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うんこ

床屋蕎麦

作者: 催吐剤

 この間床屋さんに行きました。なぜ今どきの若い者が美容院ではなく床屋さんに行ったのかというと美容院は発音するとビヨウインで病院を連想させまた本来医療活動を行っていたのは皆さまもご存知のとおり床屋さんのほうなのにかっこ床屋さんの前にある赤と青と白の回るやつは動静脈と包帯をあらわしているというのはあまりにも有名な話ですかっことじそれなのに病院だなんて信用ならない輩だなあと思うのであまり美容院は好きではなくまた美容院もぼくのことを嫌っていますので床屋さんに行ったのです。なので久しぶりかっこ八年ぶりでしたかっことじに床屋さんで髪の毛を切ってもらってそのあと顔剃りというかこの際だからスキンヘッドになろうと思ったので頭ごと剃ってもらっていたのですがそうしたら耳まで切られました。左耳でした。ザグンという厭な音と感触があったかと思うと急に耳元が涼しくなったようなコザッパリとしたような不思議な感覚とともにヌルヌルヌルと温かいものが首筋をつたって流れだしました。あまり痛くはありませんでした。ぼくは耳を切られてとてもびっくりしていたので痛がるどころではなかったのです。不思議なことに切り離された耳が落ちる様子はスローモーションに見え花びらが散るようにヒラヒラヒラと優雅に舞い落ちていくかのようでした。落ちた耳はヒタリと音をたてました。床には絨毯のようにぼくの八年分の髪の毛が敷かれており落下の際の衝撃をやわらげたのでそれほどの音はしませんでしたがそれでもああ耳が落ちたのだなと気づくのには充分な音がしました。床屋のおじさんはあっと言いました。それほど大きな声ではありませんでしたがそれはぼくの片耳が流れ出した血でふさがっていたために実際よりも小さく聞こえたのかもしれませんでした。片耳だけプールの中にいるようでした。ですので本当はおじさんはいっと言ったのかもしれませんがそれはもう確かめようがありませんしどうでもいいことでした。とにかくおじさんはうめき声をもらしたのでした。その声につられるようにしてぼくもうっと声をもらしました。何と呼ぶのかはわかりませんが顔剃りの際に使用されるクリームが耳に染みてかっこ正確には耳があった場所に染みてかっことじ痛かったのです。鏡を見ると案の定ぼくの耳元はクリームと血とが混ざりあったものでピンク色に染まっており何と呼ぶのかはわかりませんがビニール製の躰を覆って切った髪の毛が服につくのを防ぐやつを伝ってポタポタポタと床にまで流れていました。ぼくが呆然とそれを眺めているととて取り返しのつかないことをしてしまってももも申し訳ありませんどうしませうお客さんどうしませうどうしませうとおじさんはたくさんの悲しみのつまった声で言いましたのでぼくも悲しくなっておんおんおんと泣いてしまいました。するとおじさんはももも申し訳ありませんもも申し訳ありませんと髪の毛と血とクリームと耳で汚れた床に膝と両手をついて何度も何度も髪の毛と血とクリームと耳で汚れた床に頭を擦りつけ始めました。ぼくがいいのですいいのです顔をあげてくださいと言うとおじさんは顔をあげて鏡越しにぼくの顔を見ました。するとおじさんの額にぼくの耳が張りついているのが見えました。おじさんはあわててこここれは失礼しました申し訳ありませんもも申し訳ありませんと言うと耳をはがしてポンと口に放り込みました。ぼくはおじさんの予想外のびっくりしてえっと言いました。おじさんはグチュグチュグチュとうがいをする時のような音をさせながら頬を膨らませては血と髪の毛とクリームで汚れた耳を唾液で洗浄し始めたのでした。ぼくはおじさんはもうけっこうなお歳なのに耳を洗浄するのに足るほどの大量の唾液が出るのだろうかと心配になりました。そしてその心配は的中してしまいました。