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言葉が通じない異世界で、聖女になって追放されていたらしい? 王子の婚約者になっていたとか、初耳なんですが。

作者: てんつぶ
掲載日:2026/09/06

赤い絨毯の敷かれた、贅を尽くした大広間。

詰めかけた貴族たち観衆の下、豪華な衣装に身を包んだ男が、桃色の髪をした震える美少女を抱き寄せ私に宣言した。


『サラ・タカサキ! 寝てばかりの偽聖女!』


高崎沙羅――それが私の名前だ。

一年前この異世界に迷い込んだ私の名を呼ぶ男は、金髪碧眼の色男である。


私はどうして自分がここで、厳しい表情を向けられているのか全く分からない。

真っ白な長い裾のドレスを僅かに揺らし、私は眉を下げる。


『私利私欲のために我々を欺いたお前を、私はこの国から追放する!」


周囲にどよめきが起こった。


『王子殿下! サラ様が偽聖女などと……正気ではありません!』


群衆の中から一歩前に出たのは、瓶底めがねをした七三分けの男だ。


『ふん……そう思いたい気持ちは分かる。だがな』


私を糾弾していた男は、悲しげに首を横に振る。


『まさか偽聖女の侍女をしていたアンヌが本物の聖女だったとはな……。長年この偽聖女に虐げられていたのだろう? なんと不憫な』

『殿下……ほかの皆さんも。みてください私、聖魔法が使えるんです!』


美少女が自分の手のひらを合わせると、そこに暖かな光が放たれる。

周囲からは、さっきとは違うどよめきが沸き起こる。


『サラに、ずっと力を奪われて……刃向かうと家族も殺すと……ううっ』


震える美少女はウッと男の胸に飛び込む。

なんとも感動的なワンシーンだ。


美男美女、大変お似合いである。

だがこれが映画なのならば一つ、致命的な欠陥がある。


奥歯であくびを噛み殺しつつ、目の前の劇を眺めていた。


『聖女だと偽り、未来の王である俺の婚約者に収まるとはな! だが全ての悪行はここに明らかになった! 申し開きがあるなら、申してみよ!』


こちらに指を突きつける男は、勝ち誇ったような顔をしている。

私は、曖昧に笑みを浮かべるしかない。


なぜなら私は――彼らの言葉が全く、分からないのだから。

てか誰ですか、あなたは。


◆ ◆ ◆


ことの起こりは一年前だ。

零細の広告代理店で働いていた二十三歳の私は、いつも深夜まで業務に追われていた。


離婚した両親とも折り合いが悪く、縁もない地方で働いていたのもよくなかった。

クタクタになった中、流行していたウイルスで高熱を出し、そのまま死んだのだと思う。


いや、だが日本にいた身体のまま異世界で行き倒れになっていたのだから、死んではないのだろうか。

とにかく行き倒れになった私を拾ったのが、先ほど泣いていた美少女の親だったのだ。


この世界の言葉が理解できない私をどう思ったのか、あれやこれやと色々な人間と引き合わされた挙げ句、真っ白な装束を着た男達に渡された。

豪華な部屋をあてがわれ、先ほどのツンケンした男と面会させられ、曖昧に笑みを浮かべるだけで一年経過したのだ。


「人生、どうなるか分からないねえ」


断罪され、乗せられた馬車の中、私は窓の外を眺める。

どこまでも遠い草原は、日本では見ない光景だ。


窓に映る私は黒髪の、いかにも日本人という風貌である。


