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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第2章 激流と雷の支配者

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37/40

鳥を見た

 近くで見ると伏鉢山は、遠目で見た時のこんもりした印象とは異なり、実際の高さよりもかなり峻嶺な印象のある険しい岩山だった。


「これを……上るのですか?」


 埃で汚れるからと、道中で眼鏡をはずしていたローガンは、絶壁を見上げてめまいを覚えた。

 小高い台地から見ていたので気づかなかったが、伏鉢山の麓はほぼ断崖で、黒っぽい柱状の岩が垂直にびっしりと並んでそそり立っている。上の方には、やや白っぽい尖った巨石がいくつも突き出していて、黒い柱状列石の列を乱している。岩の合間には暗緑色の葉の針葉樹が生えていて、そのひび割れた硬い幹やねじくれた根が、岩山を割ろうとしているようにも締め付けようとしているようにも見えた。


「獣道……もなさそうですが」

「獣は伏鉢山になんか登らないよ」


 光の加減で青黒くも見える暗灰色の岩が筋状に割れてできた柱は、所々に崩れた部分がある。その断面がうまい具合に階段状になっているところを選べば、山腹まで登っていけるのだとユン少年は簡単そうに言った。

 ローガンは荒々しい山肌をあらためて見上げた。たしかに崩落しているところはあるし、柱状の岩は真横に筋状に割れ目が入る性質らしく、崩れた断面は高さの違う段になっている。……だが断じてあれは"階段"ではない。


「じゃあ、登ろうか」


 自称案内役のユン少年はさっさと先に行ってしまった。

 ついていける自信がなくて一歩出遅れたローガンは、不意に身体をグイっと持ち上げられた。


「わ! な、な、なんですか。黒騎士殿?!」


 ローガンのためらいを察したのだろう。黒騎士は彼を穀物袋か何かのように肩に担ぎ上げて、そのままずんずんと少年に続いて山に向かった。


「痛た……痛い、痛いです! 黒騎士殿。鎧の端が……あ、今なんか、グキッて」


 騒いで暴れるローガンを、黒騎士は一度降ろした。ローガンがほっとしたのもつかの間。黒騎士は大きく腕を振って、いつもどこから出てくるのかわからない黒マントをばさりとなびかせた。

 黒騎士はたっぷりとひだのある長いマントの端を持ってクルクルっと手際よくまとめると、右肩にかけ、その上にローガンを抱え上げ直した。


「あ、これなら鎧の金具は当たらないですね……じゃなくてですね!」


 黒騎士はあまったマントの端を騒ぐローガンの上に無造作に被せた。


「むぐぐ?!」

「なにやってんだよ~。早く来ないと置いてくぞ~」

「足場を確認しながら先行します。付いてきてください。ユン君のルートは我々の体重では無理です」


 断崖を身軽に登って行ってしまったユン少年と、その後を追っていくラリーを黒騎士は見上げた。


「んじゃ、鎧の旦那。俺はここで荷物番をしてるんで、行ってらっしゃい」


 道具箱を下して座り込んだサムソンに手を振り返すと、黒騎士はその巨体に見合わぬ身ごなしで、崩れた石柱の断面を足場にして崖を登り始めた。



 §§§



 黒い柱状列石の六角形の断面と、ごつごつした灰白色の巨石を足場に、一同は三者三様に軽々と岩山を登っていた。

 背は低いが体重の軽いユン少年は、古木や蔦をうまく掴んで体を引き上げながら、崩落しかけの段やわずかなひび割れも上手に使ってよじ登っていく。

 俊敏で目もいいラリーは、崩れそうな危険な岩は避けて上まで行けるルートを確実に見て取っては、鍛えていない常人には真似のできない身ごなしで、素早く岩から岩を渡っていく。

 そして、ローガンを抱えた黒騎士は、非常識な脚力で岩と岩の間をひょいひょいと飛び移りながら、山の西側の中腹に張り出した見晴らしの良い場所に、一番早く到達した。


 柱状の石が大きく褶曲し、左右に大きく突き出した巨石がある僅かばかりの平らな場所で、黒騎士は太い古木の(うろ)にローガンを降ろした。すっかり目が回っていたローガンは、なんとかかんとか体を起こそうとして呻いた。ユン少年も子供にしては驚くほど速く登ってきたが、どうやら最後はラリーの手を借りてきたらしい。息を切らせてローガンのいる木の根元に倒れ込んだ。


「さすがというかなんというか……よくもまぁ、全身鎧(フルプレート)であんな登り方ができますね」


 得意分野でのテクニカルなスピードを、相手の圧倒的なパワーで凌駕されたラリーは、半ば呆れた口調で「人間業じゃない」とぼやいた。それについてはあんたもたいがいおかしいと、ユン少年はラリーに言いたかったがまだ呼吸が整わなかった。



