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5月28日 03:12(金)



「ッ、わ…あ、あ…!」


 足が竦む。一瞬にしてあの怪談の頭から結末までを思い出したのだ。水に沈められたテディベアが俺を見る。ひたすらの恐怖に後ずさるが、浴槽の淵に思い切り踵をぶつけ、そのままバランスを崩し、廊下に尻餅をつく。


 尾?骨の痛みよりも、今は恐怖の方が勝っていた。俺は尻をついたまま、ドアまで後ずさる。気持ち悪い、気味が悪い。ななみは、ななみは一体何を俺の部屋で―…!怒りと戸惑い、恐怖にドアに飛びついて外に出ようとした…が、


「ッ、開かないッ…!?」


 ドアはびくともしない。まず、ノブが下がらないのだ。おかしい、おかしい、おかしい!パニックになって、何度もノブをガチャガチャと動かそうとする。が、開かない!鍵を何度も回した。確かに鍵は開いているのに!開いているのにッ!


「なんッ…だよ、これ…!開け…開けろ!開けてくれ!」


 悪態を吐きながらドアノブを回すも、虚しい金属音の音が響くのに、一向に開かない。仕方なく、包丁を置いて両手で開けようと思い、包丁を置こうと振り返った時だった。


「ひっ…」


 さっきまで、さっきまで、そう、そこには、何もなかった筈なのだ。だって、俺、廊下、這ったじゃん?這ったよな?おかしいだろ、なんで、なんで、なんで、こんなところに…ッ










 テディベアが、廊下に転がっていた。

 水に濡れ、赤い糸がべったりと巻きついたテディベアが、部屋の奥の窓から差す逆光の中に立っていたのだ。


 息が出来ないほどの焦り、恐怖。そして、金縛りにあったかのように動かない体。ちがう、これが金縛り?違う、そんな、バカな。俺の目はそのテディベアに釘付けだった。目を逸らしたい、逸らせない、なぜ?水に濡れたテディベアの周りに出来た水溜りが、どんどん、どんどん、広がっていくからだ。


 小さな水溜りが、床を這うように広がっていく。吸い込んだ水が出ているだけとは思えない。尋常な量じゃない。それは、するすると、まるで一つの生き物のようにして、俺の方向へ向かってくる。ゆっくり、じわじわと迫りくる。


「ど、う…なって…」


 鳥肌が立ち、両足ががくがくと震えた。しかし震えるだけ、動かない、ドアが開かない、逃げられない。俺は、叫んだ。


「ッい、いまい…今井ッ!今井ーッ!」


 もう夜中だろうが何だろうが関係ない。部屋越しに叫んだ。レオパレスの壁が薄いという都市伝説を頼る他ないのだ。もうこれは駄目だ、助けて貰う他にない。俺は声いっぱいに叫ぶ。


「今井ッ!今井ッ、気付けよ、今井ーッ」


 しかし、叫び声だけが響くだけで、今井からの反応はない。いっそのこと壁を叩きたいくらいだったのに、金縛りがそれを許さない。歯がゆさ、恐怖、俺は何度も叫ぶ。嫌な汗が吹き出る。心臓が痛いほど鳴る。しかし、水は蛇のようにするすると俺に迫ってくる。そして、俺は見てしまった。



 するすると伸びる水が、ところどころで途切れて小さな水溜りを作る。それが、その小さな水溜りが奇妙に変形するのだ。それはそう、まるで、足跡のような形に―…!


「も、駄目!今井ッ、気付けよ、今井ーッ!」


 水、そして、足跡が俺に迫る。それはだんだんスピードを増すように、俺の元へ一直線でかけてくる。もう駄目かもしれない、そう思ったのと同時に、ふと、頭の中に言葉が浮かぶ。適切な判断をする暇もなく、瞬間的に俺はその言葉を叫んだ。




「さ…最初の鬼はッ、い、井坂弘毅だから!」




 そう叫ぶと、水がピタリと止まった。俺は続けた。



「最初の鬼は、井坂弘毅だか、ら…!最初の鬼は、井坂、弘毅っ…!」



 なんてことを言ってるんだ、そう思った。けれど、みるみる内に、水が引いていく。足跡の水が、蒸発するように消えていく。どうした、これは、どうなってんだ。その水は全て、テディベアが吸収するかのようになくなっていく。


 ほっとしたのも束の間、とんでもないことをしてしまったことにも気づく。何て言った?俺は、さっき、何ていった?


『井坂弘毅が鬼』?


 それは、ひとりかくれんぼを始めるための文言であり、宣言。

 何で、そんなことを言ってしまった?待て、待て待て待て…!待てよ!それじゃ、これは…。



 ひとりかくれんぼの宣言をしてしまったんだ―…!

 目の前のテディベアが、音もなく、ただただ、もたれた頭で俺を見つめていた。




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