【第00話】最期の一夜
「――展開した」
誰かが呟いた。
灯火管制に入って一時間が経過した。
膝を抱えこんで窓の外に鋭い視線を向ける。
夜目に慣れても外を出歩くわけにもいかない。だから暇を持て余せば窓の外を見るしかやれることはなかった。
「――これが終わりの始まり」
誰かが応えた。
窓から見た夜空が侵食されていく。
地色の漆黒が腐血の赤銅色に変色を始めた。夜空という絵画に、赤色の水を少量ずつ垂らして溶かしているように見える。
「――黒月が燃えている」
誰かが答える。
侵食の原因は黒の月。
赤銅色の中に浮かぶ虚空の穴。
皆既日食の紅炎みたく赤銅色の手が無数に立ち昇り、漆黒の夜空を徐々に蝕んでいく。それは確かに月が燃えているようだ。
「――動き出したな」
誰かが告げる。
地上では何かが蠢いている。
影のような黒い塊だ。
それは一つ二つではなく、見える地上の六割が黒い塊に占められている。そして、初めこそ無形だった影が人の形をとり始めていた。
「――時間だ」
誰かが締める。
思い思いの姿勢で待機していた全員が、その声に合わせて動き出す。机と椅子をガタガタと鳴らし、これからの長い夜に想いを馳せる。
一人はペットボトルの水を飲んで立ち上がる。
一人は紐できつく髪を結い直して立ち上がる。
他の者も似たように椅子から立ち上がった。
「――さあ、」
誰かが言った。
先触れのように全員の前に進み出る。
黄金の髪が流れ、進むべき道のように全員を導く。
ある日の一幕。
これが、
「行こうか」
全員が顔を合わせた最後の日。