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第9話 【女王の涙と母の告白】

輝きはいつも、ステージの照明の下で試される。


震える喉が、預けられた想いをすべて解き放つ瞬間。


完璧の影が崩れ、温かな涙が拍手に変わる。


小さな光は、星空の下で、みんなの心を繋ぐハーモニーとなった――。


(AIイラストによる挿絵で、物語の情景をそっと彩っています)

挿絵(By みてみん)


・嵐の前触れ・


 本選当日。


 朝から空は晴れ渡っていたが、綾乃(あやの)の胸には緊張の嵐が吹き荒れていた。


 自宅の鏡の前で喉を温めながら、昨夜の母の生姜湯の温もりを思い出す。


 カップの熱さがまだ掌に残っている気がして、指先をそっと握りしめた。


「みんなに聴かせてあげて……本当のあなたの声を……」


 母の言葉が耳に残っている。


 そして、(りょう)が病室で最後にくれた言葉も。


――「君の声は必ず届く…… 僕は心の中で一緒に歌うよ」


 あの震える手で書かれた文字が、今も綾乃の胸を温かく照らしていた。


 綾乃は深呼吸をし、胸に小さな決意を灯す。


(亨さん……待ってて。今日、みんなに届けるから)


 会場に向かう道中、秋の風が頰を撫でる。


 綾乃は意を決し、足を速める。


 本選が、すぐそこに迫っていた。



・新たな名前、新たな光・


 会場に到着。


 市民ホールは既に満席に近い。


 ロビーの空気は緊張と期待で張りつめ、足音や衣擦れの音が重なり合っていた。


 控室に入ると、部屋の隅で誰かが小さくハミングしているのが聞こえた。


 声は小さくても、とても力強く、でも優しいメロディ。


 綾乃はハッとして振り返る。


「……優陽(ゆうひ)さん?」


 亨の最初の教え子。


 凪沙(なぎさ)で初めてレッスンを受けた日に励ましてくれた、優しい先輩…… 優陽(ゆうひ)が、そこに立っていた。


 ただ、明るいハニーブラウンの髪が、淡い夕陽のようなピンク色に変わっていた。


 優陽は、満面の笑みで手を振った。


挿絵(By みてみん)


「やっと会えた! 綾乃ちゃん、本選おめでとう!」


 綾乃は驚きと喜びで言葉に詰まる。


「……髪、ピンクに……?」


 優陽は自分の髪を軽く触りながら、いたずらっぽく笑った。


「びっくりした? ふふっ、ゆうひだけに、夕陽みたいな色にしちゃったの♪」


 綾乃は目を丸くする。


「でも、よく私が出てるって分かりましたね」


 それを聞いた優陽は、控室のテーブルに置いてあった本選のパンフレットを手に取り、裏側を見せる。


「これ、見て?」


 パンフレットの裏面には、これまでの大会の優勝者リストが小さく印刷されていた。


 その中に、はっきりと綾乃の目を引く一行があった。


【第10回大会 総合優勝 朝倉(あさくら) 優陽(ゆうひ)


 綾乃の目が大きく見開かれる。


「優陽さん、優勝してたんですね」


「うん。それで招待状が届いてね。綾乃ちゃんの名前を見た瞬間、絶対来なきゃって思ったの」


 優陽は少し照れくさそうに頰を掻きながら、声を潜めて続ける。


「実はね…… 最近、名前も変えたんだ。」


 そう言って、優陽はポケットから名刺を差し出す。


―― 佑飛 Yuhi

**Vocalist × IronSylph**

Indie Vocalist / Songwriter ――


 彼女は深呼吸して、ゆっくり言葉を紡ぐ。


「2年前、この大会で優勝するまでは、がむしゃらに頑張ってたんだけど、そのあとは何かが空っぽで……」


 彼女は小さく息を吐き、目を細めて笑った。


「でも、あるインディーズライブで、凄い演奏に出会って……抑えてたものが一気に溢れてきてさ。いつの間にかステージに駆け上がっちゃって、マイクを奪って一緒に歌っちゃったの。あの瞬間、初めて『これが私の歌だ』って思えたよ」


