近づいてくる正義の足音
勇者がここにやってくる。
斥候の第二陣が持ち帰った続報を一通り聞いて、私の心労の種はまた増えた。なぜだろう。こんなに一生懸命、迅速に対処しているのに問題と混沌が拡大している気がする。
それでも頭を抱えて唸っている暇はない。片付かない問題は、できるところから片付け続けるより他ないからだ。敗戦で国家による統治がボロボロの今、自領の裁量は最大化している。ならば全部引き受けて責任取ってやるのが領主というものだろう。
好きにさせてもらうというのは、そういうことだ。
「勇者のギリ峠出立は夕刻前後、こちらへの到着は夜になりそうなのね」
「はい。着替えがないので洗濯した服が乾いてから出発すると従者が言っておりました」
斥候役を務めた兵士は「干されていた勇者のマントと法衣に、バレない程度にこっそり水をかけてきたのでバッチリです」と良い笑顔で爽やかに保証した。
……なんというか、バロールの気のよい男達が皆、私の流儀に染まりすぎていてつらい。しかし、ありがたいのは確かだ。
「上出来です。厨房で何か温かいものを出してもらいなさい。この後、ムーアのところに行ってもらいます。休憩が終わったら私のところに来て」
「承知しました。奥様」
略式軍礼を小粋にキメて、いそいそと厨房に行く彼は何歳なんだろう。
今、館を守ってくれているおじいちゃん達よりは沢山食べさせてやらないといけないのは間違いない。バロール男は忍耐強いが元来大食いだ。彼らの胃袋は王都の貴族とは違う。どうせ厨房には玉葱と拳芋ぐらいしかないが、せっかくの役得だ。ちゃんと食べていってほしい。
「(今日の私の夕食は減らしていいと言っておこう)」
頭の中のやることリストに追記だけして、優先順位の高いことから処理する。
「今朝の”収穫品”を持ってきてちょうだい」
斥候の話では、ギリ峠では何やら小鳥の卵ほどの大きさの飾り物から、黒い炎と鎖の怪異が噴き出したという。その鎖の怪異自体は黒騎士が退治したが、飾り物の方は勇者一行が回収したわけでもなく、どさくさで行方不明らしい。
そんな呪物が、黒騎士が連れ帰った馬の荷に紛れていたら大変である。
私は執務机の上に持ってこられた品々をざっとあらためた。
それらしきものはない。
「何か見栄えのいい箱を持ってきて。これくらいの大きさで。仰々しすぎなくて、質素でいいけど貧相じゃないものを」
私は"はぐれ馬"の荷にあった書面や貴重品類を、換金するものと、破棄するものと、後でしっかり確認するものに手早く分けながら、いつもなら作らない山を一山作った。
勇者がここにやって来るならそれなりの対応は必要だ。
これらを手元に置いておくのはリスクだが、焦って破棄すればせっかく得た手数を減らすことにもなる。
ギリ峠までの距離約20リード。演習行動で移動中のムーア隊の速度を考えると、ワルドの確保に手間取ったとしても勇者一行よりは早く戻ってこれるはず。
部下が優秀だとリスクのある方策を比較的安全寄りで遂行できるのがありがたい。
「奥様、守備隊が帰還いたしました」
ムーアが優秀すぎて段取りが狂う。
贅沢な当惑を顔には出さずに、私は部屋付きの秘書に必要な指示を残し、ケープを羽織って表に出た。
「ムーア、戻りました」
うちの良くできた守備隊長は、私の姿を見つけてまっすぐ領館の前庭を横切ってくると、カチッと踵を鳴らして略礼の姿勢をとった。浅黒い肌で短く刈り揃えた黒い口髭のある生真面目なこの男は見るだけで安心感がある。
「早かったわね。何かあった?」
「問題ありません」
"山賊"はほぼ全数確保。勇者との接触は回避。ギリ峠までの中間地点で戻ってきたので、峠とはいえ勇者からは視認されていないとムーアは報告した。私達は互いの受け取った斥候の報告が一致しているか確認しつつ、捕らえられた"山賊"のところに足早に向かった。
