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5月28日 04:21(金)

 一気に鳥肌が立った。テレビの音が消え、その代わりに、ザ、ザーッ、ザザッ…と、不規則な砂嵐の音。それと共に、


 トントントン…

 トン、トントン…


 静かな音、ノックの音だ。少し前にも聞いた音だ。何かが、きている。来てる…!恐怖に、息が詰まった。ななみの携帯を手放して、一升瓶を手に取り、胡坐を書いた膝の中に埋めた。これがある限り、安全…安全か?亜種どころじゃないやり方をしているんだぞ?そもそも、保障なんてどこにもない。仮に今大丈夫だったとしても、今後、どうなるかなんて誰にも分からないじゃないか。…弱気になっている。こんなんじゃいけない。


(イチバチ…)


 頭の中に呟いて、息を吐いた。深く息を吸って、落ち着け、落ち着け、言い聞かせる。



 トントントン…

 トン、トントン…



 音が遠くから聞こえる。少なくともこの部屋じゃない。ミニキッチン、廊下の方からか?まだ音は遠い。クローゼットの中は少し暑くて、肌が嫌な感じに汗ばんでいる。怖い…怖かった。

 ふと、頭の片隅で、さっきのななみのメールを思い出した。あのメールを、二度見る勇気はなかった。直感で状況は掴めた。だけど受け止められずにいた。


 これは、ななみが仕組んだことだったのだ。

 消す、意図的に、呪われろ。明るい子だった。明るくて、まじめで、いい奴だった。それなのに、ななみ、なんで…ぐっと胸が締め付けられる。心が痛んだ。俺の信じていたななみが消えてしまった。でも、まだこれが本当だと決まった訳じゃない。こんな、こんな日記、何か、勢いとか、何かの間違いとか…疑わないための言い訳。するだけ、空しかった。悲しかった。


 トン、トン、トン…

 トントントン…


 音が微かにでかくなったような。ぱっと顔を上げた。俺が欝ってちゃいけない。キッと強く気を張った。

 何もかも、無事にななみを助けてから聞けばいいじゃないか。それで、話聞いて…それから、また、一緒にいろいろ解決すればいいじゃないか。そのために、俺は負けちゃいけない。一升瓶の口をつかんで、そっと口に塩水を含んだ。異常なしょっぱさに吹きかけた。しかし、それを堪えて口の中に少し塩水を貯めて、そっとドアを開け、覗き見ることにした。


 トン、トン、トン…

 トントントン…


 さっきより、音が近い。そっと、そっとドアを押す。開けすぎればバレる。音も立てずに、そっと、そっと。

 キィと、小さな音が立ってドキリとした。大丈夫か?バレてない、よな…。僅かな隙間に、片目をそっと寄せる。


「…っ…!」


 寄せた瞬間、驚愕と恐怖が悲鳴をあげそうなるが、あわてて自分の手で口を押さえた。そこにはいる。いたのだ。

 部屋の中央、電灯の真下に黒い影が、影が、影が立っている。よく見えない。怖い、ノックの音、心臓がうるさい。その真っ黒な人影は、真っ黒な長い手で、手でテーブルを叩いている。気味が悪い。トン、トントン…トン…こいつが、そこらじゅう探し回っている音だったのかよ、このノックの音って…!視線は、影に釘付けになっていた。恐怖で、体が、目が、手が、固まってしまっている。


 よく見るとその黒いの中に、更に輪郭を持っていた。影は後ろを向いている?乱れた髪が微かに見える。なな、か?違う。ななの髪はもっと長い。そうしたら、これが、長瀬か?しかし、よく見えない。目を凝らす、薄ぼんやりとしか見えない。ましてや、暗闇の中だ。もっと、もっと、何か…何か。


 そう思った瞬間だった。思わず、ドアをくんっと押してしまったのだ。ギィ、とはっきりした物音が立つ。やばい、そう思った時には遅かった。


 トン、トン、トン…

 トン、……


 ノックが止まる。長い黒い手が、ぶらん、と下げられると同時に、首が、頭がこちらに、ゆっくりと振り向いた。

 人だと思ってた。でも、その顔は人間の顔をはいい難い、何かの動物のような顔だった。その口が、口が、にたりと笑った。赤い口が弧を描き、心臓が恐怖にぐっと縮こまり、しまった、とドアを慌てて閉めようとした、刹那、その影がものすごい速さで俺の方向に飛び掛ってきたのだ。


「ッ、あああッ!?」


 一瞬、その顔を見た。猫だ。猫の顔だ。いや、猫の顔じゃない。猫と人間を奇妙に組み合わせたみたいな顔だった。恐怖に叫び、口の端から塩水が零れ落ちた。夢中でドアを閉めるも、間に合わない。ガッ、と音を立てるドア。それは閉まりきらない。黒い影の手が、長い手の甲がドアに挟まっている。黒い影を纏う、白い手が、挟まっている。俺は夢中でドアを閉めようとするが、その手がギチ、ブチッと音を立てる。細くて華奢な指がくねくねと動く。それは、人間の持つ手の動きじゃない。しかし、確かにそれは質量を持っている。嫌な予感がする。もしかして、こいつ、長瀬か?その指の影は伸び足り縮んだりして、俺に手を伸ばそうとする。


 俺は恐怖を堪えて、ドアを閉めつつ、一升瓶を取って、その塩水に黒い手に引っ掛けた。とたんに、すっと黒い手が消え失せた。しめた!すぐにドアをがっちりと閉めて、息を吐いた。しかし、居場所はバレている。見つかっている。これでも、セーフなのか?とりあえずは、無事だ。なんでだ?荒い息を整えつつ、塩水をまた口に含み、口の回りをクローゼットの棚の中のタオルで適当に拭いた。



 しかし、その直後に、また、音。



 トン、トン、トン…

 トントントン…



 これは、影が、鬼が、俺を探す音。

 それは、このクローゼットのドアを叩く音だ。見つかっている。



 俺が出てくるのを、待っている…?

 



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