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6/23

5月26日 03:39(水)

 ほぼ同時刻に、井坂サンは"見つかった"という書き込みがある。私のケータイの電源は入らない。私とサチはほぼパニック状態に陥っていた。


「どうしよう、どうする!?」

「そんな…」

「怖い!もう行こうよ!」


 サチが立ち上がって、私の腕を引いた。

 私ももう逃げ出したかった。心の奥で、何かあって欲しいと願っていた。そういうのはきっと、きっと、何も起こらないだろう、という予想。しかし、起こってしまった何か。井坂サンの書き込みを見ただけでは、これほどのパニックにならなかったのかもしれない。狂言かもしれない。そう思えば、まだ正気でいられたかもしれない。しかし、いきなり落ちてしまった私のケータイの電源。故障かもしれない。けれど、たったそれだけのことが今はとてつもない恐怖感を沸き起こす。


「ちょっ…でも、井坂サンは」

「井坂なんてどうでもいいじゃん!やばいから、マジやばいから、立って!」

「サチ、落ちつこうよ」

「落ち着いてらんないから!おかしいし!きもい!」

「あんまり騒ぐと隣の人が…落ち着いて!」


 その恐怖感とサチとは裏腹に、私は落ち着いていた。サチの両腕を捕まえて、少しだけ声を荒げた。

 落ち着いて、と言い聞かせていたのはサチではなく、自分に、かもしれない。サチは、私が大声を出すと、驚いたようにその場に固まった。落ち着け、落ち着いて…。強くサチの目を見つめると、サチは暫くしてすとんとその場に崩れた。


「…どうするの…ってか、何もできないしょ…」

「取り合えず、2ちゃん見てよう。逃げるとか、絶対…後味悪いし、何かあったら…」

「どうすんだよ…やばいってば…」


 私は、電源の入らない私自身のケータイはさておき、サチのケータイを再びリロードした。




 --------------------------------------------

 285 2010/05/26(水) 03:39:51 ID:tapajv9t0

 名前:

 見つかった?もうじゃあやめろ。大丈夫か?


 --------------------------------------------

 288 2010/05/26(水) 03:40:42 ID:ysfoLwiH0

 名前:ナナ◆uDJlrKOaro

 部屋に女がいる

 こっちみてる

 見つかってる


 --------------------------------------------

 296 2010/05/26(水) 03:43:16 ID:Eatapfar0

 名前: 

 だからやめろっていってんだろ

 釣りならやめろよ つまんねーから


 --------------------------------------------

 298 2010/05/26(水) 03:44:122 ID:ysfoLwiH0

 名前:ナナ◆uDJlrKOaro

 >>296

 釣りじゃないです!

 怖い、どうしていいかわからない

 どうしたらいい

 動けない

 出れない


 --------------------------------------------

 301 2010/05/26(水) 03:45:22 ID:tapajv9t0

 名前:

 子供いなくなった?

 部屋の外に友達いるんだろ?

 とりあえず、そいつらに連絡して。

 とにかくナナは落ち着け。

 ひっひっふー


 --------------------------------------------

 296 2010/05/26(水) 03:46:11 ID:k+AoiTktO

 名前:

 落ち着け。

 怖くても人形に塩水をかけない限り、

 終わらないんだぞ。

 勇気を出して終わらせにいけ。


 --------------------------------------------




 逸る心臓。ドクドク、ドクドク、と脈打ってうるさい。心なしか、息も上がってきた。


「連絡来るかも」

「やだ!私のケータイじゃん!」

 