「断罪されたサラ様の言葉としては、なかなか趣がありますね」


瓶底めがねをした七三分けの男――ラヒトは、馬車の中だというのにティーカップを優雅に揺らす。

分厚いめがねが、湯気で曇った。


「ラヒトは、趣なんて難しい日本語を知ってるね」

「聖女言語は一通り勉強してますので。サラ様も、どうですかお茶」

「貰うわ」


手を広げると、そこにパッとカップが現れる。

温かいカップの内側では、琥珀色をした水面が揺れた。


「というか、私。なんで断罪されてたの?」


両脇を騎士達に抱えられ、引きずられるようにして大広間から連れ出された私に、駆け寄ってくれたのはこのラヒトだ。

子爵家だというラヒトは聖女と聖魔法について学んでいるそうで、何度も私の元にやってきて話し相手をしてくれていた。


二十五歳といえば働き盛りだろうに、週に三日は来ていたように思う。

言葉が一切通じない世界で、唯一の話し相手なのだから私としてはありがたかったが。


「あー、断罪された理由。聞きたいですか」

「そりゃね。なにか怒ってるぽいなとは思ったんだけど、そもそも言葉が分からないし。あの国じゃ日本語――聖女言語なんて、誰も知らなかったよ」


馬車に乗る前に、ラヒトから断罪されて国外追放になったとは聞かされた。

元々、別にこの国に愛着があったわけではないため、大きなダメージはないものの、それでもあまりいい気はしない。


「えっと。まず、サラ様はあの男……パルトラッツ国第一王子の婚約者だったんですよね」

「は?」


持っていたカップを落としそうになって、慌てて両手で支えた。

寝耳に水だ。


言葉の通じないこの世界で、まさかよく知らない男の婚約者になっていたなんて。

私の動揺する様子が楽しいのか、ラヒトは指をピッと立てて説明を続ける。


「それで、あのピンク頭のアンヌ伯爵令嬢とその一家が、サラ様はアンヌ伯爵令嬢の力を奪った偽聖女だと訴えてたんですよね」

「は?」

「この一年、サラ様の侍女として王宮に入り込んだアンヌ伯爵令嬢は、無事第一王子とねんごろな仲になりましたので満を持して――」


「待って、待って。情報量が多い。え、待って」


私が手を向けてラヒトの言葉を制止した。

私があの男の婚約者?


あの男が、この国の第一王子だった?

確かに偉そうだとは思っていたが、本当に偉い人だった?


なにより、聖女?

ただのいち社会人の私が?


「この一年、ラヒトは、そんなこと全く言ってなかったよね?」

「聞かれていませんでしたので」


しらっとした表情で、ラヒトは紅茶を飲んだ。

めがねと七三分けに似つかわしくない、大変優雅な仕草である。


ラヒトはさっと手を振ると、手に持っていたティーカップが消えた。

この世界の魔法は、実に便利なものだ。


「そして特に、サラ様に通訳をしろとも言われていません。この理由、分かりますか?」


確かに言われればそうだ。

だが実際、なにかやりたいことがあるわけでもなかったし、私は元々おしゃべりなタイプでもない。


元々ロングスリーパーで、暇さえあれば寝ているくらいだから時間はいくらでも潰せる。

正直、断罪中も少し眠りそうになっていた。


「聖女がいるだけで田畑は肥え、泉は湧き、川は穏やか。サラ様はこんこんと寝ている。このまま未来の王妃に据えて、飼い殺しにしても問題がないと判断されていたんですねえ」

