【第02話】暗中模索!
〈暗中模索〉
「――はぁ」
講義室には円香ひとり。
渡辺の言葉も半分以上頭に入っていない。
糸の切れた人形みたく椅子に腰を落とす。
「ぅん!!」
気合注入。
もう一度だけ受け取った用紙に目をとおす。
「……ぁぅ~」
だが、やはり文面は変わらず。
最初の一文字たりとも変わっていない。
(ま、まずいわ)
胃が痛い。
昼食が近いからではない――多分。
(と、とにかくみんなに隠して……ぅぅぁぁぁ、でも、どうしようぅ~)
思わず頭を抱える。
紙の隠蔽を最優先だが、その先の事態から逃げる術が浮かんでこない。頭をグシグシと掻くが、金の髪が舞うだけで妙案は浮かばない。
「えーと……前期の期末考査について?」
「!?」
円香の肩が小さく震える。
講義室に自分以外の声が響き、懊悩していた円香は現実に引き戻される。
知らない声ではない。
明るく張りのある声の主は円香も知っている。
(ど、どうしてここに!?)
確かに約束はした。
三限目の履修科目が終わったら全員集合。
待ち合わせ場所もしっかりと覚えている。
円香もこの忌々しい用紙を隠匿したら合流しようと思っていた。
「……履修言語(英語)の単位基準に達しておらず」
先と違う不機嫌な低い声。
「明日の正午、追試する旨を通達する……ですか」
先と違う無機質なアルト声。
(ぁぁ、ぅ!?)
ゆっくりと振り向く。
三人の幼馴染みが勢揃いしていた。
彼らはいつの間にか背後に忍び寄り、円香の置いた用紙を覗き込んでいた。声もかけずに背後を捕る幼馴染みはどうかと思う。
(た、タイムアップぅぅ!?)
集合時間は過ぎている。
待ち合わせ場所まで徒歩3分、余裕綽々に考えていたころが懐かしい。隠蔽ばかりに気が向いて、隠蔽する紙を放置するとは本末転倒であった。
「ったく、集合場所にいねぇと思えば」
長身の男子生徒――上杉信綱が不機嫌そうに顔を顰める。
第一印象で誤解を受けやすいが、これで信義に厚く、面倒見の良い好青年だ。
円香の「白嶺学園に入学したい」という無茶な願いを徹頭徹尾、最後まで付き合ったのが何よりの証拠だ。
だが入学から三ヶ月、幼馴染み以外の理解者を得られていない。
「あんま心配させんな」
信綱はネクタイを緩めながら安堵の息を吐く。
男子の制服は白のカッターシャツと黒のストレートスラックス。学年で色分けされたスクールネクタイのみである。
女子に比べ随分シンプルだ。
是正の声も出たが、橘京介に「男の制服などつまらん」と一蹴されたらしい。
「信の心配性はいつものことだけどさ。今日はちょっと遅いからな」
男子生徒――鋼雪村が講義机に腰を下ろして笑う。
自由奔放な性格と破天荒な行動力に全員がよく振り回される。
だが、全員の方向をまとめるリーダーでもある。
「ったく、誰が心配性だ」
「だから信のこと。さっきの待ち合わせ場所でも睨み利かせてたじゃん。心配性じゃねえって言われても信じられねぇよ」
「好きに言ってろ」
「お、認めた」
「うるせ」
信綱が右手で頭をガシガシと掻いた。
これは信綱が照れ隠しをするときの癖である。苛立っているようにも見えるので、知らない人間が見れば誤解するのも当然だろう。
「――と言ってますが、初めに『様子見に行こう』と言い出したのは雪村さんです。わたしにすればどちらも心配性ですね」
黒髪の女子生徒――鷹崎綾音の澄んだ声が割り込んできた。
物事を俯瞰で見るような部分があり、自分を他人事のように扱うこともある。声の起伏が乏しいことから、感情を読み取ることも難しい。
「仲間を心配すんのは当然だろ?」
「……そうですね」
昔は他人に興味を抱かなかったが、円香たちとの付き合いで少しずつ変わってきている。
相変わらず言葉に少々の毒は混ざるが、実際は優しい女の子である。
「綾音ちゃんも心配してくれたの?」
「わたしの日課は円香さんをイジることですから」
たぶん。
登場人物紹介も兼ねてます。
次から物語が半歩進む予定です。
※2014年3月12日(全文差し替え)
※2014年11月24日(本文修正)
※2015年7月23日(本文加筆)
※2016年10月16日(本文修正)