 苔むした岩と針葉樹の古木の間を抜けてきた風が、身体の火照りを心地よく冷やしていく。

 渡された革袋から水を一口飲んだ少年は、革袋をまだ呻いている学者先生に渡して、青年と騎士が立って景色を見ている岩の張り出しの突端に這っていった。


「ここからだとよく見えますね。ガラの大山脈が西の果てまで一望できる。天気がもっと良ければナジェール河も見えるんじゃないかな」


 ラリーが指した右手前方に連なる尾根は、バロールの北にそびえる大山脈だ。ナジェール河というのは、雪を頂いた高峰の麓を流れる大河である。この北辺の大河は、ガラの雪解けの水を東から西に運んで、遠くバロールの北西の果てにあるルス湖にそそいでいる。東のトールス山系から来る水も、ちょうどこの伏鉢山の向こう側を流れるルオボ川の流れに沿って北上し、ナジェール河に合流している。


「ここの真ん前に見えるあたり全部が、枯れ底だよ」


 黒騎士とラリーの間から顔を出したユンは、山の西側……彼らの正面に広がる枯れ果てた茶色い荒野を指さした。バロールの荒野は領主館の周辺は緩やかな丘陵地帯なのだが、ここから展望できる一帯は"枯れ底"と言われるだけあって、盆のように浅くくぼんだ乾燥した平地だった。


「杖岩というのはあれかい?」


 僅かに草や灌木は生えているものの、のっぺりして何もない感じの"枯れ底"の中に、ちょっと突き出している細長い石碑のような岩を、ラリーは指さした。


「ど、どこかね? 広すぎて遠すぎて何が何だか……高いな。ここは」


 古木の洞から四つ這いで這ってきたローガンは、あまり岩の端に近づこうとはせずに、へっぴり腰のまま顔だけ突き出して目を細めた。ラリーはローガンの隣に(ひざまず)いて目線の高さを合わせた。「もっと右」だの「うっすら白くなっている円弧から指3本分」だのと細かく教えられて、ローガンはようやく"杖岩"らしきものをぼんやり視認できた。


「ああ! なるほどあれか。わかった。わかった。茶色い地面に白い岩は見つけにくいな」

「黒騎士殿の背丈より少し大きいぐらいの岩だそうです。思ったよりよく見えますね」

「にしても、この位置からあんなところにいる鳥一羽を見るのは無理だろう」


 目の良さそうなラリーやユン少年ならともかく、少なくとも自分は無理だとローガンはあきらめた。彼は長衣(ローブ)の懐から眼鏡の革ケースを取り出して、普段は使っていないチェーンを取り付けてから眼鏡をかけた。

 専用の魔導句を低く唱えながらチェーンに付いている飾り金具のダイヤルをカチカチと回すと、丸眼鏡を通した視界がはっきりする。遠方を見ることが必要な機会はほとんどないが、こういう時のために高価な遠近両用の魔導眼鏡にしておいてよかったと、ローガンは趣味に無駄使いした過去の自分を高評価した。


「あ、センセ。鳥だ! 上!!」


 少年の声に一同は空を見上げた。



 §§§



 本は高い。


 羊皮紙も高級なものを選ぶと枚数が必要なだけに値がかさむ。内容を書き写す職人はもとより、美しい挿絵や装丁を仕上げる職人も一流どころは稀有でなかなか頼めない。そもそも、蔵書として所有するに足る立派な内容を書き写させてもらえることが難しいし、オリジナルで執筆してもらうとなるとさらに時間も費用もかかる。古書を購入する場合でも、格のあるものは新しく作る以上に値が張るのが一般的だ。

 そのため領主の図書室の本棚というのは、そこの領地の経済状況と、歴代の主がどれぐらい書に重きを置いているかが如実に表れる。


 バロールの図書室は、王都で私が入り浸っていた公爵家(うち)や学院のそれと比べると、まったくお粗末だった。金箔を押した革表紙の本は数えるほどしかなく、保存状態のあまりよくない巻物(スクロール)や紐綴じの紙束が棚に積まれて忘れられている感じである。

 私はここに嫁いで来た時に、図書室が歴代の領地経営日誌や帳簿などの実務記録置き場であることにがっかりして、しばらくこの部屋を閉め切っていたほどだ。


 しかし、家宰の老グレンが探し出してくれた旦那様の愛読書は、実に素晴らしい本だった。

 飴色の革表紙の古書は、驚いたことに写本ではなくオリジナルだった。著者は何代前かの当主か、少なくとも血縁のものらしい。バロールの署名がある。内容はこの地に伝わる古い説話のようで、大変見ごたえのある挿絵が入っている。