 綾乃は驚きを隠せない。


「え……そんなこと、したんですか……?」


 優陽は頷き、優しい視線で綾乃を見る。


「うん。自分でもびっくりしたけど……それで気づいたの。『優しいだけ』じゃ、届かない時もある。その時出会ったギタリストの子が、燃えるような演奏で……最後に『一緒に世界を目指そう』って力強く言ってくれたの。

その言葉が胸に刺さって、髪も名前も変えて……本気で世界に出たいって思うようになった。綾乃ちゃんも、そろそろ……全部ぶつけてみたら?」


 綾乃の胸に熱いものがこみ上げる。


(優勝した人なのに……あらたな出会いをきっかけに、もっと先を目指せるようになったんだ)


 優陽は綾乃の頰に軽く触れ、囁く。


「今日のステージ……楽しみにしてるよ。病院の亨くんにも、動画を送っておいてあげるから」


 優陽はそう言い残し、控室を出て客席へ向かった。


 残された綾乃は鏡の前で深呼吸する。


優陽(ゆうひ)さん……佑飛(ゆうひ)さん。

髪も名前も変わって……


前に会った時より自信を持っているように見えた。


でも、あの温かさも変わってない。


(私も……全部ぶつけて、みんなに届ける。優陽さんみたいに、抑えてたものを全部出して)



・張り詰めるガラスの壁・


 (はな)が控室に入ってきた。


いつもの、自信に満ちた表情とはどこか違う……?


 綾乃はふとそう思い、声をかける。


「華さん……おはようございます。今日も、華さんの歌……すごく楽しみにしてます」


 華は綾乃を一瞥し、ゆっくりと、しかし冷たく声を上げる。


「……邪魔しないで。あなたのことなんて、眼中にないわ。私の世界に、揺らぎが入る余地なんてないもの」


 その声色に、再び違和感が漂う。


 華の瞳の奥に、言い知れない感情がチラリと揺れた気がした。


 冷たい光の奥に、ほんのわずかな影——まるで自分自身を抑え込むような、硬い緊張が混じっている。


「華さん……どうかしました?」


 華は冷たく返す。


「……余計な心配は無用よ」



 本選が始まった。


 ステージに上がった華は、いつも通りモノトーンの衣装に身を包み、ブルーブラックの髪を静かに揺らしてマイクの前に立つ。


 冷たくも美しいピアノ伴奏が流れはじめると、華の最初のフレーズが、ホールに突き刺さる。


 本選の曲目は「狂乱(Il dolce)の場(suono)」。


 華は深く息を吸い、唇を開いた。


 最初のフレーズから、声は完璧だった。


 澄み切った高音が、まるで水晶の針のように会場を突き刺す。


 速い音の粒(パッセージ)が次々と飛び出し、息の乱れ一つなく、音が正確に連なる。


 観客は誰も動けず、ただ息を呑んで聴き入っていた。


 声はまだ完璧に保たれている――ように見えた。


 舞台袖から見つめる綾乃の耳に、華の声が届く。


 予選の時より数段正確で、完璧に磨き上げられている。


 でも、どこか、喉の奥から無理やり押し出すような、悲鳴に近い響きが混じっているように感じられた。


公開練習の日に感じた、あの違和感……


あれからどれだけ練習を重ねたのか……

どれだけ自分を追い詰めたのか……

 

 狂乱の感情が頂点に達する中盤に入った瞬間、異変が起きた。


 華の喉の奥で、何かが軋む音がした。


 技術は依然として凄まじい。


 高音が連続する華麗な装飾音(コロラトゥーラ)は、予選の「(Der)( Hölle)女王(Rache)」を上回る精度で刻まれている。


 だが、その声には、まるでガラスが限界まで張りつめているような、危うい響きが混じり始めていた。


 華の瞳が一瞬、揺れた。


(……まだ……まだいける……)


