あくとう
「こはる、一緒に悪党を倒しにいくんだ」
千秋はにんまり笑うとこはるの手を握った。
だが行く手をこはるの足が阻んだ。
「どうした、こはる」
千秋が心配そうにこはるの顔を覗き込む。
「…千秋くんは沙織のこと知ってたの?」
こはるは実の名を久々に口にした。
千秋は言葉を無視してこはるの手を引っ張り、玄関へ向かった。
こはるの頭は絵の具が溶け合うようにぐちゃぐちゃで混乱していた。
千秋がベルを鳴らすと、沙織のママが出た。
「…沙織!」
ママはいつもより疲れた顔で沙織の名を呼び、こはるに飛び付こうとした。
だが千秋がこはるをひょいと抱き上げる。
「…沙織を返しなさい!あなたは何者なの!?沙織に何してるの!?」
ママは血相を変えて怒っていた。
こんなにこわいママを見たことがない。
恐怖さえ感じてこはるは千秋のシャツをぎゅっと掴んだ。
「質問多いよー。こはる恐がってんじゃん。この通り、こいつは沙織じゃなくなったから。こはるっていうんだ。ご挨拶にと思ってね。こはる、ご挨拶しなさい」
千秋がゆっくりと話した。
「ママ…」
こはるの口から言葉が漏れた。
「何言ってるの?この子は沙織よ!?沙織、来なさい」
「お前らに沙織を育てる価値はない。マスコミの面してテレビで訴えかけたってそんなの同情でしかねえだろ?いいか、お前らのやってることは自己中心的でしかない。都合よくマスコミを利用してんじゃねえよ。お前らみたいな嘘つき共大嫌いなんだよ!」
千秋はママを睨み付けながら、怒るようにそう言い切った。
ママの目から涙がこぼれるのをこはるはただ見つめているしかなかった。
初めて見るママの涙はなんだか苦しそうだった。
「もう二度と沙織の名を呼ぶな!」
千秋はこはるを抱き抱えたまま後ろに振り向いた。
「沙織っ…さお…」
たくさんの涙と苦しみを抱えながらママが立ち尽くす。
どっちが悪党なのかなあ?
こはるはもやもやしながらなぜか苦しかった。
ママの涙が、なぜか嬉しいような気もした。
ママを背に、こはるを乗せてバイクは走りだした。