「エグーい」


紅茶を一気飲みをして、喉の奥からこみ上げるモヤモヤを流し込もうとしたが、あまり効果はなかった。


「え~。私のあの三食食っちゃ寝生活は、そんな闇を抱えてたの?」

「そうですよ?」

「うわー。なんかやたら親切だなと思ってたんだよお」


豪華な部屋で寝てばかりの生活だった。

怒鳴りつける上司も、セクハラをしてくるクライアントもいないおかげで、ただ食べて寝てまた食べてウトウトして。


時々このラヒトがやってきて、なにか困りごとはないかと話し相手になってくれたのだ。

それならもっと早く教えてくれたらよかったのにと思うが、知ろうとしなかった私も悪い。


私はふああとあくびを一つすると、うーんと腕を伸ばしかけ、やめた。

馬車の天井は案外狭い。


「だけど一年もゴロゴロさせてくれたんだから、感謝しなくちゃね」


肩をクルクルと回しながら気分を切り替える私に、ラヒトは驚いた顔をした。


「冤罪で追放されたのに、そんなことを言えるあなたは強いですよ」

「そうかな?」


楽な生活をさせて貰ったと思うし、そこまで怒りはない。


「そんなあなただから――いえ」

「ん?」


小さく呟いたラヒトの言葉がよく聞こえず、身を乗り出した私の前で彼はパンと両手を合わせた。


「というわけでサラ様――いいえサラ。このまま僕の国、ドゥラム国にいらっしゃいませんか?」

「え?」

「というかそのつもりで馬車は走っています」

「え、ええ?」


そう言ってラヒトは、おもむろにめがねを外すとピッチリ七三に分けた頭を掻き回す。

バサッと顔を上げた男は、よく知るラヒトだというのにラヒトではない。


鼻と口元が整っているとは思っていた。

だがスッと通った目元までもが、ここまでハリウッド俳優のように端正だとは誰も思うまい。


キメの細かすぎる肌も相まって、長い睫に縁取られて動くラヒトはまるでCGだ。

ラヒトは私の手をスッと取ると、手の甲にキスをした。


「棚からぼた餅……聖女の母国には、そんな言葉があるんですよね?」

「え? あ?」


めがねを外したら美少女、もとい美青年だった――そんなベタな展開とまっすぐに向けられるまなざしに、私の口からは気の利いた言葉ひとつ出てこないのであった。


◆ ◆ ◆


半日ほど馬車を走らせた先には、黒づくめの男たちが待機していた。

王宮魔法使いなのだと紹介された彼らは、なにやら用意していた魔方陣を使って私とラヒトを転移させた。


転移魔法は発動できる魔法使いの数が少ない上、力を多く消費するため複数人必要なのだという。

というわけで私は、追い出されて半日ほどで別の国の王宮へと足を踏み入れていた。


断罪された……あのよく分からない王子様がいた王宮も凄かったが、こちらの王宮は天井の高さと煌びやかさが桁違いだ。

どこもかしこも真っ白に輝いていて、天井には荘厳な絵が描かれている。


眠気がどこかに吹き飛び、口を開けて見上げた。


「こちらへ」


ラヒトにエスコートされて案内されたのは、広い一室だ。


「サラの部屋を用意させて貰いました」


驚いた。

立派な部屋なのは同じだが、ピンクと金色でコーディネートされていたパルトラッツ国の部屋よりも、落ち着いていて自分好みだ。


うっすらとした緑色を基調とした室内は、至る所に大きなクッションが置かれている。


「可愛い」


「以前話してくれたでしょう。サラはあまり派手じゃないほうがいいと」

「した?」

「しましたよ」


ラヒトは首を傾げる私の手を、スルリとすくい取る。


「覚えてますよ。貴方と話した内容は。全部」


私の顔に、じわじわと熱が集まっていくのが分かる。

今までと同じ笑顔なのだろうが、めがねと髪型のせいかまだ慣れない。


顔面が強い人は得なのかもしれないと思うし、今までめがねをかけてくれていて良かったとも思う。


「そ、そういう言い方をしたらよくないよラヒト」

「どうしてですか?」

「ラヒトは顔が良すぎるから。世が世なら、国宝だよ」


日本に生まれていたら、ラヒトはきっと芸能界にいたに違いない。

だがここまで端正な顔をしているのだから、きっとこのドゥラム国でも、女の子がキャアキャア言うだろう。


「国宝とは、面白い表現ですね。でもサラが気に入ってるなら、光栄です」


ラヒトは手の甲に唇を寄せ、小さく微笑む。

私は思わず顎を引いた。


「わ、私だけじゃなく、みんな気に入るよ」

「それはどうでもいいですね。サラだけでいい」


髪型とめがねがなくなっただけで、今までのラヒトとなにも変わらないはずのに。

一挙一動に動揺しているのが、自分だけでなんだか悔しい。


そのときだった。

扉が叩かれたかと思うと、一人の女性が入ってきた。


厳密には一人ではなく、侍女と思しき人を二人引き連れている。

年齢は三十代だろうか。


濃紫のドレスに負けていない華やかな美しさをたたえたその人は、スカートの端を持つとゆっくりと腰を下ろした。


「いらっしゃいませ、聖女様」

「え、日本語」


驚いてラヒトを見ると、ドヤ顔をしている。


