史に名を刻んだかもしれない。
だが、笑って誤魔化すには相手が悪い。
逆に「なに笑ってんだ」と素で返されるだろう。しかし、それでも笑うしかないときがある。今日がきっとその日だったのだ。
(追試でこの話題が終わってればぁ!!)
もう完全な八つ当たりだ。
元凶の台詞とは思えない。
「なんだ。意外に点数とれてたんだな」
「……だな。円香もちゃんと勉強してたみたいだな」
「また24点とは中途半端ですね。正直イジるには物足りません」
試験で24点は立派な赤点だ。
誰も笑わないだけマシだが、見るからに肩の荷が下りたという顔には納得がいかない。どんな準備と覚悟をしていたのだろう。
「ぅぅぅ、もういっそ爆笑してよぉ――ッ!!」
幼馴染みとの関係、ちょっと見直す時期なのかも。
※2014年3月21日(全文差し替え)
※2015年7月23日(本文加筆)
※2016年10月16日(本文修正)