 彼女は歯を食いしばり、声をさらに押し上げようとした。


 次の高音へ向かう長いフレーズ。


 そこは、狂気の物語が頂点に達する、最も困難な部分だった。


……声が出た。


 だが、それは華が望んだ美しい高音ではなかった。


挿絵(By みてみん)


(……違う……こんなはずじゃ……)


 頭の中に、中学時代の記憶が一気に蘇る。


 ジュニアピアノコンクールのステージ。


 あの時のライバル、佐藤(さとう) 彩花(あやか)の、感情が溢れ出すような演奏。


 完璧を極めていたはずの自分の指が、震えていたあの瞬間。


 彩花が失敗したあと、拍手の中で手にしたトロフィーが、ひどく冷たかったこと。


 そして――彩花が二度とステージに立たなくなったという噂。


(負けたら……私も、あの子みたいに……)


 華の喉が、鉄のように固くなる。



・女王の失楽・


 曲は容赦なく、ラストの盛り上がりに向かっていく。


 最後のロングトーンへ向かう部分。


 彼女は必死に声を押し出そうとした。


 祈るようにして、懸命に声を振り絞る――


 しかし、声は――途切れた。


 美しさを極めたソプラノが、まるで糸が切れたように、唐突に、惨めに、消え去った。


 会場に、重い沈黙が広がる。


 顔から血の気が引いていくのが、はっきりとわかった。


 指先が震える。


 華は一瞬、膝が崩れそうになりながらも、必死に姿勢を保った。

 

 瞳から、ゆっくりと、一筋の涙が(こぼ)れ落ちた。



・無音の部屋・


 華は、震える足でステージを降りた。


 控室のドアを押し開け、中を見回す。


……誰もいない。


 ドアを静かに閉めた瞬間、華の体からすべての力が抜けた。


「……う……っ……」


 体が前のめりに崩れ落ち、床に両手をつく。


 声を殺そうと口を両手で覆ったが、抑えきれない嗚咽が喉の奥から漏れ出した。


「どうして……どうして、こんな……!」


 完璧なはずだった。


 技術も、息遣いも、高音の連続も、すべて計算通りだった。


 なのに、最後の瞬間、喉が突然裏切った。


 誰も見ていない。


 だからこそ、華は今まで誰にも見せたことのない顔で、声を殺して泣き続けた。

 

 その時、控室のドアが静かに開いた。


 綾乃だった。


 彼女は華の姿を見るなり、駆け寄って膝をついた。


 華の震える肩に、そっと手を置く。


「……華さん」


 華は顔を上げようとしなかった。


 ただ、掠れた声で、震えながら絞り出すように言った。


「……惨めでしょう? ……好きに笑えばいいわ。完璧じゃないと価値がないって……自分で言っておきながら、結局……こんな……」


 言葉の途中で、嗚咽が混じった。


 綾乃は静かに首を振った。


 そして、迷わず華の身体を抱き寄せた。


 華の体が、一瞬、強張った。


 しかし、綾乃の体温と、優しい腕の力が、ゆっくりと彼女の凍えた心を溶かし始めた。


「……負けたら、居場所がなくなるの……私は、完璧じゃなければ……誰も見てくれない……」


挿絵(By みてみん)