「我が国は聖女信仰が根強いですから、貴族であれば皆簡単な言葉はしゃべれますよ? 平民でもカタコトですが通じますよ」

「すご」

「今までパルトラッツ国には聖女が出現しなかったのですが、さもありなんですね」


私を追放した国は、聖女を擁するに値しない――ラヒトはそう言いたいのだろう。

一見穏やかそうなラヒトだが、どうやらあのバカ王子の国に対して怒っている。


その様子が、彼の態度の端々から感じられた。


「ラヒト。紹介を」


ニコニコと私の前に立っていた女性が、ラヒトに声をかける。

ラヒトは「すみません」と軽い謝罪を口にすると、私と女性の間に立った。


「サラ様、僕の母です」

「え、ラヒトの」


ニコッと笑みを浮かべるラヒト母は、スカートをつまむと深く腰を落とした。


「初めまして聖女サラ様。わたくしはミアーラ・ライ・ドゥラム」

「これはご丁寧に……ええっと私はサラ……って、え? 待って、ドゥラム?」


名乗られた名字にひっかかりを覚える。

ミアーラはニコッと可憐な笑みを浮かべ、自分の胸に手を当てた。


「はい。わたくしは、このドゥラム国の王妃でございます」

「えっ」


待って、ということは。

ラヒトを見ると、母であるミアーラと同じように自分の胸に手を当てた。


「実は僕、ドゥラム国の第二王子なんですよね」


目をまん丸に見開く私に、ラヒトはその整った顔を近づけて笑う。

これは絶対にわざと黙っていたやつだ。


ラヒトはそういうところが、ある。

一年間おしゃべりをしていた男の性質は、多少は理解している。


「いい趣味してるよラヒト」

「ありがとうございます」


褒めてないから。

まったくもう――。


「ふあ……」


疲れが溜まったのか大あくびをする私に、ラヒトは微笑む。


「もう眠いのでしょう。ゆっくり寝てください」

「でも」


さすがに王妃様の前で布団に入るのはいかがなものか。

マイペースに生きている私だが、そこはちょっと気を遣う。


だがチラと視線をやると、王妃であるミアーラはむしろ嬉しそうな顔をしていた。


「わたくしのことならお気になさらず。歴代の聖女様もよくお休みになっていたと聞きます。この目で拝見できて光栄ですわ」

「サラ様がよくお眠りだったのは、聖女としての聖魔法の反動なんですよ。常に聖魔法を放出しているようなものです」


初めて聞く話だ。

そんな話は、向こうにいたときは誰も教えてくれなかった。


というより誰とも会話ができなかったのだから、ラヒトが教えてくれてもよかったのに。

一瞬そんな風に考えたものの、やっぱり聞かなかった私にも責任がある。


「じゃあお言葉に甘えて」


なによりあれこれ考えるには、正直もう眠すぎた。

あらゆる思考を放棄して、私はもぞもぞとベッドに上がる。


「天幕は下ろしますか? このままで?」

「このままで……。このクッション、気持ちいいね……」


まぶたが重くなり、もううまく目が開けられない。

抱き寄せたクッションのなめらかな感触に、うっとりと顔を寄せる。


「サラが好みそうなものを、職人たちに用意させています。手触りや重さ、生地……また余裕があるときにどれが好きか教えてくださいね」

「うん……」


なんだか凄いことを言われたような気もするが、今は眠すぎてうまく考えられない。


「サラ。おやすみなさい。ここには貴方を害する者は一人もいません」

「ん……」


慈しむような視線を感じながら私は、とろとろと眠りの海へと沈んでいった。


◆ ◆ ◆


朝日が輝く室内で、私はウンとのびをした。

窓の外から流れ込む風が心地いい。


快適すぎるベッドで、三日ほどぐっすり寝てしまったらしい。

あちらの国ではいくら眠くても朝はキッチリ起こされていたため、ここまで遠慮なく寝れるのは久しぶりだ。


朝の身支度を手伝って貰いながら、グウウとおなかが鳴った時には恥ずかしさでどうにかなりそうだったが、メイドたちの誰も私を笑う人はいなかった。

それどころか心配した様子で「食事の手配を」「急いで」「ポクリアッツがお好きなんですよね?」と慌ただしく次の行動に移っていくのだから驚いた。


ポクリアッツは以前いた国で食べていたフルーツなのだが、確かに好んでいたが、それをラヒトはまた覚えていたのだろうか。

ノックがして開いた扉から、豪華な美女、王妃ミアーラが優雅に入ってきた。


「サラ様、おはようございます」

「あ、王妃様。おはようございます」


ドレスをつまみ、今日も優雅に腰を落とすミアーラだ。


「まあ、わたくしのことはどうぞミアーラとお呼びくださいな!」


さすがに王妃をフランクに呼ぶことはできない――断ろうと思ったが、その力強い瞳には断ることを許さないような、圧倒的な強者を感じた。


「ミアーラ、様?」

「嬉しい! 光栄ですわ!」

「不敬罪とか、大丈夫ですかねコレ」


私のような一般庶民が、王妃様を気軽に呼んでいいものなのか。


「なにをおっしゃってるんですか? 聖女であるサラ様はこの国で、いえ、どの国でも王族よりも上の立場ですのよ? むしろ敬称をつけて呼ばれているわたくしの方が、不敬罪かもしれませんわ」

