【第01話】夏の始まり!
〈夏の始まり〉
「ぇぇぇええええ――っっ!?」
空に抜ける大絶叫。
声の主は若い――まだ少女と呼ぶに相応しい年齢。街中や住宅街に響けば、間違いなく警察に通報されるだろう。
「な、なな何でぇ!? ちょ、ちょっと待って下さいぃ!!」
「いや、何でと言われても。これが規則なんですよ」
事件性が一気に増す。
少女が相手をしているのは男性。
それも年を重ね、声に深みと年月を滲ませるだけの老齢だった。
少女が取り乱している反面、男性の落ち着き方は逆に不自然なものを感じる。しかも漏れ聞こえた会話の中身から、強要や脅迫などの犯罪の可能性もある。
二人以外の声は聞こえない。
哀れな少女が男の毒牙に――な、展開ではない。
講義室3206号。
定員数140名。
普通は中規模の広さだが、白嶺学園では小規模の講義室に分類される。
教壇と正対する五人掛けの講義机が横四列、縦七列に並び、すり鉢状に傾斜している。
全ての講義室には最新技術が導入され、公表前でも試験導入の名目で惜しみなく取り入れられていた。内装はレトロだが、中身は最新技術の塊である。
初老の男性と少女が向かい合う。
大方の予想に反し、少女が男性に詰め寄っている。別れ話を切り出された少女と、火遊びの過ぎた男の修羅場のようだ。
「残念ですが、これは決定事項です」
「ぅ、ぅぅ……」
眉尻を下げた男性――渡辺昭光は白髪を撫で付け、教え子の女子生徒をやんわりと押し止める。
「秋月円香さん。貴女が講義に真摯な姿勢で取り組んでいることは知っています。ですが、それとこれとは別問題なんです」
「そ、そんなぁぁ~」
渡辺が出したのは一枚の用紙。
別れ話の示談書などではない。
学園講師と生徒。
二人の関係はそれだけ。
だが、疑いたくなるのは少女――秋月円香の特異性にあった。
美しい。
この一言に集約する。
桜色の唇から漏れる息に鼻孔をくすぐる甘い香りが混じる。人工の香りとは違う、年若い少女特有の香り。蜂蜜を梳いたような黄金の髪は肩口からサラサラと零れ、心中を表すように濃緑色の大きな瞳にじんわりと涙が浮かんだ。
芸術家さえ息を呑む完成された造形美。
女性の成長を示すように、細身ながらも盛り上がった胸元を覗かせ、括れた腰が優美な曲線を描いている。美しい曲線は柔らかな下半身の膨らみに続き、それを制服のスカートが綺麗に隠している。
制服は純白を基色としている。
上着は裾丈が胸部下部までしかない短いセーラー服とカッターシャツ、下はウエストニッパーとプリーツスカートを一体化させたようなデザインで、胸部下部からウエストに懸けた前面を紐で絞ってから縛る。最後にリボンを結べば完成だ。
新入生は群青色のリボン。
このアニメに登場するようなデザインは、世界的服飾デザイナーの橘京介の完全監修だ。テレビ企画の『着てみたい制服ランニング全国一位』を連続受賞し、全国的にも有名である。
「……兎に角、詳細は書面に記載されています。確認して下さい」
渡辺も類に漏れず、円香に目を奪われた一人であった。
古惚けた腕時計で3秒に満たない中、円香に見惚れ、抱えた教材を落としそうになったのは、講師生活30年――いや人生で初の体験だった。思い返しても苦笑いしか浮かんでこない。
「ぅぅ……はぃ」
円香は用紙を手にがっくりと項垂れる。
新入生の受講者は87名。
学生証のICチップにより、生徒の入退室がリアルタイムで講師の端末に送信される。これで出席に間違いは起きない。これを便利と思う反面、年配講師ほど物足りなさを感じている。贅沢な悩みだが、これも時代の流れなのかもしれない。
他86名は立ち去っている。
残るは円香だけだ。
10日間もの期末考査を乗り切った生徒たちの足取りは軽かった。週明けから夏休みを待つだけなのだから当然だろう。
渡辺も野暮ではない。
本日の講義は答案の返却と解説のみ。
生徒に夏休みを楽しんで欲しいと願っている。
円香が残された理由、それは――。
初投稿nに緊張しながらも毎日少しずつ書いてます。
不定期になりがちですが、よろしくお願いします。
※2014年3月12日(全文差し替え)
※2014年11月23日(修正)
※2016年11月15日(本文修正)