 サチが私の手からケータイを取り上げる。私が声を上げるよりも先に、サチが自らケータイの電源を切って、立ち上がる。


「サチ!」

「もう無理!意味わかんない!帰ろうよ!ううん、愛が帰らなくても私帰るし!」

「待ってよ!2ちゃん見てなきゃ分かんないじゃん!」

「なんで!?もうどうでもいいじゃん!怖いから、もう嫌!帰る!」

「井坂さんは!井坂さんはどうするの!」


 私が叫ぶも、サチは持ってきた白いバックにまだ封を開けてないお菓子やら飲み物をさっさと入れてしまう。


「井坂とかどーでもいいから!あいつがミスったのが悪いんでしょ!」


 そう言って、サチは早々にその場から立ち去ろうとした。

 その時だった。




 トン、トントン…

 トン…トン、トン…




 微かに、背後から―…背後のドアから音がした。

 それは、まるで内側からそのドアをノックするような…。


「ひっ…」


 サチが声を上げた瞬間、腰を抜かしていた。大きくしりもちをついた瞬間、サチのバックから、ケータイが落ちた。

 そして、その落ちたケータイの画面がふいにぱっと付いたのだ。そして、バイブ音、メール着信…差出人は、井坂ななみ。



「なに、これ…」

「い、意味わかんない…さ、さっき電源落としたはずなのに、なんで、」



 着信を表すライトがピカピカと赤く光っている。

 サチはケータイを拾えずに、しりもちをついたままだ。




 トントン…トン…

 トン、トントントン…




 ドアを叩く音、メール着信。

 怖い、怖い怖い怖い…怖い。私はそっと、サチのケータイに手を伸ばした。サチはもう、何も言わない。うっすらと涙を浮かべている。私は、新着メールを開いた。差出人は確かに、井坂サンから。さっきの掲示板を見たとおり、私たちへのヘルプかもしれない。そっと、受信箱を開けた。携帯を握った手のひらが汗ばみ、親指が震えた。



  ┏━━━━━━━━━━━━┓ 

  ┃            

  ┃ 差出人:井坂ななみ  

  ┃ 件名:Re:      

  ┃ 05/26 03:48 

  ┃━━━━━━━━━━━━

  ┃ あけて        

  ┃ みつかった      

  ┃ すぐ         

  ┃            

  ┃            

  ┃            

  ┃            

  ┃            

  ┃            

  ┃            

  ┃            

  ┗━━━━━━━━━━━━┛ 





「開けてって…、開けてっていってる…」

「開ける!?ドアを、何で!?」


 おかしい。ドアは開けておくって井坂サン自身が言っていたはず。なのに、開けて?もしかして、開かなくなっている?ドアが、開かない?


「ドアが、開かない?もしかして、ノックしてんのって、井坂サン?」


 はっと気づいて、私はドアへ駆け寄った。恐怖と好奇心と責任感とで、私の中はぐちゃぐちゃだ。私はドアに声を大きく声を掛けた。夜中だろうが、もうこの際関係なかった。


「井坂サン?井坂サン!聞こえる?もしかして、ノックしてんのって、井坂さん?答えて!」


 私は声を上げてすぐに、ドアに耳をくっつけた。すると、ノックの振動の中に、微かな音を聞き取る。




 …けて…け、て…開け、て…




 その音は、その声は確かに井坂さん。恐怖におびえたようなその声に、私はサチに呼びかける。

 

「やっぱ井坂サンだよ!開けてって、開けてっていってる!ノックも井坂さんだよ!」

「はあ…?い、いや!何で、何で開けなきゃなの!?かくれんぼの最中にあけたら、駄目って、書いてあったじゃん!」


 サチは私に形相を変えて怒鳴る。確かに、かくれんぼの最中に外に出ることは厳禁と書いてある。過去に外に出た人も、何らかのトラブルに見舞われている。


「でも開けてって言ってる!」

「開けたら駄目に決まってんじゃん!」

「いっ…井坂サン!かくれんぼは!?かくれんぼは終わらせたの!?」


 埒が明かない。私がドアの向こうの井坂さんに呼びかけて、またドアに耳を当てようとした時だった。



 ドンッ!ドンドンッ…ドン!

 ドン、ドンドンッ!