「えっ」

「ご存じ、ない?」


美しい眉の間にしわが寄る。

無知だった自分が恥ずかしくなり、私は思わず床を見つめた。


「誰もそんなこと教えてくれなかったので……」


がっかりされてしまったかもしれない。

恥じ入る私の肩を、ミアーラはガシッと掴んだ。


「まああ、なんてこと。サラ様のお手を煩わせるなど、ラヒトはなにをしていたのでしょう。いえわたくしには分かりますわ、あの愚息の考えていることは」

「え」

「はあ……本当に、こんなところまで陛下そっくりで嫌になりますわね。第二王子でよかったですわ」


ごめんなさいねと、ミアーラは頭を下げる。

なにを謝られているのかよく分からないが、私は両手をブンブンと振る。


そこに丁度、ラヒトが現れた。


「サラ、おはようございま――母上」

「まあ噂の愚息じゃないの。おはよう」


どこか黒いオーラを背後に纏うミアーラに、さすがのラヒトも気圧されている。

というか本人に愚息って言っちゃうのか。強い。


「ぐそ……え、なんの話をしていたんですか?」

「それより、なにか報告があったのでしょう。先にそちらを伝えなさい」


ミアーラは、ラヒトが手に持っていた書類に視線をやる。

それから全員で、近くにあったソファに腰を下ろす。


同じタイミングで私の朝食が運ばれてきてしまって、どうしたものかと思ったが、遠慮せず食べてほしいと親子から言われてしまえば、食べるしかなかった。

スプーンで掬えば、とろみのある優しいジャガイモのスープが腹ぺこだった胃に染み入る。


「今朝、パルトラッツ国の間諜から連絡が入りました。随分面白いことになっているようですよ」


ラヒトが書類を見ながら、ニヤリと笑った。

顔がいい男の、悪い顔だ。


「あのクサレの聖魔法が、消えたそうです」

「クサレ?」


カリカリに焼かれたパンで肉パテをすくい取りながら、私は首を傾げた。


「あのクサレ聖女モドキのことです」

「……アンヌとか言ってた、ピンク髪の子?」


私が問うと、ラヒトは「そいつです」と頷く。

なかなか可愛い子だったのに、なんとも雑な扱いである。


「聖女を語るだけでもおこがましいというのに、まさかサラ様を蹴落とすなどと市中引きずり回しの刑にして八つ裂きにしても足りないほどの狼藉ですよね?」


顔整いの笑顔が、怖い。

私は噛んでいたパンを嚥下する。


「……ラヒトは、古い日本語を知ってるね」

「ナウくないですか?」


予想外の言葉に、思わず私は吹き出した。

ナウは、もはや日本では古語だ。


「レトロでいいと思う」

「れとろ……覚えておきます」


ラヒトのことだから、本当に文字通り覚えてしまうのだろう。

以前から知っていたが、やはり頭がいい人なのだ。


ラヒトの隣に座るミアーラは、頬に手を添えて頭を横に傾げた。


「報告書にあった、サラ様を落とし入れた男爵令嬢ね。聖魔法は貴重な反面、神への信仰が必須……もともとパルトラッツ国は信仰心が薄いところに、神の怒りにふれたのでしょう


「そうでしょうね。今はなんとか誤魔化しているそうですが、時間の問題かと」


ニヤリと笑うラヒトは、やっぱり少し黒い。

だがそれは彼だけではなく、ミアーラもかもしれない


「わずかでも聖魔法の素質があるものは、聖女の影響で力が増幅されるのですわ」

「へー」

「つまりサラが去った今、あの国はもはや滅びを待つのみ……ということです」


クックック……この親子の間ではそんな笑い声が聞こえてきそうだ。

私は噛んでいたパンを、ゴクリと飲み込む。


「小国風情が片腹痛いこと、うふふ」

「自国で経済を回しきれていないだけでなく、次世代の王族までこう愚かしいと、もはや愛おしくさえ見えますね」


この二人はあまり敵に回したらよくないタイプだ。

気づいていないふりをして、手元の皿を一心不乱に口に運んだ。


「とにかく、パルトラッツ国については僕だけではなく、議会・教会一同、制裁を考えておりますので。サラは安心してください」

「んぐっ?」

「うふふ。ちょべりぐよ、ラヒト。」


制裁?