 綾乃は華の背中を優しく撫でながら、静かに、けれどはっきりと言った。


「華さんの歌……すごく綺麗だったよ。でも、どこか……寂しそうで、胸が痛くなった」


 華の震えが、少しだけ強くなった。


 綾乃はさらに力を込めて抱きしめ、囁くように続けた。


「完璧じゃなくても……華さんの声は、ちゃんと届いてる。私は、華さんの歌が……好きだよ」


 彼女の胸の中で、何かが音を立てて崩れ落ちる。


 自分を守るために離せなかった、完璧の鎧が、綾乃の温もりに溶けていく気がした……



・解き放たれる、本当の歌声・


 綾乃の出番。


 最後の出場者として、ステージに立つ。


 照明が眩しい。観客の視線が刺さる。


 客席のざわめきが徐々に静まり、期待の波が会場全体を包む。


 亨が録音した伴奏が、優しく流れ始める。


 最初は声が震え、ピッチが揺れ、息が漏れる。


 でも、亨の筆談が蘇る。


「君の揺らぎが僕を救ってくれた」


 母の言葉


「みんなに聴かせてあげて……本当のあなたの声を……」


 そして、華の苦しむ姿が、頭の中を駆ける。


 華の震える背中、控室で溢れた涙、喉を押さえる指……



「みんなを救いたい……私の声で!」



 その想いが、胸の奥で爆発するように溢れ出した。


 声に芯が生まれ、想いの全てを解き放つように歌い上げる。


 亨と共に紡いだ『声なき歌』を、初めてフルで披露する。


 「……♪ 途切れたメロディ 指でなぞる

 母の古いテープ 途中で止まる……」


 揺らぎが温かさを生み、会場全体を包んでいく。


 そして、綾乃自身の気持ちを書き綴った、新たな歌詞へと続く。


「……君のいない部屋 ギターを抱いて

 Quiver(クィヴァー)の文字が 指に触れるたび

 預けた想いが 胸を叩いてる

 今は私の番なんだ……」


 綾乃は思い出す。雨の夜、初めて凪沙に駆け込んだ日……


 Quiverのギターをはじめて手にしたとき……


 そして、亨と優陽の優しい言葉……


 「今は私の番……」


 その言葉を発した瞬間、涙が溢れ、声に熱が籠る。


挿絵(By みてみん)


 感情が爆発的に解き放たれた。


「……君に届くまで 歌い続ける

 胸の鼓動が そっと寄り添う

 涙じゃ足りなくても

 それでも温もりがあるなら……」


 会場全体が静まり返る。


 綾乃の声が、スポットライトの中で高らかに響き渡る。


「……声なき歌は ずっと響き続けるよ」


 そして、全ての想いを込めた最後のフレーズ。


「……そして、これから一緒に取り戻す みんなの歌……

 声なき歌は 永遠に続くよ」


 声がホールに響き渡る瞬間、綾乃の涙がスポットライトに輝いた。


 会場が静寂に包まれ、客席のあちこちから、すすり泣く声が響いた。


 やがて、ひとり、またひとりと立ち上がり、拍手を響かせる。


 最初はまばらだった拍手が、次第に立ち上がる人が増え、波のように会場を埋め尽くした。


 綾乃はステージ中央で静かに息を吐いた。 


 会場を見渡したとき、客席の中央で目が止まる。


母さん……!


 母は両手で顔を覆い、肩を震わせていた。


 涙が指の隙間から零れ落ちる。


 綾乃の胸が熱くなる。


……来てくれてたんだ

私の歌……届いたんだ


 母はゆっくり顔を上げ、綾乃を見つめる。


 その目には、娘を見つめる優しい光があった。


 綾乃の視界がぼやける。


 涙が頰を伝い、スポットライトにキラキラと輝く。


 ステージの上で、綾乃は深く、確かに頭を下げた。


ありがとう……母さん



 拍手が鳴り響き、出演者が全員、壇上に並ぶ。


 照明がゆっくりと明るくなり、司会者の声が、マイクを通じて静かに響く。


「審査員特別賞+観客賞……水瀬(みなせ) 綾乃(あやの)さん!」


 その瞬間、盛大な拍手が会場に広がった。


 綾乃は、その発表と拍手に呆然と立ち尽くす。


 涙が頰を伝う。


(届いた……みんなに、届いた……)


