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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第2章 激流と雷の支配者

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疾風迅雷

 まるで大型の猛禽類が急降下するように、黒騎士は断崖から身をひるがえした。漆黒のマントが翼のように大きく広がってたなびく。

 そのままでは、断崖の真下にあるひときわ大きな白い岩に打ち付けられると思われた、そのとき。

 虹色の揺らぎが中空に現れ、黒騎士はくるりと一回転して吸い込まれるようにその中に消えた。


「あ!」


 次の瞬間。白い巨石の真上に虹色の揺らぎが出現し、そこから馬に乗った黒騎士が姿を現した。


 ガカッ!


 漆黒の装甲に覆われた馬の蹄鉄が白い岩を力強く蹴る音が響く。

 黒騎士を乗せた月魄(つきしろ)は大きく跳躍して大地に降りると、そのまま枯れ底の杖石の方に向かって疾走した。


「黒騎士殿!」


 声に振り向くこともなく、伏鉢山から杖石までの数リードを、黒い疾風は一気に駆け抜けた。

 硬く乾いた大地を鋼の蹄鉄が踏み割っていく。土埃を蹴立ててまっすぐに疾走する黒い騎馬の行く手には人の背よりも大きい白花崗岩の石碑。そして、その石碑の上には、巨大な白金の鳥がいた。


 頭部は(ワシ)のようで、(くちばし)は短いが先が尖って湾曲している。頭頂からは二本の華やかな赤い飾り羽が長く伸び、首や脚は(サギ)のように長く優美だが、羽毛と鱗で覆われたその全身が放つ雰囲気は、強靭でたくましい猛禽類のそれだ。

 いつの間にか黒く垂れこめた暗雲を背景に、白金の巨鳥は大きく翼を広げた。その翼幅は片側だけでも成人男性が両手を広げた幅よりある。


 クゥウォールク!


 奇怪な鳴き声を上げて鳳雷鳥は接近する黒騎士を威嚇した。

 黒騎士は馬の鞍のホルダーから槍を引き抜き構えた。


 伏鉢山の崖の上で、魔導眼鏡の倍率を調整しながらかたずをのんで見守っていたローガンは、肌が泡立つようなピリピリした感覚にはっとして空を見上げた。


「いけません、黒騎士殿! 鳳雷鳥は(いかづち)を呼びます!!」


 叫べども声が届く距離ではない。

 鳳雷鳥はぶわりと大きく羽ばたいて岩から飛び立った。暗雲が隠した太陽の代わりであるかのように金色に輝き、間近に迫った黒い騎馬を上空から見下ろす。ひりつく気配が大気に満ちて、白金の巨鳥の鮮紅色の飾り羽がふわりと揺れた。その背後の真っ黒く渦を巻く雷雲の中で、瞬くように電光が閃いた。


 槍を投げれば鳳雷鳥に届く距離にまで迫っていた黒騎士は、咄嗟に馬から飛び降りた。

 轟音と共に落雷が槍を撃ち落とす。間一髪で月魄(つきしろ)は虹色の揺らぎに消え、黒騎士は前に転がるようにしてうまく衝撃を逃し、すぐに立ち上がった。

 すれ違うように飛び立った鳳雷鳥の方に向き直った黒騎士の前に、柄が黒焦げになった槍が落ちる。


『この地守り給え』と与えられた槍の無残な姿に、黒騎士は肩をこわばらせた。


 クゥウォォールク!!


 大きく旋回した鳳雷鳥は先ほどより高く鳴いた。黒騎士と向き合う形で、空中で羽ばたきながら一度、静止する。その金色の全身に小さな電雷が奔り、飾り羽がたなびいた。


 カチャリ。と、黒騎士の拳が握られるかすかな音がした。


 次の瞬間、強力な電撃が一筋の光となって黒騎士に向かって放たれ、一拍おいて轟音が枯れ底を揺るがし、伏鉢山まで轟かした。


「わああっ、黒騎士さまが!」

「いや、無事……? 立ってる」

「そうか、彼は鎧()()ですから!」


 衝撃を受けたはずの黒騎士はしっかりと大地を踏みしめて健在だった。

 その黒光りする全身に傷はなく、ただ首筋から細い煙が一筋上がっていた。


「よかった。大丈夫だ」


 伏鉢山から見ていた者達は安堵したが、実は全く大丈夫ではなかった。

 黒騎士が一歩踏み出そうとしたとき、その首元から焼け焦げた紐の残骸がはらりと落ちた。


 大切な大切な大切なお揃いの人形入れの赤い紐だった煤は空しく風に散った。


 すさまじい怒りのこもった殺気が放たれ、黒騎士を中心とした突風が辺りに立ち込めていた土煙を一気に吹き払った。


 クゥウォォォールク!!!