なにか大きな話になっていないか。


私はただ、衣食住を保証されて食っちゃ寝していただけで、そこまで大きな恨みはないのだが。

だがミアーラは言葉を続ける。


「聖女を蔑ろにするような王族は歴史を学んでいないのだわ。その国だけではない……近隣諸国にまで影響があるのですからね」

「パルトラッツ国は、世界を敵に回しました」


背中に冷や汗が伝う。

自分が思っていたよりも、この異世界では聖女という存在は重要なもののようだ。


なぜ私のような普通の人間が選ばれたのか全く分からないものの、あまり適当な行動もできないなと背筋を伸ばす。


「とはいえ、サラ様は気負うことなく、日々を楽しんでいただけたらよろしいのですわ」

「は、はい……」


ミアーラはパッと優しい笑顔に切り替えてくれたものの、楽しめるだろうか。


「うふふ、わたくしも嬉しいわ。我が国に聖女様がいらしてくださるだけでも幸せなのに、娘になってくれるなんて」

「……娘? え?」


私のこと? と自分で自分を指させば、ミアーラは深く頭を下げる。


「サラ様。不肖な息子ではありますが、どうぞよろしくお願いいたしますね」

「はい……?」


なんのことなのか全く分からずにラヒトに視線を向けると、彼は珍しく困惑を隠さず額を手で押さえていた。


「母上。まだサラにその話はしていません」

「あらら、手紙ではあんなに熱く語っていたのに? いやね、貴方も陛下に似て搦め手で恋愛をするつもりなの? いやよそんなの。男ならまっすぐにぶつかりなさい」

「母上……いいですから! 僕には僕のペースがあります」


立ち上がったラヒトは、ミアーラの手を取るとソファから引き上げ、扉の方へと押しやってしまう。


「もうっ! 無理強いもよくないけれど、女性はこざかしいのは嫌いよ。当たって砕けろで砕けなさい」

「母上!」


ミアーラの消えた扉を背に、ラヒトはフウと息を吐く。

室内に、気まずい沈黙が落ちる。


それを打ち破ったのは、カツカツと歩き始めたラヒトだった。

座る私のところへ歩み寄る。


「元々聖女に強い興味があったため、身分を隠し、あの国に潜り込んでいました」


そうだったのか。

なぜ王子様が他国で身分を隠しているのか謎だったのだ。


私が『聖女』だから――そう考えると、胸の辺りがズキンと痛む。

どうして痛むのか、内心首を傾げながらドレス越しに胸元を押さえた。


「ですが日々を共にするたびに、聖女というよりはサラ。貴方に興味が湧いたんです」

「え」


胸を押さえていた手が、ポトリと落ちた。

その手をラヒトがすくい上げる。


澄んだ彼の瞳には、間抜けな私の顔が写っていた。


「好きです。サラ」


心臓がドクンと跳ねた。

人生で初めての告白が、まさかこんな異世界の王子様からだなんて誰が思うだろう。


細められるラヒトの瞳は柔らかい。

私の胸はさっきとは違う、甘酸っぱい悲鳴を上げている。


「おおらかで、分け隔てなく優しく、それでいてどこか抜けていてお茶目な貴方が、好きなんです」

「褒めてる?」

「褒めてますよ。そんなあなただから僕は、好きになったんです」


触れていた手に、さらにラヒトの手が重なる。

ラヒトの大きな手は、ほんの少し震えていた。


「母の言ったことは本当です。僕はあなたを妻にしたい」

「つ……、えっ」

「でも、もしもそれが叶わなくても、いいんです。無理強いするつもりはありません」


嘘や冗談を言っている様子ではない。

ラヒトはいつになく、酷く真剣だ。


私はすぐに返事ができなかった。

気持ちはもちろん、嬉しい。


私だってラヒトのことが好きだ。

だがそれは友情としてなのか、それとも異性としてなのか、分からない。


「あの――」

「返事は、今じゃなくていいんです」


私の戸惑いに、ラヒトの声が重なった。

それからニコッと笑みを作ったラヒトは、私の手の甲に唇を寄せる。


「サラがいつも通りのんびり昼寝できるよう、そして僕を好きになってもらえるよう、尽力します」

「う、ん……」


カアッと顔が熱くなる。

少しだけ変わってしまった私とラヒトの関係は、これからどうなってしまうのだろう。


◆ ◆ ◆


日々は穏やかに過ぎていった。

毎日思う存分寝かせて貰っているだけでなく、ラヒトやミアーラはよく散歩に連れ出してくれる。


身体を動かしているおかげか眠りも一段と深くなったのか、以前より起きていられる時間も増えてきた。

最近はミアーラにマナーや歴史、言語を教えて貰っている。


ラヒトにプロポーズされたからではないが、もう少しこの世界について詳しく知りたいと思ったのだ。

ミアーラは教え方もうまく、話も面白い。


今日も忙しい合間を縫って、私のために時間を取って教えてくれている。


「それで、あまり好ましくない相手との去り際は、こう言ってやるのです――『ハニラーシ・マドゥ・ラハマ』と」

「はにらーし・まどぅ・らまは」

「まあお上手」


ミアーラは私のつたない発音をバカにすることなく、褒めてくれる。


「万が一、サラ様に無礼を働く者にはそう言って差し上げて?」

「なんて意味ですか?」

「うふふ。知らなくてもいいんですのよ。ですが、サラ様には使う権利がございます」


ええー。

なにを言わされているのだろう。


使う機会がないことを祈りながら、私は淹れて貰っていた紅茶に口をつける。

カップを優雅に持ち上げたミアーラは、ふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、サラ様を追放した愚かな国の話ですけれど」