 トロフィーを受け取り、綾乃はステージ上で、ゆっくりと頭を下げる。


 ステージを降り、控室に向かう足取りが少しふらついていた。


 興奮と安堵で、膝がまだ震えている。



・母の涙・


 控室のドアを開けた瞬間、綾乃は息を飲んだ。


 母が、そこに立っていた。


 母はゆっくりと綾乃を見る。


 目元を真っ赤に腫らしていた。


 いつも完璧で、凛としていた母の顔が、今はただ一人の母親の顔に見えた。


「……綾乃」


 母は、綾乃に向かって歩み寄ってきた。


 そして、力いっぱい抱きしめた。


「ありがとう……あなたの歌、ちゃんと届いたわ……」


 母の腕が、まるで壊れ物に触れるように、しかし必死に綾乃を抱き締める。


 その体温と、震える肩の感触に、綾乃の目からも涙が溢れた。


 綾乃は母の胸に顔を埋め、まるで幼い頃のように声を詰まらせた。


「母さん……あの時、『私の声は、聴衆を傷つける』って……」


 母は綾乃の背中を優しく撫でながら、声を詰まらせ、肩を小さく震わせた。


「……ごめんね。本当に、ごめんね、綾乃……」


 母は一度言葉を切り、深く息を吸い込んだ。


 それでも声は震え、途切れ途切れになる。


「あの頃、私は……あなたのお父さんを失って、心がぐちゃぐちゃだったの。女手一つであなたを育てながら、仕事も舞台も、全部完璧にこなさなきゃいけないって……」


 母は涙をこらえ、目を伏せて続ける。


「いつも、自分を追い詰めていた。余裕なんて、どこにもなくて……あなたの声が少しでも揺れると、私まで壊れてしまいそうで、怖くて怖くて……だから『傷つけるだけ』なんて、ひどい言葉を吐いてしまった。

本当は……本当はね、あなたの声は温かかったの。聴く人の心を、優しく包み込むような……素敵な声だったのに……ちゃんと『大丈夫』って、抱きしめてあげられたらよかったのに……私が、弱くて、惨めで……あなたを傷つけてしまった……」 


 母は嗚咽を漏らしながら、綾乃をより強く抱きしめた。 


 綾乃は母を抱きしめ返す。


「母さん……ずっと、そう思ってくれてたの?」


 母は涙に濡れた顔を上げ、震える声で答えた。


「……ええ。ずっと、そう思っていたわ。でも……あの頃の私は、自分の弱さを認めたくなくて、完璧を盾にしていたの。あなたの歌を聴いて……やっと、ちゃんと伝えられた。本当に……ごめんね、綾乃……」


 綾乃は涙を零しながら、母に囁く。


「母さん、また……一緒に歌いたい」


 母は頷き、綾乃としばらく抱き合ったまま、涙を拭い合った。


 やがて母がそっと体を離し、優しい笑顔で言った。


「外に出ましょう。きっと、みんな待っているわ」。



・心が繋がる瞬間・


 控室のドアを開け、廊下を進むと、ホールの出口が見えてきた。


 夜風が優しく頰を撫でる外に出た瞬間、栗色のポニーテールが勢いよく飛び出してきた。


「綾乃——!!」


 (めい)だった。


 彼女は目を真っ赤にしながら駆け寄ってきて、綾乃に飛びついた。


「最高だったよ……! 本当に、本当に最高だった……! 私、ずっと泣いてた……綾乃の歌、胸に刺さって離れなかった……」


 芽の声は震えていて、背中を抱く腕にも力がこもっていた。


 綾乃は芽の温もりに包まれながら、思わず笑みがこぼれた。


「……芽、来てくれてたんだね。ありがとう」


「当たり前でしょ! 綾乃の大事なステージなのに、来ないわけないじゃん!」


 芽は顔を上げ、涙で顔を濡らしながらも、いつもの明るい笑顔を見せた。


「綾乃の歌聴いてたら、私も……また歌ってみたくなった。ずっと怖かったけど、綾乃の強さ見てたら、勇気出たの。ありがとう……!」


 亨からのメッセージが届く。


「君の声が届いたよ。昔、僕は感情を捨てて完璧を追い求めた。でも君は……違う道を選んだ。その道が、僕に光を見せてくれた。ありがとう」


 そこに、ふと足音が近づいてきた。


 華がゆっくりと歩み寄ってきた。


 少し気まずそうに視線を逸らし、しかし結局は綾乃の顔をまっすぐに見つめる。


「……揺らぎなんて……弱さだと思ってた。でも、あなたの歌を聴いて……少しだけ、違う気がしたわ……」


 華は唇を軽く噛み、目を伏せた。

 

