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戦場から夫の鎧が帰ってきました  作者: 雲丹屋
第2章 激流と雷の支配者

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おとぎ話の化け物は昨日の現で今日の幻

 鳥がいるのだと少年は言った。


「でっかくて超凄い(え~れぇ)鳥なんだ。そいつがじっちゃんの大事な石の辺りをくるくる飛んでて祭りができない」


 真剣に語る彼の話の不足を、地元出身のラリーが間に入って補ってくれたところによれば、フォス村では年に一度、”枯れ底の杖石”と呼ばれる石碑で村の安泰を祈る祭事があるのだという。

 祭事といっても収穫祭のように村中で祝う祭りではない。村の者が一人か二人だけ石碑に行って掃除をし、ささやかな形ばかりの供物を捧げてくるだけだ。大半の村の者は関心がなく、少年の祖父が毎年その役目を果たしていたらしい。


「”石洗い”は大事な御役だ。じいちゃんは凄い(えれぇ)んだ」


「だからといって、水かけ日でもないのに枯れ底まで一人で行く奴があるか」と村の大人からゲンコツをくらって、ユンというその少年は不服そうに周囲を睨み返した。


「枯れ底には行ってない。伏鉢山の大岩から見ただけじゃ」

「伏鉢山?! その歳でそげんとこまで行って大岩に上るちゃ、とんでもない(えーれぇ)奴じゃの」

「とにかく、ユン坊。今年は石洗いはなしじゃ。じっさまも膝が悪うなったし、お前の父っさまも帰ってこんで」

「おっ母さんに心配かけんで、大人しゅうしとけ」

「イヤだ!」


 駆け出して行った少年に、村の大人達はやれやれとため息をついた。


「大きいと言っても鳥なら、大人が数人で行って追い払えば良いのではないでしょうか。掃除をして石碑の周りに人の匂いがするようになれば、鳥は近寄らなくなると思いますよ」


 ローガンは、”鳥”と言われて、近くで行き倒れた動物の死骸を目当てに来た腐肉あさりの鳥の類を想像した。しかし、彼の言葉に村の者達は顔を見合わせた。


「いやぁ……そったらこたねぇ」

「ヨソから来た偉いセンセはこのあたりのこたぁ、真っ黒じゃなぁ」


 この地方の事情に疎いと言われて研究者のローガンは、二、三度瞬きした。


「あの少年が見たというのは、どのような鳥なのでしょうか?」


 村人の説明を聞いて、ローガンはその鳥を絶対に見に行くと決意した。



 §§§



 朝から村を出たのに、日が高くなっても目的地の伏鉢山にはつかなかった。


「たいして遠くないと聞いていましたが、思ったより遠いですね」

「村の者は子供でも健脚ですから」


 伏鉢山は、その名の通り鉢を伏せたような形のこんもりした山だ。フォス村のある台地の北の端に、東のトールス山系から独立してぽつんとあるので、低い山だが遠くからでもわかりやすい。

 わかりやすいから他の遠い山々よりずいぶん近くに見えたのだが、それでも実際に歩くと遠かった。

 街道脇の腰掛け道祖柱(ルマ)の丸石に座って、ローガンは一息ついた。自分は研究者にしては足が丈夫で体力もあると思っていたが、今回の同行者は桁が違った。


 護衛のラリーは、早駆けの伝令が務まる斥候職。

 甲冑師のサムソンは、一晩中でも槌が打てる鍛冶職人。

 そして黒騎士に至っては、もはや体力という概念があるのかすらもわからない。


「センセはうちのじいちゃんより若そうだけど、うちのじいちゃんよりじっさまだな」


 案内役だと言って無理やりついてきたユン少年にまでそういわれ、言い訳する気も起きないぐらい基礎体力の格差が身に染みたローガンは、いっそ開き直って必要なだけ休憩を取っていた。こういうときは無理をして倒れる方が迷惑をかける。


「そうだ。休憩ついでに一つ面白い話をしましょう」


 ただ座って休んでいるとユン少年があからさまに退屈そうにするので、ローガンは昨日届けてもらったヴィクトリアからの書簡を取り出した。


「これを見てください」

「え、なに?」

「えーっと、昔話の絵……みたいですけれど」

「先生、なんですか。こりゃ」

「領主館にあるタペストリーの柄の写しだそうだよ」


 皮肉なもので、こうして館を出てくると館でちゃんと見ていなかった物が見たくなる話が出てくると言って、ローガンは皆が見やすいように紙の向きを変えた。

 ユン少年だけではなく、ラリーとサムソンと黒騎士も、ローガンの手元を覗き込んだ。


「なんかへんてこりんな怪物ばっかりだ」

白蛇(しらんじゃ)と、こっちは馬ですね。この(いわお)のようなこんもりした殻で背を覆っているのは亀かな」

「ラリーさんは詳しいですね」

「ふーん。夜話(よばなし)の絵かぁ。へぇ~。馬はともかく、"しらんじゃ"なんていうこの世におらんもんをよく描くなぁ」

「ユン君は白蛇(しらんじゃ)の実在を信じていないのですか」

「しょっちゅうそれでからかわわれるから飽き飽きしてる」


 ユン少年はつまらなさそうに下唇を突き出した。そして、白い蛇なんてどうせ脱皮途中で白くなった皮がへばりついたただの蛇の見間違いかなんかだと、ひどくそっけなく伝承を切り捨てた。