「はい」


ミアーラもラヒトも、もはや、あの国をパルトラッツ国と言わなくなってしまった。


「最近、虫の大発生で収穫前の麦が酷いことになっているそうですわ」

「虫……」


たかが虫だが、これもなかなか侮れない。

世界史かなにかでも、虫が大量発生して畑を丸裸にする災害を見た記憶がある。


一つの畑だけではなく、餌を求めて次から次へ移っていくのだ。

収穫するべきものは全て虫に食べ尽くされ、人の食べるものがなくなり飢饉へ繋がる。


ぶるっと身体が震えた。


「その上、百年穏やかだった河川が洪水が起こったとか、山崩れに見舞われたとか、そんな話ばかり飛び込んでいますわ」

「ええっ? どうしてですかね」

「うふふ。本当に。どうしてでしょう?」


ミアーラの微笑みは今日も美しい。

私は首を傾げながら、冷め切った紅茶に口をつけたのだった。


◆ ◆ ◆


私がこの国にやってきて、一ヶ月ほど経ったある日。

ラヒトが行う街の視察へ同行できることになった。


最近は昼間はほとんど眠らずに済むようになっていたし、ミアーラにこの国の生活を聞いていて興味が湧いたのだ。

街を軽く歩き、商業施設や救済院などを見て回るのだという。


定例行事のため、お忍びというのは難しいと謝罪されたが十分だ。

ラヒトと馬車で通り抜ける街並みは、笑顔と活気に溢れていた。


視察だというギルドに到着するやいなや、馬車の周囲にワッと人々が集まる。


「わ……」


王子であるラヒトに皆喜んでいるのかと思ったら、違った。

周囲を見渡すと、エスコートされて馬車を降りる私に向かって手を振っている。


「聖女サマ、来てくれてアリガト」

「嬉シイ。アリガト」

「日本語……!」


ラヒトに比べたらカタコトではあるが、当たり前のように日本語が飛び交う。

まだ私の手を取ったままのラヒトは、目を細め私を見つめた。


「言ったでしょう。聖女言語は信仰が深い我が国では話せる者も多いのだと」


ラヒトの言葉は、どこか自慢げだ。

それが微笑ましくもありながら、温かい人々の気持ちに胸がグッと詰まる。


こんな風に歓迎してくれる人たちに私は、なにを返せるだろう。

思わずラヒトの手を強く握ると、やんわりと握り返される。


「サラが幸せそうに暮らしているだけで、国が守られていると皆、思えるのですよ」


正直、まだよく分かってない。

自分からマイナスイオンでも出ているのだと思うようにしている。


だがそれで、私に笑顔を向けているこの人たちが安心して暮らせるならそれでいいと思えた。

私は周囲に向き直り、手を振った。


「ありがとう、えーっと、だらっつあ!」


周囲の人たちから、わっと歓声が上がる。

ダラッツアは、この世界の言葉で幸せにという意味だ。


最近折りを見て、王妃ミアーラに教えてもらっている。


「サラ、民に声をかけてくださってありがとうございます。彼らはとても喜んでいますよ」

「なにもしてないのに、恐縮だよ」

「いるだけでいいのですよ。それだけで皆幸せになれるんです。……僕もですが」

「え」


握っていたラヒトの手のひらが、熱い。

細いけれどゴツゴツとした、男の人の手だ。


「言ったでしょう。そういう意味で、サラを好きなのだと。忘れていました?」

「忘れるわけ、ないじゃない」


この一ヶ月、いやというほど知ってしまった。

私を連れてくるために、どれだけ奔走したのかミアーラに聞いた。


快適な部屋を用意したいと、ラヒトが方々に頭を下げた話をメイドから聞いた。

向けられる瞳の奥にある熱は、めがねを取り払った今はもはや隠しきれていないのだ。


「サラ。愛しています。貴方の中で、僕は今どこにいますか」


「そんなの――」


私が言うまでもない。

想いが胸に詰まって、うまく言葉が出てこない――その時だった。


『おい、クソ聖女!』


男の怒声が周囲に響きわたる。

声のした方を振り返ると、まさかの人物が立っていた。


婚約者だったというパルトラッツ国の王子と、その新しいお相手のピンク頭ことアンヌだ。

人を乱暴に押しのけ、二人は私たちの前に出てきた。


『探したぞ、まさか大国ドゥラムで再び国民を欺していたとはな! なんという面の皮の厚さだ!』


早口すぎてなにを言っているのか分からない。

そもそもまだ、簡単な単語しか教わっていないので無理なのだが。


仕方がないのでラヒトの袖をクイと引っ張り、小さく問いかける。


「あの、なんて言っているの?」

「チョリーッスあげぽよ~、と申しております」

「絶対嘘でしょ?」


ラヒトは真面目な顔で、嘘を言う。

いや、嘘だよね?


本当にそうだったらどうしようかと、一瞬悩んだ。


『ふざけるな! お前が消えたせいでこっちがどれだけ迷惑を被ったと思っている!』

「自分たちの愚かさにようやく気づいた――と申しております」

『アンヌの聖魔法が使えなくなった! お前がまた盗んだのだろう!』

「聖女失って初めて、周囲に及ぼしていた影響に気づいた――と申しております」


ラヒトの通訳を信じるのなら、随分殊勝なことを言っている。

だが眉がつり上がり、口元が歪み、恨みがましい表情をしているこの二人が本当に、そんなことを言ってるのだろうか?