おじさんがおっおっおっと呻いたと思うと喉のあたりからぐにゅるるると厭な音がし頬が倍ほどに膨らみはち切れんばかりになりおじさんの顔が一瞬で真っ赤に染まりました。ぼくは風船と思いました。次の瞬間にはおじさんはうもろろろろろろとげろを床に吐き出していました。おじさんがお昼に食べたであろう未消化物でできたもんじゃのようなものがわりと原型をとどめたまま大量に散らばりました。それは一種の完成された料理のように見えました。クリームや血や短いのや長いのや中くらいの髪の毛や短いのや長いのや中くらいのお蕎麦の麺が複雑に絡まり合い長ネギの涼しげな緑が彩りを添えており大量の髪の毛も刻み海苔のようにも見えそしてそのげろの丘の頂上にはどういう偶然なのか耳が悠然と突き立っていました。一見するとそれはとても美味しそうに見えましたかっこ調理過程を別にすればですがかっことじし床屋さんの店内には食欲をそそるお蕎麦のおツユの匂いが充満し始めておりましたのでぼくがごくりと生唾を飲んでしまったとしてもそれは仕方のないことだと言えるでせう。おじさんはうっうっうっおれはもうっうっおおっおしまいだっおれはおしまいだおれはもうおしまいなんだと床に突っ伏したまま泣きだしてしまいました。なんだかげろを崇めるそういう宗教みたいだなと思いました。ぼくは言いました。いいのですいいのです謝らなくても良いのですぼくは別に気にしていませんしこれはこれでなかなかかっこいいと思いますから別にいいのですそれよりも左右を揃えてくれませんかお願いします。えっお客さんそれじゃああなたは。はいもう片方も切り揃えてください。そそんなこと。お願いです耳なんてなくても平気なのですそれよりも左右のバランスが崩れてしまうことは絶対に忌避せねばなりません。それならばお言葉を返すようですがこの切ってしまった申し訳ありません切ってしまったほうの耳をくっつければ良いのでは。いえそれはもうくっつかないでせう。え。既にあなたの胃液で腐蝕しているのでおそらくはいえ確実に今すぐに病院に駆け込んだとしてもくっつかないでせう。そそそうなのですか取り返しのつかないことをしてしまって申し訳ありません。ですのでもう片方の耳を切るのが今考えられる対策のうちではベストプランなのですそれにぼくは小さい頃から耳なし芳一にあこがれていたので結果オーライですさあ早く切ってください。おじさんはとても悩んでいるようでしたがしばらくするともろもろのもので汚れた両手でパンと頬を叩いて気合いを入れわかりました切りますと良い返事をしてくれました。しっかりとした職人の目でした。それからおじさんはぼくの右耳を切りました。今度はミスではなく狙って切ったのでなんの抵抗もなくスッと耳は切れ痛みもほとんどなかったのでさすが見事な腕前だと思いました。鏡に映してみるとぼくの耳のあった場所にはくの字型の赤々とした傷痕と黒々とした耳孔があるのみでとてもかっこよかったです。おじさんは照れ笑いを浮かべながら耳を拾ってぼくに渡しましたのでぼくは先ほどのげろの上に落としました。するとどうしたことでせう! なんとまたしても耳はげろの丘の頂上に立ったのです! ぼくはおじさんから剃刀を借りると羽を休める蝶のように並んで立つ左右の耳に突き刺しました。美しいオブジェの完成でした。ぼくとおじさんは顔を見合わせて笑い合いました。おじさんは記念ですしこの美しい芸術作品を壊すのはもったいないからと言い剃刀ごとオブジェをくれその上代金をただにしてくれましたかっこなんという粋なはからいでせう! かっことじのでぼくはそのお金でお蕎麦を食べに行くことにしました。お蕎麦屋さんにいた人たちはみんなぼくを見て大声をあげてびっくりしていましたがぼくは両耳が血で詰まっていてプールの中にいるようなものでしたのでよくは聞こえませんでした。なのでそれほど驚いてもいなかったのかなとも思いますがそれは別にどうでもいいことでした。おいしかったです。おしまい。

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