筆名の由来紹介と書く動機
諏訪と言う地方のタクシードライバーのエッセイです。仕事のこと、趣味のこと、歴史のこと、地域のこと、など書いていきます。
今回は、筆名の由来なんですが、まあ長いかも、です。
良かったら、読んで下さい。
初めまして!の方
「太史慈転生伝」を読んで頂いている方には、改めまして!
になるかと思います。
タイトルに興味を持って読んで頂いている方もいるでしょう。我ながら「情報量多いな〜」って思います。
このエッセイを書くにあたって、「太史慈転生伝」の活動報告で、意見や要望あったら書きます、としたら、ありましたね〜。そんなに多くはなかったですけど・・・。
ただ、この時は、地方のタクシードライバーが書くもんだとしか、印象づけてませんでしたから、仕方ないかも、とも思っていました。
しかし、どうせ書くなら目立ちたい!と言う想いが湧いてきました、
その結果、このエッセイタイトルになりました!ま、目を引くくらいはできるだろ!という感じですがね〜。
しかし、以前から仕事を通したエッセイを書こうとは思っていたのです。
それで、同業者の書いたエッセイ本などを読むと、大抵、東京や大阪などのタクシードライバーの話ばかりです。
地方都市のタクシードライバーは、また別の生態があるぞ!と感じてました。
だったら、地方のタクシードライバーの話を書くしかないでしょう、と思い至リました。
一風変わったタクシードライバーのエッセイ。都会とはまた違う、タクシードライバーの仕事がある、と知ってもらえたら嬉しいです。
で、そもそもの所の自己紹介をしつつ、タイトルの説明をしていきましょう!
まず、私は筆名は黒武者因幡と申します。
「くろむしゃ いなば」と読みます。
由来は、勤めていた会社に、セールスの電話をかけてきた人です。その方の名字が、「黒武者」さんでした。
――何それ、格好いい!――
はい、名字決まり!
ちなみに、名前が強烈すぎて何のセールスか忘れました!さらに、上司が断ったので、会っていません!
今更ながら、どんな人か会ってみたかったと思っています。
一方、因幡は、お祭りに参加したことからです。
ええ、ええ、意味がわからないですよね。
この祭りと言うのが、新潟県上越市で開催される「謙信公祭」でした。
この祭り、別名【日本一過酷な時代祭り】と呼ばれています。
なぜならば、開催時期がお盆明けの土日に行われていたからです!
想像してみて下さい!
日本海側の夏は、湿気を帯びた空気が肌にまとわりつくような暑さ。
この暑さの中、サウナスーツと化す甲冑(総重量10〜20キロ)を昼過ぎから身に纏い、数キロに渡る武者行列を行なった後、夕方から川中島合戦の劇を再現するという過酷な祭り。
敵は武田にあらず(武田軍になったら、敵は上杉にあらず) 我が敵は、熱中症なり!
と言う祭りです。
やはり、何人かは熱中症でリタイアする方も出ます。そうなったら、「◯◯殿、討死じゃ!」と、参加者たちで情報共有されます。
さほどに(どれほど伝わるかな?)過酷な祭りに、私は上杉軍の新発田治長(新発田重家)役で参加して楽しませてもらいました!
その新発田治長の武家官位(僭称)が因幡守でしたので、因幡と名乗ったのです。長えな!
ま、そうしたことで、筆名を「黒武者因幡」としたわけです。
うわ、ここまで何文字使ってるんだ、俺。
余り長々と書くと読まれないでしょうから、本日はここまで!
次回は、経歴を説明して行こうかと思っております。
仕事の話題に入るの、時間かかるかも。。。
次回は、諏訪に流れ着くまでの経過を書きます。
アナウンサー時代のことも、ちょびっと触れるかも?
ご期待下さい!