王子は腕を腰に当て、肩を竦めて私を見る。


『よく考えればお前は寝てばかりだ。側妃として召し上げてやろう。どうだ?』

「コイツ殺していいですかサラ様」

「待って何の話??」


真面目に通訳をしてくれていたはずのラヒトが、突然殺意を纏った。

慌てて問いかけると、ラヒトは目を細めフンと鼻を鳴らした。


「この男は自分たちの愚行から目をそらし、原因を全てサラ様に押しつけています」

「え、ええ~?」


それは、さすがに。

ないかな。


やっぱり、ラヒトはある程度ニュアンスで翻訳していたようだ。

とはいえ相手は一食一飯でいうなら、かなりお世話になった相手でもある。


知らぬ間に婚約者になって、知らぬ間に婚約破棄されて国を追い出されたが、私個人としてはそこまで深い怒りは抱いていない。

どう怒りを静めて貰い、どう帰って貰おうかと考えていると。


私たちの周囲を取り囲んでいた街の人たちから、鋭い声が上がった。


『帰れ! 聖女様を虐げた国だろ!』

『謝罪すらできないやつらが、今更どの面下げて現れた!』

『な、なんだおまえらは! 平民ごときが、他国の王子たる俺に対して無礼だぞ!』


誰の言葉を皮切りに、王子に対する声が上がっているようだ。


「みんな、怒ってる?」

「聖女信仰が強いですからね」


ラヒトは私の肩をグッと抱き寄せた。

周囲の怒りに触れないようにという配慮だろうか。


だが距離があまりに近い。

触れられている肩が落ち着かず、そわそわしてしまう。


「ああでも、駄目王子が現れたのは、丁度よかったかもしれませんね。あれを」


ラヒトが近くにいた男に声を掛けると、男はすぐ側にあった馬車に戻りなにか巻物を手にして戻ってきた。

群衆に取り囲まれて非難されている二人にラヒトが近づくと、人々はスッと静かになる。


『僕はこの国の第二王子ラヒト・ドゥラムと申します。こちらをどうぞお読みください』

『なんだ、これは」


眉をひそめた王子は、渡された巻物の紐を解く。

読み進めていくうちに、王子だけではなく隣から覗き込むアンヌの瞳も、みるみる大きく見開かれる。


「なにが書いてあるのか、聞いてもいい?


私がそっと問うと、ラヒトはニヤッと悪い笑顔をした。


「我が国は、パルトラッツ国に対して関税を引き上げます。それと穀物と塩、絹の輸出を差し止めを行う、という旨が記されているものですよ」


さらっと説明するが、それはかなり重大な話では?

つまり外交的に、パルトラッツ国に対して圧力をかけることだ。


文書を読み切った王子は、ワナワナと震えている。


『まて……思いつきでこんなもの……後悔するぞ』

『押された玉璽が見えませんか? 以前から用意していたものですよ。聖女をぞんざいに扱う愚かな国に対して、ね』

『はあ!? あんな、寝てばかりの駄目女なんて!』


王子は私を指さす。

これ、絶対悪口言われているやつ。


まだ彼らの言葉は理解しきれないが、絶対に悪口だ。

ラヒトはため息を一つつくと、腰に手を当てた。


『ですが、サラ様を傷つけた第一王子を廃嫡し、聖女モドキを修道院に幽閉してくださるのなら、関税は今まで通りで結構ですと伝えてあります』

『は……っ、な」

『なにそれぇ……嘘よお』


ラヒトの言葉に、二人の表情が強ばる。

対してラヒトは実に、楽しそうな顔をしていた。


『内々ですが、パルトラッツ国王は既に了承しております。あとは正式な文書を待つだけの状態なので』

『そん……な……』

『やだぁ……なんで、なんでえ』


首を横に振るアンヌは今にも泣きそうで痛々しい。

あとでなにを言ったのか教えて貰おう。


いや、聞かないほうがいいのかもしれない。

ラヒトは私を振り返ると、まだ戸惑いの渦中にいる二人を手で指し示した。


「本当に、お二人はお似合いですよ。ねえ、サラ様」

「う、うん?」


黒い笑顔を浮かべるラヒトに、冷や汗が出る。

同意してもいいやつだろうかこれは。


この場をどうにか幕引きしたくなった私の脳裏に、ミアーラから教えて貰った別れの言葉が思い浮かぶ。


――あまり好ましくない相手との去り際は、こう言ってやるのです。


「ええーっと、はにらーし・まどぅ・らまは!」


一緒に手を振って、はよ帰れと促したつもりだ。

だがなぜか先ほどまで強気だった様子の二人は、私の言葉を受けて顔が青ざめた。


隣でラヒトは肩を揺らしている。


「え、あれ? 間違えた?」

「いいですね。愚か者たちには最高の手向けです」


うなだれる王子とアンヌはへたりこんでしまった。

なんだったの。


滅びの呪文なの。


「待って、結局どういう意味なの? ミアーラ様から教わってないんだけど……」

「サラの耳を汚すわけには」

「ちょっと、ねえ。本当になに……!」


隠されるのは逆に、不安なんだけども。

だがどうやらラヒトは言うつもりはないらしい。


ニコッと笑みを浮かべると、私の手を握りしめ耳元に顔を寄せる。


「それよりサラ。さっきの返事をいただけますか」

「い、今?」


思わず身体を反らせると、今度は腰を抱き寄せられた。


「邪魔が入りましたが……悪くない感触だったと思います」


絶対に言わせるつもりだ。

分かっているくせにと思うものの、これがラヒトだ。


私はフッと肩の力を抜いた。


「そうだね。悪くない感触だよ」


知っていただろうに、ラヒトの頬は僅かに赤らんだ。

可愛い。


私は思わずラヒトの頬にキスをした。

目を見張る男の表情が、楽しい。


「私も。好きだよラヒト」

「……っ、サラは、ずるいですよ」

「そ。ラヒトと一緒だね」


そう言うとラヒトはウッと息を詰まらせるが、それからハアとため息をついた。


「そうでした」

「ね」


腰をグイと引き寄せられ、頭を肩口に押しつけられる。


「似たもの夫婦になってくれますか?」

「喜んで」


降ってきた唇は、ほんの少しだけ震えていた。

周囲の大歓声を聞きながら、私たちは未来を誓ったのだった。


おわり

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