「ぼっちゃまはこの鳳雷鳥の挿絵がお好きでした」


 何度も見たのだろう。本のそのページには開き癖が付いていた。

 私は、少年時代の彼がページをめくったであろう羊皮紙の少し黒ずんだ縁をなでた。


「鳳雷鳥というのはこんな鳥なのね」


 描かれているのは大きく翼を広げた力強く神々しい鳥だ。

 背景は黒く渦を巻く雷雲と降り注ぐ(いかづち)

 なるほど。少年が憧れる気持ちもわからないでもない。


「嵐のように猛々しく、雷のように鋭く、天翔けるように戦いたいとおっしゃって、稽古に励んでおられましたなぁ」とグレンはしみじみと往時のことを語った。


「"荒鷲"の二つ名で呼ばれた折には、鳳雷鳥の方が良かったのかすこしがっかりされておいででした」

「まあ。本人の好きな方にしてあげればよかったのに」

「鳳雷鳥は死を連想させるのでいささか不吉だということもあり不評で……」

「縁起でもないというのはわからなくもないけれど、武名に"死"のモチーフは結構あるわよ」

「それ以上に、北の田舎霊鳥の名は王都ではマイナーだから通りが悪いということで"荒鷲"になりました」

「世知辛いわね」


 私は挿絵の鳥をしみじみと見た。

 頭頂部に赤い華やかな飾り羽根が二本ある艶やかな金色の鳥。

 その美しい霊鳥は雷を降らせ周囲のあらゆるものに死を与えるという。


「でも、そうね。旦那様は"荒鷲"の方が似合っていると思うわ」

「さようでございますな」


 私はその本を丁寧に閉じた。


「いつか、あの方が本物の鳳雷鳥を見れるといいわね」


 その絵によく似た鳥がバロールの青く高い空を飛んでいく姿を、私は見たことがあるような気がした。



 §§§



 空の遥か高みを大きく円を描いて飛んでいた鳥は、湧いてきた暗雲に薄く陰った日差しにも鮮やかな白金(しろがね)色だった。頭頂部と尾部に赤い部分が見て取れる。


「鳳雷鳥!」

「本物だ!!」


 大きな鳥は悠然と枯れ底の杖石の方に舞い降りて行った。


「なんということでしょう。あれが本当に伝承どおりの鳳雷鳥ならとても危険です」


 ローガンは伝説の霊鳥をこの目で見た高揚感と、それがもたらす被害の恐ろしさで身を震わせた。


「でも、ローガン様。村の者は基本的には枯れ底には行きませんし、鳳雷鳥は生き物を嫌うとばあちゃんは言っていました。近づかなければ大丈夫なんじゃないでしょうか」

「ラリー君……これからフォス村に導入する馬の放牧地は、あの枯れ谷を予定しているのですよ」


 張り出した岩の突端に立っていた黒騎士が、突然マントをひるがえして断崖を飛び降りた。

ざっくり地図をまた載せておきます。


現在地の伏鉢山は△。枯れ底は(*1)

-[簡易地図]----------------------------------

^^^^^^^^^^ガラ大山脈^^^^^^^^^^^^^^^

~~^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

~ルス湖==⑤=ナジェール河=====

~L_____」^           |ルオ^^^

~| デボン^        (*1)△ Lボ川^^^

~L 山地^     荒野     ④^トールス

~L^^^           ③#^^^山系

~L^^^   ①領主館 ▲②▲▲▲▲^^

~~L^^▲ ギリ峠 ▲▲エンデミール大森林▲

-----------------------------------------------

~:海、^:山、▲:森、#:沼

②貯木場、③トリル村、④フェス村

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― 新着の感想 ―
 あらまあ、とてもカッコいいではないですか、黒騎士! マントを翻し、鎧の騎士が断崖から飛ぶ姿がありありと目に浮かびました。  災いはとっとと始末しなくちゃね。  次回は戦闘シーンかしらん。 気持ちは武…
わ! 今、なんか からの〜 あ、これなら……じゃなくてですね! がツボでした。クククって感じで笑ってしまいました。 伏鉢山からの眺望を地図と照らし合わせながら堪能しました。地図は良いものですね。 ル…
かっこいい。図書室の本棚、その蔵書量の理由がはっきりと書かれているし、書物の希少さと高価さが伝わってきて、からの、古書。本好きは意味も無くテンション上がります。 丁寧に土地の霊鳥のことが綴られて、ほう…
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