 すさまじい音と共に、井坂さんの悲鳴。



『開けて!あけ…あけてよ!お願い、開けて!』



 その必死の声に思わず背筋が震えた。今まで聞いたことのない声、必死にドアを叩き、ドアを開けてと助けを求める声。私はそこで、今までかつて味わったことのない恐怖感に襲われた。一揆に固まるからだ、嫌な汗が背中に吹き出た。思わず、後ずさった…が、すぐに、今度はサチが動いた。


「ちょっ、サチ!」

「だめ!出しちゃ、だめ!」


 そう叫んで、強く301号室のドアを押さえつけたのだ。


「サチ、それじゃ、井坂サンが…」

「駄目に決まってんじゃん…!出したら駄目!」

「かわいそうだよ!」

「殺されてもいいの!?」

「こ、殺されるって」

「早く、いいから愛も押さえて…押さえろ!」


 サチは今までに見せたことのない形相で私に命令した。が、私にはどうしたらいいか分からない。




『開けて、開けて、おねがい…あけて。ぼく、嘘ついてました。ほんとうにごめんなさい。本当は幽霊とか見えないです、霊感もないです、見えるフリしてただけ、ほんと、ごめんなさい、あやまるから、いくらでもあやまるからほんとうにごめんなさいゆるしてくださいあけてくださいここからだして、ほんと、あけて…開けて、開けて…!開けて、開けて、おねがい…あけて。ぼく、嘘ついてました。ほんとうにごめんなさい。開けて、開けて、おねがい…あけて。ぼく、嘘ついてほんとうにごめんなさい。開けて、開けて、おねがい…あけて。ぼく、嘘ついてました。ほんとうにごめんなさい。開けて、開けて、おねがいあけてえ…!』




 ドアの向こうでは、井坂サンが開けてと叫ぶ。ノックの音が悲痛だ。



「サチ、開けてあげようよ」

「開けたら…あけたらだめだっつってんでしょ!」



 サチは私にすごい形相で迫る。私はその迫力に勝てず、私もおずおずとドアを押さえた。

 ドアに体を密着させる。ドンドン!ドンドン!その振動と共に、別の振動も感じた。なんだこの振動、変な、滑るみたいな、ひっかくような…ひっかく?



『開けて開けて開けて開けて開けて開けて…』



 井坂サンの悲鳴が聞こえる。気分が悪くなってきた。何か独特の気持ち悪さ。がんがんと響く、ノック、開けてとせがむ声。その時だった。ポケットに入れたサチの携帯のバイブが鳴った。私は片手でドアを押さえ、右手でサチのケータイをポケットから引っ張り出した。





     音声着信

     井坂ななみ





 井坂サンから電話が…そう、サチに言う間もなく、ケータイはすぐに通話状態に入ってしまった。なんで、私まだ何も操作してないのに…!あまりのことに小さく悲鳴をあげて、そのケータイを落としてしまう。すると、そこからも音、声、井坂サンの声が聞こえる。井坂サンの声が、声が、声がドアの境とケータイから井坂サンの声が、声が声が二重に響いて響いて響いて声が響いて声が、声が。




『ああああけて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けてあああ開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあああけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、ああああけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてああけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて開けて、開けて、あけてあけてあけて開けて開けてあけて



 声が響くきもちわるい怖い、怖いサチ…サチは?サチは一人でぶつぶつと何か呟いているけれど聞こえないうるさい開けて、開けて開けてって、ずっと言ってる怖い怖い、サチは、サチは、もう嫌、逃げたいけど開けて開けて体が動かない、動かないのだおかしいケータイからは相変わらず声が声が声が声が音が爪が爪の音がきこえてこわいこわいこわいこわいこわい



『あけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてああけてええあけてあけてあけてあけてえあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてえあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてああけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあああああけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてえあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけてあけて…


あけてあけてあけてあけてあけてあけてあけ…開いた』


 音が止む。体の力が抜けていく。ギィ、と重苦しい音を立ててドアがゆっくりと開く。

 サチが、崩れ落ちた私の顔を見て、にたり、と笑った。




















「 ミ ツ ケ タ 」















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