「昔の暇な人が子供を適当にだまくらかすために考えたでたらめだよ。亀なんて、こんなの子供でも信じないよ。なんだよ、"(いわお)のような硬い殻"って。そんな生き物いるわけないよ」


 海亀を見たことがない内陸の村の子の言葉にローガンは微笑んだ。

 ラリーは「でも君は杖石の祭事は大切に思っているんだろう?」と少しかがんでユン少年の顔を覗き込んでから、紙に描かれた絵の一つを指さした。黒騎士の大きな手が背に優しく置かれたのを感じて少年は顔を上げた。


「ほら、この前足がある魚は杖石の話に出てくる鱗のある獣だよ」

「あっ、ホントだ。超凄い(え~れぇ)じゃん!」

「杖石の話というのはどういう話なんですか?」

「この辺りに伝わる昔話ですよ。豊かな土地に鱗のある獣が現れ人々を困らせた。老人が杖で獣を追い払った。人々は杖を祭った。めでたしめでたし」

「お兄さん、話をはしょるの凄い(えれぇ)な」


 感心を通り越して呆れ気味の少年をよそに、ローガンは興味深そうに肯いた。


「古代神エーレ信仰や道祖柱(ルマ)の系譜の伝承ですね。なるほどそれが領主の館のタペストリーに描かれていたというのは面白い。これには何か深い曰くがあるのでしょう。そうですね?」


 目を輝かせてばっと振り向いたローガンの期待に満ちた眼差しを受けて、黒騎士はちょっときまり悪げに、カタカタカタ(わからない)と答えた。


「よくわからんが、似たような話は西の沿海州にもあるぞ。ルス湖の怪魚(ケトゥス)はこの絵みたいな奴だ」

「えっ? こんなのがホントにいるの?!」

「いるとも。海には亀もいる。亀の甲羅は丸くて硬くて鍋底みたいにこんもりしてるぞ。ちょうど今、先生が腰かけている丸石みたいな感じだ」

「えええっ」

「サムソン君、その話、もう少し詳しく!!」

「さぁ、ではその話は道すがら話してもらうことにしましょうか」


 そのまま好きにさせておくといつまでも話し込みそうなローガンとユン少年を立ち上がらせて、出発するように促しながら、ラリーはちらりと空模様を確認した。

 昨日までが晴れ過ぎていたのか、今日は少し雲が出始めていた。


 昔のバロールの領主が街道に設置した、黒い筋が刻まれた白い石の道標と、その隣に置かれた六角形の筋模様が付いた黒い丸石は、すり減り苔むして、騒がしい一同が去った後もただそこにあった。



 §§§



 すっかり退色している古いタペストリーに織り込まれた細い線を、私は指ですーっと軽くなぞった。


「ねぇ、グレン。この鋭い尾根はやっぱりガラ大山脈よね」

「さようでございますな」


 通りがかった老グレンに話を振ると、あまり関心がなさそうな返事が返ってきた。


「では、ここに描かれている大きな鳥はやっぱり(ワシ)? ほら、領主の異名が"バロールの荒鷲"っていうぐらいなのだから、鷲はここではなじみのある鳥なんでしょう?」


 グレンはそこで初めて私が指さしている場所に目をやった。


「ガラ大山脈に描かれているなら鷲ではなく雷鳥でございましょう」

「あら、そうなの?」


 雷鳥ってこんな感じだったかと、私は翼を大きく広げた鳥の絵を見て首を傾げた。そういえば雷鳥も名前を知ってはいるが実物を見たことはない。学院時代に読み散らかした本に書いてあったのだろうが、何の文献で見たのだったかもうろ覚えだ。


「鳳雷鳥にご興味がおありでしたら、図書室にそのような類のものについて書かれた本があったかと存じます。旦那様がお好きだった本に、確かこの土地の古い霊鳥や霊獣の話が書かれたものがございました」


 私はグレンを急かして鍵を出してもらい、図書室に直行した。

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― 新着の感想 ―
地元の伝承に詳しいラリー、何気に見聞の広いサムソン、柔軟な発想と好奇心のユン少年、カタカタカタ。 ローガン先生ってば最強の布陣じゃないですか… 領主館でも奥様とグレンが何やら語っていますね。 雷鳥?…
人間の思惑が絡む世知辛い戦争世界と、神話と幻想が息をしているけれども遠くなった現実世界のマーブル世界観が楽しいです。ローガン先生と握手したいです、、、あ、一緒に歩くのは勘弁してください、ムリ、体力ない…
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