 三度鳴いた鳳雷鳥は一度高く上昇してから、今度は縦に大きく旋回する形で、杖石の前に立つ黒騎士に向かってきた。

 黒騎士は右の拳を構えて、真っ正面から身構えた。


「ああっ! 無茶です。武器もないのに」

「いえ、武器ならあります!」


 黒騎士が胸の前に構えた拳を力強く内に握り込むと、手甲(ガントレット)の前腕装飾の手首付近の端がガコンと音を立てて開き、同時に二本の太く鋭い棘が突き出した。


「なんですかあれは?!」

「"荒鷲の爪"……熊を倒した必殺武器です」

「かっけぇえええ! でもここからじゃ遠くて見えねぇええええ」


「センセだけ魔道具で見えててズルい」とユン少年が騒ぐより早く、鳳雷鳥は黒騎士に向かって低空飛行でまっすぐ突っ込んできた。黒騎士は片足を一歩下げ、弓を引き絞るように拳を引いて構えた。

 あと三つ数える間で届く……というタイミングで、鳳雷鳥の翼が光輝き、次の瞬間その全身が一条の光となった。


 雷と化した鳥は一瞬で黒騎士を貫き……そこねて、背後の杖岩に直撃した。


「あ……」


 派手な閃光と爆音とともに盛大な土煙が上がって、折れた杖岩はゆっくりと土煙の中に倒れて行った。




 もうもうたる土煙が薄れた時。

 真っ二つに折れて崩れ落ちた杖岩の真下で、黒騎士は倒れた上半分の石を肩装甲(ガードブレイス)で受け止めて跪いていた。


 チィ……チィ……。


 屈みこんだ彼の前には、雛達のいる鳥の巣があった。

 黒騎士は、巣の中に落ちた白い石の小さな破片を、まるで雪割ハコベの新芽の周りから雪を避けるような手つきで、そっと取り除いた。

 巣の中の4羽の雛はフワフワの羽毛を震えさせながらチイチイと騒いだ。岩の向こうで目を回している親鳥が目覚めると厄介なので、彼らをあまり怖がらせないように気を使いながら、その間にある拳芋(こぶしいも)ほどの大きさの白いつるんとした塊を摘まみ上げたところで、黒騎士は首を傾げた。


 それは卵だった。


 捨ててはいけないものだと気づき、黒騎士は慌てて卵を戻そうとして手を滑らせた。


 落として割れたら一大事!


 わたわたとお手玉するように両手で受け止めて、ぎりぎり卵を落とさずに済み、ホッと安堵した黒騎士の手の中で、卵にひびが入った。


 ぱり。


 思わず少しのけぞった黒騎士の肩から、受け止めていた岩が落ち、地響きと土煙がもう一度上がった。

 咄嗟に手の中のものをかばって抱え込んだ黒騎士が頭を上げた時、彼の前には目を覚ました親鳥……身の丈が黒騎士の2倍以上はありそうな鳳雷鳥が立っていた。


 チィチィチィ。


 巣の中の雛達が一斉に親鳥に向かってさえずりながらその足元に寄って行った。たまにチラリと黒騎士を見ては続きをさえずっている雛がいるあたりが、なんとも親に事の次第を言いつけている子供風で、黒騎士は自分が不審者になった気がしてうろたえた。


 フィイイイ?


 鳳雷鳥は攻撃時の警戒音とはやや違う声で低く鳴きながら、長い首を突き出して、巣の脇に跪いたままの黒騎士の手元を覗き込んだ。黒騎士は自分が両手で卵を握り込んだままだったのを思い出した。


 感触が……卵型でなくなっている。


 絶望的な結果を見るのが恐ろしくて、黒騎士はこわごわ自分の手元に視線を落としながら、ゆっくりと両手を開いた。


 割れた卵の殻を張り付けた、なんだかぺしょぺしょした灰色のちんまい何かがいた。


 その小さな何かがふるりと身震いすると、チリッと静電気が奔って、全身の羽毛がいっぺんに逆立って真ん丸な毛玉のような姿になった。灰白色の羽毛玉のてっぺんに、ぴょこんと小さな飾り羽が立った。

 つい、まじまじと覗き込んでしまった黒騎士の目の前で、フワフワの羽毛玉の頭と思しき部分に目がぱちりと開いた。


 フィヨ?


 先に生まれていた他の兄弟と比べると、いささかちんまるい雛は、ビーズのような目で黒騎士をじーっと見つめた。


 フィフィ~♪


 灰白色の雛は黒騎士の手から腕を伝って肩に上ると、ご機嫌で肩装甲(ガードブレイス)に止まった。

 黒騎士は自分の肩にいる雛と、その様子を見ている親鳥を交互に見て、何とか誤解を解こうと焦りながら手をあいまいに上げたり降ろしたりした。


 鳳雷鳥はそんな黒騎士と末っ子の雛をじっと見てから、いそいそと巣の中の雛達を自分の背中に乗せた。4羽全部が背中に上手に乗ったところで、鳳雷鳥は黒騎士の肩にいる雛に向かって一声鳴いた。


 フィイ?

 フィヨ~♪


 いったいどんなやり取りがあったのか。

 鳳雷鳥はぺこりと一度頭を下げると、大きく羽を広げて一気に天高く舞い上がった。


 いつの間にか青く晴れた空をガラ大山脈の方へ飛び去って行く鳳雷鳥を、呆然と見送った黒騎士の肩で、変わり者の雛は嬉しそうにチョンとはねた。


ローガン「ところで私はどうやってここから降りればよいのでしょうか?」

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― 新着の感想 ―
次の瞬間。白い巨石の真上に虹色の揺らぎが出現し、そこから馬に乗った黒騎士が姿を現した。 漆黒の装甲に覆われた馬の蹄鉄が白い岩を力強く蹴る音が響く。 ・・カッケェぇぇエェぇぇ!!!!! 鎧さま、かっこ…
黒騎士さん、養子縁組しちゃったね。 奥さまと相談してちゃんと育てないと(笑) ほのぼの路線まっしぐらかなあ。 春ですねえ。 (ちが~う! と言う絶叫がどこからか聞こえたような……?)
おお、カッコいい! からの、 あらカワイイw の落差よwww 親鳥と雛的なすり込み完了でしょうか。 中々愉快な鳥さんな予感。
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