 指先が、わずかに震えている。


「私も……自分の歌を変えてみようと思う。あなたに負けたくないからね」


 綾乃は華に近づき、手をそっと握った。


 華の指先は冷たく、わずかに震えていた。


 綾乃は華の瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに、しかし確かな声で言った。


「華さん、また、一緒に……歌おう」


 その言葉は、命令でもお願いでもなく、ただの静かな約束だった。


 華は一瞬、目を逸らそうとしたが、綾乃の手の温もりに引き止められるように視線を戻した。


 冷たかったグレーの瞳に、初めての揺らぎが浮かぶ。


「……ふん。勝手に決めないで」


 華は小さく唇を噛んだが、握られた手を振り払おうとはしなかった。


 綾乃は優しく微笑んだ。


「うん。勝手に決めるつもりはないよ。でも……華さんの歌も、きっと温かいはずだから」


 ゲートの前で、優陽が待っていた。


「綾乃ちゃんも華ちゃんも……二人とも、ほんとにすごかったよ! 綾乃ちゃんの揺らぎは心を溶かしてくれたし、華ちゃんの歌は……いつもより、温かく響いてた気がする」


 華は目を逸らすが、その目からは、かつての氷のような冷たさは消えていた。


 優陽は二人を見て、優しく続ける。


「これからも……一緒に歌おうね。私も世界を目指すよ。負けないように頑張るから!」


 綾乃は優陽と華の手を繋ぎ、微笑む。


「うん……みんなで」


 星空の下、夜風が優しく吹き抜ける。


 綾乃は空を見上げ、静かに呟く。


「声なき歌は……心に響く声になった」


 小さな光は、みんなの心の中で、永遠に響き始めた。


――そして、この歌は、まだ始まったばかり。

次回予告:第10話【夕陽に溶けた、芽の涙】(4月17日【金】 20:00公開)


 光はいつも、みんなの前で初めて試される。

 学園祭のステージに立つ瞬間、揺らぐ声が、観客の胸に届き始める。

 仲間たちの視線が、温かな波となって重なる。

 小さな光は、響き合うステージの上で、静かに、大きく広がり始めた――。


最後まで読んでくださって、本当にありがとうございます。

華の涙、母の告白、そして「声なき歌」のフル披露……

この山場に、みなさんの心が少しでも揺れたなら、感想で教えてください。

「母さんの言葉が伝わって良かった」「華が変わり始めた気がする」「優陽の名刺に反応した」など、どんな想いも大歓迎です。

ブックマーク・評価ポイントも、作者の大きな支えになります。

次回は、学園祭のステージです。


・お知らせ


本選で綾乃が歌い上げた「声なき歌」をYouTubeで公開しています。


歌詞に込められた想いなども、ぜひお聴きください。


●『声なき歌』

┗ https://www.youtube.com/shorts/Nj_Oqqq8_qY



綾乃を優しく見守ってくれた先輩・優陽(ゆうひ)


彼女は、ガールズメタルバンド「IronSylphアイアンシルフ」のボーカル「佑飛(ゆうひ)」として、別のステージで輝いています。


「声なき歌」で優陽の優しさを知った方は、「彩光(さいこう)の詩」で、ぜひ彼女のもう一つの顔も覗いてみてください。


●『彩光の詩 ~Eternal Echoes~』(全36話完結済み)

┗ https://ncode.syosetu.com/n8046kw/

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