彼らはわかりやすく荒縄で後ろ手にくくられた格好で荷馬車の荷台に乗せられていた。
"山賊"の頭目のワルドは、近づいてくる私を見るとはっとした顔をして、慌てて荷台から飛び降りた。
「姐さん、すまねぇ。しくった」
ワルドは、地面に膝をついて頭を下げた。
「ワルド……その"姐さん"っていうのはやめてちょうだい。私もあなたも山賊じゃないのよ」
「おっと、かたじけねぇ。お題目が変わっても実動が山賊働きなんで、なかなかそのあたりは抜けねぇや」
我が領の南方の領境の警備と治安維持、それからちょっとした秘密任務を任せている独立特殊遊撃隊隊長のワルドは、改心して私の下につく前と同じ髭だらけの悪党面でガハハと笑った。
それから彼はぎょろりとした目つきでこちらを見据えた。
「それで、俺たちゃなんでムーアの旦那に縄かけられてんですか? とちったとはいえ、このワルド、そんなにあこぎな真似はしてないですぜ」
勇者にはちゃんと口頭で「早くお帰りください」とお願いした、とワルドは主張した。
「ちいとばかり、脅すようなことはしたが暴力は振るってねぇ。ギリの騒ぎは不可抗力だ」
私はちらりとムーアを見た。ここに来るまでにワルドから詳細を聞き出しているであろうムーアは黙って軽く肯いた。少なくともワルドの主張は一貫していて齟齬はないらしい。
「安心しなさい。捕縛は体裁上です」
「そうか。ありがてぇ。そこの石頭じゃなくて姐さ……ヴィクトリアの姉御ならわかってくれると思ったぜ」
「ただし、お前たちにはこのまま北に行ってもらいます」
「え?」
「表向きは捕らえた山賊をルオボ川の工事現場の労役に就かせるために搬送する、という体をとります」
「よかった。表向きか。……で、実際は? 今度は何すりゃいいんで?」
「工事の人手が足らないって言ってるから働いてきて」
「ちくしょう! 表向きもへったくれもなく労働じゃねぇか」
「"しくった"んでしょ。けじめはつけなさい」
ワルドは、ゲジゲジ眉をハの字に、髭に囲まれた口をへの字にして、なんとも情けない顔をした。
「あんた山賊よりひでぇや」
「領主は保有する自軍の最高司令を兼ねているので、今のは上長に対する不敬罪ね。おまけにつけとくわ」
「おいおいおい」
私はワルドを安心させてあげるために、冗談だとわかるようにニッコリいい笑顔で笑ってあげた。
「軽口たたいてる暇がないの。編成でき次第すぐに出立してもらうから部下の点呼と健康状態の再確認しておいて」
「えーっと、怪我や病気があったら北送りはなし?」
「治してあげるわ。元気に働いてきて」
「あんた、絶対その力の使い方は間違っているからな!」
「ワルド。あなた達、私がこういう力の使い方しているから今そうしていられるんでしょう?」
ワルドはガタガタいうのをぴたりとやめて神妙な顔で私に頭を下げた。
「はい、奥様。御恩は終生忘れません。ワルド・ド・ゴール、北に向かいます」
「頼りにしていますよ、"野盗将軍"。勇者に顔を見られて山賊だと思われている以上、ここにいては危険です。早急に出立しなさい。あなたはこの領に必要な働きをしてくれる男です。失うわけにはいきません」
彼から見れば二回りも年下の小娘でしかない私の言葉を、ワルドは真摯で力強い眼差しで受け止めてくれた。本当に、バロールの皆は私にとって大切で最高の民だ。
私は神聖帝国の勇者がどのように"正しい"正義を突き付けて来ようとも、この地と民を守り抜くことが領主代理の務めだとギリに続く道を見据えた。
というわけで、山賊グルですw
斥候くんに名前をつけるか迷いました。
そして、ムーアはイケオジ。間違いない。
ううう、バロールの愉快な野郎共がヴィクトリアを認めて一緒に内政奮闘する話が書きたいが、恋愛ものにならねぇ(オルウェイの二の舞いになるw)




